2019年02月08日

社会保障関係法の「自立」を考える-映画『こんな夜更けにバナナかよ』を一つの題材に

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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5母子父子寡婦福祉法などの条文
保護者支援を対象とした法律でも自立の文言が用いられている。まず、母子父子寡婦福祉法は親の義務として、自ら進んで自立を図る意義とともに、家庭・職業生活の安定と向上に努める必要性に言及している。さらに、児童扶養手当法も「父又は母と生計を同じくしていない児童が育成される家庭の生活の安定と自立の促進」を目指すとしている。

ここで言う自立の意味を探るため、2002年3月に取りまとめられた国の「母子家庭等自立支援対策大綱」を見ると、「母親の就労等による収入をもって自立できること、そしてその上で子育てができることが子どもの成長にとって重要」という考え方を示しており、収入で自立する必要性に力点を置いている。2013年に成立した子どもの貧困対策推進法も、国や自治体が保護者の自立を図るため、就労に必要な施策を講じると定めており、親が経済的に自立する必要性に言及している。

ただ、経済的な自立が図られても、子育てできる環境が整うとは限らないし、親が子育てについて、福祉制度や隣人・知人など他者の支援を適切に受ける必要性を考慮すると、ここでの自立は生活保護法などと同様、社会生活への適応という意味も含んでいると解釈することも可能であろう。
6介護保険法などの条文
近年の介護保険制度改革では「他人の支援を必要としないこと」を自立と呼んでいる。まず、介護保険法の第1条を見よう(下線は筆者)。
 
この法律は、加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため、国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け、その行う保険給付等に関して必要な事項を定め、もって国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図ることを目的とする。

 
ここでも自立という言葉が使われているが、2000年に介護保険制度が創設された当時、映画と同じく「自己決定」を意味していた。具体例を挙げると、有識者として制度創設に関わった大森彌氏による書籍では「自立支援」とは高齢者による自己選択権の現われとし、自己選択を通じて高齢者の尊厳が保たれるとしていた11

ただ、近年は介護予防の強化を通じて介護保険給付の抑制を目指す「自立支援介護」が重視されており、自立とは他人の手助けを必要としない状態、つまり専ら要介護状態の維持・改善を意味するようになっている。介護保険制度では要介護・要支援の認定を受けない高齢者を非該当(自立)と呼んでおり、非該当に誘導することが「自立支援」と理解されていることになる。

なお、2012年制定の社会保障制度改革推進法、2014年制定の地域医療介護総合確保推進法にも自立の文言が使われているが、社会福祉法に盛り込まれた自己選択を意味しているのか、他人の支援を必要としない状態を意味しているのか、判然としない。ただ、近年の風潮から考えると、後者と理解する方が妥当かもしれない。
 
11 大森彌編著(2002)『高齢者介護と自立支援』ミネルヴァ書房pp7-10。
7医療法などの条文
医療法や歯科医師法、健康保険法、生活保護法、雇用保険法、職業安定法、労働基準法、社会福祉法など多くの法律では「地方自治体の事務及び事業を自主的かつ自立的に執行」できるように、政府が地方税財源の充実について必要な措置を講じるという規定が定められており、自治体の財政的自主性に配慮する意味で、自立という言葉を使っている。なお、地域雇用開発促進法という法律も雇用機会の拡大に向けて、「地域の関係者の自主性及び自立性」を尊重する条文が盛り込まれている。
8社会福祉士介護福祉士法などの条文
医療・介護・福祉関係職の役割に関する規定の中で、自立という文言を使っている法律がある。具体的には、社会福祉士介護福祉士法と精神保健福祉士法では、それぞれ根拠を持つ専門職に対し、支援を受ける人の尊厳保持とともに、「自立した生活」の支援に向けて、誠実に業務に当たるよう求めている。

さらに、民生委員法は民生委員の仕事として、自立した日常生活に向けた相談、助言、援助を挙げており、母子父子寡婦福祉法の母子・父子自立専門員の役割としても一人親に対し、自立に必要な情報提供と指導に言及している。しかし、いずれも自立の定義は明確に定められておらず、上記で取り上げた7番目を除く解釈に応じて変わり得ると言える。
 

4――社会保障関係法の自立の解釈

4――社会保障関係法の自立の解釈

1自立の整理
以上の考察を通じて、自立という言葉は多義的に使われていることを理解できる。実際、いくつかの法律は多義的に読める条文になっている。例えば、国が障害者の就労施設などから優先的に物品を購入することなどを定めた障害者優先調達推進法は受注機会の確保を通じて、障害者の「自立の促進に資する」と定めているが、映画で言う自己決定なのか、それとも「受注機会の確保→福祉就労に従事する障害者の収入増→扶助に頼らない経済的な自立」という経路を期待しているのか判然としない。

さらに、社会福祉の世界では自立の定義を巡る書籍や論文12がいくつかあり、それぞれで定義や言葉遣いが異なる上、障害者福祉、高齢者福祉、生活困窮者支援、児童福祉など各分野における議論や研究が相互に連携されていない印象も持つ。ここでは条文の意味を表のように整理する。
表:社会保障関係法における自立の意味の整理
右側は意味、左側の数字は本文中見出しに対応させている。(A)は映画で言う自立であり、|1で述べた通り、支援を要する人が生活環境を自ら決める意味である。(B)は|2で説明した就職に着目する自立であり、(C)は|3で述べた通り、収入を得ることによる経済的な自立である。|5で考察した家庭生活の安定と自立を関連付ける考え方も経済的自立の考え方を含んでいると理解しても良いだろう。

ただ、収入を得るだけでは社会に適応できないので、|3~5の自立は(D)の「社会生活に適応する自立」という意味を持つと整理した。このうち、|3に関しては、社会生活に適応する上では、(C)で述べた収入の確保だけでなく、住まいや生活の安定、健康の維持、隣人・知人など他者との関係づくりなどが必要になる。|4で言及した児童福祉、|5で触れた家庭生活の自立についても、福祉制度や社会資源、友人・親戚などの適切な支援を受けつつ、子どもが最終的に社会人として独り立ちすることを目指すのであれば、こちらの概念に包摂しても良いのではないか。

一方、(E)は身体的自立を意味する。つまり、|6で述べた通り、予防を重視する観点に立ち、他人の支援を必要しないという意味になる。そして、(F)は|7で述べた独立した自治体の運営、(G)は|8で説明した現場の関係職が果たすべき役割であり、内容は(A)~(E)の意味で変わり得ることになる。
 
12 本稿執筆に際しては、本文中に引用した書籍や資料に加えて、岡部卓編著(2015)『生活困窮者自立支援ハンドブック』中央法規出版、愼英弘(2013)『自立を混乱させるのは誰か』生活書院、同(2005)『盲ろう者の自立と社会参加』新幹社、宮本みち子・小杉礼子編著(2011)『二極化する若者と自立支援』明石書店、谷口明広(2006)『障害をもつ人たちの自立生活とケアマネジメント』ミネルヴァ書房、児童自立支援対策研究会編(2005)『子ども・家族の自立を支援するために』日本児童福祉協会、厚生省編(1998)『児童福祉五十年の歩み』厚生省、大泉溥(1989)『障害者福祉実践論』ミネルヴァ書房、大谷強(1984)『現代福祉論批判』現代書館などを参照した。
2自立が多義的な理由
では、なぜこれほど多義的に使われているのだろうか。まず、社会保障の理念を定める基本法が存在しない中で、個別法の整合性が相互に連携できていない可能性を想定できる。具体的には、自立を定めた定義や基本理念が存在しないため、障害者福祉や高齢者福祉、児童福祉、生活保護の各分野で別々に議論が展開され、自立という言葉がバラバラに条文として使われるようになった点である。

さらに、個別法の制定・改正は時々の課題や関心事の影響を受けやすい側面もある。例えば、介護保険法の自立は(A)の自己決定から(E)の意味、つまり他人の手助けを必要としない身体的な状態に変わっている。この背景には介護保険財政の逼迫があり、「介護予防の充実→要介護状態の維持・改善→要介護者の抑制または減少→介護給付費の抑制」という財政問題が優先されている形だ13
 
13 詳細は拙稿レポート2017年11月25日「『治る』介護、介護保険『卒業』は可能か」を参照。
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=57438
3自立は相対的?
ただ、曖昧なのは止むを得ない面もある。そもそも個人を起点に考えると、状況や課題に応じて目指すべき自立の内容は変わり得るためだ。例えば、映画の主人公にとっては、ボランティアの確保を含めて毎日が戦いの連続であり、生活環境や運命を自己決定することが重要だった。さらに、主人公は「憧れの人と会うため、渡米する」という目標を掲げており、この願望を叶えようとすると、自己決定に加えて、渡米に必要な資金や体力、英語力を身に付ける必要があった。ここでは自己決定の自立をベースとしつつ、本人が目指すべき自立の姿は変わっていったことになる。

さらに、生活保護を受けている人や虐待を受けた児童が就職できれば、経済的な自立をクリアできるかもしれないが、働き先での業務や人間関係に対応できなければ、社会生活に適応した状態とは言えない。つまり、就職した時点で当人にとっての自立は「会社の業務や人間関係に慣れる」に変わる。

高齢者についても同じことが言える。リハビリテーションを通じて、非該当(自立)になる可能性があるのであれば、身体的な自立が重視される。ただ、要介護度が改善しなければ、その人にとって大事にしたいことを決めつつ、生活環境や介護サービスなどを自ら決定することが自立になる。

以上のように考えると、「本人にとって自立とは何か」という定義を決められるのは国の役人や専門職、研究者ではなく、最後は当人自身になるのかもしれない。
 

5――おわりに

5――おわりに

考えてみると、自立という言葉は日常会話で多用されている。例えば、「いつまでも親元から離れず、自立していない」「自立した経営を目指す」といった具合である。つまり、自立という言葉は文脈やシチエ―ションに即して意味が変わり得る。もちろん、国権の最高機関である国会を経た法律でさえ意味が統一されていない状況である以上、日常会話の意味に目くじらを立てなくても良いだろうが、少なくとも「自立支援」を論じる政策立案や現場での実践では、その意味を厳密にすることが求められる。

例えば、映画で多用されていた意味で自立を捉えるのであれば、障害の有無にかかわらず、自分の運命を自分で決められる環境整備が自立支援の目的になり、映画の主人公は実現していたことになる。しかし、他人の手助けを必要としない状態にすることを自立支援と認識するのであれば、映画の主人公は実現できない。つまり、多義的な自立の言葉を整理しなければ、同じ言葉を使っているのに、「自立支援」を巡る議論が混乱するという結果になりかねないわけだ。

そう考えると、政策立案や現場の実践に携わる人は自立の多義性を頭に入れつつ、「支援を受ける人が大事にしていることは何か」「その人が自己決定できる環境を作る上で何が必要か」「その人が社会に適応できる場合、何を目標に据えるか」「目標達成に向けたハードルは何か、ハードルをどうやって取り除くか」といった点を個々の事情に応じて考える必要があるのではないだろうか。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2019年02月08日「基礎研レポート」)

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