2019年05月10日

米金融政策見通しと注目点-当面は様子見も、当研究所のメインシナリオは次の政策金利変更が「利上げ」との見通しを維持

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1.はじめに

FRBは、15年12月に政策金利の引き上げを開始し、18年には4回の利上げ(合計1%ポイント)を実施した。しかしながら、18年12月の利上げを最後に、政策金利を据え置いているほか、当面は政策金利に関する意思決定を先延ばしする方針を示している。

FRBはその理由として、欧州や中国を中心に海外経済に減速懸念があるほか、通商政策などの国内政治の不透明感、金融環境の引き締り、などの米経済に対するリスク要因を挙げたほか、インフレ率が目標水準を下回り、物価上昇圧力が抑制されていることを指摘している。

一方、足元では海外経済の減速懸念が幾分後退しているほか、金融環境の緩和に加え、米経済の底堅さを示す経済指標が増えているため、米経済に対する過度に悲観的な見方は修正されてきた。もっとも、インフレ率が予想外に低下しているほか、トランプ大統領がFRBに対して公然と利下げ圧力をかけていることもあって、金融市場は年内の利下げを相当程度織り込んでいる。

本稿では金融政策の見通しや注目点について整理した。当研究所は海外経済の大幅な減速回避、米中貿易戦争の小康、資本市場の安定などを前提に、足元の米経済や金融政策目標の達成状況などを考慮すれば、次の政策金利変更は金融市場が織り込むような利下げではなく、利上げとの見通しを維持している。もっとも、足元でインフレ率の低下基調が持続しているほか、欠員となっているFRB理事の人事も含めて政治的な利下げ圧力が高まっているため、FRBが利上げをするハードルは上がっていると言わざるを得ない。
 

2.金融政策の正常化と当面の様子見姿勢への転換

2.金融政策の正常化と当面の様子見姿勢への転換

(金融政策の正常化):政策金利は15年12月、バランスシートは17年10月から正常化を開始
FRBは金融危機後に実施したゼロ金利政策や量的緩和政策などの異例の金融政策からの正常化を継続している。政策金利は、15年12月に引き上げが開始され、FF金利の目標レンジは0-0.25%から18年12月には2.25-2.50%まで合計2.25%ポイント引き上げられた(前掲図表1)。また、年間の利上げ回数は16年までは1回に留ったものの、17年は3回、18年は4回と、利上げペースには加速がみられた。

これは、失業率の低下基調が示す労働市場の回復持続に加え、15年後半を底に物価上昇圧力が高まり、PCE価格指数(前年同月比)が18年に目標(2%)を上回ってきたことが大きい。
(図表2)FRBバランスシート残高(カテゴリー別) また、FRBは数次に亘った量的緩和政策を14年10月に終了し、17年10月からは4.5兆ドル(名目GDP比25%台前半)まで積み上がったバランスシートの縮小を開始した(図表2)。

FRBは、月間の縮小ペースを米国債で60億ドルから18年10月以降の300億ドルまで段階的に引き上げてきたほか、政府機関債・MBSも同様に40億ドルから200億ドルに引き上げてきた。この結果、バランスシート残高は4月末で4兆ドル弱(GDP比20%弱)まで減少した。
(金融政策スタンスの変更):19年入り後、金融政策の正常化スタンスが後退
FRBのパウエル議長は、19年1月のFOMC会合後記者会見で堅調な米経済見通しに変更がないことを示した上で、英国のEU離脱問題を含む欧州や中国などの海外景気や、通商政策に絡む国内政治の不透明感に加え、株価下落などに伴う金融環境の引き締りによって、米経済見通しに対する不透明感が高まっていることを指摘した。同議長は物価上昇圧力が後退していることも踏まえて、金融政策変更はこれらの不透明感が払拭された後で判断するとして、当面は政策金利を据え置く方針を示した。

ここで金融環境の状況を確認すると、広範な金融関連指標から構成されるシカゴ連銀の金融環境指数は、年末にかけて金融環境が引き締ったことを示しており、18年末には▲0.7近辺と17年4月以来の水準となった(図表3)。さらに、株式市場に対する投資家の不安心理を示すVIX指数も12月下旬には一時11年以来となる30台まで上昇した。
(図表3)金融環境指数およびVIX指数/(図表4)FOMC参加者の政策金利見通し
もっとも、株式市場は19年入り後に上昇基調に転じており、足元では市場最高値を伺う水準まで回復した。また、金融環境指数も緩和に転じ、足元では金融危機以降で最も緩和的となっている。

一方、このような金融環境の緩和に加え、ブレグジットの合意なき離脱の回避などの好材料があったにも係わらず、3月に発表されたFOMC参加の政策金利見通し(中央値)は、前回会合(12月)からさらに引き下げられ、19年が2.375%と年内の政策金利据え置きを示唆する結果となった(図表4)。このため、政策金利の正常化スタンスは後退したと言えよう。

さらに、3月会合ではバランスシート政策についても、5月から米国債の縮小ペースを150億ドルに引き下げるほか、9月末で残高縮小を停止する方針が示され、バランスシート正常化のスタンスも後退させた。
(5月FOMCの振り返り):当面の政策金利据え置き方針を確認
直近5月のFOMC会合では、予想通り政策金利が据え置かれた。声明文では、景気見通しやガイダンスの変更が見送られた一方、景気の現状認識について、経済活動が上方修正、インフレが下方修正された。これは、19年1-3月期の実質GDPが前期年率+3.2%と前期の+2.2%から大幅に加速したことや、19年3月のPCEコア価格指数(前年同月比)が+1.6%(前月:+1.7%)と物価目標からの下振れ幅が拡大したことを反映した結果とみられる。

一方、会合後の記者会見でパウエル議長は、コアインフレ率が足元で予想外に低下しているのは、一時的な要因によるものとし、インフレ低下に伴う利下げの可能性を否定したほか、現状で金融政策をどちらかの方向に変化させる強い証拠はないことを強調した。

米国では3月の雇用増加数が20万人近い水準となり、2月の3万人台から大幅な伸びがみられた。また、3月の小売売上高が前月比+1.6%と前月の▲0.2%から大幅なプラスに転じるなど、米国経済が底堅いことを示す経済指標が増えてきている。このため、米景気後退などの過度に悲観的な見方は後退しているが、FRBは5月会合でも政策金利の意思決定を当分の間見送ることを確認した。
(図表5)実効FF金利およびIOER金利 一方、5月会合では超過準備に付利する金利(IOER)の水準が2.40%から2.35%に5bpsポイント引き下げられた(図表5)。FRBは、IOERの引き下げは技術的な要因によるものであり、金融政策の意図したスタンス変更を反映しないとしている。

実効FF金利は4月30日に2.45%まで上昇し、FF誘導目標の上限までの乖離幅が縮まっていたが、IOERの引き上げによって実効FF金利の水準低下を狙ったとみられる。実際に実効FF金利は直近(5月9日時点)の水準が2.39%に低下しているため、効果はあったようだ。
 

3.金融政策見通し

3.金融政策見通し

(金融市場の織込み):年内の利下げ織込みが6割程度
金融市場が織り込む19年の政策金利見通し(利上げ・利下げ確率)は、18年11月時点では、19年内に1回利上げが38.7%、2回利上げが23.0%など、利上げ確率が7割近くに上っていた(図表6)。
(図表6)市場が織り込む利上げ・利下げ確率(19年12月) しかしながら、12月以降は利上げ確率が急低下する一方、逆に利下げ確率が増加しており、直近(5月9日時点)では年内1回利下げが41.9%、2回以上の利下げも19.6%となっており、これらを合わせた利下げ確率は6割を超えている。

前述の通り、5月会合後にパウエル議長が、インフレ率の下振れを背景とする利下げ観測を否定したものの、4月末時点の利下げ確率(67%)からの修正幅は限定的に留まった。
(金融政策目標達成状況):「雇用の最大化」目標はほぼ達成、今後のインフレ動向が鍵
FRBの金融政策目標である「雇用の最大化」と「物価の安定」目標の達成状況をみると、失業率は19年4月が3.6%と1969年12月以来およそ50年ぶりの水準に低下している(前掲図表1)。また、企業の採用意欲が依然として強い中で、労働力不足が顕在化1しており、FRBが政策目標としている「雇用の最大化」はほぼ達成していると判断できる。

さらに、働き盛りでプライムエイジと呼ばれる25-54歳の労働参加率が改善を示す中で、時間当たり賃金の伸び(前年同月比)は足元で+3%台前半まで加速しており、労働需給の逼迫が賃金上昇を加速させ易い状況となっていることが分かる(図表7)。
(図表7)賃金上昇率および労働参加率(25-54歳)/(図表8)原油先物価格および期待インフレ率
「物価の安定」については、PCE価格指数(前年同月比)の総合指数が19年3月は+1.5%と18年10月以降、目標(2%)を下回っているほか、変動の大きい食料品・エネルギーを除いたコア価格指数も3月が+1.6%とこちらも18年12月以降は目標を下回り、足元で低下基調が持続している(前掲図表1)。

一方、総合指数の低下は、主にエネルギー価格の下落によるとみられるが、19年以降の原油価格の上昇に伴い、市場が織り込む期待インフレ率は反発がみられる(図表8)。

また、コア指数の年初からの低下について、パウエル議長は予想外であったことを認めた上で、資産価格の下落に伴う運用手数料の下落や、アパレル価格下落などの一時的な要因によるとしている。このため、一時的な押上げ要因が解消されれば、賃金上昇の加速などを背景に、コアインフレ率が上昇に転じる可能性が高いとみられる。

このようにみると、金融政策目標の観点からは金融市場が織り込む政策金利の引下げは正当化し難いと考えられる。もっとも、インフレ率が反発しても目標水準に達しない期間が長期化する場合には、政策金利の引き下げの可能性が高まることもあろう。
 
1 労働力不足の状況についてはWeeklyエコノミストレター(2019年2月15日)「深刻化する労働力不足―労働供給制約が景気回復に水を差す可能性」を参照https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=60893?site=nli
(政治圧力):FRB理事の人選も含めて利下げ圧力がかかる見通し
トランプ大統領はFRBに対して100bpsの利下げを公然と要求しているほか、ペンス副大統領やクドロー国家経済会議(NEC)委員長もFRBの利下げを促すような発言をしており、FRBに対する政治的な利下げプレッシャーが高まっている。

一方、FRB理事の定員7名のうち、現時点で2名が欠員となっており、FRB理事の人選を通じても政治的な圧力にさらされている。トランプ大統領が同氏の経済政策に賛同する経済評論家のスティーブン・ムーア氏と元ピザ・チェーン経営のハーマン・ケイン氏の指名を画策し、政策金利の引き下げを目指したものの、上院での承認に目処が立たないことから両氏ともに指名を辞退した経緯は記憶に新しい。現状、FRB理事に誰が指名されるのか不透明だが、トランプ大統領が望む利下げを支持する候補者になることが確実だ。
(図表9)FOMC投票メンバー また、利下げを支持するFRB理事2名が加わることで、金融政策の意思決定に影響する可能性がある。現在のFOMC投票メンバーのうち、5名の理事では1名がタカ派で残り4名が中立とみられている。また、地区連銀総裁5名のうち、2名がハト派、2名がタカ派、1名が中立とみられているため、投票メンバー全体では僅かにタカの数が多くなっている(図表9)。

このため、ハト派の理事が2名加わると、投票メンバーのバランスがややハト派に転じることが予想される。

いずれにせよ、トランプ政権からはFRBに対する利下げ圧力の継続が見込まれるほか、FRBが利上げを行って資本市場の不安定化を招く場合にはパウエル議長をはじめ、FRBに対する風当りは強まることが予想される。
(金融政策見通し):当研究所は19年の追加利上げを予想。ただし、利上げのハードルは高い
FRBは金融政策判断を先延ばしており、当面は政策金利を据え置くとみられる。金融市場は物価が下振れしていることや、政治的な圧力を背景に次の金融政策変更が利下げとの見方を強めている。

一方、当研究所は、米国の経済状況や、金融政策目標の達成状況から、現状で利下げを正当化できる状況にはないと判断している。また、FRBが今年に入ってから金融政策スタンスを変更する要因となった海外経済や国内政治状況、金融環境が米経済の下振れリスクとして顕在化しない前提で、19年の追加利上げを予想している。ただし、利上げのハードルが高いことは否定できない。

トランプ政権から利下げ圧力が高まっている中で、同政権が主導する米中貿易戦争が足元再び激化する様相をみせており、株式市場が不安定になっているため、インフレ率が物価目標を超える状況が長期化するなどの場合を除いて早期の利上げ再開は困難とみられる。また、インフレ率が長期に亘って目標水準を下回る状況が続く場合には、財政政策に伴う景気押上げ効果が剥落し、景気減速が見込まれる来年以降の経済状況が視野に入ってくることから、FRBの利上げは困難となろう。いずれにせよ、FRBは中銀の独立性の問題も抱えながら難しい舵取りを迫られよう。
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

(2019年05月10日「Weekly エコノミスト・レター」)

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