2019年02月08日

EUソルベンシーIIにおけるLTG措置等の適用状況とその影響(4)-EIOPAの2018年報告書の概要報告-

中村 亮一

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1―はじめに

これまでの3回のレポートでは、EIOPA(欧州保険年金監督局)が2018年12月18日に公表した「長期保証措置と株式リスク措置に関する報告書2018(Report on long-term guarantees measures and measures on equity risk 2018))」1に基づいて、EU(欧州連合)のソルベンシーIIにおける長期保証(Long-Term Guarantees:LTG)措置及び株式リスク措置に関しての保険会社の適用状況やその財務状況に及ぼす影響について、全体的な状況及び措置毎、国別、会社毎の状況の概要を報告した。

今回のレポートでは、EIOPAの報告書の第2のセクションに記載されているLTG措置や株式リスク措置が直接的に会社の財務状況に与える影響以外の項目のうち、保険契約者保護、保険会社の投資に与える影響について報告する2,3

以下の章では、UFR(Ultimate Forward Rate:終局フォワードレート)の使用、MA(マッチング調整)、VA(ボラティリティ調整)、TRFR(リスクフリー金利に関する移行措置)、TTP(技術的準備金に関する移行措置)、ERP(ソルベンシー資本要件に準拠しない場合の回復期間の延長)、ED(又はSA)(株式リスクチャージの対称調整メカニズム)、DBER(デュレーションベースの株式リスクサブモジュール)といった8つのLTG措置及び株式リスク措置の中から、MA、VA、TRFR、TTPの4つの措置を中心に、これらが先に掲げたそれぞれの項目に与える影響についての分析結果を報告している。 
 
1 News
 https://eiopa.europa.eu/Pages/News/EIOPA-publishes-its-third-annual-analysis-on-the-use-and-impact-of-long-term-guarantees-measures-and-measures-on-equity-ris.aspx
 報告書
 https://eiopa.europa.eu/Publications/Reports/2018-12-18%20_LTG%20AnnualReport2018.pdf
2 前回のレポートで述べたように、以下の図表及び図表の数値は、特に断りが無い限り、EIOPAの「長期保証措置と株式リスクに対する措置に関する報告書2018」からの抜粋によるものであり、必要に応じて、筆者による分析数値を加えたり、表の項目の順番を変更する等の修正を行っている。
3 LTG措置や株式リスク措置の具体的説明については、「EUソルベンシーIIにおけるLTG措置等の適用状況とその影響(1)-EIOPAの2018年報告書の概要報告-」を参照していただきたい。
 

2―LTG措置等の保険契約者保護への影響

2―LTG措置等の保険契約者保護への影響

1|調査概要
EIOPAは、NSAs(National Supervisory Authorities:国家監督当局)に対し、LTG措置又は株式リスク措置が保険契約者保護に与える影響、特に措置適用の承認取消のケースや不適切な資本救済ケースについての観測を報告するように求めた。

過度の資本救済は、技術的準備金や資本要件の不適切に低い金額が、保険契約者の保護に悪影響を及ぼすことになる。NSAsは、通常、LTG措置及び株式リスク措置の適用が会社のソルベンシーポジションに及ぼす影響を監視している。

2|調査結果
NSAsからのフィードバックによれば、LTG措置又は株式リスク措置の適用による会社に対する過度の資本救済が観察された具体的な事例はなかった。また、LTG措置と株式リスク措置が保険契約者保護に与える肯定的又は否定的な影響の具体的な観察はなかった。さらに、措置の適用が、NSAsが保険契約者保護に望ましいと考えた監督措置を取ることを妨げた具体的なケースも、NSAsによって特定されなかった。

3|NSAsによる評価手法
(1)VA
VA に関しては、NSAsは通常、VAをゼロに設定することの影響を評価している。いくつかのNSAsは、実際の投資収益、ポートフォリオの構成と信用の質の変化、投資戦略を考慮して、会社の投資ポートフォリオを監視すると報告した。これには、VAの決定に使用される「参照ポートフォリオ」との比較や、資産を維持する能力(資産の強制売却のリスクに直面しているか)が含まれる。いくつかのNSAsは特に、会社が実際にVA(で設定されている利回り)を獲得することができるかどうかの問題に焦点を当てていることを概説している。この目的のために、会社が実際に獲得した金利とVAの規模との比較又は遡及的なチェックが提案されている。これらの評価はケースバイケースで行われるが、自動的なチェックは行われない。そのため、NSAsのプロセスは、VAの承認プロセスが予見されるかどうかによって異なっている。

(2)MA
MAに関しては、あるNSAは、過度の資本救済のケースが発生しているかどうかを評価する際に、SCR計算及び自己資本決定に自信があるかどうかを評価する。SCR計算が(標準式の不適合又は内部モデルの誤較正のため)資産のポートフォリオに内在するリスクを考慮して適切であるかどうか、及び(フロアの較正不足又は会社による資産の不正確なマッピングのため)基本スプレッドの不正確な較正により、自己資本が過大評価されているかどうか、が分析される。
4|NSAsによる具体的な調査結果
ソルベンシーII指令の第37(1)(d)項によれば、MA、VA又は移行措置を適用する会社に対して、その会社のリスクプロファイルがこれらの調整及び移行措置の基礎となる仮定から大幅に逸脱していると監督当局が判断した場合、資本アドオンを適用することができる。観察結果を考慮すると、結果として、どのNSAも、不当な資本救済の観察された事例に基づく資本アドオンをまだ課していなかった。

あるNSAはTTPの適用を拒否した。移行措置の適用により、ソルベンシーIの要件と比較して財務リソースの要件が減少したためである。1つのNSAがDBERの申請を受けたが、その会社自体がこの申請を取り下げた。

どのNSAも承認を取り消す必要はなかった。NSAsが過度の資本救済を懸念していることから動機付けられた拒絶又は取消は観測されなかった。

(1)VA
VAを適用した会社に対して過度の資本救済が行われているかどうかを体系的に評価する最善の方法について議論された。いくつかの指標が確認されている。

第1ステップとして、VAを適用する会社が信用スプレッドの変動にさらされる範囲を評価した。VAが保険会社の貸借対照表の資産サイドで信用スプレッドの変動のバランスを取ることを意図しているので、信用スプレッドに敏感な資産の低い割合は、過度の資本救済の指標となる。

第2ステップでは、会社がVAを獲得する可能性があるかどうか、実際にVAを獲得しているかどうかなど、他の指標が使用された。保険会社がVAを獲得する可能性は、保険会社の個々の資産構成を代表ポートフォリオと比較することによって評価できる。そうでない場合でも、保険会社の資産ポートフォリオの平均リスク修正スプレッドは、代表ポートフォリオのリスク修正スプレッドを超える可能性がある。しかし、そうではない場合、これは過度の資本救済の指標となる。保険会社がVAを獲得する可能性を分析する際に考慮すべきもう1つの側面は、保険会社の負債及び資産の強制売却のリスクが低いほど十分に非流動的であるかどうかに関連すると特定された。

会社がVAを稼ぐ可能性がある場合でも、保険会社が実際にVAを稼ぐかどうかを評価することができる。これは、実際の資産収益を分析することによって評価できる。

VAの別の側面もまた、過度の資本救済が存在するか否かの議論において関連性があると考えられた。これは、VAが資産スプレッドの変動を平準化するのに効果的かどうかという問題である。2016年ストレステストでは既にこの問題に対処しており、VAが「目的に合っている」かどうかをテストすることが可能かどうかを検討した。VAの増加を想定して、単純なスプレッド拡大シナリオが資産及び負債に与える影響をテストすることは、将来的な方法となる。 これらのシナリオの結果に基づいて、技術的準備金に対するVAの影響が、会社の資産に対するスプレッド・ショックの影響を上回るかどうかを分析することができる。

これらの一般的な考慮事項が議論され開発されてきたのに対し、最初の分析は、会社が提供した資産に関する定量的情報に基づいて行われてきた。

今年の報告書では、EIOPAは、VAを適用する会社が実際に信用スプレッドの変動にさらされているかどうかについて具体的に分析した。その目的のために、VAを適用する全ての会社について総資産価値に対する信用スプレッドの変動に敏感な資産の割合が計算された。

分析を容易にするために、信用スプレッドに敏感であると識別された資産クラスの市場価値は、会社の全ての資産の市場価値と比較される。 信用スプレッドに敏感であると識別された資産クラスには、社債及び国債、仕組債、モーゲージならびにローン及び担保付証券が含まれる。集団投資会社についてのルックスルー情報が入手できなかったため、これらは信用スプレッドに敏感なものとして全体で考慮された。

手元のデータでは、VAが適用される技術的準備金をカバーする資産のみについて分析を実行することは不可能だった。ただし、例えば全体として技術的備金をカバーする資産だけでなく、(MAとVAの両方を異なるポートフォリオに使用する会社のために)MAポートフォリオに含まれる資産も個別に識別することはできない。 MAポートフォリオの資産が状況を乱す可能性があるという事実に対処するため、分析はMAを適用しない会社についてのみ行われた。

従って、最終的な結果は単なる近似値であり、市場全体の信用スプレッドの変動にさらされている資産の割合に関する広範な概要を示すことが期待される。

以下の図表は、MAを適用しないVAを使用している各会社に対するこの分析の結果の概要を示している。結果は規模順に並べられている。各バーは1つの会社を表す。分析はユーロに焦点を当てている。
図表 VAを使用している会社の信用スプレッドに敏感な資産の割合
見て取れるように、非常に多様な結果がある。信用スプレッドに敏感な資産にほぼ排他的に投資している多くの会社があるが、信用スプレッドに敏感な資産が非常に少ない会社もある。この分析に含まれる合計サンプルには596の会社が含まれている。先に述べたように、分析はいくつかの近似に依存している。特定の会社に対する過度の資本救済を確認した場合は、追加の分析が必要になる。このアプローチでは、欧州市場でVAを適用する(MAを適用しない)全ての会社に対する信用スプレッドの割合が78%に達する。
(2)MA
MAからの過度の資本救済は、負債が十分に非流動的ではない場合及び/又は基本スプレッド(FS)の較正が不利な信用事象のリスクに対する適切なバッファーを提供しない場合に、MAの使用から生じ得る。

この分析は、基本スプレッドの較正によって予想されていたよりも多くの悪影響がMAポートフォリオで発生しているかどうかに焦点を当てる。MAの使用を承認されている会社は、2017年中に想定されていた基本スプレッドとともに、2017年中に発生したデフォルト及び/又は格下げによる損失に関する情報を提供するよう求められた。

27社(スペイン15社、英国12社)からの回答があった。

ある会社は、MAポートフォリオ内のデフォルトから生じた損失を報告した。ポートフォリオの割合としては、この損失は50bpsのポートフォリオの基本スプレッドと比較して5bpsだった。

5つのMAポートフォリオからなる5つの会社は、格下げによる損失を報告した。これは、資産の削除前に発生した格下げの後に、2017年に資産がポートフォリオから削除された場合の損失である。報告された損失は、基本スプレッドにおける引当金と比較して重要ではなかった。これらのうち2つの会社では、ポートフォリオ損失の基本スプレッドが25bpsから58bpsの間であるのに対し、ポートフォリオ損失の割合は約2bpsだった。他の3つのポートフォリオは、それらのポートフォリオの48bpsから28bpsの間の基本スプレッドと比較して、1bps未満の格下げによる損失を被った。

報告された損失から推測されるよりも、より広範な市場で格上げと格下げが行われたことが、注目に値する。報告されている損失の水準が低い理由の1つは、保険会社が自社のポートフォリオ内で格下げされた資産を保有していたことかもしれない。さらなる理由は、サブ投資適格資産に対するMAの上限によって、会社がマッチング資産の質の高いポートフォリオを維持するインセンティブが与えられ、品質が劣化している資産がMAポートフォリオ外からのより質の高い資産に置き換えられることにある。

基本スプレッドは、長期平均債務不履行費用及び格下げを吸収するように設計されている(ソルベンシーII指令の第77c条(2)を参照)。これは単一期間と直接比較できるとは考えられていない。年次ベースでこの比較を続けることは、基本スプレッドが不利な信用事象の費用を吸収するのに不十分である期間を特定するのを助けるはずである。
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中村 亮一

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