2018年11月29日

「65歳の壁」はなぜ生まれるのか-介護保険と障害者福祉の狭間で起きる問題を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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4――「65歳の壁」の問題が起きる理由~(2)現場の視点~

1|2007年3月の通知
では、介護保険優先の原則の下、2つの法律はどのように運用されているのだろうか。次に現場の視点を加味する。

まず、厚生労働省が2007年3月に出した通知21では、介護保険、障害者福祉の双方を所管する市町村に柔軟な運用を求めている。具体的には「障害者が同様のサービスを希望する場合でも、その心身の状況やサービス利用を必要とする理由は多様であり、介護保険サービスを一律に優先させ、これにより必要な支援を受けることができるか否かを一概に判断することは困難」と指摘した。その上で、「一律に当該介護保険サービスを優先的に利用するものとはしない」とし、市町村が利用者の意向を聞きつつ判断する重要性を強調しており、同じ趣旨の通知は2015年2月にも示されている。
 
21 2007年3月に示された「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律に基づく自立支援給付と介護保険制度との適用関係等について」という通知。
2|自立観の違い
それにもかかわらず、障害者総合支援法から介護保険法に移行した際、サービス内容が細切れになるなどの弊害が生まれる。その背景としては「自立観」の違いを挙げることができる。

介護保険は元々、日常生活に関わることしか対象にしておらず、「自分でできることは自分でやる」という考え方に立っている。さらに、介護保険では現在、盛んに「自立支援」の必要性が論じられているが、ここで言う「自立」とはリハビリテーションの充実などを通じて介護予防を強化し、要介護状態の維持・改善を図ることを指している。

一方、障害者福祉の「自立」は異なる。当事者運動を経た結果、障害者が日常生活で介助者のケアが必要だったとしても、障害者が自らの人生や生活の在り方を自らの責任において決定、または自らが望む生活目標や生活様式を選択して生きることを「自立」と見なしており、言わば自己決定権を行使しつつ、生活主体者として生きる行為を自立生活とする理念を重視している22

もちろん、障害者福祉でもリハビリテーションなどによる機能維持は重視されているが、介護保険の自立とは「要介護状態の維持・改善」、障害者総合支援法の自立とは「自己決定権の行使」を指している。そして「自立支援」という言葉を分かりやすく整理すると、前者は「できるだけ要介護状態の維持・改善、以前の状態に戻すよう支援すること」、後者は「本人の自己実現を支援すること」を指していることになる。

実は、介護保険も制度創設当初、障害者福祉と同じような議論があった。例えば、有識者として制度創設に関わった行政学者、大森彌による書籍では「自立支援」とは高齢者による自己選択権の現われとし、自己選択を通じて高齢者の尊厳が保たれるとしていた23

しかし、現在は介護保険の給付を抑制する手段として「自立支援」の必要性が論じられるようになり、障害者福祉との乖離が大きくなっていると言える。
 
22 障害者福祉における「自立」については、定藤丈弘(1993)「障害者福祉の基本的思想としての自立生活理念」定藤丈弘ほか編著『自立生活の思想と展望』ミネルヴァ書房を参照。
23 大森彌編著(2002)『高齢者介護と自立支援』ミネルヴァ書房pp7-10。
 

5――「65歳の壁」の解消に向けた制度改正

5――「65歳の壁」の解消に向けた制度改正

政府としても「65歳の壁」解消に努めている。具体的には、改正介護保険法と改正障害者総合支援法が2018年4月に施行されたのに際して、高齢障害者の介護保険サービスの円滑な利用を促す制度改正が盛り込まれた。

まず、65歳に達しただけで利用者負担が増える事態を避けるため、自己負担を軽減する措置を導入した。その要件としては、▽65歳に至るまで5年間にわたって障害者福祉サービスの提供を受けていること、▽障害者福祉サービスの居宅介護、重度訪問介護、短期入所、生活介護と、介護保険サービスの訪問介護、通所介護(地域密着型を含む)、短期入所生活介護、小規模多機能型居宅介護の利用者、▽所得が低いまたは生活保護に該当していること、▽障害支援区分が2以上、▽65歳まで介護保険サービスを利用していないこと――を満たす障害者となっている。

さらに、障害者サービスと介護保険サービスの双方に「共生型サービス」というサービス類型を創設することで、同じ事業者が双方のサービスを提供できるようにした。その結果、65歳以上となった障害者が介護保険に移行した後も、円滑にサービスを利用できるように配慮した。
 

6――介護保険制度改正の影響を受ける可能性

6――介護保険制度改正の影響を受ける可能性

「65歳の壁」問題は今後、介護保険制度改正の影響を受ける可能性がある。高齢化の影響を受けて介護保険の財政は逼迫しており、自己負担を含む総予算の規模は制度創設時の約3倍に匹敵する約10兆円に膨らんでいる。その結果、65歳以上高齢者が毎月負担する全国平均の保険料は上昇し続けており、2018年度では制度創設時の2倍程度に及ぶ5,869円にまで増えており、65歳以上高齢者の保険料を今後、大幅に引き上げることは難しい。

このため、財政構造を大幅に見直す必要性に迫られており、財源確保の方策として、保険料を支払う対象年齢を「40歳以上」から引き下げる選択肢が想定される。実際、介護保険制度の創設に際して、厚生省(当時)は「20歳以上」を対象とすることを検討した経緯があり、当時の厚生省幹部が40歳以上で線引きした理由について、「40歳以上でなければならない必然的かつ客観的な理由は少ないなかでの(筆者注:与党や経済界との)妥協の産物であり、介護保険の立ち上げを優先するという判断から、あえて深追いしないこととして問題を後に残した」としている24点を考慮すると、保険料対象年齢の引き下げは懸案であり続けている。2018年度制度改正でも保険料対象年齢を引き下げる是非が浮上したが、経済界などの反対で沙汰止みとなった経緯がある25

しかし、この選択肢を採用する場合、「加齢に伴う要介護」状態を支援するという介護保険の基本的な考え方が修正を迫られる。例えば、保険料を支払う対象年齢を「20歳以上」に引き下げた場合、「加齢」という説明が困難になる一方、どのような原因でも要介護状態になれば給付対象とすることにした場合、加齢を理由としない障害を支援する障害者総合支援法との整合性を図る必要がある。

その結果、論理的な帰結として、介護保険サービスと障害者福祉サービスの相乗りなどが必要になる可能性がある26。むしろ、介護保険と障害者福祉の双方を相乗りさせる共生型サービスの創設は保険料対象年齢の引き下げに向けた布石と考えることも可能かもしれない。
 
24 和田勝編著(2007)『介護保険制度の政策過程』東洋経済新報社pp18-19。菅沼隆ほか編著(2018)『戦後社会保障の証言』有斐閣p351では「25歳あるいは30歳かとかもあり得ると思っていました」という証言が掲載されている。
25 2016年8月31日第62回社会保障審議会介護保険部会議事録参照。
26 ただ、医療保険に上乗せする形で介護保険制度を運用しているドイツやオランダは0歳以上、韓国は20歳以上の国民から保険料を徴収しており、「加齢」という条件にこだわらず、保険料対象年齢を引き下げることは選択肢の一つとなる。
 

7――岡山地裁の判決

7――岡山地裁の判決

「65歳の壁」問題の見直しに向けた動きは行政サイドだけでなく、司法サイドから浮上する可能性にも留意する必要がある。今年3月に示された岡山地裁の判決では「65歳の壁」問題が一つの争点となっており、初の司法判断が下された。以下、判決文のほか、これに関する法学者による論文や新聞記事27など参考にしつつ、論点や内容を考えてみよう。

裁判を起こしたのは脳性麻痺の男性。男性は障害者自立支援法(当時)に基づき、月249時間の訪問介護を無償で受けていたが、65歳になる直前の2013年2月、岡山市の通告で障害者自立支援法の給付を打ち切られた。その後、同年7月に153時間の給付が認められた一方、残りの96時間分については介護保険サービスに切り替わった。ところが、介護保険法に沿うと、96時間分のサービスについては月1万5,000円の自己負担を求められたため、男性が岡山市に対して決定取り消しや損害賠償を訴えた裁判である。

横溝邦彦裁判長は判決理由で、原告の男性には重度麻痺があるため、介助なしに食事や入浴などの日常生活を送れなかったとして、岡山市の決定を取り消すとともに、慰謝料などとして107万5千円の支払いを岡山市に命じ、原告側の主張をほぼ認めた。つまり、原告側の生活環境などを踏まえないまま、障害者福祉サービスの不支給を決めたことなどについて、「考慮すべきことを考慮せず、拙速な判断を行ったことが、本件処分を違法とする理由となっている」と考えられている28。一方、原告側は介護保険優先の原則が違憲であると主張していたが、判決は法律の解釈・適用に関する判断とどまっており、憲法判断を避けた形となった。

地裁判決後、岡山市は控訴したため、裁判は現在も続いており、その結果が注目される。さらに同様の裁判は他の地裁でも起こされており、裁判の結果は「65歳の壁」問題の議論に影響を与える可能性がある。
 
27 永野仁美(2018)「介護保険優先原則を定める障害者自立支援法7条の解釈」『ジュリスト』No.1525、『朝日新聞』2018年3月15日、『毎日新聞』2018年3月15日、『山陽新聞』2018年3月14日更新記事を参照。山陽新聞のリンク先は下記の通り、
http://www.sanyonews.jp/article/683494/1/
28 前掲永野論文。
 

8――「65歳の壁」の解消に向けた選択肢

8――「65歳の壁」の解消に向けた選択肢

1|制度の統合は困難か
では、今後は「65歳の壁」の解消に向けて、どういった選択肢があるだろうか。年齢や理由に限らず、障害がある人を継ぎ目なく支える選択肢としては、介護保険法と障害者総合支援法の統合が考えられるが、筆者には現実的と思えない。

確かに介護保険と障害者福祉の共通点は少なくない。例えば、表1で見た通り、ケアの必要度を判定する仕組みとして介護保険法は要介護認定、障害者総合支援法は障害支援区分という仕組みが導入されており、ケアの内容を決定・調整する専門職としても介護保険法ではケアマネジャー(介護支援専門員)、障害者総合支援法では相談支援専門員が置かれている。

これは介護保険法で導入された仕組みを障害者福祉にも適用したことが影響しており、実際に2006年度制度改正に際しては両者の統合論議も浮上し、障害者団体の反対などで見送られた経緯がある。当時の議論では「年齢や障害によって利用する介護制度が異なっているのは不合理です。すべての住民を被保険者とし、(筆者注:年齢に関わらず)すべての介護ニーズを持つ住民にサービスが提供される普遍的なシステムへと改組・充実させる必要がある」といった意見29が出ており、現在も「年齢で分けるのではなく、介護が必要になった人が広く利用できる使いやすい普遍的なサービスとして、介護保険を再構築することも考えられる」という意見がある30。年齢や理由に限らず、心身に不具合がある人を支える普遍的なシステムは一種の理想である。

しかし、2000年以降に実施された制度改正の結果、両者の距離が広がっている点は見逃せない。まず、介護保険法については、先に触れた通り、介護予防に力点を置く「自立支援」に力点が置かれるようになり、障害者総合支援法における「自立」との違いは大きくなっている。一方、障害者総合支援法についても、旧法の障害者自立支援法から改組する際、応益負担から応能負担に転換するなど制度の考え方が大きく変わっており、両者の統合は難しいのではないだろうか。
 
29 『月刊介護保険』2004年6月号におけるインタビューを収録した大森彌(2018)『老いを拓く社会システム』第一法規を参照。
30 大塚晃(2017)「高齢障害者の福祉・介護サービス利用支援に対する課題と考え方」『保健師ジャーナル』Vol.73 No.10。
2|「合理的配慮」の考え方を踏まえた柔軟な対応を
そうなると、2つの制度を前提にしつつ、切れ目のないサービス提供を考える選択肢が必要になる。その一つとしては、介護保険優先の原則を定めた障害者総合支援法第7条の規定を撤廃あるいは見直すことで、どちらの制度を利用するか、障害者の選択権を明記する選択肢を想定できる。

もう1つの選択肢としては、障害者総合支援法第7条の規定を維持しつつ、障害者と市町村の交渉に判断を委ねる現在の方法を維持する方法である。これは現場の裁量性が高まる分、障害者の個別性に配慮できるメリットがあるが、市町村の判断や能力次第で平等な取り扱いが困難になるデメリットが考えられる。

しかし、いずれの選択肢を採用するにしても、法律を統合しない限り、年齢で区分する現在のシステムは維持され、2つの制度のどちらを優先するかという議論からは逃れられない。例えば、認知症に対応するサービスは介護保険の方が充実しているため、「認知症の症状が出始めた時は介護保険サービスを使いたい」といった選択も有り得る。つまり、障害者総合支援法第7条を撤廃するかどうかに関わらず、年齢で区分するシステムが残るのであれば、市町村や専門職が主体性と自主性、専門性を働かせつつ、障害者のニーズや環境に応じて柔軟に対応することが重要になり、65歳になった瞬間、障害者総合支援法の給付を一方的に打ち切るような対応は避けるべきである。

この点については、障害者差別解消法で定められた「合理的配慮」の概念とも符合する。合理的配慮では明確な基準が存在せず、支援の内容や可否、水準については、障害者のニーズに応じて、障害者と対象機関(例:行政機関)が対話→調整→合意を経ることを義務付けており、合理的配慮の考え方に沿えば、条文の存廃問題に関わらず、現場で柔軟な対応が必要になる31
 
 
31 合理的配慮については、拙稿レポート2018年3月23日「『合理的配慮』はどこまで浸透したか」を参照。
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=58221
 

9――おわりに

9――おわりに

日本の社会保障制度は様々な制度改正を積み重ねた結果、財源や国・自治体の担当部署、専門職の資格などがバラバラという縦割り構造を有している。障害者総合支援法と介護保険法の狭間で起きる「65歳の壁」問題は典型的な事例と言えるかもしれない。さらに、障害者の高齢化に加えて、若年性認知症や高次脳機能障害32など新しい論点への対応を考えると、できるだけ2つの制度が有機的に連携することが望ましい。

しかし、2000年以降の歴史を振り返ると、障害者総合支援法と介護保険法の統合は難しいと言わざるを得ない。このため、年齢で区分する現行制度を前提としつつ、現場に近い市町村、あるいは専門職が障害者の状況やニーズに応じて、柔軟に調整する方が望ましいのではないだろうか。国の明確な基準が定められない分、現場への負荷が大きくなるかもしれないが、言い換えると現場の裁量が大きくなる可能性がある。むしろ、国による一律の対応は市町村や専門職の自主性を奪ってしまう危険性があるのではないだろうか。

今後、司法判断や制度改正が議論に影響する可能性も想定されるが、障害者のニーズに合わせた現場の創意工夫に期待したい。
 
32 高次脳機能障害とは交通事故や心肺停止などの後、知覚、記憶、学習などに不具合が生まれる障害。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

(2018年11月29日「基礎研レポート」)

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【「65歳の壁」はなぜ生まれるのか-介護保険と障害者福祉の狭間で起きる問題を考える】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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