2019年01月11日

米中対立と習近平経済学(シーコノミクス)

三尾 幸吉郎

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3――シーコノミクス二期目の注目点と課題

そして、習近平政権は二期目に入った。経済運営全般を主導するのは一期目の李克強首相に代わって劉鶴副首相が事実上の司令塔になると見られている。習近平政権一期目の経済運営は当初、李克強首相の名を取った「李克強経済学(リコノミクス)」と呼ばれる経済運営がなされていたが、中国共産党が国家機構への指導を強化する中で、2013年頃から中国共産党の中央財経領導小組へと主導権が移り、その組長を務める習近平氏の名を取って「習近平経済学(シーコノミクス)」と呼ばれるようになっていった。その中央財経領導小組で事務局トップを務め、経済ブレーンとしてシーコノミクスを取り仕切っていたのが劉鶴氏である。習近平氏とは幼なじみで経済秘書と呼ばれるほどの信頼を得ており、第19回党大会では政治局員に昇格、翌年3月の全人代では副首相に就任することとなった。したがって、習近平政権二期目は、習近平氏をトップとし、劉鶴副首相を司令塔とする経済運営になると見られている。

それでは、習近平政権二期目の中国経済はどうなるのだろうか、筆者は下記3点に注目している。第一の注目ポイントは、第19回党大会(2017年)のあと頻繁に登場するようになった「三大堅塁攻略戦」というキーワードである。第19回党大会で習近平氏は2020年に小康社会(少しゆとりのある社会)を全面的に完成させると表明した。それを背景に、翌2018年3月の全人代では質の高い経済発展を目指して「三大堅塁攻略戦」を断固戦い抜くと宣言し、「重大リスクの防止・解消」、「的確な貧困対策」、「汚染対策」の3つの“堅塁(守りが堅くて容易に攻め落とすことのできない陣地)”の攻略に乗り出した。習近平政権は「トラもハエも叩く」として、これまでの政権が二の足を踏んで進まなかった共産党内の腐敗汚職撲滅を徹底的に実行した。これを踏まえると、習近平政権にとって一期目の“堅塁”が腐敗汚職だったとすれば、二期目の“堅塁”はこの3つになるということだろう。金融面に焦点を当てた「重大リスクの防止・解消」に関しては、不法な資金集めや金融詐欺の取り締まり、シャドーバンキング、ネット金融、金融持ち株会社に対する監督管理、地方政府の債務リスク管理などが焦点となる。「的確な貧困対策」に関しては、農村貧困人口の削減、貧富格差の固定化を防ぐための不動産税(固定資産税)の立法、「インターネット+農業」に対する政策支援などが焦点となる。また、「汚染対策」に関しては、「美しい中国」を実現すべく大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、ゴミ処理問題への取り組みを加速することが焦点となる。

第二の注目ポイントは、第14次5ヵ年計画(2021~25年)の成長率目標をどのような水準に設定するかである。2012年の第18回党大会では「所得倍増計画」を打ち出し、その後の第13次5ヵ年計画(2016~20年)では「年平均6.5%以上」という高めの成長率目標を設定したため、経済成長にマイナスの影響を及ぼす過剰設備・過剰債務の問題を解消することは至難の技だった。一方、2017年の第19回党大会では「量から質」へ転換する方針を示したため、今後検討が進む第14次5ヵ年計画では前回よりも成長率目標を引き下げることが可能となった。成長率目標を5%前後に設定することで共産党内をまとめることができれば、過剰設備・過剰債務の問題は一気に解消に向かうと見られる。

第三の注目ポイントは、芽生え始めた新しい成長モデルを、このまま順調に育てることができるかである。前述のように「インターネット・プラス」と「中国製造2025」を結び付けて、新たな成長モデルを構築する動きが盛んになっている。しかし、第19回党大会では「全活動に対する党の領導の堅持」を強調し、情報統制も強めており、こうした統制強化が新しい成長モデルの障害となる恐れもある。習近平政権一期目に芽生えた新しい成長モデルが二期目にどんな発展を見せるのか、今後の展開が注目されるところである。
 

4――米中対立とシーコノミクス

4――米中対立とシーコノミクス

第19回党大会で習近平氏は、自らの名前を冠した「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」を中国共産党章程(党規約)に入れるなど権威を高め、また自らに近い人材を権力の中枢に据えるなど政権基盤を強固にして、習近平一強ともいわれる体制で二期目をスタートした。

しかし、習近平一強体制だとはいえ、政策の舵取りを誤れば磐石に見える政権基盤も揺らぐ可能性はある。中国共産党の歴史上、最も深刻な政策の失敗を挙げるとすれば、それは毛沢東氏が行なった「大躍進政策」だと言えるだろう。1960年前後に中国共産党が推進した「大躍進政策」では、農業生産を増やすため四害(ハエ、カ、ネズミ、スズメ)を駆除する四害駆除運動が行なわれた。しかし、スズメを駆除した結果、イナゴやウンカなど害虫が大量発生して農業生産はむしろ大きく落ち込む結果となった。さらに、鉄鋼の増産を目指した「大製鉄・製鋼運動」では、専門家不在の中で農民が作った鉄鋼は粗悪品が過半を占め、農民が駆り出されたために農地は荒れ果て、目標達成のために農具まで供出することになったため農業生産は大打撃を受けることとなった。さらに、燃料には木炭が必要だったため、樹木の大規模な伐採が行なわれた結果、洪水が頻発、数千万人とされる餓死者を出す大失敗だった。そして、毛沢東氏は共産党内や国民の信認を失い国家主席を辞任、その後は劉少奇氏に政権を譲ることとなった。

このように政策の失敗は取り返しのつかない事態を招きかねない。現在、その点で気になるのが米中対立の行方である。米国は中国の台頭を脅威と感じ、中国を封じ込めようとする動きを見せている。米国の攻勢を受けて中国では、習近平国家主席が「先進的でカギとなる技術を手に入れるのはますます難しくなっている」として、「自力更生」という言葉を頻繁に使うようになった。「自力更生」とは、他国の力に頼らず、自国の力で社会主義革命を行なうという意味だが、これは1960年前後に中国が旧ソ連と対立し、旧ソ連が技術協力を打ち切った時に、毛沢東氏がよく用いた表現で、前述の大躍進政策でもスローガンの一つだった。米中がともに自国の利益を第一に考える姿勢を崩さず、双方が受け入れ可能な解決策を見いだす努力を怠れば、米中対立はいずれ民間企業や学術機関などの交流にも悪影響を及ぼすだろう。そうなれば、中国が「自力更生」でいくら努力してもイノベーション(創新)の勢いは鈍り、世界第2位に巨大化した中国経済が停滞すれば、米国経済もただでは済まないだろう。そして、世界経済全体の発展が止まる恐れもある。

毛沢東時代とは比べようもなく大きくなり、世界経済への影響も甚大になった中国だけに、日本はその成り行きを第三者的に注視しているだけでは済まされず、同盟関係にある米国と隣国で歴史的・経済的に結び付きの強い中国が共存の道を歩めるよう、橋渡し役を果たすべき局面がいずれ訪れるのではないかと考えている。
 
 

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三尾 幸吉郎

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(2019年01月11日「基礎研レポート」)

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