2019年01月08日

EIOPAによる2018年保険ストレステストの結果について(1)-EIOPAの報告書の概要報告-

中村 亮一

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5|今回のストレステストによる計算
グループは、通常のソルベンシーII報告に使用されたのと同じモデルを適用して、ストレス後の財政状態を計算するように求められた。LTG(長期保証)措置と移行措置の適用が考慮され、これらの措置の影響は別に報告されなければならなかった。ショックの瞬間的な性質及び静的なバランスシートアプローチに対応するために制限が規定された。特に、技術的準備金への移行措置の影響は、ストレス後の状況でも一定に保たれ、シナリオの影響を軽減するための潜在的な経営行動は認められていない。

なお、今回のテストの基準日は2017年12月31日である。

今年のテストの目新しさは、ストレス後のソルベンシー資本要件(Solvency Capital Requirement :SCR)の見積もりとともに、参加者のストレス後の資本ポジションの評価にある。グループSCRの再計算に関連する運用上及び方法論上の課題を考慮すると、参加グループは、影響の方向と規模の公正な反映が正当化される限り、近似と簡素化を使用することを許可された。
6|今回の報告書の構成
今回の報告書は、エグゼクティブサマリー(Executive Summary)に続いて、以下の3章から構成されている。

第1章は、今回の2018年保険ストレステストのフレームワークについて、説明している。

第2章は、ストレステストの結果を説明している。

ストレステストの結果については、ベースラインの特徴についての説明が行われた後、市場ストレスシナリオの影響について、(1)貸借対照表指標(負債超過資産額の状況等)、(2)技術的準備金、(3)自己資本指標、(4)SCR指標、のそれぞれについての結果が示されている。さらに、自然大災害シナリオの影響については、(1)貸借対照表及び自己資本指標、(2)SCR指標、についての結果が示されている。

第3章は、ストレステストの結果を踏まえての結論と次のステップについて説明している。
 

3―今回のストレステストのフレームワーク

3―今回のストレステストのフレームワーク

この章では、報告書の第2章の「2018年保険ストレステストのフレームワーク」のうち、2で述べた項目以外の内容について報告する。

1|全体の状況
2018年保険ストレステストの目的の1つは、市場及び保険契約者に対する保険業界の透明性を高めることである。従って、参加グループからの明示的な同意が得られたときはいつでも、ストレステストの結果は集約レベルだけでなく個別レベルでも開示される。個々の情報の開示は、LTG措置及び移行措置の有無にかかわらず、資産及び負債への影響に限定される。最終的に、市場と保険契約者に提供される情報のレベルを上げることによって、このテストはストレステストによって明らかにされた脆弱性に対処するための市場規律を強化する。

この報告書は簡潔で、様々なシナリオの影響とその主な決定要因の事実記述に焦点を当てている。それは妥当な期間内に報告を発表する必要性と2018年のテストの運用上の課題の間のバランスをとっている。後者は、参加者のために13週間の延長された計算期間を必要とし、それはより詳細な分析に利用可能な時間を著しく減少させた。収集された情報(例えば、サイバーリスクアンケート、特定の危険へのエクスポージャー、及びNCシナリオにおける再保険の適用範囲)は、EIOPAでさらに分析を進めるために使用される。
2|リスクの見通しと優先順位
ストレステストのシナリオは、欧州の保険業界の主な脆弱性及び欧州の金融システムにおける一般的なシステミックリスクの原因に関するEIOPAとESRBの両方の評価を反映している。カバーされているリスクは、EBA(欧州銀行監督局)、ESMA(欧州証券監督局)、合同委員会(Joint Committee)などの他の欧州の機関のリスク評価とも一致している。

RPが突然反転するリスクは、現在、保険セクターを含む金融システムにとっての主要なリスクとして認識されている。保険会社は、保険契約者の義務をカバーするためにかなりの債券資産を保有しており、RPが突然上昇した場合、(長期の)負債価値に対する相殺の影響にもかかわらず、債券資産の市場価値が低下するため、多くの(再)保険グループが悪影響を受ける可能性がある。さらに、保険契約者の経済的福祉が減少したり、代替投資機会が保険契約者にとってより魅力的になったりするため、保険会社は解約の大幅な増加に直面する可能性がある。最後に、利回り上昇シナリオで、全ての国で同時に予想を上回るインフレ圧力が発生した場合、責任準備金が不足する可能性がある。

逆に、低利回り環境が継続するリスクも、欧州の保険業界にとって依然として大きな懸念事項である。リスクフリー金利が低いと、生命保険の保証付きリターンとそれに対応する低リスクの長期投資の間のマージンが圧縮される一方で、保険会社の長期負債の価値が高まる。 これは、(保険会社が同時に長寿ショックに直面し、長期負債の価値がさらに高まっている場合は、特に)(再)保険グループの財政状態に重大な負担をかける可能性がある。

最後に、気候変動は、より頻繁で深刻な気象関連の大災害につながる可能性がある。欧州の保険業界はいくつかの異なる自然災害にさらされているため、別々の自然大災害シナリオでいくつかの重大な大災害事象が同時に発生するリスクを評価することは重要である。
3|方法論的アプローチ
(1)シナリオ
ストレステストには、市場と保険に固有のリスクを組み合わせた2つのシナリオと1つのNCシナリオが含まれている。シナリオに反映された不利な市場動向はESRBと協力して作成されたが、保険特有の要素はEIOPAによって開発された。自然大災害シナリオは、EIOPAがサードパーティのデータプロバイダと協力して開発したものである。

1) YCUシナリオ
YCUシナリオでは、財政状態の逼迫につながる、世界の金融市場におけるRPの急激かつ大幅な反転が想定されている。10年物のEURスワップレートの期間構造は、85 bps及び他の主要先進国(英国及び米国など)の通貨では100 bpsを超えて上方にシフトする。RPの全体的な上昇は、一部のEUソブリンの債務の持続可能性に関する懸念を高め、信用格付けの高いEU国債に対するEU国債の利回りのスプレッドを広げることになる。国債のスプレッドは平均で36bps増加し、最大134bpsに達する。この利回り水準の急激な変化から生じる経済の不確実性は債券市場だけでなく他の金融市場にも影響を与えると考えられる。

YCUシナリオでは、市場ショックと解約率及び請求インフレに対する瞬間的なショックが組み合わされている。保険契約者の市場動向に対する反応を反映して、全ての非強制的生命保険商品について解約率が20%増加すると想定されている。さらに、予想を上回るインフレ圧力が、損害保険セグメントにおける責任準備金の不足を引き起こすと想定されている。この不足は、損害賠償責任の最良推定値(BE)の既存の計算で想定されていたものよりも2.24%高い年間請求額のインフレによるものである。

2) YCDシナリオ
YCDシナリオでは長期の超低金利期間を想定しているが、満期が長い場合は超低金利が優先する。金利の低下は、EU域外からの波及による経済活動の減速を反映している。このシナリオは、長期の低金利期間を反映するためにユーロに対して(2017年末時点で4.2%に比較して)2.04%に設定された終局フォワードレート(UFR)の調整を含む、関連するリスクフリー金利期間構造の瞬間的な変化に基づいている。10年物スワップレートは、先進国では約80bps、新興国では約40bps低下する。ユーロ圏では、10年物スワップレートも80bps低下するが、1年スワップレートは11bps低下する。より低い経済成長は他の資産価格にも影響を与えると仮定される。

YCDシナリオは、人口全体で大幅に増加すると想定されている、平均寿命へのショックと組み合わされている。根底にある前提は、ヘルスケア産業における新技術の開発が生命保険のBE計算に影響する死亡率表の一般的な改訂への道を開くということである。

3) NCシナリオ
最後に、NCシナリオは、様々な危険からの欧州全体にわたる一連の大災害損失を想定している。4つの欧州の暴風、2つの中欧及び東欧の洪水及び2つのイタリアの地震。これらの事象は欧州の様々な地理的地域を襲うように設計されており、短期間で実現すると考えられている。テストでは経営行動は認められなかった。つまり、会社は通常の事業活動で行っていたように、追加の再保険の購入など、シナリオへの影響に対するエクスポージャーを減らすことができなかった、ことを意味している。

(2)シナリオの効果的な実施
保険ストレステストはボトムアップ型のテストであり、これには参加しているグループが、3つのシナリオがグループの貸借対照表、OF(Own Funds:自己資本)及びSCRに与える影響について実行した計算が含まれる。

テストの基準日は2017年12月31日である。ベースラインは基準日におけるグループの財政状態であり、2017年のソルベンシーIIグループの報告と一致している。参加グループは、通常のソルベンシーII報告に使用されたのと同じモデルを適用することにより、ソルベンシーII体制下での財政状態を再計算するように求められた。

参照日にグループの監督者によって承認されていれば、(部分的な)内部モデル及びグループ固有のパラメータの使用は認められた。YCU及びYCDシナリオで規定されている保険特有のショックの適用が自己資本の増加をもたらす場合、参加者は彼らのモデルから離れることを要求された。このような状況では、自己資本へのプラスの限界的影響は中和され、グループレベルでゼロに制限されるべきである。

ストレステストは静的貸借対照表アプローチを使用している。シナリオは、基準日において規制上の貸借対照表に適用される瞬間的なショックで構成される。シナリオの影響を計算する際に、新規保険契約に対する仮定、資産構造や事業戦略の変更は認められていない。現在の保険契約からの将来の保険料は、それらがソルベンシーII契約の境界内に収まる範囲で考慮されるべきである。

ストレス発生前後の計算でLTG措置と移行措置の適用は、これらが参照日にNCAsによって承認されていることを条件に考慮された。ストレスシナリオの影響の有意義な評価を可能にするために、これらの措置の適用による影響を個別に報告する必要があった。技術的準備金に対する移行措置の影響は、ベースラインに関しては変更されていない。

ストレス後の状況におけるグループの貸借対照表の連結については、参加者は、単体会社のポジションの全面的な再評価とそれに続くグループレベルでの連結、又はグループモデルがストレス後の財政状態を評価するために使用されるグループ連結ベースのアプローチのいずれかが認められた。これら2つのアプローチの組み合わせも可能だった。グループSCRの再計算に関連する運用上及び方法論上の課題を考慮すると、参加グループは、影響の方向と大きさを正しく反映する限り、つまり結果の解釈可能性と比較可能性を不適切に歪めない限り、近似と簡素化を使用できる。そのような近似と簡素化の使用は、関連するグループ監督者とEIOPAと議論されており、十分なデータ品質を保証するために広範なデータ検証プロセスが適用されている。
4|データ品質
データ品質保証を提供するために、提出されたストレステストの結果に対して広範な検証が行われてきた。これには、関連するグループ監督者による国内検証とEIOPAによる中央検証の両方が含まれていた。必要に応じて、保険会社は自分たちの結果を再提出すること、及び/又は計算及び適用された方法論に関するさらなる情報を提供することを要求された。

国内及び中央の検証プロセスは、貸借対照表及びストレス後の自己資本ポジションの計算のための簡素化の使用に関して、参加者とグループの監督当局との間の広範な反復の恩恵を受けた。この情報はNCAsによって公式化され、結果の比較可能性を確保するためにEIOPAで一元的に議論された。

資本ポジションの計算に適用された様々なモデルと簡素化及びショックの適用は、参加者からの説明を必要とする多くの質問と発言をもたらした。データ品質プロセスの間に遭遇した問題の殆どは、市場と保険特有のショックの適用と提供されたキャッシュフローの品質に関連していた。主な問題の概要は、報告書の「附属書2 -提出された情報:改善領域」に提供されている。

データ品質保証プロセスは、再提出及び明確化によって問題を検出し、対処することを許可した。 これに対して、データはこの報告書に含まれている調査結果と結論を推論するのに十分な品質であると見なされる。さらに、このプロセスは、ストレステストの設計をより改善する方法について貴重な情報を提供した。 同時に、参加者は、データ品質を向上させるべき特定の分野を認識するようになった。
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中村 亮一

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