2018年12月21日

IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について(1)-各国の実施延期を求める動き及びIFRS導入の影響分析等-

中村 亮一

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3|EFRAG会議において提示されたIFRS17号の欧州保険業界への影響に関する報告書
9月20日に開催されたEFRAGの理事会において、経済コンサルタントのLE EuropeとVVA Consultancyからの最終間近の報告書「IFRS 第17号 保険契約の影響分析のためのEFRAGへの支援(Assistance to EFRAG for impact analysis of IFRS 17 Insurance Contracts)」3の内容の説明が行われた。
(1) 報告書の調査の目的
この報告書の調査の目的は、以下の通りである。
 

・欧州の保険会社が事業を行っている競争力の全体的な状況(市場構造)と競争力に関する財務報告の変更の潜在的影響

・欧州保険会社のビジネスモデルにおける観察可能な傾向、その原因及び財務報告の変更による潜在的な影響:
 ・欧州の保険会社による商品構成、商品設計及び/又は商品価格設定
 ・欧州の保険会社の投資行動

・保険業界に対する投資家の認識

(2) 注目すべき調査結果
これらの調査内容についての注目すべき調査結果は、以下の通りである。
 

・P/L(損益計算書)のボラティリティが高まることにより、IFRS第17号を採用していない国の保険会社との競争力が影響を受ける可能性がある。

・新基準の採用により、長期の契約(生命保険など)や商品の特徴(一般モデルを使用して評価される有配当契約など)が影響を受ける可能性がある。

IFRS17号のみが保険会社の資産配分に影響を与えるものではないが、業界のステークホルダーは、IFRS17号をIFRS9号と併せて適用することによる影響が、資産配分に影響を及ぼす可能性があると述べている。

・生命保険会社の大多数は、IFRS17号の導入が生命保険業界に悪影響を及ぼし、業界自体に何らかの潜在的にポジティブな結果があるということに強く反対している。さらに、IFRS17号に関連する会計規則の複雑さの増大は、意図された透明性をもたらさず、逆に高度に専門性の高くない投資家に対しては、セクターをよりオープンでないものにすると強調した。

・認識される利益剰余金の低さのため、投資家が新しい基準に慣れている間に、少なくとも一時的に、欧州の保険会社の資本コストを増加させる可能性がある。

(3) 調査結果のポイント
さらに、項目毎の調査結果のポイントは、以下の通りである。

1.競争力の全体的な状況
IFRS第17号の施行後の資本市場における競争上の地位に影響を与える可能性には、以下の2つの要因がある。

1) 一部の保険会社、特に生命保険会社の財務的なボトムラインがより変動する可能性があり、P/Lボラティリティと資本コストの問題に関する限られた実証研究は、P/Lのボラティリティがより高い会社の資本コストが国際債券市場における負債コストの増加につながる可能性があることを示唆している。

2) IFRS第17号により、IFRS第17号を採用していない国の保険会社の財務諸表と比較することがより困難になる可能性がある。

なお、IFRS第17号の対象となる保険会社の総費用に大きな影響を及ぼす可能性がある一時的な費用とは対照的に、継続的な費用は総費用に著しい影響を与える可能性は低い。

2.EU保険会社のビジネスモデルの動向とIFRS17 -保険商品構成及び保険価格
一般的に、財務報告は、商品構成と価格設定において大きな役割を果たしていない。従って、IFRS第17号は、「生命保険」及び「信用保証」を除き、商品構成に顕著な影響を及ぼすとは考えられていない。

しかし、新基準の採用により、P/Lを市場変動にさらす長期の契約(生命保険など)や商品の特徴(一般モデルを使用して評価される有配当契約など)が影響を受ける可能性がある。

さらに、業界のステークホルダーの大多数は、再保険契約が適切に処理されていないと考えている。再保険の価格決定への影響は、保険契約者に対する基礎契約の価格設定にも影響する。

3.EU保険会社のビジネスモデルの動向とIFRS17号-投資資産の配分
負債証券から新しい資産クラス及び/又は資本に向かってのシフト行動は、リスク管理及び/又は資産/負債管理によってより推進されているため、IFRS第17号のみが保険会社の資産配分に影響を与えるものではない。

しかしながら、業界のステークホルダーは、IFRS第17号をIFRS第9号と併せて適用することによる影響が、資産配分に影響を及ぼす可能性があるとの見解を表明した。IFRS第17号及びIFRS第9号の適用後、株式及びストラクチャード・ファンドへの投資は、会社のP/Lを市場の変動にさらす可能性がある。

4.保険セクターの投資家の認識、資本コストとIFRS17
殆どのステークホルダー(即ち、監督当局の大多数及び一部の保険会社)は、長期的には、新しい会計基準が欧州保険会社の財務報告慣行の透明性を高め、市場での資本増強能力を向上させる、ということに合意した。さらに、この変更により、保険業界は一般的な投資家にとってより魅力的になり、長期的には資本コストを削減することができる、と強調した。

代わりに、インタビューされた生命保険会社の大多数は、IFRS第17号の導入が生命保険業界に悪影響を及ぼし、業界自体に何らかの潜在的にポジティブな結果があるということに強く反対していることを強調した。これらのステークホルダーは、IFRS第17号に関連する会計規則の複雑さの増大は、意図された透明性をもたらさないとコメントしたが、逆に高度に専門性の高くない投資家に対しては、セクターをよりオープンでないものにすると強調した。

IFRS第17号は、認識される利益剰余金の低さのため、会社の財務力の低下が認識される可能性がある。IFRS第17号は、投資家が新しい基準に慣れている間に、少なくとも一時的に、欧州の保険会社の資本コストを増加させる可能性がある。

なお、2つの主要格付機関(FitchとS&P)は、貸借対照表の経済的実体が変化しないため、IFRS第17号が保険会社の格付けに直接影響を及ぼす可能性は低い、とコメントした。
報告書のエグゼクティブサマリーの全文は、以下の通りとなっている。
 

エグゼクティブサマリー(Executive Summary)
本調査の目的は、IFRS第17号のEFRAGの事前影響評価に情報を提供するためのいくつかの分析を提供することである。具体的には、以下の分野におけるEFRAGの影響評価へのインプットを提供する。

・欧州の保険会社が事業を行っている競争力の全体的な状況(市場構造)と競争力に関する財務報告の変更の潜在的影響
・欧州保険会社のビジネスモデルにおける観察可能な傾向、その原因及び財務報告の変更による潜在的な影響:
・欧州の保険会社による商品構成、商品設計及び/又は商品価格設定
・欧州の保険会社の投資行動。そして
・保険業界に対する投資家の認識
この報告書のために実施した調査は、様々な方法とツールを組み合わせている。
・机上研究と文献調査
・ステークホルダー協議運動
・ステークホルダーのオンライン調査
・EIOPA、ECB(欧州中央銀行)、ユーロスタット(EU統計局)、OECD(経済協力開発機構)などの様々な供給源からの二次データの統計分析
・いくつかの計量分析。そして、
・IFRS第17号により生じる潜在的な一度限り及び継続的なコンプライアンス費用の定量的評価

競争力の全体的な状況とIFRS17
一般に、EUの保険会社は、EU保険市場におけるEU以外の会社との競争には殆ど直面していない。しかしながら、ビジネスに焦点を置いたニッチな保険商品では、市場は世界規模の市場であり、そのような市場ではEUの保険会社はEU外の主要保険センターからの会社と競争している。

EUの保険会社は、EUの資本市場におけるEEA以外の会社との競争は殆どないが、国際的に資金を調達する場合はそうなる。

業界のステークホルダーは、IFRS第17号の施行後の資本市場における競争上の地位に影響を与える可能性のある2つの要因について述べた。

第1に、一部の保険会社、特に生命保険会社の財務的なボトムラインはますます変動する可能性がある。P /Lボラティリティと資本コストの問題に関する限られた実証研究は、P/Lのボラティリティがより高い会社の資本コストが、国際債券市場における負債コストの増加につながる可能性があることを示唆している。

第2に、業界関係者は、IFRS第17号により、IFRS第17号を採用していない国の保険会社の財務諸表と比較することがより困難になる可能性があることを懸念している。

最後に、保険会社がEFRAGに提供した情報は、当該費用が発生する期間におけるIFRS第17号の対象となる保険会社の総費用に大きな影響を及ぼす可能性のある一時的な費用とは対照的に、継続的な費用は総費用に著しい影響を与える可能性は低いと示唆している。

EU保険会社のビジネスモデルの動向とIFRS 17号-保険商品構成及び保険価格
2005年以来のEU保険市場における商品構成の進化の点で注目すべき重要な事実は、2005年から2008年までの総保険市場における生命保険の市場シェア(総保険料による尺度)の低下と、損害保険の市場シェアの増加であるが、しかしながら、生命保険は、依然として最大の保険セグメントである。

保険の全体的な価格は、2005年から2017年にかけての一般消費者物価指数よりも急速に高まった。輸送関連保険の価格は全体的な消費者物価指数よりわずかに速いだけであるのに対して、特に、健康に関連する保険価格の年間成長率は、全体的なインフレよりも著しく高かった。

ステークホルダーは、一般的に、財務報告は、商品構成と価格設定において大きな役割を果たしていないと報告している。従って、IFRS第17号は、「生命保険」及び「信用保証」を除き、商品構成に顕著な影響を及ぼすとは考えられていない。

IFRS第17号は、保険料収入として認識された金額を時間価値に合わせて調整する必要がないため、保険料配分アプローチを用いて測定された短期保険契約に重大な影響を及ぼすとは考えられない。短期保険契約の主な変更は、会社の既存の保険会計の実務に依存している。

しかし、新基準の採用により、P/Lを市場変動にさらす長期の契約(生命保険など)や商品の特徴(一般モデルを使用して評価される有配当契約など)が影響を受ける可能性がある。

さらに、業界のステークホルダーの大多数は、再保険契約が適切に処理されていないと考えている。これは、再保険の取扱により会計上のミスマッチによる財務報告の認識損失を軽減する非経済的な価格制約が加わる可能性があるからである。加えて、再保険の価格決定への影響は、保険契約者に対する基礎契約の価格設定にも影響する。

EU保険会社のビジネスモデルの動向とIFRS17号-投資資産の配分
保険会社が負債証券から新しい資産クラス及び/又は資本に向かって移動することについての議論がかなりあるが、EIOPAからのEU保険会社の投資に関する集計データは、EU全体のレベルで債務証券からの重要な動きを示していない。

インタビューされたステークホルダー(監督当局、保険会社、外部投資家)の大多数は、この行動はリスク管理及び/又は資産/負債管理によってより推進されているため、IFRS第17号のみが保険会社の資産配分に影響を与えるものではないことに同意している。

しかしながら、業界のステークホルダーは、IFRS第17号をIFRS第9号と併せて適用することによる影響が、資産配分に影響を及ぼす可能性があるとの見解を表明した。これは、会社がIFRS第17号適用の保険契約及びIFRS第9号適用の金融資産の会計処理を要求されているためである。IFRS第17号及びIFRS第9号の適用後、株式及びストラクチャード・ファンドへの投資は、会社のP/Lを市場の変動にさらす可能性がある。

保険セクターの投資家の認識、資本コストとIFRS17
ドイツ、フランス、英国では、世界的な金融危機により、比較業界の他のどの会社よりも、保険セクターの資本コストが増加した。その違いは、2008年9月にイタリアでも効果が認められたリーマンブラザーズの崩壊後数ヶ月で特に大きかった。

また、ドイツ、フランス、英国では、多くの場合、比較的高い資本コストが完全には元に戻らなかった。保険会社とその他のセクターが直面した資本コストの差は、2017年には2005年の差よりも依然として大きかった。例外は、銀行セクターで、保険と銀行間のWACC(Weighted Average Cost of Capital:加重平均資本コスト)の差は2005年の水準まで概ね戻った。

インタビューされ、調査されたステークホルダーの中には、保険会社の財務報告を評価する際にアナリストが直面する困難に関する一般的な合意があった。殆どの回答者は、スケールのトップ階層において、ある程度の難易度を示した。

しかしながら、IFRS第17号がEU保険会社の資本コストに及ぼす潜在的な影響については、異なる見解がある。

インタビューされた殆どのステークホルダー(即ち、監督当局の大多数及び一部の保険会社)は、長期的には、新しい会計基準が欧州保険会社の財務報告慣行の透明性を高め、市場での資本増強能力を向上させることに合意した。さらに、この変更により、保険業界は一般的な投資家にとってより魅力的になり、長期的には資本コストを削減することができると強調した。

代わりに、インタビューされた生命保険会社の大多数は、IFRS第17号の導入が生命保険業界に悪影響を及ぼし、業界自体に何らかの潜在的にポジティブな結果があるということに強く反対していることを強調した。これらのステークホルダーは、IFRS第17号に関連する会計規則の複雑さの増大は、意図された透明性をもたらさないとコメントし、逆に高度に専門性の高くない投資家に対しては、セクターをよりオープンでないものにすると強調した。

外部投資家やアナリストの教育は、インタビューされた業界関係者(生命保険と損害保険の両方)の主要な関心事である。 課題は移行期において外部投資家に対するバランスシートとその基礎となる財務上の仮定を説明することである。

従って、IFRS第17号は、認識される利益剰余金の低さのため、会社の財務力の低下が認識される可能性がある。IFRS第17号は、投資家が新しい基準に慣れている間に、少なくとも一時的に、欧州の保険会社の資本コストを増加させる可能性がある。

評価の面では、2つの主要格付機関(FitchとS&P)は、貸借対照表の経済的実体が変化しないため、IFRS第17号が保険会社の格付けに直接影響を及ぼす可能性は低い、とコメントした。

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中村 亮一

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