2019年03月25日

文字サイズ

2大企業非製造業の分析
我が国の大企業非製造業全体の付加価値は、80年代まで高成長を遂げた後、90年代以降は成長率が鈍化しつつも、リーマン・ショックによる落ち込みも製造業ほど大幅ではなく、緩やかな成長軌道を維持しており、直近実績の17年度は約72兆円と過去最高の水準にある(図表3)。

付加価値分配構造について、製造業と同様に00年度と07年度、07年度と直近実績値の17年度を比べてみよう。まず00年度と07年度を比べると、付加価値が約7.6兆円増加(年率1.8%増)する一方、営業利益は約3.5兆円増加(同4.1%増)しており、付加価値増分の47%が充てられ付加価値構成要素の中で最も厚い分配増がなされた(図表4)。付加価値が増加する中で、従業員人件費は約1兆円減と唯一分配が減少しており、製造業と同様に従業員のみがしわ寄せを受ける形となった。減価償却費は約2.3兆円、賃借料は約1.5兆円、各々増加した。一方、株主配当は約3.3兆円増加し、営業増益分の9割超に相当する。非製造業でも、営業利益および株主配当に厚い分配増がなされた、と言える。

分配率を見ると、労働分配率は00年度の42.5%から07年度に36.1%へと6.4ポイント低下する一方、営業利益の比率は18.9%から22.1%へと3.2ポイント上昇した(図表4)。減価償却費は0.8ポイント、賃借料は1ポイント、各々上昇した。労働分配率は80年代以降、40~45%のレンジで推移してきたが、03年度から07年度まで40%を割り込み、歴史的低水準が続いた(図表3)。一方、株主配当の比率は2.3%から7.1%へと4.7ポイント上昇した。配当金比率は80年代以降、2~3%の低水準で安定していたが、05年度以降5%以上の水準に切り上がった。役員人件費の比率は概ね0.6~1%の水準で安定しているが、05年度のみ1.3%と1%を超えた。

00年度から07年度にかけて、大企業製造業と同様に、従業員への付加価値分配が抑制される一方、営業利益への相対的に厚い分配増を経由して株主への分配が優先されるようになり、その傾向が05年度以降に特に強まった、とみられる。
図表3 大企業非製造業(資本金10億円以上)の付加価値分配構造の推移
図表4 大企業非製造業(資本金10億円以上)の付加価値分配構造の変化(2000年度→2007年度→2017年度)
次に07年度と直近実績値の17年度を比べると、付加価値が約6.5兆円増加(年率1%増)する一方、営業利益は約7.9兆円増(同4.5%増)と付加価値の増分以上に増加した(図表4)。一方、従業員人件費は約4.1兆円増と増加に転じたが、減価償却費が約5.2兆円も減少しており、この間の増益は付加価値増分のすべてが営業利益に回された上に、一部は減価償却費の削減からも捻出された。一方、株主配当は約5.5兆円増加し、営業増益分の7割に相当する。

17年度の分配率を見ると、営業利益が31.1%と07年度対比9ポイントも上昇しており、2000年代半ば以降増加傾向にある(図表3)。労働分配率は38.5%と同2.5ポイント上昇しているが、80年代~2000年代初頭の変動レンジ(40~45%)の下限値に達しておらず、2010年代以降で見れば低下傾向にある。減価償却費は14.3%と同9.4ポイントも低下しており、2000年代半ば以降、明らかな低下傾向にある。一方、配当金は14.1%と同7ポイントも上昇しており、2000年代半ば以降、営業利益とともに明らかな上昇傾向にある。

このように07年度以降も、大企業製造業と同様に、株主への分配が優先される傾向が一層強まっており、増配の資金捻出のために、従業員や設備への分配率の引き下げなどにより、目先の営業利益の確保が図られている、とみられる。
 

4――経済的リターンをもたらさない短期志向の経営の例示

4――経済的リターンをもたらさない短期志向の経営の例示

経営の短期志向に陥っている企業が、目先の利益追求を優先するがあまり、法制度や社会的倫理から逸脱すれば、企業不祥事にまでつながり、企業価値の大きな毀損を招くことは明らかであり、場合によっては企業破綻にまでつながってしまうこともあり得るだろう。一方、企業不祥事に至らなくとも、経済的リターンの継続的な創出には結局つながらないことを、2つの簡単な例により示してみよう。
1製品開発戦略
例えば、新製品の開発において、社会を豊かにする製品開発や顧客視点のデザイン(=社会的価値の創出)よりも、コストや効率性(=目先の利益追求)を優先させる企業を想定しよう。そのような企業では、デザイナーや開発担当者が提案する斬新なアイデアがコスト面から否定されるだけでなく、開発担当者自身も限られた開発予算の下でのコスト意識が染み付いて、生産段階でコストがかかりそうな斬新な提案を自ら行わないようになるだろう。そもそも、デザイナーや開発担当者が斬新なアイデアにたどり着くまでに繰り返す、試行錯誤の期間が与えられないだろう。

勿論、コスト意識自体は否定されるものではないが、開発者やデザイナーがコスト偏重の考え方を持ってしまうと、製品改良や機能改善に終始し、画期的な「プロダクト・イノベーション」が創出されないリスクが高まってしまう。コスト偏重の開発・デザインから生まれた製品は、人々に感動を与えず、顧客からの共鳴・共感を獲得できないが故に、調達面や生産面での量産効果が出ず、結局コスト高になってしまうことになりかねない。

このような目先の利益を優先する製品開発を行っている企業と対極にあるのがアップルだ4。アップルでは、「世界を良くしたい」という社会的ミッションの追求・実現が起点となり、世界を変えるような機能美を極めた最高の製品を開発することが上位概念に位置付けられ、何よりも最優先される。デザイン部門の意向を受けた調達・生産技術のスタッフは、それに最適な素材・部品や加工技術を見極め確保するために、世界中を奔走し、的確なサプライヤーを世界中から厳選するとともに、その後はサプライヤーを使いこなす「ベンダーマネジメント」をきめ細かく行っているとみられる5

このようにデザイン部門を頂点とした組織体制の下で、デザイナーや開発者が効率性やコストを意識せずに、最高の製品デザイン開発に専念できるのである。「社会変革への高い志・思い」が経営の原動力であり、それを実現したいがために、妥協を許さずに徹底的にやり抜くことを大事しているのだ、と思われる。

大手半導体メーカーの米インテルの元CEOのアンディ・グローブ氏は、「パラノイア(偏執狂)でなければ、シリコンバレーで生き残れない」と言った。アップルも、このグローブ氏の名言を体現するように、創業者のスティーブ・ジョブズ氏の高い志・創業の理念である「誰もが使いこなせるコンピュータを作ることによって、人々の可能性を解き放ち、世界を良くしたい」という社会的ミッションを成し遂げるために、まるでパラノイアのように、世界中のサプライヤーで構成されるサプライチェーンを自ら丹念にデザインし、そして細部に至るまで徹底的にマネージしているのだ、と思われる。
 
4 アップルの経営思想や経営戦略に関わる考察については、拙稿「アップルのものづくり経営に学ぶ」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2013年3月29日、同「アップルの成長神話は終焉したのか」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2013 年10月24日、同「アップルに対する誤解を解く」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2014年7月8日、同「【Apple】高収益体質の礎を築いたサプライチェーン改革」『徹底研究!!GAFA』(洋泉社、2018年12月)を参照されたい。
5 アップルとサプライヤーの関係に関わる考察については、拙稿「製造業を支える高度部材産業の国際競争力強化に向けて(前編)」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2016年12月30日および「同(後編)」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2017年3月31日を参照されたい。
2オフィス戦略
企業がイノベーションを生む創造性を大切に育むためには、経営資源をぎりぎり必要な分しか持たない「リーン(lean)型」の経営ではなく、経営資源にある程度の余裕、いわゆる「組織スラック(slack)」6を備えた経営を実践しなければならない。

例えば、オフィスの設えについて考えてみよう。従業員の能力や創造性を引き出すための創造的なオフィス、すなわち「クリエイティブオフィス」7を構築・運用する考え方の下では、カフェ、ライブラリー、広間、階段の吹き抜けスペース、開放的な内階段など、従業員が気軽に集える休憩・共用スペースを効果的に設置することは、社内のコミュニケーションやコラボレーションの活性化を通じて、イノベーション創出につなげるために不可欠な要素である。すなわち、イノベーション創出のために確保しておくべき組織スラックだ。しかし、目先の利益を優先してリーン型の経営を徹底すれば、仕事に関係のない無駄なものとして撤去されてしまうだろう。

また、従業員の多様なニーズを尊重し、様々な利用シーンに応じて多様性を取り入れたオフィス空間も、従業員のオフィス環境に対する満足度や士気を高め、生産性向上やイノベーション創出につながり得る。しかし、短期志向型の経営者には極めて非効率な空間とみなされ、維持管理の手間やコストが相対的に掛からない画一的な空間に変更されてしまうだろう。

これまで多くの日本企業がそうであったように、効率性のみを追求したオフィス空間は、個性のない均質なものになってしまう。そうすると、目先の不動産コストは削減できても、それと引き換えに何よりも大切な社内の活気や創造性が失われ、従業員間の信頼感や人的ネットワーク、いわゆる「企業内ソーシャル・キャピタル」8は破壊され、イノベーションが生まれない悪循環に陥ることになるだろう。目先の利益を優先する効率性・経済性ありきの戦略は、結局中長期で見れば、経済的リターンをもたらさないと言える。創造性を育み、結果として中長期での経済的リターンを獲得するためには、「組織スラックに投資する」という発想が欠かせない。

シリコンバレーやシアトルなどに立地する米国の優れたハイテク企業をはじめ、先進的なグローバル企業は、既にクリエイティブオフィスの考え方を取り入れ実践しており、世界的には、欧米企業を中心にオフィスづくりの創意工夫を競い合っている。ハイテク企業が多く集積するシリコンバレーやシアトルなどでは、「War for Talent(人材獲得戦争)」とまで言われるほど、企業間で人材の争奪戦が激しく繰り広げられており、企業は、必然的に働きやすく創造的なオフィス環境を整備・提供せざるを得ない、という面もある。先進的なグローバル企業では、従業員の創造性や健康の促進を通じたイノベーションの創出、企業文化の醸成や経営理念の体現のためには、オフィスへの戦略投資を惜しまない。アップルは、2017年にカリフォルニア州クパチーノの広大な敷地(約71万㎡)に新本社屋Apple Park9を構築したが、総工費は50億ドルと言われている。

一方、我が国では、オフィスへの戦略投資を躊躇し、オフィスに極力資金をかけようとしない企業が未だに多いとみられ、クリエイティブオフィスの考え方を取り入れる企業は、一部の大企業やベンチャー企業など、未だごく一部の先進企業にとどまっている。
 
6 組織スラックの考え方については、拙稿「震災復興で問われるCSR(企業の社会的責任)」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2011 年5 月13 日、同「イノベーション促進のためのオフィス戦略」『ニッセイ基礎研REPORT』2011 年8 月号、同「アップルの成長神話は終焉したのか」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2013 年10 月24 日を参照されたい。
7 クリエイティブオフィスの考え方・在り方については、拙稿「クリエイティブオフィスのすすめ」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研所報』Vol.62(2018 年6 月)を参照されたい。
8 ソーシャル・キャピタルとは、コミュニティや組織の構成員間の信頼感や人的ネットワークを指し、コミュニティ・組織を円滑に機能させる「見えざる資本」であると言われる。「社会関係資本」と訳されることが多い。
9 Apple Parkに関わる考察については、拙稿「クリエイティブオフィスのすすめ」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研所報』Vol.62(2018 年6 月)を参照されたい。
 

5――社会変革に挑戦する高い志への回帰がSDGsやESG経営の推進につながる

5――社会変革に挑戦する高い志への回帰がSDGsやESG経営の推進につながる

我が国では、2003 年が「CSR 元年」と言われ、CSR という言葉はここ15年前後で急速に広まった。しかし、前述した通り、大企業の多くは2000年代半ば以降、短期志向の株主至上主義へ拙速に舵を切り、また企業不祥事も依然として後を絶たず、日本企業はCSR の在り方を問われ続けている10。今となっては「2003年はCSR元年」という掛け声は虚しく響く。

このような動きに符号するように、2000年代半ば以降、事業活動を通じて社会的課題に取り組む、社会的企業(ソーシャルベンチャー)を創業する社会起業家が、社会変革の旗手として脚光を浴びるようになってきた。しかし、社会的企業やNPO・NGOだけが「社会的」であるのではなく、本稿で述べてきた通り、本来は営利企業も高い社会性を有するべきであって、その社会性が社会的企業やNPO・NGOを常に下回ってよい、と考えるべきではない。営利企業も「社会的企業」と呼ばれるべく、高い志を持って社会変革に邁進しなければならない。そうすれば、「社会的企業」「社会起業家」という呼称は必要なくなるだろう。社会的企業・社会起業家の台頭は、志の低い営利企業へのアンチテーゼと捉えることもできよう。

2015年の国連サミットで採択された2030年までの国際社会全体の開発目標である「SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)」11や、環境、社会、企業統治への取り組みを重視する「ESG経営」を推進しようという掛け声が我が国に広がる今こそ、企業はそれを掛け声だけで終わらせるのではなく、創業時の高い志に立ち返って、「志の高い社会的ミッションの実現=社会的価値の創出」を企業経営の上位概念に位置付けるCSR 経営を、企業経営の王道として、誠実かつ愚直に実践していくことが求められる。それによって、SDGsやESG経営が我が国で強力に推進されるはずだ。
 
10 企業不祥事に関わる考察については、拙稿「最近の企業不祥事を考える」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2015年12月28日を参照されたい。
11 SDGsの概要については、拙稿「企業不動産(CRE)の意味合い」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2019年3月4日を参照されたい。
<参考文献>

(※弊社媒体の論考は、弊社ホームページの筆者ページ「百嶋 徹のレポート」を参照されたい)
Xでシェアする Facebookでシェアする

社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

(2019年03月25日「基礎研レポート」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【社会的ミッション起点のCSR経営のすすめ-短期志向の経営は経済的リターンをもたらさない】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

社会的ミッション起点のCSR経営のすすめ-短期志向の経営は経済的リターンをもたらさないのレポート Topへ