2019年02月27日

生産緑地を借りるのは誰?-都市農地の貸借円滑化法施行の効果と課題(その2)

社会研究部 都市政策調査室長・ジェロントロジー推進室兼任 塩澤 誠一郎

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1――はじめに

前回のレポート、その1では、生産緑地法の主たる従事者要件と都市農地貸借法の認定要件を解説した。その2では、都市農地貸借法に基づき生産緑地を借りる事業主体を想定した上で、貸借が進むことの効果とまちづくり上の課題について考察する。
 

2――貸借によって近づく農と都市住民

2――貸借によって近づく農と都市住民

1|貸借による事業者の想定
(1) 都市農業振興基本計画の記載内容
生産緑地を借りて事業を行う者を想定する前に、都市農地貸借法の基礎となった都市農業振興基本計画1(以下基本計画)を確認したい。ここには、「農地の貸借を通じて、新たな担い手として想定される主体」について次のような記載がある。第1の選択肢「地域の農業者や新規就農者」、第2の選択肢「地元の食品関連事業者」、第3の選択肢「農業や食品関連以外の事業者」と示されている。(図表1)

順位付けのような書きぶりと、地域、地元という修飾語によってそこを意識している点から、まずは地域の農業者や新規就農者が生産緑地を借りて営農することを期待しているように感じる。農業者以外では地元事業者が優先されるべきとの考えが読み取れる。

基本法の基本理念は、都市農業の有する機能の発揮とそれにより都市における農地の有効な活用及び適正な保全が図られる点にある。そのため、多様な機能の発揮は、地域の担い手が農地を耕作することによってなされることが望ましいとの考え方を示しているように受け止められる。そしてこの考え方が、都市農業の有する機能の発揮に特に資する基準(以下、認定基準)にもつながっているのだろう。
図表1 都市農業振興基本計画の記載内容
 
1 都市農業振興基本法に基づき、都市農業の振興に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るために政府が定める計画。2016年閣議決定。都市農地貸借法も、計画に基づき整備された。
(2) 認定基準からの想定
では、認定基準から認定事業計画に基づく貸付けの主な借り手を想定してみたい。手がかりとして基準1に該当する事業内容から、考えられる実施主体を思い浮かべてみよう。

イの地産地消と、ハの生産加工物販売は、同じ農産物の生産販売と生産物を加工した商品の製造販売を主たる事業としている。違いは、その1で解説したとおりイが販売区域を地元地域に限定しているのに対し、ハはそうではない点である。

<地産地消>
ここからイ地産地消を目的にした借り手として考えられるのは、まず地元農家であろう。既に直売や学校給食などへの供給で地産地消を行っている農家であれば、無理のない範囲で借り受けて、規模を拡大することができるのではないか。

新規就農希望者が新規就農する場合、まずは農地所有者の販路を活用することができるこのケースでの就農を考えるのではないか。

生産緑地に農家レストランや直売所の設置が可能となった2ことから、むしろ飲食業、外食産業などの一般法人が生産緑地を借りて、農業生産をしながらレストラン経営するといったケースも考えられよう。レストラン経営の商圏と地産地消は相性がよいと思われる。
 
2 実際に設置するためには、相続税納税猶予制度を適用しているかどうか、用途地域による建築制限などをクリアする必要がある
<生産加工物販売>
ハの生産加工物販売についても、ブランド力の高い特産品を生産している農家あるいは農業法人が、6次産業化も含めて、事業拡大を目的に借りるケースが想定できる。

地産地消と同様、新規就農希望者にとって、農地所有者の販売ルートを踏襲することが出来るのであれば、新規就農しやすいと思われる。既に市街化調整区域で新規就農した者であれば、あえて近くの生産緑地を借り受けることも考えられる。

<体験・交流機会提供>
ロ①の体験・交流機会提供については、農家が生産緑地を借りて農業体験農園を開設するケース、社会福祉法人が、高齢者支援、障がい者の自立支援等の事業目的で農地を借りるケースがまず考えられる。それ以外にNPOなどが子育て支援や食育、環境教育の場として借りるケース、あるいはイベント企画会社などが、農を通じた様々なサービス、イベント、ツアーなどを提供するフィールドとして借りるケースが想定できる。

<試験・研修>
ロ②の試験・研修は、研究開発部門を持つ農業法人か一般法人、JAなどの農業者団体、あるいは、公的または民間の研究機関が考えられる。
図表2 基準に対応する事業内容から想定される借り手
2|農に携わる人の多様化とその効果
筆者は、以上の想定のとおり今後、都市農業に介在するプレイヤーが多様化することで、農と都市住民の距離が近づくと予想している。

これまでのように、農地があって農家が耕作して農業が成立するという関係をまとめて「農」と称すると、これまでは農家が農地で生産した作物を、都市住民が何らかの形で購入して得るというのが、農と都市住民との基本的な関係だった。つまり農との接点は購入した農作物のみで、意識する・しないは別として、そこには一定の距離感、隔たりがあったと感じる。(図表3-1)

しかし、先に想定したように、生産緑地を貸借することで、新規就農者、サービス業者、非営利活動組織など、農家以外に多様な主体が農に携わるようになり得る。それによってさらに都市農業への関心が高まれば、農家から直接作物を買い取って多くの消費者が集まる駅前で販売するといった形の流通業者が登場したり、農業者と都市住民の接点を多様なかたちで作ろうとする非営利の活動が生まれたりするのではないかと思う。

このように農に携わる人の多様化が進めば、都市住民が農に触れる機会が増え、都市住民と農の距離がグッと近づくはずだ。

そこから都市住民が得るものは農作物に限らない。農作業を通じた体験や学びであったり、農を通じた人との交流やそれによって生まれる共感であったり、生産者の思いやこだわりといった農作物の背景にある物語であったりする。(図表3-2)
図表3-1 従来の都市農と都市住民の関係/図表3-2 これからの都市農と都市住民の関係
そして、既に、農に関心のある多くの都市住民は、こうしたことを求めて自ら農にアクセスしようとしている。このような取り組みを実践している事例3に接すると、同様の都市住民は確実に増えていると確信を持って答えることができる。

このように生産緑地の貸借によって、農業者や事業者にとってはビジネスチャンスが生まれ、都市住民にとっては、農を通じた豊かな都市生活がもたらされる。結果的に、都市農業が有する多様な機能も発揮しやすくなるだろう。
 
3 例えば、「株式会社エマリコくにたち」(東京都国立市)http://www.emalico.com/ は、東京多摩地域の農家から直接集荷・買取した野菜を駅近くの直営店舗で販売し、直営飲食店で提供している。農家から集荷するのは作物だけでなく、生産者としての思いや、こだわりといった収穫した作物にまつわる情報も含み、それを消費者に伝えることができる流通形態を実践している。また、「まちなか農家プロジェクト」http://machino.tokyo/ は、東京都三鷹市、武蔵野市の農家を応援する市民有志の取り組みで、農家のインタビューをウェブサイトに掲載、若手農家との協力による防災イベントの開催、農家の収穫イベントのサポートなどを行い、農家と消費者の距離を縮める活動を行っている。
 

3――農のあるまちづくりを推進する上での課題

3――農のあるまちづくりを推進する上での課題

以上のように、生産緑地の貸借によって想定される状況と効果を、やや理想的に描いてみたが、理想に近づけるためには、まちづくりの観点から次の3つが課題になると思われる。

1|地域の農業者と住民が一緒に考える場の設置
農業者や関係者の中には、生産緑地の貸借による懸念もあるようである。収益性を優先した貸し出しによる農環境の悪化、地域に馴染まない借り手の登場、地域にとって望ましくない活用といったことである。筆者は、こうした懸念に対して、地域の農業者と住民が一緒に農のあるまちづくりを考えることが必要だと考えている。

個々の生産緑地はそれぞれ、位置する場所の環境特性や、市場性、周辺住民の関心度などが異なる。したがって、生産緑地に期待されることも、それぞれ異なるはずだ。立地条件がよくて市場性が高い生産緑地であれば、収益性の高い事業を行おうとする者が借りようとするだろう。一方で、地域住民が求めていることはそれとは異なり、子育て環境の充実という地域の課題を意識して、農のある環境で子どもたちの学びや健康を育むことかもしれない。

そこで、まず地域にある農に期待される機能、役割、効果について、同じ地域の農業者と住民が共に考え、共有しておくことが重要になる。そうすることで、生産緑地を貸借する場合に、どのような事業・取り組みが地域にとって望ましいかという視点を所有者に与えることができ、その視点を事前に広く明示しておけば、借りようとする事業者にも意識させることができる。

その1で示した認定要件、基準にそれを盛り込んでおけば、地域にとってより重要な取り組みを事業計画に取り込むことができるはずである。事業者は地域の考えを取り入れて、地産地消型の生産・加工・販売を行いながら、地元の子育て支援活動団体と連携して、定期的に農地をフィールドに親子向けワークショップを開催するといったことが、貸借をきっかけに実現する可能性が広がる。

つまり、農の活用を地域のまちづくりに落とし込むのである。地域住民が抱く地域の課題を受け止めつつ、地域の中の個々の農地がそれぞれどのような役割を果たし、地域全体としてどのような多様な機能が発揮されるとよいのかを、まちづくりとして俯瞰的な視点で捉える場や機会が求められる。

しかしこのような、地域単位のまちづくりの中で農を捉える視点、手法は、法制度として十分に整っているとは言えない4。ただし、都市計画分野では古くから協議会方式による地区まちづくりという手法があり、そのための手続きを定めた条例を設けている自治体もある。地区の環境を保全したり、向上させたりするために、地区住民が主体となって協議会という場をつくり、地区の将来像を描いて、それに必要な独自のルールを設け、協議会自身で運用するというものだ。地区まちづくりの制度を持つ自治体はそれを応用することができよう。ルールを設けるのではなく、地域において農をどのように生かすのかを共有する場として協議会方式を用いるのであれば、その実行はそれほど高いハードルにならないと思われる5
 
4 唯一、大阪府の「都市農業の推進及び農空間の保全と活用に関する条例」による農空間保全地域制度があり、参考になる。拙著「まちづくりレポート|大阪の農空間づくり-大阪府農空間保全地域制度による、協働型コモンズの形成」参照。
5 自治体が条例によって設ける地区まちづくり制度は、多くの場合地域住民による協議会を、自治体が認定する仕組みとなっており、認定のための同意要件を定めている。地区住民の○割以上の同意が客観的に認められるといったことだ。ここで論じたケースでこのような同意要件は、むしろ足かせになると考えられることから、応用には一考を要する。
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社会研究部   都市政策調査室長・ジェロントロジー推進室兼任

塩澤 誠一郎 (しおざわ せいいちろう)

研究・専門分野
都市・地域計画、土地・住宅政策、文化施設開発

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