2019年01月09日

2019年度の社会保障予算を分析する-費用抑制は「薬価頼み」「帳尻合わせ」が継続

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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5|歳出抑制策の評価
こうした制度改正の内容を考察すると、薬価や材料価格の削減を除けば、既に決まっていた制度改正の影響であり、新しく歳出抑制に取り組んだ形跡は見受けられない。中でも、介護保険料の総報酬割移行については、介護費用の総額に影響を与える制度改正ではなく、むしろ歳出抑制のための「帳尻合わせ」の印象を受ける。今年は春に統一地方選、夏に参院選を控えており、ダイレクトに国民の生活に影響を与える制度改正に踏み込まなかったと見られる。

しかも、こうした「薬価頼み」「帳尻合わせ」の傾向は数年間、継続している。自民党が政権に復帰した後に編成された2013年度予算以降の歳出抑制の項目は表2の通りであり、これを見ると、診療報酬の定期的な見直しの年に当たる2014年度、2016年度、2018年度では薬価改定が歳出抑制の大きなウエイトを占めていた様子を理解できる。つまり、「薬価頼み」は2019年度予算案に限らず、近年の傾向と言える。
表2:最近の歳出抑制策の主な内訳
もう1つの「帳尻合わせ」という点でも、2019年度予算案と同じ傾向が見て取れる。具体的には、2015~2017年度の「協会けんぽの国庫負担減額」とは、74歳未満の国民が負担する「後期高齢者医療制度支援金」(以下、支援金)の負担ルールを変更した影響である。これは先に触れた介護保険料の総報酬割と同様、被用者保険における支援金の負担ルールを加入者割から総報酬割に変更し、負担が減る協会けんぽの国庫負担を削減した。つまり、高齢者医療費の総額に影響しない範囲で負担割合を変更することで、国民が薄く広く負担する税金の割合を減らす一方、比較的裕福な健康保険組合の被保険者に負担を付け替えたことになる。

厳しい財政事情を踏まえると、相対的に豊かな健康保険組合の負担を増やすのは止むを得ないにしても、こうした「帳尻合わせ」は財政の危機的な状況や、負担と給付の関係を却って見えにくくする危険性がある。

さらに、議論しなければならない点は健康づくりの効果である。安倍政権は医療・介護制度改正について予防や健康づくりを重視しており、昨年6月に閣議決定された「骨太方針2018」(経済財政運営と改革の基本方針2018)では、「予防・健康づくり」「生涯現役、在宅での看取り等」を前半に並べた一方、医療費の自己負担増など国民の反発を招きかねない案件は後ろに回されているだけでなく、「検討」という文言を随所にちりばめた。

しかし、予防や健康づくりがマクロの医療・介護費用を抑制したというエビデンスは存在せず、多くを期待するのは難しい。この点も歳出抑制に消極的なスタンスを示す証左と言える。
 

6――社会保障関係費の概要(4)~その他に論点となった制度改正~

6――社会保障関係費の概要(4)~その他に論点となった制度改正~

1|後期高齢者医療制度の保険料軽減特例と「年金生活者支援給付金」の創設
その他の論点としては、75歳以上の後期高齢者の保険料軽減を継続するかどうかも焦点となった。後期高齢者医療制度が2008年度に創設された際、国民から猛反発を受けたため、低所得者を対象に保険料(均等割)の8.5~9割を軽減する措置が創設されたが、当初の予定では消費税引き上げのタイミングで特例を廃止する予定だった。

しかし、政府内の調整を経て、9割軽減対象者には消費税引き上げ分を充当する形で、表1の④で言及した月5,000円、年6万円の「年金生活者支援給付金」が支給されることになった。さらに、年金生活者支援給付金を受けられない8.5割軽減の特例を受けている低所得者についても特別な措置を講じるため、実質的な負担は増えないことになった。
2|未婚のひとり親世帯に対する支援
税制改正に向けた自民党、公明党の調整では、配偶者と離婚・死別したひとり親の所得税と個人住民税を軽減する「寡婦(寡夫)控除」の適用拡大が争点となった。婚姻歴のないひとり親が法律上、「寡婦(寡夫)」と見なされず、控除を受けられないため、公明党が未婚のひとり親に拡大するよう主張。これに対し、自民党が「未婚の出産を助長する」などと難色を示したことで調整が難航し、税制改大綱の決定が予定よりもずれこむ事態となった。

結局、与党税制改正大綱では、児童扶養手当の受給者のうち、前年の合計所得金額が135万円以下であるひとり親世帯については、未婚でも個人住民税を非課税とすることで決着した。さらに、今後の適用拡大について、「子どもの貧困に対応するため、婚姻によらないで生まれた子を持つひとり親に対する更なる税制上の対応の要否等について、平成32年度(注:2020年度)税制改正において検討、結論を得る」という文言が与党税制改正大綱に入り、結論を持ち越した。

一方、2019年度政府予算案では臨時・特別の措置として、低所得(児童扶養⼿当の受給者、年収360万円以下)の未婚のひとり親に対し、年1万7,500円を支給する給付金が盛り込まれた。予算額は国費ベースで30億円。
 

7――おわりに~PB黒字化と2025年に向けて~

7――おわりに~PB黒字化と2025年に向けて~

政府は財政再建を図るため、国・地方のプライマリー・バランス(PB、基礎的財政収支)を2025年度に黒字化する方針を掲げている。PBとは、その年の政策的経費を税収で賄えているか示す指標であり、これが赤字だと債務残高は増えることになる。

しかし、年度を明記したPB黒字化目標は2002年に初めて立案されたにもかかわらず、先送りされ続けてきた。平成最後となる2019年度予算案についても、本レポートで指摘した通り、歳入は臨時財源に多くを頼り、社会保障の抑制策では帳尻合わせが目を引き、財政健全化の道筋が示されなかった。

むしろ、政権が全体として医療・介護費用の抑制の議論を忌避する代わりに、効果が必ずしもハッキリしない予防・健康づくりに力点を置いているようにも映る。しかし、管見の限り、予防・健康づくりがマクロの医療・介護費を削減したというエビデンスは存在せず、大きな費用削減効果を望めない。

一方、人口的にボリュームが大きい団塊世代が75歳以上になる2025年には医療・介護費用の増大が予想されているほか、子育て支援や独居高齢者の生活支援、子どもの貧困対策や児童虐待など新たな課題への対応も求められている。

こうした中で、「節目」の年とされている2025年に向けて、財政や経済をどう持続可能にするか、そして社会保障制度をどう構築するか、積み残された課題は余りに多く、負担と給付の関係や歳出・歳入の在り方を考えることが求められる。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2019年01月09日「基礎研レポート」)

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