2018年12月11日

契約者行動と保険会社経営-契約者の行動に、保険会社はどのように対応すべきか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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4――契約者オプションの管理と保険会社の管理活動

保険会社は、契約者オプションについて、契約時に設定される段階と、設定されたオプションが行使される段階の、2つの段階の管理を行う必要がある。それらを簡単にみていこう。

1契約時のオプション設定が重要
契約時に取り交わされる契約条項は、契約者行動に対処するための重要なポイントとなる。契約時に、どのようなオプションを契約者に付与するかが、契約後の契約者行動に大きく影響するからである。また、併せて再保険の活用など、リスク分散のための枠組みの整備も図られる。

(1) 契約条項に契約者の義務を規定する (特に損害保険の場合)
1) 保険給付につながるかもしれない事故の通知義務を課す
2) 損害額の規模を抑制するための矯正策を義務づける。
3) 損害に至る前の注意義務を要求する。
4) 資産価値に見合う保険金額の購入を求め、資産価値を下回る場合は強制的に保険に加入させる。

(2) 契約引き受け前にエクスポージャーを調査する。たとえば、付保対象の家や自動車が実在していて現時点で損害がないことを確認する。

(3) 任意再保険を購入して、リスク分散を図る

(4) 特定の顧客に対して、モラルハザードの見込みを評価するなど、引き受けを厳格化する
2保険会社が契約後にとることのできる管理活動は限定される
契約後に、保険会社がとることのできる管理活動は限定される。配当の決定などは、比較的とりやすい。一方、保険料や契約条件の見直しは、契約者の財産権を侵害する恐れがあるため、その同意を得なければ進められないとみられる。レポートでは、典型的な行動として、つぎの7つ挙げている。

(1) 毎年度の配当決定
保険会社は、契約者配当の仕組みを有している場合がある。その場合、毎年の配当決定において、契約者行動を考慮する。

(2) 保険料や契約条件の変更
保険当局によっては、契約者行動によって財政状態が悪化した場合に、保険会社に保険料や契約条件の変更を認めることがある。この管理活動は、保険当局の同意を要する。ソルベンシー要件の計算に保険料や契約条件の変更をどのように組み入れるかは、保険会社を管轄する保険当局による。

(3) 運用資産の再配分
保険会社が保有する株式の上限や、特定の資産のヘッジについて法的規制が課されている。

(4) 再保険戦略の変更
出再の拡大・縮小や、出再条件の変更などを通じて、リスク分散を見直す。

(5) 給付支払方法の変更
給付発生時の支払方法を見直す。たとえば、契約条項に照らして支払管理や給付の方針を、寛容にしたり、厳格化したりすることが考えられる。その際、販売時の契約者の期待も考慮する必要がある。

(6) 販売戦略の変更
販売経費を削減する。特に、ある商品の保有契約規模が小さくなったときには、費用の削減が考えられる。商品によっては、販売停止とする取り扱いも検討される。

(7) 販売手数料の見直し
契約者行動が販売チャネルの影響を受けている場合、販売手数料の見直しも視野に入ることとなる。
 

5――行動経済学の応用

5――行動経済学の応用

行動経済学では、研究や実験を通じて、さまざまな知見が得られている。レポートではそのうちのいくつかが紹介されている。これらの知見が、契約者行動の理解に役立つものとみられる。

(1) リスク回避・リスク追求行動
人は、利益が生じていると、リスクを回避して黒字分を確保しようとする。一方、損失が発生している場合は、赤字分を取り戻そうと果敢にリスクをとる傾向がある。その結果、含み益がある運用資産は売却して利益を確定しようとする。一方、含み損が生じている運用資産は保持し続けようとする。

(2) アンカリング効果
「アンカリング効果」とは、人の判断は、印象に残る情報によって影響を受けやすいことを指す。たとえば、300万円で買ったモノの値段が350万円に上がれば50万円得をしたことになる。しかし、「値段が一度400万円に上がった後、350万円に下がった」という情報が示されると、「50万円損をした」と感じやすい。

(3) 生命保険顧客の慣性状態
通常、生命保険の顧客は、加入時点で、契約を将来失効させようと予定していることはないだろう。そして、加入後は、加入している状態がいわば物理学の「慣性状態」のようになり、加入を継続する。特に、満期保険金がある場合や、他社商品との比較が困難な場合には、契約を継続しやすい。

(4) 裕福な人は損失を負っても鷹揚
もし同じ金額の損失を負ったとしても、裕福な人は、貧困状態にある人に比べて、鷹揚に構えることが多い。保険でも、契約者の保有資産や所得水準によって、失効の発生状況が異なるとみられる。
 

6――おわりに (私見)

6――おわりに (私見)

契約者行動をどのように予測し、どのように対応すべきかということは、保険会社にとって古くて新しい問題といえる。この問題は、物事を一面的に捉えるだけでは、うまくいかないことが多い。人間の行動を決定する要因には、さまざまな事柄が絡んでおり、その構造は人によって異なるからだ。

そこで、契約者行動に対する管理活動の構え方としては、事前にリスクのケースを決め打ちするのではなく、リスク管理の過程を通じて試行錯誤を繰り返していくことや、臨機応変にリスク対応戦略を見直していくことが必要と考えられる。意思や感情を持つ人間を相手にする保険では、契約者行動の管理は、究極のリスク管理ともいえる。その展開に引き続き、注目していくことが必要であろう。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2018年12月11日「保険・年金フォーカス」)

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【契約者行動と保険会社経営-契約者の行動に、保険会社はどのように対応すべきか?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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