2019年05月10日

医師の需給バランス-医師の偏在は是正されるか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

日本では、少子高齢化が進行するなかで、医療・介護の提供について、新たな枠組みが整備されつつある。従来の医療施設中心の医療から、自宅や介護施設での生活における医療・介護ケアを充実させる地域包括ケアシステムの構築である。ただし現状では、医師について診療科と地域の2つの面で、需給バランスに課題がある。この課題について、厚生労働省は分科会を通じて検討を進めてきた。今般、その検討結果が、第4次中間取りまとめ(以下、「取りまとめ」)1として公表された。

本稿では、その内容をもとに、日本の医師の配置の現状や見通しについて、みていくこととしたい。
 
1 「第4次中間取りまとめ」(医療従事者の需給に関する検討会 医師需給分科会, 平成31年3月22日)
 

2――日本の医師の現状

2――日本の医師の現状

日本の医療では、医師不足が問題とされることが多い。まず、医師の現状について簡単にみていく。

1医師数は、戦後一貫して増加している
医師数の推移をみる。臨床の医師は、戦後一貫して増加し、2016年には30.8万人に達した。人口10万人あたり242.7人の医師が医療に従事している。
図表1. 医師数の推移
2000年代には、メディアで医療の崩壊が喧伝され、医師不足の問題が取りあげられることもあった。この時期に、医師が減少したようなイメージが広がったかもしれない。だが実際には、医師は増加している。増加の背景には、大学医学部の定員が安定的に推移し、新卒医師が着実に供給されてきたことが挙げられる。定員は、2010年度に大きく引き上げられた。2018年度には、9,419人となっている。
図表2. 大学医学部定員数の推移
2複数の診療科を標榜する、小児科医や産婦人科医は減少している
つぎに、診療科別の医師数の推移をみてみよう。2016年までの20年間で、主たる診療科についてみると、多くの診療科で、医師は増加している。そのなかで、外科は減少、産婦人科はほぼ横這いとなっている。複数回答でみると、これも多くの診療科で増加している。しかし、小児科と産婦人科では、減少している。背景として、乳児や幼児の患者に対する診療の安全性に、医師が懸念を持つようになり、これまで内科兼小児科としていた診療所が、内科のみを標榜するようになる、といった変化があるものとみられる。小児科や産婦人科の医師の充足が、医療体制整備の課題の1つといえる。
図表3-1. 主たる診療科別医師数推移/図表3-2. 複数回答での診療科別医師数推移

3――医師偏在指標

3――医師偏在指標

2018年7月に成立・公布された「医療法及び医師法の一部を改正する法律」では、医師数に関する指標を踏まえて確保すべき医師数の算定、医師少数区域の設定、医師確保対策の実施体制の整備などが規定された。これを受けて、具体基準の策定等について医師需給分科会で審議が進められ、2019年3月に取りまとめが公表された。以下、その具体内容を概観していく。

1医師偏在指標により、医療圏ごとの医師偏在度合いが数値化された
地域偏在の状況を把握するためには、地域ごとの医師の多寡を、全国ベースで比較する必要がある。そこで、今般、つぎの「医師偏在指標」が設けられた2
図表4. 医師偏在指標
 
2 これとあわせて、次章でみるように、産科医師偏在指標と小児科医師偏在指標も設けられた。また、二次医療圏ごとに、外来医師偏在指標も設けられた。
(1) 医療ニーズ及び人口・人口構成とその変化
一般に、高齢者の割合が高い地域ほど、医療ニーズが増す。そこで、指標の分母の「地域の標準化受療率比」において、地域の性年齢階級別の人口構成を反映することとされている。

(2) 患者の流出入
大都市の中心地域では、昼間人口と夜間人口が大きく異なる。また、患者が、医療圏を越えて受療することもある。これらに関して、医師数は、夜間人口(患者住所地ベース)をもとに算出されており、昼間に所在する地域での受療行動は考慮できていない。そこで、外来医療については、現実の受療行動に関するデータを参考として、患者の流出入を反映する。入院医療については、地域医療構想における推計方法を参考に、患者住所地をもとに医療需要を算出し、流出入についての実態も情報提供した上で、都道府県間等の調整を行うことで、患者の流出入を反映することが基本とされた。

(3) へき地等の地理的条件
へき地等は指標では、きめ細かく対応できない。このため各都道府県が、局所的に医師が少ない場所を「医師少数スポット」3として定め、医師少数区域(下記3|参照)と同様に取り扱うこととされた。
 
3 医師少数スポット等における局所的な医師確保にあたっては、常勤医師派遣という選択だけではなく、複数医師での多様な連携による派遣システムや巡回診療等の体制整備、遠隔医療の活用を検討するなど、実情に応じた柔軟な運用により医療ニーズを充足していくことが適切である、とされている。
(4) 医師の性別・年齢分布
地域の人口のみならず、医師についても、地域ごとに男女比や年齢分布が異なる。そこで、指標の分子の「標準化医師数」において、性・年齢ごとの平均労働時間による重み付けをして、医師数を標準化することとされた。

(5) 指標の単位と見直しの間隔
医師偏在指標は、三次医療圏(都道府県)と二次医療圏を単位として、算出することとされた4。見直しの間隔は、医師確保計画と同様に、3年(初年度は4年)ごととされた。
 
4 外来診療を担う診療所の地域偏在問題については、別途検討を行うこととされた。
22036年度が医師偏在是正の目標年とされた
医師の養成には、相応の時間を要する。都道府県が大学に対して、地域枠や地元出身者枠を設定する仕組みは2022年度から開始される予定であり、その医学生が医師になるのは2028年度。地域枠は義務年限を9年間とすると、その効果が最も大きくなるのは2036年度となる。そこで、第9次医療計画の終了時点(2035年度末)の医師確保状況を目標として、2036年度が医師偏在是正の目標年とされた。
3医師偏在指標の暫定値と、それに基づく医師少数区域と医師多数区域が示された
医師偏在指標の下位3分の1を医師少数区域、上位3分の1を医師多数区域と設定することとされた。今回の取りまとめでは、暫定値(精査中)として、都道府県および二次医療圏ごとの医師偏在指標が公表された。このうち、都道府県については、つぎの表のとおり、東京、石川、山口、宮崎を別にすると、東日本で医師少数、西日本で医師多数の傾向となっている。一方、二次医療圏別にみると、一般に都市部で医師多数、農村部で医師少数となる傾向がうかがえる。
図表5-1. 都道府県ごとの医師偏在指標 (暫定値)
図表5-2. 二次医療圏ごとの医師偏在指標 (暫定値) 
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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