2019年03月15日

中国生保市場、成長に急ブレーキ-高まる、インシュアテックによる成長への期待

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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12018年は生保収入保険料の伸びが急落

中国の保険当局が2018年の業績を発表し始めている。それによると、2018年の中国生保市場は2017年までの高成長から一転、成長に急ブレーキがかかった。2018年の生保収入保険料は前年比1.9%増の2兆7,247億元(約43兆円)で、前年と比べて増加率がここまで落ち込んだのは2012年以来である(図表1)1
図表1 生保収入保険料の推移
近年、中国の保険市場は二桁成長を続け、世界の市場も牽引してきたと言えよう。2017年には生保、損保とも市場規模で米国に次いで世界第2位に躍り出ている2。それにもかかわらず2018年に成長が急落したのはなぜか。その背景には、2016年後半以降進められている市場の健全化に向けた一連の施策の効果が考えられる。

中国国内では、2015年から2016年前半にかけて、一部の中堅生保によって、高利回りを謳ったユニバーサル保険がインターネットを通じて大量に販売されていた3。保険会社は利回り確保のために、上場会社の株式大量買い付け、敵対的買収、運用規制を超えた投資、資産と負債のデュレーションのミスマッチなど多くの問題を発生させた。国は金融リスク発生回避のため、また、当局は市場健全化のため、2016 年後半より、販売総量規制、投資・運用規制を導入すると同時に、行き過ぎた保険会社には新規引受禁止、株式投資の禁止、経営トップへの行政処分などを下している。また、当局のトップ更迭、監督組織の再編など、国による規制も強力に進められた。

同時に、保険会社に対しては、保険商品の本来あるべき役割をはたすべく、定期、終身、医療などの保障性商品、契約期間が長期で平準払いの貯蓄性商品の販売へのシフトを強く指導している。2017年の後半には、これらの商品に、ユニバーサル保険を運用特約として付帯することを禁止したり、契約期間が短い一時払商品の販売の規制も発表している。2018年は社会全体の消費の落ち込みもあるが、当局による市場への強力な規制がはたらき、成長にブレーキがかかる事態となったと考えられる。
 
1 ここでの生命保険とは、人保険(「人身保険」)で、広義の生命保険を指す。広義の生命保険には、生命保険(定期、終身、養老)、健康保険(医療、疾病、介護、所得保障など)、傷害保険、年金保険が含まれ、ここではそれらの保険の収入保険料の合計を指している。
2 「World insurance in 2017: solid, but mature life markets weigh on growth」、『Sigma』、SwissRe、2018年3月
3 拙著「潮目が変わる、中国保険業界-行政トップの事実上更迭、安邦保険グループトップの拘束とその先」『保険・年金フォーカス』中国保険市場の最新動向(26)、2017年6月20日、pp.1-5
 

2―映画「我不是薬神(俺は薬の神様じゃない)」のヒットと医療保険

2―映画「我不是薬神(俺は薬の神様じゃない)」のヒットと医療保険4

このような動きは、販売チャネルにも表れている。例えば、これまで銀行を主要株主とする銀行系生保は、短期契約で一時払い商品を販売することで、短期間で多くの保険料を獲得していた。2018年はその他の金融商品との競争もあるが、当局による上掲の規制などによって、銀行系生保8社のうち5社で保険料収入が大幅に減少している(図表2)。

また、商品の動きをみると、養老保険などを中心とした「生命保険」の収入保険料が前年からマイナス(前年比3.4%減)に転じる一方、医療保険を中心とした「健康保険」の保険料収入が前年比24.1%増と大幅に増加するという動きもあった(図表3)。

「健康保険」の販売が大幅に増加した背景には、ある映画のヒットによって、医療に対する社会的な関心が高まったことも理由の1つとして挙げられよう。2018年は映画「我不是薬神(俺は薬の神様じゃない)」がヒットし、公的医療保険制度における高い自己負担額や、癌や白血病など重大疾病における多くの治療薬が保険適用外である点について社会の関心が一気に高まった5。また、2018年の同時期にワクチン製造大手企業による偽造といった問題も発覚している。政府はこのような医療を取り巻く状況と国民の反応を重く受け止め、2018年10月に17種の抗がん剤を急遽保険適用にしている。2018年は監督当局による保険市場形成への指導、更に、元より社会的関心の高い医療問題に映画のヒットが加わり、その波及効果として医療保険(健康保険)への関心、需要が拡大したと考えられる6。2018年の医療保険を中心とした健康保険の市場は、2017年よりシェアを3.6ポイント上げ、全体の2割を占めるに至っている(図表1)。
図表2 銀行系生保8社の収入保険料の前年比増減率(2018年)/図表3 保険種類別の収入保険料増加率の推移
 
4 中国語の映画タイトルの邦訳は筆者による仮訳である。英語のタイトルは「Dying to Survive」である。
5 映画のあらすじについては「社会の現実見つめた徐崢主演の新作「我不是薬神」、5日に公開」人民ネット、2018年7月5日を参照。
http://j.people.com.cn/n3/2018/0705/c206603-9477849.html (2019年3月4日取得)。なお、映画は2002年の設定で、同時期は、医療保険制度の整備がまだ進んでいない時期でもある。中国の公的医療保険制度、特に農村部住民や都市の非就労者向けの制度は、SARS(重症急性呼吸器症候群)発生後の2003年以降、急速に整備が進んだ。ただし、設定時期が2002年であったとしても、医療保険制度に対する国民の不満、関心は一貫して高く、現在の問題として結びつきやすい情況にある(注6参照)。
6 毎年全国人民代表大会が開かれる時期に、人民日報のウェブサイト(人民ネット)が、国民に対して最も関心がある話題についてアンケート調査を実施している(2019年は2月12日~2月27日ですでに実施済み、2019年は第18回目の実施となり、参加したネットユーザーは440万人)。アンケートは最も関心のある内容を選択する方法で実施される。医療に関する内容としては「社会保障」、「医療改革」の2項目があるが、「社会保障」は、2013年以降、2014年、2016年、2017年とも1位、「医療改革」は2016年、2017年にも3位となっており、国民の医療や社会保障への関心度は高い。
 

3―2018年はインシュアテックへの取組みの効果が鮮明に

32018年はインシュアテックへの取組みの効果が鮮明に

上掲のとおり、この数年間、生保市場は大きく変化している。加えて社会におけるIT化の急速な進展は、保険会社が販売する保険商品のあり方や成長戦略にも大きな影響を与えている。2018年は、そういったインシュアテックへの取組みやそれによる効果がより鮮明となった1年でもあった。

例えば、大手プラットフォーマーであるアリババグループのネットサービスを利用する会員向けに開発された重大疾病保障が話題となった7。加入の条件はアリ会員であること、ゴマスコアが650点以上であること、年齢が18~59歳であること、健康状態が要件を満たしていることなどで、オンラインでの加入受付後2週間で1,300万人が加入する事態となった。最大の特徴は加入時に保険料に相当する保障コストがかからず、将来時点で発生する給付の多寡に応じて後払いするというものである。この新しい仕組みが、保険料が高くて重大疾病保険への加入に二の足を踏んでいた若いネットユーザーにヒットした。上掲の映画にも関係するが、中国において医療保障の需要の高さを裏付ける結果にもなった。

また、既存の生命保険会社についても、インシュアテックの取組みによる効果が表れてきている。例えば、図表4は上場している5社の市場占有率について、2012年以降の推移をみたものであるが、2012年と2018年の占有率を比較し、唯一大きく上昇しているのが平安人寿である。加えて、首位であった中国人寿と平安人寿の占有率の差は、2012年当時の19.5ポイントから3.4ポイントまで縮小している。もはや平安人寿は首位を維持し続けた中国人寿に肉薄する状態にある。平安人寿の2018年の保険料収入は前年比21.1%増の4,469億元であったが、市場全体が前年比1.9%増、首位の中国人寿が4.7%増(の5,362億元)であったことを考えると、その勢いが市場や他社を遥かに凌いでいることがわかる。
図表4 上場5社(生保)の市場占有率の推移/図表5 平安保険グループの純利益構成からみる各事業の貢献度(2018年)
平安人寿の余宏CEOによると、2019年に伝統的な生命保険会社からインシュアテックカンパニー(中国語では「科技型寿険」)への転換をはかるとしている8。また、ユーザーの1日のスマホ利用時間が平均3.9時間と長く、生活や消費行動がこれまでと大きく変わる中、顧客の消費志向やニーズをいかに多く獲得するかが重要としている。平安人寿は「平安金管家」のアプリに集約された保険、財産管理、生活サポート、健康管理などの数多くのサービスを通じて顧客との接点を強化し、UX(user experience)の向上を目指している。2018年の平安保険グループ全体の純利益における各事業の貢献度をみると、生命保険・健康保険が62.5%と最も多い(図表5)。また、フィンテック事業やオンライン医療サービスは全体の6.0%と貢献度は小さいものの、収益額が前年比24.9%増と大幅に増えており、グループ全体においてそのプレゼンスを向上させている。
 
7 拙著「加入者が1日100万人?アリババ会員向け重大疾病保障とは?」『基礎研レター』、2018年11月12日、
8 「平安人寿CEO余宏:未来寿行最大競争点是線上獲客」、21世紀報道、2019年1月29日
 

4―おわりに

4―おわりに

2018年の生保市場の収入保険料の増加率は、2017年から一転、大きく落ち込んだ。2016年以降の市場の健全化に向けた規制の強化が奏功したと考えられるが、市場では今後、保障性商品、長期貯蓄性商品の販売強化に向けた動きが見られるであろう。更に、2018年はプラットフォーマー系保険会社による保障のあり方の変革、保険会社の成長戦略においてもIT化やそれによる取組の結果が明確に表れる1年であったが、2019年以降もこのような動きが一層深化すると考えられる。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

(2019年03月15日「基礎研レター」)

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