2019年02月19日

中国の「2025年問題」-人口、財政、社会保障関係費の三重苦【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(36)

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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1-日本とほぼ同じスピードで進む少子高齢化、一人っ子政策の廃止も出生率は最低に

団塊の世代が2025年頃までに後期高齢者(75歳以上)になり、医療や介護など社会保障関係費の急増が懸念される、我が国の2025年問題。一方、中国では同じ2025年に65歳以上の人口が全人口の14%を超える高齢社会を迎えると予測されており、日本と同様に、社会保障関係費の急増をどうするかについて問題を抱えている。

中国では1970年代後半から一人っ子政策が実施され、出生率を厳しく抑制する策をとった結果、少子高齢化が急速に進行した。総人口に占める65歳以上の高齢者の割合が7%を超える高齢化社会から高齢社会(14%)、さらには超高齢社会(21%)への移行は、24年、11年と日本とほぼ同じスピードで到達すると予測されている(図表1)1
 
1 内閣府「平成30年版高齢社会白書」
(図表1) 中国における人口構造の変化
図表1の中国における人口構造の変化を見ると、65歳以上の高齢人口に対する15-64歳の生産年齢人口の割合は、2025年を待たずして大幅に減り始め、その後そのスピードは加速度的に進むことになる2。長寿化が進む中で(図表2)、2016年1月の一人っ子政策廃止の効果はまだ見られず、出生率は過去最低の状況だ(図表3)。現在、中国政府は2025年より5年前倒しした2020年までに医療、年金、介護の皆保険を目指している。生産年齢人口の減少は経済成長、税収の増加を制約する要因ともなるため、可能な限り速やかに準備を整える必要があるからだ。
 
2 中国国家統計局は、生産年齢人口が2012年に減少に転じたことを発表(2013年1月)。ただし、この場合の生産年齢人口の年齢は15-59歳を対象としている。図表1の国連の推計によると、中国の生産年齢人口(15-64歳)のピークは2015年である(5年毎の推計)。

2-商品構成

図表2:平均寿命 図表3:出生率の推移
 

2-ゆっくりと開き始める“ワニの口”?、中国の財政状況

2-ゆっくりと開き始める“ワニの口”?、中国の財政状況

中国の2017年の財政収入は前年比7.4%増の17兆2,593億元、財政支出は7.7%増の20兆3,085億元となった。財政の規模は1990年代後半から経済成長とともに拡大し、対GDP比で財政収入が21%、財政支出が25%となっている(図表4)。ただし、近年、財政収入の伸びは低下傾向にあり、財政赤字は習近平政権となった2013年以降、拡大し続けている(図表5)。
図表4:中国における財政収入と財政支出、国債発行額の推移 図表
2017年時点で財政赤字は対GDP比で3%以下であるが、今後、経済成長の鈍化、生産年齢人口の減少、更なる減税策等の導入から税収が減少し、財政支出と財政収入の開き(ワニの口)が更に拡大する懸念がある。

日本は、1990年以降、税収の減少によって拡大した歳出と歳入の開きを国債で賄った経緯がある。2017年時点での政府債務残高はGDP比で236%まで膨れ上がり、歳出面では社会保障関係費の増加が主要因の1つとなっている3

一方、中国の政府債務残高は対GDP比で47.0%と警戒レベルとされる60%を下回っている4。日本と比較するとまだ一定程度の猶予はあるとも考えられるが、財政収入の減少が懸念される中で、医療、年金といった既存の社会保険に加えて、介護保険という新たな財政プレッシャーを引き受ける必要がある点に留意する必要がある。
 
3 財務省「日本の財務関係資料」(平成30年3月)、IMF-World Economic Outlook Database April2018
4 齋藤尚登(2018)「今月の視点-リーマン・ショック後10 年の中国~高まる金融リスク~」、大和総研グループ。当該内容では、「中国の債務問題をより詳しく見るために、主体別債務残高の GDP 比の推移を確認すると、政府、家計、非金融企業のうち、特に非金融企業の債務が急膨張しており、非金融企業の債務残高の 8 割程度は国有企業によるものと考えると、中国の実質的な政府債務残高の GDP 比は 47.0%ではなく、175.2%と、日本の債務構造に近いと見ることが可能である」点を指摘している。

3-中国の社会保険は、年金・医療・労災・失業・生育・介護の6種類

3-中国の社会保険は、年金・医療・労災・失業・生育・介護の6種類

中国の社会保障体系は、社会保障制度(公助)とそれ以外の民間保険など私的保障(自助(共助を含む))で構成されている(図表6)。更に社会保障制度は、社会救助、社会保険、社会福祉、軍人保障に分類されている。社会保険については、養老(年金)、医療、労災、失業、生育、介護(試行段階)の6種である。介護保険は2016年に実験的な導入が始まり、最後に導入される社会保険でもある。1951年に労働保険条例が導入されて以降、2020年の皆保険までを含めると、中国はおよそ70年という時間をかけて社会保険を整備することになる。
図表6:中国の社会保障体系

4-急増する社会保障関係費、本当は国の支出の25%にまで拡大?

4-急増する社会保障関係費、本当は国の支出の25%にまで拡大?

では、少子高齢化が急速に進み、財政におけるプレッシャーも高まる中で、社会保障に関する経費(社会保障関係費)の現状はどのようになっているのであろうか。

社会保障関係費とは、国による社会保険や福祉など社会保障に関する経費をいう。中国においては、図表6で示したとおり、社会救助、社会保険、社会福祉、軍人保障が対象となる。

ここでは、一般公共予算支出の費目のうち、「社会保障・就業費」(社会救助、社会保険(医療、生育を除く)、社会福祉、軍人保障)、「医療衛生・計画出産費」(社会保険(医療、生育))を社会保障関係費としてみてみる。

「社会保障・就業費」と「医療衛生・計画出産費」を合計すると、2017年の社会保障関係費は前年比12.4%増の3兆9,063億元(約70兆円)となった(図表7)。社会保障関係費は、わずか5年間で2倍に増加し、その増加率も国の財政支出を上回る勢いである5。また、一般公共予算支出のうち、社会保障関係費は19.2%と、最も大きな割合を占めた(図表8)。

更に、広義の社会保障関係費として捉えるならば、上掲の2件の費目以外に、社会保障制度の1つで、都市の会社員を対象とした住宅積立金の補助金1,772億元、コミュニティ(社区)公共施設の9,527億元も挙げられる6。現在、中国では、各地域に設置したコミュニティ(社区)に地域住民の軽度な症状に対応できたり、慢性病など安定した疾病の治療が可能な医療機関や、地域住民を対象とした介護施設を付設している。これら広義の社会保障関係費を合計すると、5兆元を超え、国の支出のおよそ25%を占めることになる。
 
5 社会保障関係費の急増の背景については、拙稿「増加する中国の社会保障関係費と高まる財政圧力」、(基礎研レポート、2015年10月16日発行)をご参照。
6 住宅積立金補助金1,772億元は「住宅保障費」(費目総額では6,553億元)、コミュニティ(社区)施設9,527億元は「都市・農村コミュニティ費」(費目総額では2兆585億元)に分類されている。
図表7:中国の社会保障関係費の推移 図表8:一般公共予算支出の構成
財政支出の費目別の構造変化をみても、社会保障関係費は一貫して増加している(図表9)。また、社会保障関係費に加えて、上述の都市・農村コミュニティなどの支出も大幅に増加していることがわかる。社会保障関係費、都市・農村コミュニティとも支出額が大きく、増加率も高いため、財政へのインパクトが大きいと言えよう(図表10)。
図表9:財政支出の費用別の構造変化 図表10:財政へのインパクト
社会保険を運営する財源となっているのが社会保険基金である。中国では各地域で社会保険基金を管理しており、図表11は各地域で分散しているものを全国規模で集計したものである(全国社会保険基金、以下、社保基金)。社保基金の収入は、年金、医療、労災、失業、生育の5種の社会保険料、社保基金の積立残高の運用収益に加えて、国・地方政府からの財政補填で構成されている。社保基金の収支状況をみると、2014年以降、保険料等では支出が賄えておらず、収支は赤字化している(財政補填を除いた場合)。
図表11:全国社会保険基金の収支動向
また、2017年時点での中央・地方政府からの財政補填の内容をみると、種別では年金制度向けの財政補填が全体のおよそ6割を占めている。特に、制度疲労をおこしている都市の会社員向けの年金制度は財政補填のうちおよそ4割を占め、最も多い 7。いずれにしても、国・地方財政からの財政補填の合計は直近5年間で2倍に増加しており、財政への影響は大きい。皆保険を目指し、制度の普及・整備をしている現段階で、支出や給付を抑制方向に転換することは難しく、収入の多くを占める社会保険料をいかに適正に徴収できるか、が大きな課題となっている。
 
7 都市・就労者の年金制度は1951年導入で現在の制度となったのは1997年、都市の非就労者・農村住民を対象とした年金制度は2014年に制度統合(都市の非就労者は2011年、農村住民は1992年導入)、都市・就労者を対象とした医療保険制度は1951年導入で現在の制度になったのは1998年、都市・農村住民を対象とした医療保険制度は2016年に制度統合(都市の非就労者は2007年、農村住民は1959年導入・2003年制度改正)となっている。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

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