2018年12月28日

IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について(2)-IASBにおける検討状況と各種関係団体の反応等-

中村 亮一

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6―まとめ

以上、今回のレポートでは、IFRS第17号公表後の各国・各地域におけるIFRS第17号の採択の検討を巡るこの1年半の動きの中から、EFRAGにおける検討状況、欧州監督当局等の反応、保険業界団体等からの実施時期の延期を求める動き等を受けての、10月24日のIASBにおけるIFRS第17号に関する議論再開以降の動き、具体的には、IASBにおける会議の概要やそれを受けての関係団体の反応及びKPMGが策定したIFRS第17号の導入に伴う影響に関するアナリストに対する調査結果の報告書の内容等について報告してきた。

前回のレポートで述べたように、保険業界はグローバルに一致団結して、IFRS第17号の最低2年の実施延期や基準の問題点の修正等を求めてきている。一部の保険会社は、基準通りの2022年1月 1日からの適用に間に合わせる形での準備を進めてきて、実際に対応可能との姿勢も示している。ただし、中小の保険会社を中心に、多くの保険会社にとって、今回のIFRS第17号の実施が極めて大きな変更を保険会社に求めるものであることから、十分な準備ができておらず、今回の実施延期要請につながっている。さらには、IFRS第17号の導入の検討を進めていく中で、IFRS第17号の策定過程においても問題になっていた事項も含めて、改めて実際に発行された基準を適用することを検討するプロセス等を通じて、基準の問題点が浮き彫りになってきていることから、これらの修正を求める動きになってきている。
1|実施時期の延期問題
実施時期の延期問題については、前回のレポートで報告したように、カナダ生命保険健康保険協会(CLHIA)が延期を求める理由として挙げている6つの項目で代表される内容、即ち、保険契約の長期性からくる各種の課題(過去からの比較データの構築のためのデータ整備やレガシーシステムへの対応)や既契約への遡及適用に伴う課題といったIFRS第17号実施のための保険会社内部での事務・システム上の課題が大きな問題となっている。

さらには、これらに加えて、新たな基準の適用に伴う各国の会計基準体系への反映や保険会社の税制への影響等の各国の法令・規制等に絡む課題への対応も必要になっている。

より本質的には、新たな会計基準の下での、保険会社自身の経営管理体制のあり方等について考え方の整理等の対応も求められてくることになり、これらを踏まえて、投資家やアナリストや保険契約者等のステークホルダーにどう説明していくのかということが重要になってきている。

ただし、今回のIASBの強制発効日の1年延期の決定は、延期が長くなると、進行中の導入プロセスに伴うコストが増加するのに対して、対応するベネフィットがないとの意見や一部のステークホルダーが1年間の延期が有用であると判断していることとの理由から、実施プロセスにおいて最も進んだ会社への混乱を最小限に抑制することを考慮してのものとなっている。ある意味では、2年の延期を強く望むステークホルダーと、現行規定通りの発効日を望むステークホルダーの間の妥協案、折衷案との見方もできるものとなっている。なお、1年を超える延期に否定的な理由としては、既に他の金融機関等で適用されているIFRS第9号の適用を(現行でも3年遅れになっているものを)さらに遅らせることに対する反対意見の存在もあった。

これに対しては、保険業界からは、引き続き2年の延期を強く求める声明が出されている。今回のIFRS第17号の実施は、保険会社にとって、極めて重要な意味のある、従って大変な労力とコストの負担を要求されるものとなっている。そうした中で、中小の保険会社を中心に、いまだ十分な準備ができておらず、各種の人的・物的リソースの制約等もあり、プロジェクトのスタートすらできていない会社もあるようである。また、今回のレポートで紹介したKPMGの報告書が明らかにしているように、アナリストや投資家等の利用者にとっても、新しいIFRS第17号に伴う財務諸表の内容や分析等を理解する上で大きな課題を抱える形になっている。

一部の保険会社は既に準備が進んでいるとはいっても、追加の時間があれば、単に基準の適用という最小のコンプライアンスで求められているものを超えて、今回のIFRS第17号の導入が真に会社の付加価値を高めることができるように対応していくことが可能になる。追加の時間は、現行のスケジュールのままではあまりにも切迫しているプロジェクトに一定の余裕を与えることにもなり、各種のリスクの軽減にも役立つものと思われる。それが、結局は、IFRSが追求している金融の安定性の確保という目標にも貢献するものと思われる。

なお、実施が最も進んでいる会社への混乱を最小限に抑えるという目的であれば、こうした会社に対しては既に早期適用が認められていることから、こうした会社に引きずられる形で、全ての会社に対する強制発効日まで前倒しする必要性は必ずしもないとも考えられる。

さらに、KPMGの報告書の中で、アナリストからは、保険会社からのIFRS第17号に関する情報や教育機会等の提供の不十分さに対する批判も多くでている、と報告された。ただし、この実態は、現段階では保険会社も自らの対応に精一杯で、とてもそこまで手が回っていないというのが実情であろう。その意味では、こうしたアナリストや投資家のコミュニティとのコミュニケーションを十分に図っていくためにも、一定の時間を確保していく必要があるものと思われる。

こうした点を考慮すれば、保険業界が要望する2年間の延期を認めることが妥当であるとも思われるがいかがなものであろうか。前回のレポートでも述べたように、新たな保険会計基準の設定を巡る議論は20年にもわたって行われてきたものである。その意味では、この段階での2年といった実施時期の延期が持つ意味合いがどの程度のものなのか、IASBが目指す「高品質の会計基準」の設定という観点等からすれば、拙速な対応は望ましくないものとも考えられるが、いかがなものであろうか。

なお、今回の強制発効日の1年延期に関しては、今後協議されていく基準の修正内容とも関連して、公開協議に図られる予定であることから、保険業界等からの意見等を踏まえて、今後の基準の修正協議の状況等によっては、さらなる延期が行われる可能性も考えられることになる。

せっかく長期間にわたる議論を重ねてきて、関係者の一定の合意が得られる形で策定された基準である。一部のステークホルダーの意見等ということではなく、その適用において最も大きな負荷がかかってくる多数の保険会社の要望を踏まえた上で、実施プロセスが成功裏に進められていくことが望まれる。
2|基準への修正要望問題
EFRAGが「構成員が提起した問題」で提示した問題等については、現在IASB審議会で議論されており、10月の会議において25項目の懸念及び実施上の課題が提起され、12月の会議ではその一部の項目について審議が行われた。ただし、そのうち何らかの対応が図られるとの決定がなされた項目はわずか1つに留まっている。

これに対しては、CFO Forumが大きな課題意識を有して、IASBのHans Hoogervorst議長宛にレターを送付して、再考を促している。

前回のレポートで述べたように、IASBが、比較可能性の確保と透明性の高い財務報告の実現に向けて、本当に質の高い基準の作成を目指しているとするのならば、こうしたグローバルな保険業界団体等からの各種の基準修正に関する要請に対しては、実際に基準を適用して財務諸表を作成していく保険会社サイドからの切実な意見として、真摯に耳を傾けて、尊重していく姿勢が求められている。

CFO Forumは、自らが提示した課題に対する解決策も提案しており、これらの解決策の是非については、今一度十分に議論していくことが求められていると言えるだろう。
3|IFRS 17号の導入による影響評価
前回のレポートではIFRS 第17号の導入による影響評価に関して、EFRAGが外部委託したコンサルタントによる報告書「IFRS 第17号 保険契約の影響分析のためのEFRAGへの支援」の内容を紹介した。

今回は、IFRS 第17号の導入に関して、アナリストの現在の見解と、IFRS第17号の下で状況がどのように変わるかについての彼らの期待を調査した結果であるKPMGによる報告書「Can you see clearly now? Feedback from analysts on the insurance reporting landscape:今やはっきりと見ることができるのか?」を紹介した。

EFRAGにおける報告書の中では、多くの生命保険会社が「FRS第17号に関連する会計規則の複雑さの増大は、意図された透明性をもたらさないとコメントし、逆に高度に専門性の高くない投資家に対しては、セクターをよりオープンでないものにする。」との意見を述べていると紹介されていたが、今回のKPMGの報告書は、別の側面から、こうした見方をサポートする事実を示しているともいえなくもない結果が示されている。

IFRS第17号の導入は、これを適用して財務諸表を作成する保険会社だけでなく、これを利用するアナリストや投資家及び保険契約者、さらには監督当局等にも大きな影響を与え、その見方・考え方に大きな変革を求めるものとなっていく可能性が高い。

その意味では、IFRS第17号の導入については、十分な準備期間と必要な議論を重ねていくことが、結局はその導入の目的の達成を着実に達成していくことにつながっていくものと想定される。
4|日本の生命保険会社の対応等
日本の生命保険会社のうち(グループの親会社がIFRSを適用している場合を除いては)、現時点では、IFRS第17号の発効日と同時に、IFRS第17号の適用を計画している会社はみられないようである。その意味では、今回のIFRS第17号を巡る議論の動向によって、事務・システム対応等の面で現時点において直接的に大きな影響を受ける会社はないように思われる。

ただし、将来的にこのIFRS第17号がグローバルな保険契約の会計基準として定着し、一定の評価を得ていくのであれば、日本の生命保険会社も適用していかざるをえない状況になっていくことが考えられることになる。その意味で、現段階においても、各社とも各種の分析を行って、必要に応じて、所要の対応を進めているものと思われる。 

なお、日本においては、現時点では相互会社の適用は認められていないことから、まずは現在でも選択的に適用可能な株式会社が、相互会社等に先行する形で適用していくことが想定されることになる。その場合でも、特別な事情の変化等がなければ、まずは欧州等の保険会社が適用した後に、その評価等も踏まえながら、一定程度の期間を経た後に、適用していくことになるものと想定される。

いずれにしても、日本の生命保険会社も、現在のIFRS第17号を巡る動きについては、極めて注意深く監視し、必要に応じた意見発信等を行ってきている。

以上、前回と今回の2回のレポートで、IFRS第17号公表後の各国・各地域におけるIFRS第17号の採択の検討を巡るこの1年半の動きの中から、EFRAGにおける検討状況、関係団体による実施時期の延期を求める動き及びこれに対するIASBにおける議論再開後の動きや関係団体等の反応を中心に、ここ数か月における状況を報告してきた。

IASBは2019年に入ってから、IFRS第17号の懸念及び実施上の課題の残りの項目について、議論し、それらを踏まえた上で公開協議等を行っていくことを予定している。これまでのIASBの決定内容については、今回のレポートで報告したように、保険業界が十分には納得していない模様である。従って、いずれにしてもIFRS第17号がここ数年で導入されていくことになるとしても、その強制発効日や基準の内容等を巡る問題についてはまだまだ紆余曲折があることも考えられ、引き続き不透明要因を抱えている状況にあるものと思われる。

そうした状況の中で、今後のIFRS第17号を巡る動きがどのようになっていくのかという点については、多くの関係者が深い関心を有して、見守っていることから、今後とも引き続き注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2018年12月28日「基礎研レポート」)

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