2019年03月11日

欧州経済見通し-リスク・シナリオはドイツ主導の景気後退

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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ユーロ圏は18年秋から19年初にかけて急減速、足もとも低調に推移

ユーロ圏では、18年秋から19年初にかけての景気が急減速し、足もとも低調に推移している。

3月7日公表の18年10~12月期の実質GDP(速報値)は、前期比では0.2%で暫定速報値のと同じ、前期比年率では0.9%、同0.8%から僅かに上方修正されたものの、7~9月期の前期比0.1%、前期比年率0.6%に続く低成長だった(図表1)。

需要別に見ると、純輸出の寄与は7~9月期の0.4%ポイントのマイナスから0.2%ポイントのプラスに転じたが、7~9月期に積み上がった在庫の削減によるマイナスの寄与が0.4%ポイントと大きく成長を下押しした。個人消費と固定資本形成の実質GDPへの寄与度はともに7~9月期と変わらず0.1%ポイントと期待を下回った。

足もとでは、急減速に歯止めが掛かる兆候が見られるが、経済活動の弱さは続いている。実質GDPと連動性が高い総合PMI(購買担当者指数)は、2月は51.0から僅かに改善、拡大と縮小の分かれ目となる50割れは免れた。欧州委員会が作成する景況感指数(ESI)は2月は106.1と1月の106.3を下回ったが、低下の速度は緩やかになった(図表2)。

サーベイ調査は、ユーロ圏全体では景気後退を免れているが、1~3月期の実質GDPも年率1%を下回ることを示唆する。
図表1 ユーロ圏GDP(需要別)/図表2 ユーロ圏総合PMI/欧州委ESI

ブレーキを掛けているのはドイツとイタリア

ブレーキを掛けているのはドイツとイタリア

これまでのところユーロ圏内の景気には、国別、産業別のばらつきがあり、国別にはドイツとイタリアが、産業別では製造業がブレーキを掛けている。

18年10~12月期までの主要国の実質GDPの動きを見ると(図表4)、ドイツが7~9月期の前期比マイナス0.2%の後、10~12月期もゼロ成長と失速している。イタリアは、7~9月期、10~12月期ともに前期比マイナス0.1%となり、2四半期連続のマイナス成長と既に定義上の景気後退(テクニカル・リセッション)に陥っている。他方、スペインは、7~9月期が同0.6%、10~12月期が同0.7%と高いペースを維持している。フランスは、16年後半から17年末までの勢いは失われているが、7~9月期、10~12月期とも同0.3%と緩やかに拡大した。

年明け後も、国別のばらつきが見られる点は変わりないが、18年後半とは異なった動きも見られる。総合PMIを見ると、イタリアは50割れで景気後退が続き、スペインは好調を保っている。ドイツの悪化に一旦歯止めが掛かる兆候が見られる一方、フランスは18年末から19年初にかけて急激に悪化した。
図表3 ユーロ圏実質GDP(国別)/図表4 ユーロ圏主要国総合PMI

製造業が失速、特にドイツが顕著 

製造業が失速、特にドイツが顕著

ユーロ圏経済の変調の要因が製造業にあることは、実質総付加価値の推移で確認できる(図表5)。全体の7割強の比重を占めるサービス業の基調は余り変わっていないが、同2割弱の製造業は16~17年の成長加速の後、18年入り後、失速し始めた。年明け後もサービス業が持ちこたえる一方、製造業の悪化傾向は続いており、19年2月時点でサービス業PMIは52.8で50を超えているが、製造業は49.3と50を割込んだ。

製造業の失速は、ユーロ圏主要国共通の傾向だが、失速の度合いはドイツが最も大きい(図表6)2月の製造業PMIも、ドイツが47.6とユーロ圏主要国で最も低く、イタリアが47.7で続く。スペインも49.9と50割れとなっており、辛うじてフランスが51.5と拡大を続けている。
図表5 ユーロ圏実質総付加価値/図表6 ユーロ圏主要国製造業実質付加価値

外圧と域内の特殊要因の相乗効果が働いた

外圧と域内の特殊要因の相乗効果が働いた

ユーロ圏の景気が急減速したのは、外部環境の悪化という外圧とユーロ圏内の特殊要因の相乗効果が働いたからだ。

外圧となったのは米中摩擦、中国経済の減速、半導体市場の循環、米国の政府機関の一部閉鎖(18年12月22日~)など米国の財政政策を巡る懸念、世界的な株安などだ。

これらにユーロ圏固有の特殊要因が加わった。EUの乗用車国際調和排出ガス・燃焼試験法(WLTP)による型式認証制度が18年9月1日から全ての新車に義務付けられたことが、特に中核国ドイツの主力産業である自動車の生産、需要の変調をもたらした。フランスの総合PMIが、18年末から19年初にかけて急低下したのは、燃料税の引き上げなどマクロン政権の政策に抗議する「黄色いベスト」運動の広がりが影響したものだ。イタリア経済が、18年半ばから逸早く景気後退に転じた背景には、低競争力、過剰債務、銀行の不良債権問題など未解決な構造問題を抱える脆弱さがある。10年国債利回りの上昇が示すように(図表7)、拡張財政につながる公約を掲げた五つ星・同盟の連立政権の発足を機に、信用リスクへの警戒感が高まったことも影響したと思われる。
図表7 ユーロ圏主要国の10年国債利回り/図表8 世論調査「EUが直面する課題は?」

急減速の要因のうち幾つかは解消、あるいは政策対応が進んだ

急減速の要因のうち幾つかは解消、あるいは政策対応が進んだ

ユーロ圏経済に急ブレーキをかけた要因のうち幾つかは、政策対応の進展もあり、すでに影響が緩和しているか、先行きの緩和が見込まれる。

米国では、暫定予算の時間切れに伴う政府機関の一部閉鎖が1月25日に解除、2月15日には19年度(18年10月~19年9月)予算のうち積み残しとなっていた歳出法案が成立し、漸く予算編成作業が終了した。米連邦準備制度理事会(FRB)は、1月29~30日の公開市場委員会(FOMC)で利上げを休止、バランス・シート縮小の休止時期を前倒しの方針を示唆したことなどで、金融市場の緊張は一旦緩和した。

米中交渉は、2000億ドル相当の製品に対する10%から25%の関税引き上げの期限とされた3月1日以降も協議が継続、米中首脳会談による合意に期待がつながれた。

中国経済の先行きに対する懸念も緩和した。預金準備率引き下げ、零細企業向け融資の促進策、インフラ投資のための地方政府の特別債の発行加速、所得税・法人税減税、自動車車・家電の消費促進策など多岐にわたる政策を打ち出したからだ。

ユーロ圏内の特殊要因も緩和の方向だ。ドイツの自動車生産は18年12月に3カ月振り、新車登録台数は旧型ディーゼル車の買い替え補助策の効果もあり19年2月に6カ月振りに増加に転じた。WLTP導入の影響は落ち着きつつあるようだ。

フランスの「黄色いベスト」運動の経済活動への影響も4~6月にはかなり縮小しそうだ。抗議活動は17週目の3月9日も行われたが、参加者数は2万8600人と初回の11月17日の28万2000人から大きく減少、過去最低となった。調査会社・ODOXAの19年2月調査によれば1、マクロン大統領の支持率は32%で、依然として低空飛行ではあるものの、18年12月の27%を底に持ち直している。逆に、「黄色いベスト」運動は、運動が始まった昨年11月時点では66%が支持していたが、2月調査では45%と初めて過半数を割込んだ。燃料税撤回や所得対策、「国民討論会」の立ち上げなどのマクロン大統領の政策の軌道修正や、一部の抗議活動の過激化、欧州議会選挙への立候補など「黄色いベスト」運動の政治化の動きが影響していると思われる。

イタリアの信用リスクへの警戒感も、2019年度予算案の修正を巡る欧州委員会との対立が、協議を通じて解消されたことで一旦緩和した。
 
1 いずれもODOXA baromètre politiqueFévrier 2019(http://www.odoxa.fr/sondage/barometre-politique-de-fevrier-macron-poursuit-remontee-francais-disent-premiere-stop-aux-gilets-jaunes/)による。同調査によればマクロン大統領の支持率は18年12月の27%から19年2月は32%まで改善している。
 

しかし、半導体市場の調整圧力は残存。域内外のリスクも解消した訳ではない

しかし、半導体市場の調整圧力は残存。域内外のリスクも解消した訳ではない

ユーロ圏の急失速をもたらした外圧やユーロ圏内の特殊要因は緩和したとは言え、解消した訳ではなく、見通しの不確実性は著しく高い。4年周期の半導体市場の循環(シリコン・サイクル)形成に影響が大きいメモリー市場のピークは17年夏で、底入れにはまだ時間を要する見通しだ2。16年以降のユーロ圏の製造業の成長加速とその後の急減速は、シリコン・サイクルとおおむね重なる動きとなっており、先行きの基調を左右する要因となるだろう。

米国の政策を巡る不透明感、中国経済の先行き、米中摩擦といった域外のリスクも解消した訳ではない。米国の財政には債務上限という次のハードルが待ち構えている。中国の景気対策はデレバレッジの解消との両立を目指しており、政策効果は減速ペースを緩和するに留まる。米中摩擦も、制裁関税と報復の応酬という事態は回避できても、ハイテク分野での覇権争いの早期終結といった展開は考え難く、緊張関係は続く見通しだ。

ユーロ圏内の特殊要因が景気拡大の妨げとなる可能性も常にある。EUの統合を支えてきた既存政党の支持離れは、移民・難民問題と結び付けられることが多いが、有権者の不満の矛先は多様だ。債務危機に見舞われた国では雇用所得環境の改善の遅れや緊縮財政の結果、購買力への不満が残る。相対的に豊かな北部の国々では、環境保護への問題意識も高い(図表8)。過剰債務国では拡張的な財政政策を求める圧力は燻り、環境規制の強化は短期的には経済成長を阻害する要因ともなり得る。
 
2 世界半導体市場統計(WSTS)が19年2月20日に18年の実績を反映して修正した19年の半導体市場の予測は前年比3%減で、17年21.6%増、18年13.0%増から急減速となる。メモリーは、同61.5%増、同27.4%増から同14.2%減と予測しており、とりわけ振幅が大きい。
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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