2018年12月26日

ソウル市の7割の私立幼稚園で会計不正―サムスンの改革より難しい幼稚園改革は成功できるだろうか―

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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1――はじめに

韓国では2018年10月10日から29日まで国政監査が行われた。その中で最も大きな話題となったのが、私立幼稚園を巡る会計不正事件である。「共に民主党」の朴用鎮(パク・ヨンジン)議員は10月11日に、全国17カ所の市・道教育庁が2013年~2017年に実施した監査結果を公表し、不正があった全国1878カ所の私立幼稚園の名前や5951件の不正内容を公開した。不正を起こした幼稚園の名前が公開されたのは今回が初めてのことである。ソウル市だけをみると、公立幼稚園は、監査対象116カ所の中31カ所(26.7%)が摘発されたことに比べて、私立幼稚園は監査対象64カ所の中45カ所(70.3%)が摘発された。私立の割合が相対的に高いことが分かる1
 
1 本稿は、金 明中(2018)「曲がり角の韓国経済(37)幼稚園の会計不正で揺れる韓国社会」東洋経済日報 2018 年11 月2 日 3 面を加筆・修正したものである。
 

2――幼稚園の会計不正

2――幼稚園の会計不正

不正を起こした私立幼稚園の園長等は国から支給された支援金(日本の助成金に当たる)を、個人用のブランドバッグの購入代、自家用車の修理費、アパート管理費、病院費、さらに、飲み代や成人用品の購入費等に流用していた。また、家族を職員として採用し、1000万ウォンあるいは2000万ウォンの高給を支払うケースもあった。多くの幼稚園教諭の月給が最低賃金(2018年時間当たり7530ウォン)を少し上回る150万ウォン前後であることを考慮すると常識はずれの金額である。さらに取引先に実際より多い物品代を支払って、後から借名口座に返してもらう形で国からの支援金を横領するケースも少なくなかった。
 
韓国における私立幼稚園の数は、1980年代の全斗煥政権時代に急増した。全斗煥元大統領は幼児教育振興総合計画を樹立し、幼児教育振興法を制定・公表した。そして、幼稚園就学率を引き上げるために私立幼稚園の設立規制を緩和し、私立幼稚園の増加を目指した。その結果、1980年に861カ所だった私立幼稚園の数は1987年には3233カ所と4倍近くに急増した。
 
私立幼稚園の増加は私立幼稚園の影響力を大きくする要因になった。2018年現在の私立幼稚園の数は4220カ所で、施設数を基準にした場合、全幼稚園(9021箇所で)の46.8%で国公立の割合53.2%より低いものの(図表1)、園児数を基準にした私立幼稚園の割合は74.5%(全園児数675998人、私立幼稚園の園児数503628人)で国公立の割合25.5%を大きく上回っている(図表2)。その結果、私立幼稚園を中心に構成されている韓国幼稚園総連合会(以下、韓幼総)の地域での影響力は大きくなり、政治家も支持層を獲得・維持するために私立幼稚園の改革に積極的な立場を見せず、今まで私立幼稚園に対する改革がまともに実施されなかった。
図表1 最近の幼稚園類型別推移(施設数基準)
図表2 最近の幼稚園類型別推移(園児数基準)
私立幼稚園の会計不正が増え始めたのは、2012年に無償保育政策が実施されてからだと考えられる。毎年2兆ウォンを超える国の予算が私立幼稚園に支給されることにより、私立幼稚園の財政状況は以前より豊かになり、会計不正に手を染める幼稚園が増えるようになった。地域の教育庁からの監査も人手不足等を理由にまともに実施されず、例え、監査が実施され会計不正が摘発されても、横領した金額を返却する程度の軽い処罰に終わるケースが多かった。
 
私立幼稚園を巡る会計不正事件が社会問題に発展すると、与党・政府は、10月25日に幼稚園の会計不正に関する緊急会議を開き、不正防止のための総合対策を発表した。その主な内容は(1)国公立幼稚園を全体の40%までに増やす目標を早期に達成、(2)国公立学校に適用される国家管理会計システム「Edufine」を適用、(3)私立幼稚園の一斉休園や一方的な廃園を防ぐため関連法を改正、(4)幼稚園設立者の欠格基準新設と幼稚園園長資格の認定基準強化、(5)私立幼稚園の法人化推進等である。国公立幼稚園を全体の40%に増やす目標は、文在寅(ムン・ジェイン)政権の国政課題で、当初は2022年を目標期限としていたものの、今回の発表では達成時期を2021年に繰り上げた。
 
また、私立幼稚園の不正防止のために与党は「朴用鎮3法」と言われている法律改正も推進している。朴用鎮3法は、私立学校法、幼児教育法、学校給食法の改正案の総称である。私立幼稚園の場合、設立者が園長を兼任することが多く、会計不正に対する処分が実現しにくい仕組みになっている。つまり、監査などにより不正が摘発された場合、地域の教育庁は設立者に対して園長など責任者への懲戒を求めるものの、設立者と園長が同一人物であるケースが多く、自分が自分を懲戒する「セルフ懲戒」を行う結果、軽い処罰に終わってしまうことが多い。従って、今後設立者は園長の兼職ができないように私立学校法を改正することにより会計不正等に対する懲戒を強化する方針である。
 
次いで、年間約2兆ウォンの予算が使われている「ヌリ2課程」(満3~5歳の幼児が受ける共通の教育課程)に支給されているお金の名目を「支援金」から「補助金」に変えるために幼児教育法を改正する。どちらも国や地方公共団体から支払われる返済不要のお金ではあるものの、支援金は、目的以外に使われていても処罰基準がないため、今回の会計不正の一因となっている。一方、補助金は目的以外に使われた場合に横領罪で処罰することができるので、不正を減らすのに効果があると期待されている。
 
最後に、学校給食法も改正する方針である。現在、幼稚園は私立学校法により学校として分類されているものの、小中高校に適用されている学校給食法の適用対象から除外されていた。その結果、幼稚園には栄養士を配置する義務がないため、衛生状態が悪く、量・質ともに十分ではない給食が提供されるケースが多かった。幼稚園の園長などは実際に使うべき食材の量より少ない量を発注し、その給食を園児や教諭全員に分け与えることによって差額の給食費を流用していたのである。
 
選挙などへの影響力が大きいために、サムスンの改革より難しいと言われていた幼稚園の改革が始まろうとしている。誰もが躊躇していた幼稚園改革を正面から突破しようとしている国会議員の勇気にまず拍手を送りたい。しかしながら、「幼稚園3法」(私立学校法、幼児教育法、学校給食法の改正案)は、処罰のレベルや法案施行の時期などをめぐる野党「自由韓国党」の反対により、年内に通常国会で成立する見通しは厳しい状況にある。
 
韓国の2018年の7-9月期の合計特殊出生率は1人を切っており、2018年を通じても合計特殊出生率は1人に満たない見通しである。幼稚園の改革がこれ以上遅れると、少子化の問題はさらに厳しくなる恐れがある。与野党を離れて、安心して子育てができる環境を整備することに力を合わせる必要がある。
 
2 ヌリとは「世の中」を意味する韓国語で、ヌリ課程の実施により、オリニジップと幼稚園に分かれていた保育と教育課程が統合され、満5歳のすべての子供は同じ教育サービスを受けることになった。
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
労働経済学、社会保障論、日・韓における社会政策や経済の比較分析

(2018年12月26日「基礎研レター」)

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