2019年01月09日

2019年度の社会保障予算を分析する-費用抑制は「薬価頼み」「帳尻合わせ」が継続

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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4|低所得高齢者の介護保険料負担軽減の強化
表1の⑤で示した通り、低所得高齢者の介護保険料について負担軽減措置が強化される元々、65歳以上(第1号被保険者)の介護保険料については、低所得者の介護保険料を軽減するため、国・地方合計で1,400億円を投入する予定だったが、最終的に1,600億円にまで拡大する。

第1号被保険者の介護保険料は、市町村が3年に1回の周期で改定する。その際、国は市町村に参考にしてもらうための所得段階を設定しており、所得水準に応じて最低の「第1段階」から最高の「第9段階」の計9つに区分されている。

今回の制度改正では、生活保護受給者など「第1段階」の624万人に限定されていた減免対象を拡大し、世帯全員が市町村民税非課税かつ本人年金収入80万円超120万円以下の「第2段階」、世帯全員が市町村民税非課税かつ本人年金収入120万円超の「第3段階」にまで拡大する。その結果、減免対象は65歳以上人口の約3割に相当する1,122万人に拡大する見通しである。これと併せて、第1段階の減免割合も拡充する。
5|地域医療介護総合確保基金の拡充
表1の⑥で示した通り、自治体を介して医療・介護事業者に交付される「地域医療介護総合確保基金」が拡充され、事業費ベースで医療分、介護分ともに100億円(いずれも国費ベースで67億円)が積み増しされた。この結果、地方負担分を加味した事業費ベースで見ると、基金の規模は医療分で1,034億円、介護分で824億円となった。

この背景には、病床再編などを目指す「地域医療構想」を進めたいという思惑がある。地域医療構想は2017年3月までに都道府県が策定しており、団塊の世代が75歳以上となる2025年を意識しつつ、現状と2025年時点の病床を巡るギャップを明らかにした上で、余剰気味な急性期病床の削減、在宅医療の充実などを図ることを目指している4

そして、地域医療介護総合確保基金は2014年度、地域医療構想の推進を主な目的に創設5され、その使途としては、(1)地域医療構想の達成に向けた医療機関の施設又は設備の整備に関する事業、(2)居宅等における医療の提供に関する事業、(3)介護施設等の整備に関する事業、(4)医療従事者の確保に関する事業、(5)介護従事者の確保に関する事業――などの5分野が想定されている。

こうした中、財務省は2018年11月の財政制度等審議会(財務相の諮問機関)建議で、「地域医療構想の達成に向けた医療機関の施設整備等に引き続き重点化しつつ、(略)メリハリのある配分調整を行うべきである」との期待感を示していたほか、2018年12月に改定された経済・財政一体改革の工程表でも「地域医療介護総合確保基金の配分における大幅なメリハリ付け」に言及していた。これらの記述を踏まえると、地域医療介護総合確保基金の拡充を通じて、地域医療構想に基づく病床再編や在宅医療の整備を加速することで、医療費を抑制したいという思惑が見え隠れする。
 
4 地域医療構想については、拙稿レポート2017年11月24日~2017年12月8日の「地域医療構想を 3つのキーワードで読み解く」(全4回)を参照。第1回のリンク先は下記の通り。
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=57248
5 当初は医療分だけスタートし、事業費ベースで904億円、国費602億円だった。その後、介護分が2015年度分に追加された。
6|医療ICT化促進基金の創設
表1の⑦で示した「医療ICT化促進基金(仮称)」は新規施策であり、効率的な医療提供体制の構築に向けて、電子カルテの標準化、オンライン資格確認の導入などを財政支援するとしている。そのための国費として300億円が計上されている。
 

4――社会保障関係費の概要(2)

4――社会保障関係費の概要(2)~消費税引き上げに対応する各種報酬の改定~

こうした施策の充実とは別に、2019年10月の消費税引き上げに伴う経費の増加に対応するため、医療保険、介護保険、障害者福祉サービスの報酬が改定された。医療機関や介護事業所の仕入れには消費税が課されるが、医療・介護サービスは非課税とされており、医療機関や介護事業者は患者や利用者から消費税を徴収できない。このため、消費税引き上げに際して、その補填方法が焦点となった。

このうち、診療報酬改定は本体+0.41%(国費ベースで約200億円増)の引き上げとし、医科は0.48%増、歯科は0.57%増、調剤は0.12%増という内訳になった。

一方、薬価と材料価格については、市場価格を基にした引き下げと、消費増税に伴う引き上げを2019年10月に同時に実施する。薬価と材料価格の引き下げは後述することとし、消費税引き上げの対応分については、薬価で0.42%増(国費ベースで203億円増)、材料で0.06%増(国費ベースで27億円増)となった。

さらに、介護事業者向けの介護報酬は0.39%増(国費ベースで48億円増)6、障害者福祉サービス事業者向けの報酬は0.44%増(国費ベースで26億円増)となった。
 
6 これとは別に、低所得者対策である補足給付の基準費用額を引き上げるため、国費7億円程度を別に充てる。
 

5――社会保障関係費の概要(3)

5――社会保障関係費の概要(3)~薬価削減など抑制策の内容~

1|自然増の抑制を巡る議論
高齢化などに伴う社会保障関係費の自然増を抑える制度改革も実施された。社会保障関係費の取り扱いについて、2019年度予算案は例年と少し異なる展開となった。具体的には、2016~2018年度の予算編成に際しては、2015年6月に閣議決定された「骨太方針2015」(経済財政運営と改革の基本方針2015)に基づき、社会保障の自然増を5,000億円に抑制するという「歳出改革の目安」が示されていたが、2019年度は「目安」がなかった。

しかし、消費税収を活用した充実分を除くと、最終的に伸び幅は約4,800億円となり、例年並みに抑えられた7。元々、自然増は約6,000億円と見込まれていたため、約1,200億円を抑制できたことになる。その柱は(1)薬価などの削減、(2)介護保険料に関する総報酬割の拡大、(3)生活保護の見直し――であり、以下では順に概要を考察する。
 
7 例年よりも高齢化の伸び率が少し緩やかになることで、社会保障関係費の自然増が抑えられた点も指摘されている。2018年12月26日『毎日新聞』、12月23日『読売新聞』、12月18日『朝日新聞』を参照。
2|薬価などの削減
薬価や材料価格を含む診療報酬については、2年に1回改定されており、2018年度に大規模な改定が実施されたばかりである。このため、2019年度は本来、定期的な改定の年に当たらないが、消費税増税に対応した診療報酬の引き上げと併せて、薬価や材料価格も見直されることになった。

具体的には、薬価は0.51%減(国費ベースで290億円減)、材料価格は0.02%減(国費ベースで10億円減)とした。いずれも市場実勢価格に合わせる形での改定であり、国費ベースでは計300億円程度のマイナスとなった8
 
8 その一方で、先に触れた通り、消費税増税に対応した報酬引き上げが別に実施される。
3|介護保険料の総報酬割の拡大
こちらは既に定められた制度改正である。詳細については拙稿9で述べたところであり、ここでは概要にとどめる。2000年に制度化された介護保険制度は自己負担部分を除く50%を税金、50%を40歳以上の国民に課す保険料で賄っており、保険料の部分は23%を65歳以上高齢者(第1号被保険者)、27%を40歳以上65歳未満の第2号被保険者で負担し合っている10。このうち、第2号被保険者の介護保険料については、医療保険料に上乗せする形で医療保険組合ごとに徴収されている。そのイメージは図3であり、自営業者は国民健康保険に、勤め人を対象とした被用者保険のうち、大企業の従業員は会社の健康保険組合に、中小企業の従業員は協会けんぽに支払う医療保険料に介護保険料が上乗せされており、それぞれの保険組合が国に「介護納付金」として支払っている。
図3:介護保険料の流れ こうして各保険組合に割り振られる保険料の水準については、各保険組合の加入者数に応じて決まっていたが、被用者保険に関して、2017年度から負担ルールが変更された。

具体的には、加入者数に応じて支払う「加入者割」ではなく、所得に応じて課す「総報酬割」に変更した。この結果、相対的に高所得者が多い健康保険組合の負担が増える半面、協会けんぽや低所得者が多い健康保険組合の負担が減ることになった。

一方、総報酬割の導入に伴って協会けんぽに割り振られる保険料の負担が減ることで、協会けんぽの財政が改善することが期待されるため、その分の国庫負担を削減した。つまり、「加入者割から総報酬割に分配ルールを変更→財政が豊かな健康保険組合の負担増と協会けんぽの財政改善→負担が減る協会けんぽの国庫負担削減」という制度改正を通じて、国の歳出を削った。

こうした制度改正は2017年度から2020年度まで段階的に実施されており、2019年度予算案ベースでは600億円前後の国費を抑制できると見込まれている。
 
 
9 拙稿レポート2017年11月24日「介護保険料引き上げの背景と問題点を考える」を参照。https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=57141
10 この比率は人口動態に応じて3年に一度、見直されており、法律が成立した2017年度時点では第1号被保険者が22%、第2号被保険者が28%だった。
4|生活保護の見直し
こちらも介護保険料の総報酬割拡大と同様、既に決まっている制度改正の影響である。具体的には、一般低所得世帯の消費実態を反映したとして、生活扶助基準などの見直しを2018年10月から3回に分けて段階的に実施することにしており、2019年度予算案では2回目となる。国費の抑制額は30億円程度と予想されている。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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