2019年02月08日

社会保障関係法の「自立」を考える-映画『こんな夜更けにバナナかよ』を一つの題材に

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~社会保障関係法の「自立」~

社会保障における自立とは何か――。現在、公開されている映画『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』(http://bananakayo.jp/)を観て、そんなことを強く感じた。これは筋ジストロフィーの男性を主人公としており、セリフの中で「障害者の自立」という言葉を繰り返し使われていたためである。そこで、社会保障関係法の条文における「自立」という言葉の使い方を調べてみると、様々な意味や文脈で多用されていることに気付く。

具体的には、(A)支援を要する利用者が自己決定する自立、(B)定職に就く職業的自立、(C)収入を得ることによる経済的自立、(D)社会生活に適応する自立、(E)他人の支援を必要としない身体的自立、(F)自治体の財政的自立、(G)現場の関係職が支えるべき自立――の7つに大別できると考えている。本稿は社会保障に関する主要な法律の条文を比較し、それぞれの意味や論点を考える*
 
* 「障害」は戦前に「障碍」と表記されていたが、戦後に「碍」が当用漢字、常用漢字にならなかったため、「害」の字を当てた経緯がある。本稿は法令に沿って「障害」と記す。
 

2――ネタバレにならない範囲で、映画のあらすじと論点

2――ネタバレにならない範囲で、映画のあらすじと論点

1|自立を追求した主人公
まず、映画の話から始める。主人公は鹿野靖明(大泉洋)という34歳の男性。幼少の頃、難病の筋ジストロフィーにかかったことで、車いすで生活しており、首と手しか動かせない。しかも、この病気は有効な治療法がなく、筋肉の力が少しずつ落ち、最期は死に至る難病である。

ただ、彼は病院を飛び出し、父母の支援も受けないまま、大勢のボランティアを自ら募集、一人暮らしをスタートする。そして、映画では靖明とボランティアの医学生、田中久(三浦春馬)、その彼女の安堂美咲(高畑充希)を中心に、悲喜こもごものストーリーがテンポ良く展開していく。タイトルの「こんな夜更けに…」は原作1となった同タイトルのノンフィクションから取られているのだが、映画は「バナナを食べたい」という主人公の“ワガママ”を受け、美咲が深夜にバナナを買い求めて走り回るところから始まる。

原作と比べると、主人公の家族構成や居住環境などが改変されているが、障害の有無にかかわらず、人が生きることの面白さと難しさ、人を助けることの意味合いなど多くの示唆を含んだ映画である。
 
1 渡辺一史(2013)『こんな夜更けにバナナかよ』文春文庫を参照。
2映画で頻繁に登場した自立
内容はネタバレになるので、この程度でとどめるが、映画では自立という言葉が何度も登場する。実際、ウエブサイトの紹介文にも「人の助けがないと生きていけないにも関わらず、病院を飛び出し、風変わりな自立生活を始める」という一節がある。

では、ここで言う自立は何だろうか。手持ちの辞書は「自分以外のものの助けなしで、または支配を受けずに、自分の力で物事をやってゆくこと。独立。ひとりだち」と書いているが、手と首しか動かせない主人公は他人の「助けなしに」「自分の力で物事をやってゆく」ことは不可能であり、映画の自立は辞書と違う意味になる。この意味を端的に示す一節が原作に出ている2
 
自立とは、誰の助けも必要としないということではない。どこに行きたいか、何をしたいか自分で決めること。自分が決定権をもち、そのために助けてもらうことだ。

 
これは1960年代後半以降のアメリカで始まった障害者の当事者運動を踏まえ、自らの人生を自ら決める「自己決定権」の行使を自立と見なす考え方になる3。そして、自立を測る物差しは「補助なしで自分だけで何を行えるかでなく、援助を得ながら生活の質をいかに上げられるか」という意味になる4。現に我が国の障害者基本法第1条は自立という言葉を3回も用いている(注:下線は筆者)。
 
この法律は、全ての国民が、障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念にのつとり、全ての国民が、障害の有無によつて分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現するため、障害者の自立及び社会参加の支援等のための施策に関し、基本原則を定め、及び国、地方公共団体等の責務を明らかにするとともに、障害者の自立及び社会参加の支援等のための施策の基本となる事項を定めること等により、障害者の自立及び社会参加の支援等のための施策を総合的かつ計画的に推進することを目的とする。

 
この自立が映画の自立と同じであることは言うまでもない。だが、社会保障関係法の条文をチェック5すると、障害者関係の法律だけでなく、社会福祉法、介護保険法、児童福祉法など多くの法律で自立という言葉が使われており、上記とは異なる言葉遣いも散見される。以下、主な法律の条文を見た後、分類化を試みる。
 
2 渡辺前掲書p209。;
3 定藤丈弘(1993)「障害者福祉の基本的思想としての自立生活理念」定藤丈弘・岡本栄一・北野誠一編著『自立生活の思想と展望』ミネルヴァ書房p8。;
4 Joseph P.Shapiro(1993)“No Pity”〔秋山愛子訳(1999)『哀れみはいらない』現代書館〕p84。;
5 条文の抽出に際しては、国の「e-Gov法令検索システム」を参考にした。
http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0100/
 

3――社会保障関係法における自立

3――社会保障関係法における自立

1障害者基本法などの条文
これは映画で使われている自立であり、先に触れた障害者基本法の自立規定は1993年、心身障害者対策基本法から改組する際に盛り込まれた。そして「自立及び社会参加」という文言は障害者基本法だけでなく、発達障害者支援法、障害者虐待防止法、身体障害者補助犬法で使われているほか、身体障害者福祉法と知的障害者福祉法、精神保健精神障害者福祉法は「自立と社会経済活動への参加」、障害者総合支援法は「自立した日常生活又は社会生活」という文言をそれぞれ用いている。

さらに、自己決定の主体は障害者に限らない。2000年に制定された社会福祉法では福祉サービスの意義として、高齢者や障害者など福祉サービスの利用者が能力に応じて自立した日常生活を営むことができるように支援することと定めている。

これは2000年代前半の「社会福祉基礎構造改革」の影響を受けている。社会福祉基礎構造改革では行政による「援護」「更生」的な要素を持っていた福祉の思想を抜本的に改め、利用者本人の自己決定を重視する形にシフトした。解説書は福祉サービスの意義について、利用者の自己決定による自立を支援することにあるとしている6

2006年12月施行の高齢者障害者移動円滑化促進法(バリアフリー新法)も「高齢者、障害者等の自立した日常生活及び社会生活を確保」という文言を用いており、ここでの自立は高齢者、障害者等が自らの意思に基づいて日常生活や社会生活を送れるような環境を整備することとしている7

なお、社会福祉法と同じく社会福祉基礎構造改革の影響を受けた介護保険法でも自立という言葉が使われているが、その意味が近年に変わっており、こちらは後で述べることとする。
 
6 社会福祉法令研究会編(2001)『社会福祉法の解説』中央法規出版p110。
7 国土交通省監修、バリアフリー新法研究会編(2007)『Q&A バリアフリー新法』ぎょうせいp31。
2障害者雇用促進法などの条文
企業や官公庁に障害者雇用を義務付ける障害者雇用促進法では、職業的な自立に言及している。具体的には、第1条で「職業生活において自立することを促進」するための施策を講じるとしているほか、第4条は労働者となる障害者に対し、「有為な職業人として自立」を促す努力義務も盛り込んでいる。厚生労働省設置法でも所管事務の一つとして、「障害者の雇用の促進その他の職業生活における自立の促進に関すること」と規定しており、一般的な意味としては、職務経験を積んだり、手に職を就けたりすることを指していると考えられる。

このほか、青少年雇用促進法でも「職業生活における自立」を支援するとしており、雇用対策法も職業を通じて自立しようとする労働者の意欲を高める重要性とともに、職業生活における障害者の自立支援にも言及している。

ただ、障害者雇用促進法に関する書籍は職業的自立の意味について、「職業生活に参加するという自己決定を行った個人、または行おうとしている個人に対し、自覚と努力を促し、自立という目標を設定する」と解説8しており、先に触れた自己決定の意味に近くなる。さらに定職を得たとしても、業務内容や職場の環境に適応できなければ、職業的な自立は長続きしない以上、何を以て職業的自立と言えるのか、実は曖昧な面がある。
 
8 永野仁美・長谷川珠子・富永晃一編著(2018)『詳説 障害者雇用促進法〔増補補正版〕』弘文堂pp70-71。
3生活保護法などの条文
次に、生活保護法は第1条で「自立を助長」という言葉を使っている(注:下線は筆者)。
 
この法律は、日本国憲法第二十五条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。

 
この解釈について、1951年に初版が発刊された旧厚生省官僚による古典的な解説書に従うと、「公私の扶助を受けず自分の力で社会生活に適応して生活を営むことのできるように助け育てて行くこと」という意味になる9。「公私の扶助を受けず」という辺りは経済的な自立をイメージしている印象を受ける。低所得者などを対象とした住宅確保要配慮者賃貸住宅供給促進法(通称、住宅セーフティーネット法)も、自治体の責務として、「自立の支援」に向けた他の施策との連携に言及しており、解説書は自立の意味について、「居住者の経済的な自立」と説明している10

その一方、いくら収入を得たとしても、収入以上に消費しない日常生活が必要になるし、職業生活や住宅の確保、健康状態の維持などを伴わなければ、再び「公私の扶助」を受けることになる。そうなると、収入を得る経済的な自立だけでは、社会生活に適応することは難しくなる。

そこで、生活保護になる前の状態から就労などを支援する生活困窮者自立支援法を見ると、「生活困窮者の自立の促進」を目的に掲げつつ、就労だけでなく心身の状況、地域社会からの孤立などを踏まえた対応策を包括的かつ早期に実施する必要性を強調している。ホームレス自立支援特別措置法も「自立の意思がありながらホームレスとなることを余儀なくされた者」を主な支援対象と想定しつつ、就業機会の確保や職業能力の開発、住宅支援、健康診断、保健医療の提供、生活相談・指導を通じて自立を目指すとしており、日本に帰国・永住した中国残留邦人・配偶者に対する支援法も「自立支度金」の支給に加えて、生活相談、雇用機会・教育の確保などを通じた自立支援を目的に掲げている。

そう考えると、生活保護法などの法律は生活に困っている人に対し、現金給付を中心とした経済的な自立支援だけでなく、就労や住宅、医療、生活指導など広範な方策を通じて、社会生活に適応することを目指していると解釈できる。
 
9 小山進次郎(1951)『改訂増補 生活保護法の解釈と運用』中央社会福祉協議会pp94-95。
10 住宅セーフティーネット法制研究会編(2018)『逐条解説 住宅セーフティーネット法』第一法規pp117-118。
4児童福祉法などの条文
児童福祉に関する法律でも自立の言葉が使われている。例えば、児童福祉法は児童の権利として、適正な養育、生活の保障、心身の健やかな成長などとともに、「自立が図られること」を挙げている。この規定は子どもの権利や主体性などを認める児童権利条約に沿っており、2016年の児童福祉法全面改正で追加された。これに先立つ1997年の児童福祉法改正では、虐待を受けた児童などを保護する児童養護施設を自立支援の場に位置付ける規定が追加されたほか、児童虐待防止法が2004年に議員立法で改正された際に「児童虐待を受けた児童の保護及び自立の支援」という条文が盛り込まれた経緯がある。

では、ここの自立は何を指すのだろうか。1996年12月の中央児童福祉審議会(厚相の諮問機関、現社会保障審議会)が公表した中間報告では、保護を重視する従来の考え方ではなく、児童福祉の基本理念として、「一人ひとりが個性豊かでたくましく、思いやりのある人間として成長し、自立した社会人となること」を示しており、社会生活への適応を重視していると言える。

このほか、社会生活への適応という意味で自立の文言を使っていると考えられる法律としては、「自立した個人としての自己を確立」を目指す子ども・若者育成支援推進法、被害者の自立支援や適切な保護を国・自治体の責務と定めた配偶者暴力防止被害者保護法(通称DV法)がある。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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