2019年04月09日

欧州大手保険グループの2018年末SCR比率の状況について(1)-ソルベンシーIIに基づく数値結果報告-

中村 亮一

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1―はじめに

欧州大手保険グループの2018年決算の発表が2月から3月にかけて行われており、それに伴い、ソルベンシーII制度に基づく各種数値等も開示されている。今回は、各社の2018年末のSCR比率の状況等について、SCR比率の水準やその感応度及びここ数年における推移等を2回のレポートに分けて報告する。

今回のレポートでは、欧州大手保険グループのSCR比率の水準等について、全体的な状況を報告する。
 

2―欧州大手保険グループのSCR比率の推移

2―欧州大手保険グループのSCR比率の推移

欧州大手保険グループのSCR比率(=自己資本/SCR(Solvency Capital Requirement:ソルベンシー資本要件))の2015年末から2018年末の推移については、下記の図表の通りとなっている。なお、ZurichはソルベンシーⅡの対象ではないが、参考のためスイスの制度に基づく数値等を掲載している。
欧州大手保険グループのSCR比率等の推移
この図表によれば、2016年末から2017年末にかけては、市場環境が良好(金利の上昇、クレジットスプレッドの縮小、株価の上昇等)であったこともあり、(Prudentialを除けば)各社ともSCR比率を大きく上昇させていた。特に、内部モデル適用範囲の拡大等のSCR比率の算出方法の変更等もあり、Generaliは30%ポイント、Aegonは44%ポイントと大幅に水準を上げていた。

これに対して、2017年末から2018年末にかけては、市場環境の悪化(金利の低下、株価の下落等)もあり、AXAとZurichのSCR比率が低下した。一方で、Prudentialは大きく比率を増加させた。

このように、SCR比率の推移については、各社の資本充実やリスクテイクへの方針の差異等を反映して、その動向は一律ではなく、また必ずしも市場環境に応じて類似のトレンドを示しているわけではない。

さらには、(1)各社の生命保険と損害保険等の事業や地域別の構成比の差異等から、目標とするSCR比率等が異なっている(例えば、PrudentialとAegonは生命保険事業が中心だが、AXA、Allianz、Generali、Zurichは生命保険事業も損害保険事業も大きな位置付けを占めており、さらにはAllianz等では資産管理事業も営業利益のうちの大きなウェイトを占めている)、(2)事業の地域構成の差異からくる為替等の影響の程度が異なっている(例えば、Prudentialはポンド、Zurichは米ドルと主要通貨や新興国通貨との為替レートが公表数値に大きな影響を与える)、(3)規制当局との交渉等を踏まえた内部モデルの適用範囲の拡大等による算出方法の変更を実施している会社もある(特に、GeneraliやAegonでその影響が大きかった)、等の理由から、単純な各社間の絶対水準や年度間の推移の比較ができない、ことには注意が必要になる。
(参考)欧州大手保険グループの事業別内訳(2018年)

3―SCR比率算定等に関係する事項

3―SCR比率算定等に関係する事項

この章では、SCR比率算出等に関係する事項について報告する。

ここで述べる項目については、SFCR(ソルベンシー財務状況報告書)が公表されれば、より詳しい内容が把握できる部分もある。2017年末数値に関する詳しい内容については、保険年金フォーカス「欧州保険会社が2017年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)を公表(2)-SFCRからの具体的内容の抜粋報告(その1)-」(2018.7.17)で、各社の長期保証措置や移行措置の適用状況について、保険年金フォーカス「欧州保険会社が2017年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)を公表(3)-SFCRからの具体的内容の抜粋報告(その2)-」(2018.7.23)や保険年金フォーカス「欧州保険会社が2017年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)を公表(4)-SFCRからの具体的内容の抜粋報告(その3)-」(2018.7.30)等のレポートにおいて、各社の内部モデルの適用状況について、それぞれ報告しているので、これらのレポートも参照していただきたい。

今回は、あくまでも今回の2018年の決算発表において、開示された情報等に基づいている。ただし、以下の2|及び3|については、2018年のデータが得られていないため、基礎研レポート「欧州大手保険グループの2018年上期末SCR比率の状況について-ソルベンシーIIに基づく数値結果報告-」(2018.10.1)で報告した2017年末データに基づく記述を繰り返している。
1|SCR比率の目標範囲
SCR比率の目標範囲に相当する水準は、以下の図表の通りである。会社内部のソルベンシー比率と監督規制上のソルベンシー比率の両方を開示している会社(Aviva、Zurich)では、会社内部のソルベンシー比率に基づく目標範囲を設定している。ただし、これらの目標範囲についても、各社毎にその位置付けが異なっているので、単純な比較はできない。
欧州大手保険グループのSCR比率の目標範囲
AllianzとAXAは200%をベースに設定している。Generaliは経営行動を起こす下限水準を公表している。PrudentialやAegonは地域毎に目標を設定している。AvivaはWorking Rangeという名称で水準設定している。

また、各社の水準は必ずしも固定されているものではなく、適宜見直しが行われている。例えば、Avivaは下限水準を以前の150%から2018年に160%に引き上げている。また、Aegonの目標範囲は、以前は他社に比較して低かったが、2017年の見直しに伴い、他社並みの水準に引き上げられている。さらにAegonの地域別の目標範囲については、現在、米国350%~450%、オランダ150%~190%、英国145%~185%と設定されているが、オランダの目標範囲については、中間点を5%ポイントから10%ポイント引き上げる方向でレビュー中とのことである。

なお、SCR比率の水準毎の会社の対応方針をさらに明確にして開示している会社もある。
2|SCR等の算出方法(内部モデルの適用状況)
各社とも内部モデルを適用しているが、その適用対象については、母国に加えて、欧州の主要国やアジア等、実質的に米国を除く主要事業国を含めているケースが多い。米国については各社とも同等性評価に基づいている。

2017年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)に基づくと、各社のソルベンシーIIに基づく分散効果控除前のSCR算出における内部モデルの適用比率(=内部モデルによるSCR/(内部モデル適用後の)全体のSCR))は、以下の通りとなっている。
分散効果控除前のSCR算出における内部モデル適用比率(2017年末)
これによれば、各社によって状況は異なっており、AXAは全体SCRの97.1%が内部モデルによって算出されているのに対して、Generaliは61.1%、Aegonは64.6%に留まっている。各国の保険監督当局の内部モデル承認に対するスタンスの差異も影響しているものと思われる。

なお、SFCRでは、標準式によるSCRの数値は開示されていないが、過去の影響度調査によれば、内部モデル適用によるSCRの引き下げ効果は2割程度と想定されている。

また、内部モデルの適用によって最も影響が大きいのが、子会社間や地域間の分散効果であると考えられているが、(標準式による分も含めた)分散効果による控除率は、以下の通りとなっている。
分散効果による控除率(2017年末)
3|SCR等の算出方法(長期保証措置の適用状況)
ソルベンシーIからソルベンシーIIへの移行における割引率や技術的準備金についての16年間にわたる経過措置、MA(マッチング調整)及びVA(ボラティリティ調整)といった長期保証措置1の適用については、各国の保険市場の特徴(販売商品や資産運用市場等)に大きく依存している。

保険年金フォーカス「欧州保険会社が2017年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)を公表(2)-SFCRからの具体的内容の抜粋報告(その1)-」(2018.7.17)で報告したように、Zurich以外のソルベンシーII制度下にある6社については、全社がボラティリティ調整を適用し、PrudentialとAviva(及びAegonがほんの一部)が、マッチング調整や技術的準備金に関する移行措置を適用している。

これらの措置の適用による影響(2017年末ベース)については、以下の通りであり、英国の保険グループがこれらの措置に大きく依存していることが示されている。下記の図表の数値は、GeneraliもAvivaも監督ベースの数値である。
長期保証(LTG)措置及び移行措置の適用によるSCR比率への影響(2017年末)
 
1 長期保証措置(経過措置を含む)の内容及びそのEU各国における適用状況については、筆者による、保険・年金フォーカス「EUソルベンシーIIにおけるLTG措置等の適用状況とその影響(1)~(8)-EIOPAの2018年報告書の概要報告-」(2019.1.25~2019.3.4)を参照していただきたい。
4|自己資本の内訳
ソルベンシーIIの資本要件に算入可能な各種自己資本は、劣後性や損失吸収性、期間といった資本適格性からTier1~Tier3 に分類2され、 それぞれについて算入制限が設定されている。具体的には、「Tier1(無制限)は無制限、Tier1(制限付)はTier1全体の20%未満、Tier3 はSCRの15%未満、Tier2とTier3の合計でSCRの50%未満」となっている。

各社とも、着実にTier1の割合を高めてきており、自己資本のうち、Tier1の自己資本が7割から9割程度、さらに、Tier1(無制限)がそのうちの8割から9割程度を占めている。

各社とも、既存のTier1 やTier2の劣後債務について、グランド・ファザーリング・ルール(既得権認容ルール)を適用しているが、こうした債務については、早期償還等を行い、段階的にソルベンシーII適格なものに変更してきている。

2018年末における自己資本の内訳については、基本的には、各社とも2017年末から大きく変化しているわけではないが、AXAにおいては、AXA XLの資本の影響や債務の返済・発行等を受けて、Tier1(無制限)やTier1(制限付)の残高が減少し、Tier2の残高が増加している。
自己資本の内訳(2018年末)
 
2 Tier1(無制限)は払込資本や剰余金等、Tier1(制限付)はグランド・ファザーリング・ルールに基づく劣後債務、Tier2は、劣後債務、Tier3は繰延税金資産等である。
5|SCRのリスク別及び地域別内訳
SCRのリスク別及び地域別内訳の開示については、下記の図表が示すように、各社の事業構成等を反映する形で、リスクの分類の方式等が異なっている。

リスク別では、各社とも市場リスクや信用リスクのウェイトが高くなっている。ここで、図表の「信用」に、(1)デフォールト、スプレッド拡大、格付変更のリスクを全て含めている会社と、(2)これらを一部区分して開示している会社、がある点には注意が必要である。

生命保険と損害保険のウェイトが共に高いAXA、Allianz、Generaliにおいては、保険引受けリスクの構成比も高いものとなっている。なお、Prudentialは生命保険事業が中心であるが、長寿リスクを1つの項目として挙げており、その割合も7%と有意な水準になっている。

株式や金利のリスクはともに、各社における構成比が1割から2割程度となっている。

オペレーショナル・リスクについては、ほぼ各社とも数%から1割程度の構成比となっている。

また、地域別内訳は、各社の地域別事業展開を反映したものとなっている。
SCRのリスク別・地域別内訳(2018年末)

4―まとめ

4―まとめ

以上、各社のプレス・リリース資料等に基づいて、欧州大手保険グループの2018年末のSCR比率の水準等について、全体的な状況を報告してきた。

決算公表時点でのソルベンシーに関する情報提供は、必ずしも十分なものではない面もある。既に述べたように2016年からはSFCRが作成されており、この中でさらに詳しい内容が報告されていくことになっている。

次回のレポートでは、各社のSCR比率の推移分析や感応度の推移の状況について報告する。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2019年04月09日「保険・年金フォーカス」)

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