2019年03月29日

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(5) データの共有と占有を切り分ける最適な判断・意思決定が重要
このように、自動運転技術の開発における走行映像データや工場の稼働データの収集・蓄積は、現時点では基本的に競争領域とみなされることが多いものの、場合によっては、逆に協調領域と捉えてデータを共有・共用するという選択肢もあり得る、と考えられる。

データを占有・独占すれば、特定の企業がより多くの経済的リターンを占有できるチャンスが高まったり、データの個別用途に対応した独自データを収集できたりする一方、データを共有・共用すれば、これまで1社単独では収集できなかったようなデータを互いにスピーディに取得できるようになり、データ連携を行う企業群がより多くの付加価値(イノベーション)を迅速に生み出し、ひいてはより大きな社会的価値を創出できる可能性が高まるかもしれない。

企業は、イノベーションや社会的価値の創出といったアウトカムやソーシャルインパクトの最大化の可能性を最優先に考えつつも、アストロズのように、他社と共有・共用する協調領域のデータと独自に取得・占有する競争領域のデータを切り分ける、最適な判断・意思決定を行うことが望まれる。また、この競争領域と協調領域の区分は不変ではなく、企業を取り巻く競争環境や経営戦略などの変化に対応して、変化し得ることにも留意すべきだ。

(6) 重篤な疾病の診断、老朽化した社会インフラや工場設備の点検・診断など社会的要請の高い分野ではデータの共有・共用を急ぐべき
データ特性や社会的要請から、データの共有・共用が望ましい領域もあるだろう。例えば、重篤な疾病をAI技術で解析するために必要となる医療画像データのように、人間の生命に関わる領域の場合、個人情報保護には勿論十分に留意しつつも、一人でも多くの生命を救うために、ディープラーニングによりAIの画像認識の精度向上を図ることを最優先することが望まれる。そのためには、AIに学習させる膨大な医療画像データの取得が不可欠であり、より多くの病院間で当該医療データの共有・集約を進めることが必要となるだろう。

また、国民の安全・安心の確保に関わる領域でも医療分野と同様に、データ共有を急がなければならない。例えば、老朽化した社会インフラをAIの利活用により点検・診断するために必要となる、画像データや熟練技術者の暗黙知(データへの形式知化が必要23)などがこれに当たる。この分野での先行事例として、国土交通省の取り組みが挙げられる。同省が所管する国立研究開発法人土木研究所は、「AIを活用した道路橋メンテナンスの効率化 に関する共同研究」を2018年から25の官民組織と開始した24

工場データの中では、設備の稼働データが基本的に競争領域とみなされることが多く、企業間での共有は比較的難しいと述べたが、我が国の製造業全体で設備老朽化が進展している25ことから、工場の設備・プラントの保安分野のデータについては、社会インフラと同様に、できるだけ多くの企業間で共有して分析を行い、設備・プラントの点検・診断・補修についての知恵を出し合い共通知化することが求められるのではないだろうか。特に高温高圧下での化学反応を扱う石油化学コンビナートなどでは、プラント事故の社会的影響が甚大となるため、老朽化などを起因としたプラント事故は何としても避けなければならない。

この分野での先行事例として、経済産業省の取り組みが挙げられる。同省が所管する国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の実証事業「2016年度IoT推進のための新産業モデル創出基盤整備事業(化学プラントにおける自主保安高度化事業)」の下で、石油化学産業の業界団体である石油化学工業協会内に「産業保安分野におけるIoT実証事業ワーキング・グループ」が組織され、同ワーキング・グループに参画した大手化学メーカー13社26からプラントの配管や槽などの外面腐食に係る検査データ(設備の運転温度、使用年数、腐食状況など協調領域のデータ)約1.4万点余りが収集・集約され、それを用いて腐食状況予測のためのモデルが開発・構築された。
 
23 具体的には、熟練技術者が何を見てどのように判定したのかを表す、入力と正解の出力がセットになった「教師データ(訓練データ)」へ、暗黙知をデータ化する必要がある。
24 共同研究期間は2018年9月~2022年3月。共同研究者は国立研究開発法人理化学研究所革新知能統合研究センター、茨城県、富山市の他、建設コンサルタント、電機・IT企業、自動車部品メーカー、舗装材料メーカー、AIベンチャーなどの民間企業。
25 筆者は、我が国の製造業の低収益構造は、競争力のある最新鋭設備への更新投資が進まず、老朽設備が蓄積され、設備過剰と生産性低下を招いていることに起因している、と考えている。筆者のこのような考え方については、拙稿「製造業の『国内回帰』現象の裏にあるもの」『ニッセイ基礎研REPORT』2004年12 月号、同「アベノミクスの設備投資促進策」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2013年7月31日、同「コーポレートガバナンス改革・ROE経営とCRE戦略」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2017年3月29日を参照されたい。
26 13社は住友化学、丸善石油化学、三井化学、JSR、日本触媒、日本ゼオン、三菱化学、昭和電工、旭化成、デンカ、東ソー、新日鉄住金化学、出光興産。旭化成が予測モデルの開発を行った(今後も開発更新を行う)。2019年度以降は石油化学工業協会にて、現行スキームを継続し予測モデルの高度化を予定している。
4|ITインフラの見極め・選択の重要性
(1) 事業特性や財務状況に応じたクラウドとオンプレミスの合理的な選択が必要
MLBのデジタルサービス部門MLBAMでは、スタットキャストを構築する際に、クラウドサービスの活用とオンプレミスでのシステム構築の選択肢を設定した上で、想定される運用方法(1年のうち半分(シーズン中)しかシステムは稼働しない)などを勘案して、AWS(クラウドサービスに加えエッジサービスも含むとみられる)を導入することを決定したように、企業もIoT・ビッグデータ・AIの利活用をビジネスに取り入れる際には、データの処理・分析・保存のために導入するITインフラの比較検討をしっかりと行い、見極めて選択を行うことが極めて重要だ。

初期(導入)コスト、利用(運用)コスト、ユーザー数によるスケールメリット、データセンターのロケーション変更(時間)、サーバリソースの拡張・縮小(時間・コスト)、ITインフラ調達(構築)期間などの視点では、クラウドがオンプレミスより有利であるように思われる27。一方、オンプレミスと比べたクラウドの課題としては、(1)オンプレミスよりネットワークの物理的距離が長くレイテンシ(latency:遅延時間)が相対的に高くなること、(2)自社内の閉じたローカル環境下にあるオンプレミスに比べ、ネットワークセキュリティ面で相対的に劣ること、(3)トラブルの際の復旧はサービス提供側に依存するため、その目途がわかりづらいこと(オンプレミスでは自社のシステムエンジニア(SE)が対応)、(4)アップデートのタイミングがサービス提供側に依存するため、顧客側での運用負荷が増える可能性があること、などが挙げられる。

これらの多様な視点について、自社の事業特性に応じた運用方法、自社の財務状況などを加味して比較検討・最適化することが求められる。
 
27 アマゾンウェブサービスジャパン株式会社「AWS クラウドとオンプレミスとの違い-TCOで考える-」2017年2月などを参照した。
(2) クラウドコンピューティングとエッジコンピューティングの役割分担が重要
エッジコンピューティングは、ITシステムを使用する企業のデバイス端末に近い、ネットワークの周縁部(エッジ)にコンピューティングリソースを配置することにより、クラウドシステムへの負荷や通信遅延を抑制するシステムであるため、エッジシステムによる分散処理はビッグデータをクラウドに高速で送信する上でも貢献が大きい。

また、エッジコンピューティング自体が、ネットワークの物理的距離が短くレイテンシが低いため、リアルタイム性の高い処理ができる。このため、自動運転や工場の機械装置の制御などのように、周囲の状況の認知、それに基づく判断・操作が迅速に行われることが求められ、データ遅延が重大な事故につながるリスクが高い分野では、エッジコンピューティングは不可欠なシステムだと言える。エッジシステムにより事業の現場に近いエッジでデータ処理の一部を行った上で、クラウドには必要なデータのみを上げればよい。そしてクラウドでは、膨大な計算リソースを要する複雑なデータ処理を行うことができる。例えば、AIを業務に利活用する場合、大規模な計算リソースが必要となる膨大なデータの学習はクラウド側で行う一方、クラウドで作成した学習済みモデルによる推論処理はリアルタイム性が要求されエッジ側で行う、といった役割分担が考えられる(図表2)。

このため、クラウドを導入する企業においては、クラウド一辺倒ではなく、エッジコンピューティングを併用し、クラウドとエッジの役割分担を明確にすることが重要となる。
図表2 クラウドとエッジを併用したITシステムの概略図と役割分担
(3) シェアードサービスとしてのIT戦略がITシステムの選択など経営の意思決定を支えるべき
社内のIT 戦略は、経理・財務、人事、管財(不動産管理)、物流などとともに、社内に専門的・共通的な役務を提供する「シェアードサービス型」戦略の一翼を担う。シェアードサービスは企業経営に不可欠だが、事業戦略と整合性がとられて初めて機能するため、IT戦略には、経営層や事業部門など「社内顧客」にITサービスを提供する「社内ベンダー」、すなわち社内顧客の「ビジネスパートナー」である、との発想が必要となる。

必ずしもITの専門的知見を持たない経営層が(1)、(2)のような意思決定をするのは、容易ではないだろう。しかし、AI・IoTを実装していく上でのインフラとなるITシステムの選択は、決して疎かにはできない極めて重要な意思決定だ。経営層によるITに関わる意思決定をしっかりとサポートできる、IT専門人材の存在が欠かせない。

大企業などでは、IT業務に関わる専門部署の設置および専任担当者(SE)の配置(グループ内のIT専門企業へのアウトソーシングを含む)が求められる。このIT専門部署の担当者は、社内顧客のITニーズを十分に把握し、社内の顧客満足度(CS:Customer satisfaction)の向上につなげるための社内顧客との関係構築、言わば「社内CRM(Customer Relationship Management)」が重要となる。一方、外部のITベンダーから情報提供やアウトソーシングなどいつでも協力を仰げるように、日頃から外部ベンダーとの人的ネットワークを築いておくことも重要だ。社内顧客とIT部門、外部ベンダーとIT部門の間のいずれにも、信頼関係と人的ネットワークが十分に醸成されていることが望ましい。そしてIT部門は、社内顧客のITニーズと外部のITベンダーのサービスをつなぐ「リエゾン(橋渡し)機能」(外部ベンダーを使いこなす「ベンダーマネジメント機能」と言い換えてもよい)をしっかりと果たすことが求められる28。外部の専門機関の力を借りつつ、それらをコーディネートして、より高度なITソリューションを社内顧客に提供していくことが求められるからだ。

一方、中堅・中小企業でも、できればIT専任担当者を置くことが望ましいが、人材に制約のある中小企業において専任担当者を置くのが難しい場合は、もちろん兼任でも構わない。さらに兼任担当者も置けない小規模企業のケースでは、できればITベンダーやメーンバンクなどが社内スタッフに代わって専門部署の役割を包括的に担うべく、オーナー経営者をしっかりとサポートすることが望まれる。
 
28 シェアードサービス型業務における社内CRMとベンダーマネジメント、アウトソーシングの重要性については、拙稿「CRE(企業不動産)戦略の進化に向けたアウトソーシングの戦略的活用」『ニッセイ基礎研REPORT』2010 年8月号、同「CRE戦略の企業経営における位置付けと役割」『ニッセイ基礎研所報』2014年Vol.58(2014年6月)を参照されたい。
 

4――おわりに~日本発のデータ共有・共用モデルを示せ!

4――おわりに~日本発のデータ共有・共用モデルを示せ!

日本経済新聞と日経BP社の専門サイト「日経 xTECH」が2018年7~8月に実施した、日本の主要企業(大手113社)へのAIの活用状況に関わるアンケート調査によれば、「データはあるが、使える状態になっていない」企業が35%に上り「収集できていない」も2割を占め、「どんなデータが必要か分からない」も含め6割の企業が、AIの運用に欠かせないデータ活用で課題を抱えていることが分かったという29。また、日本政策投資銀行が2018年6月に実施した「全国設備投資計画調査(大企業:資本金10億円以上)」によれば、「ビッグデータ、AIを活用している、または活用を検討している」企業の比率は、製造業(486社)では34%、非製造業(682社)では24%にとどまっている30

このように、現時点ではデータの利活用が遅れている我が国企業にとって、データの共有・共用が進むMLBに学ぶべきことは多々あると思われる。我が国企業の経営層や従業員が、MLBのデータ革命の良いところを取り入れ、現状のデータ利活用の遅れから脱してデータ革命を本格的に推進することを期待したい。

その際に、個別の具体的な戦術・戦略というより、AI・IoTの利活用に際しての大局的な方向性として図表3を参照・活用して頂ければ有難い。第3章で述べたインプリケーションについて、見出しを抽出して要点をまとめたものだが、これを「AI・IoT利活用の方向性」と呼びたい(図表3)。
図表3 AI・IoT利活用の方向性
一方、我が国でも一部の先進企業では、戦略的にデータを共有・共用しようという動きが出てきている。本稿で紹介した、官民連携によるAIを活用した道路橋メンテナンスの効率化に関する共同研究や、大手化学メーカー13社によるプラントの外面腐食状況予測のためのモデル開発・構築も、先進事例として挙げられる。

また、アスクルは、データ共有を既にいち早く実践している極めて先進的な事例だ。同社は、個人向け通販「ロハコ」のビッグデータを活用する「LOHACO ECマーケティングラボ」を2014年に設立し、個人情報に配慮して加工したデータをメーカーなど取引先に公開し、効率的な販売促進や商品開発、物流などに活かしているという31。ラボ設立の基本精神には、社会最適で環境負荷の少ない仕組みにしようという考えがあり、「ウィナー・テイクス・オール(勝者総取り)」ではなく「共創」を目指しているという。今年度にラボに参加する企業は日用品や食品、飲料、化粧品、医薬、文房具など130社に上り、競合する企業も多いが、お互いがデータを共有しているという。かつては抵抗を持つ企業もあったが、今では「顧客を幅広く知ることがメリット」というのが共通認識となったという。定期的に会議や勉強会も開き、成功事例の発表や効果の検証などをしており、活動を通じ、いくつも新商品が誕生したという。

参加企業が社会的価値を創出するという基本精神の下でアスクルのラボに集い、データは協調領域とする一方で新製品開発で競い合い、成功事例や効果検証などはまた参加企業間で共有される、というサイクルがきっちりと確立されている。本稿で述べてきたように、単にデータを共有するだけでは不十分であり、協調領域(データや成功事例・効果検証の共有)と競争領域(新製品・新サービスの開発)を明確化することが極めて重要であることを、アスクルの事例は見事に示している。また、「社会最適」が基本精神として謳われていることも特筆される。

データを独占してきたGAFAなど巨大ITプラットフォーマーへの警戒感が国際的に強まり、主要地域・主要国で様々な規制が整備されつつある中、我が国では、アスクルのように、協調領域と競争領域を明確に切り分けた「日本発のデータ共有・共用モデル」を世界に示していくことが極めて重要である、と筆者は考える。
 
29 日本経済新聞 2018年9月30日1面「AI、データ不足6割 『動かない頭脳』続出の恐れ/主要100社に聞く 本社・日経BP調査」より引用。
30 日本政策投資銀行産業調査部「2018年度設備投資計画調査の概要」(2018年8月1日)より引用。
31 アスクルの事例は、吉岡晃(アスクル取締役)「企業のデータ共有を社会の利益に」『私見卓見』日本経済新聞2018年10月3日より引用。
<参考文献>
(※弊社媒体の筆者の論考は、弊社ホームページの筆者ページ「百嶋 徹のレポート」を参照されたい)
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

(2019年03月29日「基礎研レポート」)

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【AI・IoTの利活用の在り方-米メジャーリーグの「データ革命」に学ぶ】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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