2019年05月23日

平坦ではない「デジタル課税」合意への道~問われるG20議長国 日本の手腕~

総合政策研究部 常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任 矢嶋 康次

中村 洋介

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1――G20で議論される「デジタル課税」

GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)のようなデジタル・プラットフォーマーの「行き過ぎた行い」を規制する議論が国際的に進んでいる。ネットワーク効果等によって寡占化、独占化が進みやすく、集めたデータを最大限利用することで高い収益を上げている。そこから生じる競争政策上の問題、個人情報管理への懸念に加えて、「然るべき税負担をしていない」という課税の問題についても批判は大きい。この6月に日本で開催されるG20では、いわゆる「デジタル課税」の問題についても議論される予定だ。
 

2――なぜデジタル課税が議論されているのか

2――なぜデジタル課税が議論されているのか

こうした課税の問題に関して国際的な議論が進んでいるのは、巨大デジタル・プラットフォーマー等が世界中で大きな利益を上げているにもかかわらず、現ルールのもとでは十分に課税されていないことが課題視されているからだ。

現行ルールでは、支店のような物理的な拠点(恒久的施設、PE1)がある国において、法人税が課税される原則になっている。しかし、情報技術が発展した今となっては、デジタル・プラットフォーマーのように高度にデジタル化されたビジネスを手掛ける企業は、支店のような拠点を設置していない国でもビジネスを拡大させることができる。

また、デジタル・プラットフォーマーのように高度にデジタル化したビジネスモデルでは、無形資産が価値や収益を生み出す主要な源泉になっていることも影響している。権利のような無形資産は子会社や関連会社に容易に移転できる。無形資産を税率の低い国の子会社・関連会社に移転させ、権利収入等の所得をその子会社・関連会社に集まるように工夫することで、税負担を抑えることが出来てしまう。

ユーザー(消費者)があらゆるデータを提供し、その集積されたデータを広告ビジネス等の収益の源泉として活用されている。そうしたユーザーの「貢献」にも関わらず、そのユーザーが住む国に納税されないという側面もある。

欧州委員会2によれば、デジタル化されたビジネスを手掛ける企業の実効税率は9.5%と、伝統的ビジネスモデルの企業の実効税率23.2%と比べると半分に過ぎないという。このような背景があって、国際的に議論が進められているのだ。
 
1 Permanent Establishment
2 Factsheet “Fair Taxation for the Digital Economy”(2018/3/21) https://ec.europa.eu/taxation_customs/sites/taxation/files/factsheet_digital_taxation_21032018_en.pdf
 

3――国際的な議論の動向

3――国際的な議論の動向

デジタル・プラットフォーマーも含めた多国籍企業による「課税逃れ」の問題に対して、国際的な枠組みで議論が進められてきた。

2012年6月のOECD租税委員会にて、BEPS(Base Erosion and Profit Shifting、税源浸食と利益移転)プロジェクトが立ち上げられた。OECD加盟国だけでなく、中国やインドを含むG20の参加国が協調することに合意した。2015年10月には最終報告書が取りまとめられ、デジタル課税の問題についてもPEの概念を拡大すること等のオプションが提示されたが、難しい議論ということもあって、具体的な解決策の提示や合意にまでは至らなかった。参加国を拡大したBEPS包摂的枠組み(Inclusive framework)のもとで、残された課題として引き続き議論されることとなった。

そして2019年2月、OECDからデジタル課税に関する公開諮問文書3が公表された。デジタル化が進む中で、課税権や課税の対象となる所得を国家間で配分するルールをどう見直していくかについて、3つの案が示されている(図表1)。中でも、共通点も見られる2つの案に焦点が当てられている。

1つ目の案は、英国が推す「ユーザー参加案」である。SNS等のデジタル・プラットフォームは、コンテンツの作成やレビュー(評価)の投稿、個人情報の提供等を通じて、ユーザーの参加が価値を創出しているとして、そこに課税の根拠を求めるものである。SNSや検索サービス、オンラインマーケットプレイス等に対象を限定し、GAFA等を狙い撃ちにする色合いが強いものだ。
〔図表1〕OECDが示した3つの案
それに対して、GAFAを擁する米国が推すのが2つ目の「マーケティング無形資産案」である。この案では、顧客データやブランド、商標等のマーケティング上の無形資産が価値を創出しているという点に課税の根拠を求めており、GAFA等のデジタル・プラットフォーマーだけでなく、消費者向け製品を手掛ける事業者も対象になる。自動運転を手掛ける自動車産業や、IoTの活用を進めるメーカーの他、高度にデジタル化されたビジネスモデルとは考えられていないような事業者も対象になる可能性がある。

両案は、着目点や対象(デジタル・プラットフォーマーに限定するか否か)に違いはあるが、現在のルールの下では十分な課税が出来ていない市場国に課税権を認めるものであり、所得配分の大きな枠組み等において共通する部分もある。

本稿執筆時点では、第2の「マーケティング無形資産案」が有力だとも報じられているが、課題もある。⼀般社団法人日本経済団体連合会(経団連)が表明した意見4の中では、この「マーケティング無形資産案」が比較的議論の余地のある提案だとした上で、過度に市場国への課税権を配分する結果になる可能性がある、適用対象が伝統的な消費者向け製品事業にまで広がる(消費者向け製品事業だからといって、一律にマーケティング活動が価値創造に大きな役割を果たすとはいえない)、複雑な計算過程を経る必要がある等の懸念を示している。

対象や範囲をどう考えるのか、税務当局や企業の過度な負担にならないような計算方法に出来るか等、難しい問題が残されている。国際的な合意に向けた取り組みは、決して平坦な道程ではない。今年のG20での進捗報告や議論を経て、2020年までに解決策を取りまとめ、国際的な合意を得るべく議論や作業が進められる予定だ。
 
3 Public Consultation Document “ADDRESSING THE TAX CHALLENGES OF THE DIGITALISATION OF THE
ECONOMY” (2019/2/13)
https://www.oecd.org/tax/beps/public-consultation-document-addressing-the-tax-challenges-of-the-digitalisation-of-the-economy.pdf
4 ⼀般社団法人日本経済団体連合会「経済の電子化に係る課税上の課題への対応 公開諮問文書に対する意見」(2019年3月6日) https://www.keidanren.or.jp/policy/2019/017.html
 

4――問われる日本の手腕

4――問われる日本の手腕

課税の問題は、各国、各企業によって利害がまちまちであり、議論をまとめあげることは容易ではない。日本はG20議長国として、その手腕を問われることになる。また、議論の内容によっては広く日本企業が対象になり得ることもあって、その影響をどう抑えていくのかという視点も絡み、立場は難しくなる。国際的な合意を待たずに独自の課税に動こうとする国もあり、そうなれば企業が二重に課税される懸念も生じるだけに、国際的な合意への期待も大きい。

足もとで、競争政策(独占禁止法等)、個人情報の取扱に関する法規制、デジタル課税とデジタル・プラットフォーマーへの「包囲網」作りが進んできたとも言える。一方、広くデジタル化が進み、「リアル」と「デジタル」が融合して垣根が無くなっていく中で、デジタル・プラットフォーマーを狙い撃ちにしたようなルール作りは難しくなるだろう。日本における規制やルール整備を巡る議論においても、対象がデジタル・プラットフォーマー中心に限定されるものもあれば、個人情報保護のように、広く一般の企業も影響を受けるものも出てくるだろう。場合によっては、ビジネスをする上で「ゲームチェンジ」が起こる可能性もある。日本企業にとっては、こうした「包囲網」作りを「対岸の火事」と捉えるのではなく、規制やルール整備の動向に留意し、デジタル化に関する戦略やビジネスモデル構築に活かしていく視点が必要になりそうだ。

【参考文献】
  • 森信 茂樹「デジタル経済と税 AI時代の富をめぐる攻防」(日本経済新聞出版社 2019年)
  • 青山 慶二「GAFA規制を考える(下) デジタル課税 合意難航も」(日本経済新聞、2019年2月21日付朝刊 経済教室)
 
 

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総合政策研究部

矢嶋 康次 (やじま やすひで)

中村 洋介

(2019年05月23日「基礎研レター」)

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