2018年12月21日

IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について(1)-各国の実施延期を求める動き及びIFRS導入の影響分析等-

中村 亮一

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4|CFO Forumの反応
(1)7月16日の再公開を求めるレターの送付
欧州保険会社のCFO(最高財務責任者)の集まりであるCFO Forumは、7月16日に、EFRAG議長のJean-Paul Gauzes氏とIASB議長のHans Hoogervorst氏宛に、この基準の再公開を求める旨のレター13を送った。

このレターの中で、CFO Forumは、メンバーがEFRAG理事会に提示したIFRS第17号のテスト結果14は、重大な問題が顕著であるという事実の証拠を示しているとし、「テストから提示された問題と事実のタイプから、これらは承認される前に解決される必要があり、IFRS第17号を再公開する必要があることは明らかである。」と述べた。

そして、「未解決の問題を解決し、その複雑さを軽減するために基準を再公開することが、保険ビジネスの真の基礎的な業績をより反映し、実施のコストを削減すると同時に、投資家及び他のユーザーによる理解を促進する、と考えている。」と述べた。

一方で、「全ての当事者がこの結果に向けて積極的かつ協力的に取り組んでいることから、この基準の発効日は2年以上延期されることはないと考えている。」と付け加えて、2年以上の延期を求める考えがないことを主張した。
 

2018年7月16日
親愛なる Gauzes氏及び Hoogervorst氏へ

EFRAG理事会に提示されたIFRS17号のテスト結果
CFO Forumは7月12日に会合し、メンバーのEFRAGテスト結果の提出について議論した。 CFOForumは、7月3日にEFRAG理事会と共有したプレゼンテーションと結論を支持した。このテストでは、重大な問題が顕著であるという事実の証拠が示されている。

テストから提示された問題と事実の種類から、これらは承認される前に解決される必要があり、IFRS第17号を再公開する必要がある、ことは明らかである。CFO Forumは、IASB及び関連する全てのステークホルダーとともに、これらの問題の解決策を開発することにコミットしている。

IFRS第17号はIFRS第9号との重要な相互作用を有しており、最終的な枠組みにおいて保険の資産負債管理を反映するために再検討する必要がある。

未解決の問題を解決し、その複雑さを軽減するために基準を再公開することが、保険ビジネスの真の基礎的な業績をより反映し、実施のコストを削減すると同時に、投資家及び他のユーザーによる理解を促進すると考えている 。

私たちの実施計画が順調に進んでいるにもかかわらず、重大な問題に取り組むための解決策を見つけるために、より多くの時間を投資したいと考えている。全ての当事者がこの結果に向けて積極的かつ協力的に取り組んでいることから、この基準の発効日は2年以上延期されることはないと考えている。

私たちは、質の高い財務報告基準の開発にコミットしたままであり、EFRAGとIASBとの積極的な関わりを期待している。

(2)10月17日の解決策の提案レターの送付
さらに、CFO Forumは、10月17日に、EFRAG議長のJean-Paul Gauzes氏とIASB議長のHans Hoogervorst氏宛に、「2018年7月3日に議論されたIFRS第17号の問題に対する提案された解決策」とのレター15を送り、CFO Forumが提示した問題に対する具体的な解決策を提案した。
 

2018年10月17日
201873日に議論されたIFRS17号の問題に対する提案された解決策

親愛なるGauzes氏、Hoogervorst氏へ

2018年8月3日付の私たちの手紙に示されているように、私たちは私たちのテストの間に識別され、2018年7月3日の会議であなたに提示されたIFRS第17号の問題に対する解決案を用意した。

添付の提案された解決策と最近のIASBの「移行リソースグループ」を含むさらなる実施の議論を組み合わせることにより、7月3日に提示された問題に対処することができた。これら全ての問題の解決は重要であり、提案された解決策はCFO Forumのメンバーによってサポートされている。

私たちは、保険契約に関する高品質の会計基準を取得するためになされた作業を引き続き評価し、IFRS第17号への必要な変更を開発し合意する勢いを維持したいと思う。

私たちは、EFRAG及びIASBの両方との提案された解決策及びそのプロセスにおける次のステップに関する議論を歓迎する。

5―まとめ

5―まとめ

以上、今回のレポートでは、IFRS第17号公表後の各国・各地域におけるIFRS第17号の採択の検討を巡るこの1年半の動きの中から、EFRAGにおける検討状況、欧州監督当局等の反応、保険業界団体等からの実施時期の延期を求める動き等、10月24日のIASBにおけるIFRS第17号に関する議論再開までのこの数ヶ月間の動きについて報告してきた。なお、併せて、EFRAGの理事会で報告された「IFRS第17号の欧州保険業界への影響に関する報告書」について、その概要を紹介した。

ここまで述べてきたように、保険業界はグローバルに一致団結して、IFRS第17号の最低2年の実施延期や基準の問題点の修正等を求めてきている。一部の保険会社は、基準通りの2022年1月 1日からの適用に間に合わせる形での準備を進めてきて、実際に対応可能との姿勢も示しているようである。ただし、中小の保険会社を中心に、多くの保険会社にとって、今回のIFRS第17号の実施が極めて大きな変更を保険会社に求めるものであることから、十分な準備ができておらず、今回の実施延期要請につながっているようである。さらには、IFRS第17号の導入の検討を進めていく中で、IFRS第17号の策定過程においても問題になっていた事項も含めて、改めて実際に発出された基準を適用することを検討するプロセス等を通じて、基準の問題点が浮き彫りになってきている。

1|実施時期の延期要請
実施時期の延期問題については、カナダ生命保険健康保険協会(CLHIA)が延期を求める理由として挙げている6つの項目で代表されるように、保険契約の長期性からくる各種の課題(過去からの比較データの構築のためのデータ整備やレガシーシステムへの対応)、さらには、既契約への遡及適用に伴う課題といったIFRS第17号実施のための保険会社内部での事務・システム上の課題が大きな問題となっている。

さらには、これらに加えて、新たな基準の適用に伴う各国の会計基準体系への反映や保険会社の税制への影響等の各国の法令・規制等に絡む課題への対応も必要になってくる。

より本質的には、新たな会計基準の下での、保険会社自身の経営管理体制のあり方等について考え方の整理等の対応も求められてくることになり、これらを踏まえて、投資家やアナリストや保険契約者等のステークホルダーにどう説明していくのかということが重要になってくる。

その意味で、今回のIFRS第17号の実施は、保険会社にとって、極めて重要な意味のある、従って大変な労力とコストの負担を要求されるものとなっている。

2|基準への修正要望
EFRAGが「構成員が提起した問題」で提示した問題については、現在IASBで議論されており、それぞれの項目にどのように対応するのか、あるいは対応しようとしているのかについては、次回のレポートで報告する。

IASBが、比較可能性の確保と透明性の高い財務報告の実現に向けて、本当に質の高い基準の作成を目指しているとするのならば、こうしたグローバルな保険業界団体等からの各種の基準改正に関する要請に対しては、実際に基準を適用して財務諸表を作成していく保険会社サイドからの切実な意見として、真摯に耳を傾けて、尊重していく姿勢が求められることになると言えるだろう。

3|IFRS 17号の導入による影響評価
こうした動きに関連して、EFRAGが外部委託したコンサルタントによる報告書「IFRS 第17号 保険契約の影響分析のためのEFRAGへの支援」は、保険会社の内部的な観点からだけでなく、金融・保険市場への影響を分析したものであるが、その内容は、全体的には中立性が確保された客観的なものになっているものと思われる。

IFRS 第17号の導入については、一般的には、「透明性や比較可能性の向上」に貢献するとポジティブに評価されていると紹介されることが多い。ただし、この報告書の中で紹介された「インタビューされた生命保険会社の大多数は、IFRS第17号の導入が生命保険業界に悪影響を及ぼし、業界自体に何らかの潜在的にポジティブな結果があるということに強く反対していることを強調した。これらのステークホルダーは、IFRS第17号に関連する会計規則の複雑さの増大は、意図された透明性をもたらさないとコメントし、逆に高度に専門性の高くない投資家に対しては、セクターをよりオープンでないものにする。」との意見は、ある意味で多くの生命保険会社の関係者が感じている意見を代表しているものといえるかもしれない。

これらの意見の是非や妥当性については現段階では十分には評価できないかもしれない。さらには、実際にIFRS 第17号が適用されていく過程においては、必要に応じて、実態をより適正に表すような形で、所要の対応が行われていくことになることも想定されることから、実際のマイナス面への影響は一定程度は緩和されていくことも期待されるものと思われる。保険会社サイドも、原則ベースの基準の意図するところを考慮した上で、実際の実務や実行可能性に基づいた判断を行っていくことにより、IFRS 第17号の導入に伴う影響や懸念の解決に向けた対応を図っていくものと想定される。

ただし、こうした対応は一方的に保険会社や基準の適用・解釈等に関係する者に、負担や責任を強いることにもなりかねない。IASBは、EFRAGにおける報告書やCFO Forumの文書等の各種の保険関係団体等で指摘された意見や分析を、十分に踏まえた上で、必要ならば、十分に時間をかけて議論を尽くして、必要な対応を行っていくことが求められていると言えるだろう。

新たな保険会計基準の設定を巡る議論は20年にわたって行われてきたものである。その意味では、この段階での2年といった実施時期の延期が持つ意味合いがどの程度のものなのか、IASBが目指す「高品質の会計基準」の設定という観点等からすれば、拙速な対応は望ましくないものとも考えられるが、いかがなものであろうか、という意見も当然に考えられることになるだろう。

次回のレポートでは、こうした報告書による分析や意見等を踏まえてのIASBの対応の状況及びこれに対する関係団体の反応等について報告する。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2018年12月21日「基礎研レポート」)

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