2018年12月05日

インド経済の見通し~金利上昇と輸出環境の悪化により、勢いを欠いた成長を予想 (2018年度+7.6%、2019年度+7.3%)

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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経済概況:景気の回復局面が一服

(図表1)インドの実質GDP成長率(需要側) 7-9月期の実質GDP成長率は前年同期比7.1%増と、2年ぶりの8%成長を記録した4-6月期の同8.2%増から大きく低下した(図表1)。インド経済は16年11月の高額紙幣廃止や17年7月の物品サービス税(GST)導入に伴う経済の混乱からの反動増により、昨年後半から景気の回復局面が続いていたが、こうした持ち直しの動きは一服し、5四半期ぶりに成長ペースが減速した。
(図表2)乗用車・二輪車販売台数 GDPを需要項目別に見ると、民間消費の鈍化と純輸出の悪化が成長率低下に繋がった。

民間消費は同7.0%増となり、高水準だった前期の同8.6%増から鈍化した。乗用車販売台数がGST導入後の値下げによる販売増加の一巡と燃料価格の上昇により急落したほか、農産品の価格下落に伴う農村部の所得の伸び悩み、インド準備銀行の金融引き締めに伴う金利上昇などが消費に悪影響を及ぼしたとみられる(図表2,3)。
(図表3)穀物価格と就農者賃金 純輸出については、まず輸出が同13.4%増と、前期の同12.7%増から小幅に上昇し、2期連続で二桁成長を記録した。GST導入後の混乱の収束やルピー安に伴う価格競争力の向上が輸出拡大に寄与している。しかし、輸入の伸びが内需の拡大を背景に同25.6%増(前期:同12.5%増)と大幅に上昇した結果、純輸出の成長率寄与度は▲3.0%ポイント(前期:▲0.4%ポイント)と大きく悪化した。
(図表4)設備稼働率 一方、総固定資本形成が同12.5%増(前期:同10.0%増)、政府消費が同12.7%増(前期:同7.6%増)となり、それぞれ上昇した。円滑な予算執行により、7-9月期の中央政府の歳出は前年同期比19.7%増(前期:同8.7%増)と上昇しており、公共部門が景気の押し上げた模様だ。また設備稼働率(4期移動平均)の上昇も民間部門の投資を押し上げたものとみられる(図表4)。
 

経済見通し:2019年度は+7%台前半の勢いを欠いた成長へ

経済見通し:2019年度は+7%台前半の勢いを欠いた成長へ

経済の先行きは、高額紙幣廃止や物品・サービス税(GST)導入に伴う経済の混乱からの反動増が一服したことから大幅な景気加速は見込みにくい。消費主導の成長こそ続くものの、これまでの金利上昇や輸出環境の悪化の影響が表れて投資と輸出が鈍化し、来年度は+7%台前半の勢いを欠いた成長が続くと予想する。

民間消費は減速傾向が続かず、引き続き景気の牽引役となるだろう。生産側の指標を見ると、耐久消費財生産と非耐久消費財生産がそれぞれ堅調に拡大しており、基調として消費需要が落ち込んでいる訳ではなさそうだ(図表5)。今後は農作物の最低調達価格(MSP)の引上げを背景に農業所得が持ち直すほか、原油価格の下落を背景に先行きのインフレ警戒感が和らぐことから、消費は堅調に推移するだろう。

現在好調の総固定資本形成は、これまでの金利上昇や貿易環境の悪化などを背景に鈍化しよう。足元では設備稼働率が上昇しているものの、企業の新規投資計画はモディ政権後期に入って鈍化傾向にあり、企業は投資に前向きになっていないようだ(図表6)。また総選挙前には、政策の先行き不透明感から民間投資が延期されて伸び悩むだろう。総選挙では、インド人民党の辛勝を予想するが、モディ政権2期目の経済政策では前回ほど経済改革への期待が高まるとは考えにくく、総選挙後の民間投資の加速は限定的なものとなると予想する。公共投資については、当面は来年4月の総選挙を控えて堅調に推移するが、総選挙後には政府が再び財政再建に注力することからインフラや住宅開発など政府プロジェクトの大幅な加速は見込みにくく、緩やかな伸びに止まる見通しである。

純輸出については、まず輸出が米中貿易戦争を背景とする世界貿易環境の悪化を受けて年明けから鈍化すると予想する。一方、輸入は旺盛な消費需要を背景に堅調な伸びを維持することから、純輸出は引き続き成長率に対してマイナスに働くものと見込まれる。

以上の結果、実質GDP成長率は高額紙幣廃止とGST導入に伴う混乱からの回復により18年度が+7.6%(17年度:+6.7%)と上昇するが、19年度が投資と輸出の鈍化により+7.3%の勢い欠く展開、20年度が投資の回復で+7.5%と上昇して堅調な成長ペースに戻ると予想する。
(図表5)消費関連の生産指標/(図表6)投資計画

(為替の動向)

(為替の動向)再びルピー安へ向かうが、来年度には下落圧力が弱まる

(図表7インドの株価指数と為替レート インドルピー(対米ドルレート)は10月末に史上最安値の1ドル74ルピーをつけるなど、18年は下落傾向が続いた(図表7)。米国の金融引き締めやトルコショックなどの新興国不安の高まりや米中貿易戦争の過熱による世界経済の悪化観測、そして国内の石油需要の8割を輸入に依存しているインドにとって原油高が通貨安の材料となってきた。6月と8月にはインド準備銀行(中央銀行、RBI)がインフレ加速を背景に2会合連続で政策金利を引き上げ、政府も資本流入促進策を打ち出したが、経常赤字を抱えるインドの通貨下落率はアジア通貨の中でも大きいものとなった。しかし、11月に入ると原油価格の急落や米中貿易摩擦の緩和期待、米FRB議長のハト派的な発言を受けて新興国からの資金流出に対する警戒が後退した。国内では、信用危機が懸念されるノンバンクへの対応を巡り、政府と中銀の対立に注目が集まったが、外部環境の改善を背景にルピーを買い戻す動きが広がり、ルピーは1ドル70ドルまで上昇(11月末時点)した。
経常収支 先行きのルピー相場は、今後も欧米の金融政策の正常化が続くことから新興国からの資金流出が続き、当面下落傾向で推移しそうだ。今後、世界経済が鈍化する一方で消費主導の安定した成長を続けるインドでは貿易収支の悪化が予想されるため、通貨安の要因である経常赤字(GDP比)が縮小するとは見込みにくい(図表8)。金融市場がリスク回避的になる局面では、インド・ルピーはアジア通貨の中でも下落率が大きくなりそうだ。また混戦が予想される来年の総選挙前には通貨が不安定化する恐れもある。しかしながら、先行きの物価上昇は緩やかな伸びで推移するほか、米国の利上げ打ち止めが意識されると資金流出圧力は弱まることから、来年度には通貨の下落圧力が弱まる展開を予想する。
 

(物価・金融政策の動向)

(物価・金融政策の動向)物価は年明けから緩やかに上昇、金融政策は据え置きを予想

(図表9)消費者物価上昇率 インフレ率(CPI上昇率)は、2017年前半には高額紙幣廃止による景気減速や農業生産の拡大による食品価格の低迷等から一時+2%を下回るまで低下したが、その後は消費需要の回復や原油価格の上昇を背景にインフレ率が+5%前後(RBIの物価目標4±2%の範囲内)で推移した(図表9)。しかし、足元では食品価格の安定とベース効果の剥落からインフレ圧力が再び後退し、10月のCPI上昇率は+3.3%まで低下している。

先行きのインフレ率は、当面落ち着いて推移するだろうが、年明け頃から再び上向く展開を予想する。11月以降のカリフ作の収穫期には政府の農作物の最低調達価格(MSP)引上げにより食品価格が上向くほか、その後の農村部の消費需要の拡大でコアインフレの加速が見込まれるためだ。もっとも足元では国際原油価格が大きく下落すると共に、新興国不安から売られていた通貨ルピーも買い戻しされるなど、原油高と通貨安を背景とする先行きの物価上昇圧力は和らぎそうだ。CPI上昇率は19年度が+4.7%、20年度が+4.9%となり、大幅なインフレは回避されると予想する。
(図表10)政策金利と銀行間金利 インド準備銀行は2015年以降、原油価格の下落等により低めのインフレ環境が続いたことから昨年まで緩和的な金融政策を続けてきたが(図表10)、今年は燃料価格の上昇や通貨安による物価上昇を警戒して金融引き締めに舵を切った。今年の6月と8月の金融政策委員会(MPC)では2会合連続の利上げに踏み切り、10月の会合では政策金利を据え置きつつも政策スタンスをこれまでの「中立」から「引き締め」に変更している。

12月5日の会合では、7-9月期の実質GDPの減速やインフレ圧力の後退、通貨の買戻しと原油価格の下落を背景に金融政策は据え置かれると予想する。その後も、先行きの景気が勢いを欠くことやインフレ率の上昇が緩やかなものになることから、RBIは政策金利の据え置きを続けると予想する。
 
 

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2018年12月05日「基礎研レター」)

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