2018年11月29日

「65歳の壁」はなぜ生まれるのか-介護保険と障害者福祉の狭間で起きる問題を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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5国や関係団体の調査
では、こうした「65歳の壁」問題がどの程度の障害者に影響を与えているのだろうか。必ずしも全体像が把握できているとは言えないが、いくつかの統計や調査を基に、その実情を探る。

まず、厚生労働省が実施した2016年度の「生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障害児・者等実態調査)」によると、身体、知的、精神の障害者手帳を持っている65歳以上の人は約341万8,000人と推計されている7。これに障害者手帳を有していないが、障害者総合支援法の自立支援給付を受けている65歳以上の人を加味すると、障害者総合支援法の支給を受けている65歳以上の人は359万6,000人に及ぶとされ、こうした人達が「65歳の壁」に直面している可能性がある。

しかし、これには65歳以降に障害者手帳を取得した人が含まれるため、全員が「65歳の壁」に直面しているわけではない。同じ調査を見ると、65歳以降に初めて手帳を取得した人は身体障害者の36.5%、知的障害者の6.4%、精神障害者の29.1%と推計されており、こうした人達は「65歳の壁」を超えた後、障害者福祉サービスを利用し始めた可能性が高く、もう少し詳細な調査が必要になる。
表3:65歳以上となった障害者の属性、サービス利用の状況
そこで、参考になるのが、みずほ情報総研が厚生労働省から委託を受けた「障害者の介護保険サービス利用等に関する実態調査」である8。この調査は施行から3年を迎えた障害者総合支援法の見直しを図る一環として実施され、市町村に対して以下の3つに該当する人がどうか尋ねている。

(1) 2014年度中に障害者福祉サービスの利用を終了し、介護保険サービスの利用を開始した人。

(2) 2014年度中に障害者福祉サービスを利用した人のうち、2014年4月時点で障害者福祉サービスと介護保険サービスを併用していた人。

(3) 2014年度中に障害者福祉サービスを利用した人のうち、65歳到達後に初めて障害者福祉サービスを利用した人。

その上で、(1)に該当する人は3,048人、(2)に当てはまる人は1万4,590人、(3)は1万3,427人であり、(3)のうち4,782人が障害者福祉サービスと介護保険サービスを併用していたことを明らかにしている。さらに、表3に示している通り、障害者福祉サービスの居宅介護(ホームヘルプ)は介護保険サービスの訪問介護と共通しており、両者の間で代替しやすいサービスを利用している人については、制度の移行が比較的行われやすい可能性、さらに同行援護など介護保険に移行しにくいサービスについてはサービスの併用、あるいは障害者福祉サービスのみの利用となるケースが多いことが推測されるとしている9

一方、「65歳の壁」の実態について定量的に把握しようとする調査がいくつかあるので、以下で取り上げていく。まず、厚生労働省が2015年2月に公表した資料10を見ても、「65歳の壁」問題が起きている様子を見て取れる。その一例として、介護保険サービスと障害者福祉サービスの併用について、65歳を迎えた障害者に対し、市町村サイドの情報提供が不十分になっている可能性である。

先に触れた通り、介護保険優先の原則の下でも、障害者は障害者福祉サービスを利用できるが、これを障害者に事前に案内しているかどうか尋ねた設問を見ると、回答した259市町村のうち108団体が「事例によってはしている」、20団体が「していない」と答えており、65歳になって初めて介護保険優先の原則を知る障害者が存在する可能性を示唆している。

さらに、市町村から介護保険サービスを利用するよう薦められた後も、障害者が要介護認定を申請していないケースの有無を尋ねたところ、有効回答259団体のうち、36.3%の94団体が「ある」と回答していた。こうしたケースでは障害者総合支援法の給付を一方的に切られるケースがあり、「65歳の壁」を生み出している可能性がある。

実際、障害者就労に取り組む団体「きょうされん」が2014年9月に公表した調査結果11によると、回答を寄せた事業所714カ所のうち、介護保険優先の原則を受けている障害者は計1,638人(65歳以上障害者が1,183人、40~64歳の特定疾病患者が455人)であり、62人が障害者福祉サービスの訪問支援を打ち切られたという。
図2:自宅で暮らす身体障害者、身体障害児の年齢階層別推移 さらに、自治体を対象にアンケートを実施した「日本障害者センター」の調査12でも、65歳になった障害者が介護保険の利用申請しなかった場合、集計数506団体のうち21%に相当する107団体が障害者福祉サービスの支給を実質的に停止していると答えている。

以上のような調査結果を見ると、全体像を把握できているとは言えないかもしれないが、「65歳の壁」問題で影響を受けている障害者が少なからず存在することは間違いないであろう。

さらに、身体障害者、障害児の年齢構成を経年変化で見ると、図2の通りに65歳以上の障害者は増加基調にある。このため、「65歳以上障害者の生活を支える福祉サービスをどう提供するか」という点は決してマイナーな問題ではなくなっていると言える13

では、なぜ「65歳の壁」問題が生まれるのだろうか。以下、(1)法的な枠組み、(2)現場の運用――という2つの点に着目して考察を深めたい。
 
7 調査に対する有効回答数(6,175人)を基にした推計。
8 みずほ情報総研(2016)「障害者の介護保険サービス利用等に関する実態調査」。全市町村対象に実施し、62.0%に相当する1,079件を回収したという。
9 みずほ情報総研の「障害者の介護保険サービス利用等に関する実態調査」を基にした玉山和裕(2017)「障害者の介護保険サービス利用等に関する実態と支援の在り方」『保健師ジャーナル』Vol.73 No.10参照。
10 2015年2月18日報道発表資料「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律に基づく自立支援給付と介護保険制度の適用関係等についての運用等実態調査結果」。
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000074274.html
11 きょうされんの調査結果については、インターネット上で検索できなかったため、『賃金と社会保障』2015年3月下旬号の資料を参考にした。
12 2015年11月24日記者発表資料を参照。
http://shogaisha.jp/center/05/chosa-kaigohokenyusen-kekka20151124.pdf
13 ここでは詳しく述べないが、65歳以上の知的障害者の実態についても同じことが言える。独立行政法人国立重度知的障害者総合施設のぞみの園が市町村を対象に実施した調査によると、回答した1,198自治体の31.8%に相当する381自治体が「障害者福祉サービスと介護保険サービスを併用している知的障害者がいる」と答えたという。のぞみの園が2013年4月1日に発行した「ニュースレター」第36号参照。
 

3――「65歳の壁」問題が起きる理由~法的な枠組み~

3――「65歳の壁」問題が起きる理由~法的な枠組み~

1|介護保険優先の原則
「65歳の壁」問題が起きる直接的な原因としては、障害者総合支援法の第7条に求められる14。これは介護保険法と障害者総合支援法で同じようなサービスがある場合、前者を優先するという規定である。

そして、この規定の淵源は介護保険法施行直前に遡る。当時、障害者福祉サービスは身体、精神など障害種別に区分されていたが、2000年3月に示された「介護保険制度と障害者施策との適用関係等について」という通知では、介護保険法と障害者施策で重複する在宅介護サービスについて、「支給された介護給付と重複する障害者施策で実施されている在宅介護サービスについては、原則として(注:障害者サービスとして)提供することを要しない」との考えを示していた。

その後、2000年代に入って障害者施策が大幅に変わっていく15中、2005年11月制定の障害者自立支援法で介護保険優先の原則が条文として入り、2013年4月に施行された障害者総合支援法にも継承された。

では、こうした規定はなぜ作られているのだろうか。介護保険優先の原則は最近の国会で話題になっており、答弁から見て取れる論理的な構造を考察する。
 
14 障害者総合支援法第7条の条文は以下の通り。
自立支援給付は、当該障害の状態につき、介護保険法の規定による介護給付、健康保険法の規定による療養の給付その他の法令に基づく給付であって政令で定めるもののうち自立支援給付に相当するものを受けることができるときは政令で定める限度において、当該政令で定める給付以外の給付であって国又は地方公共団体の負担において自立支援給付に相当するものが行われたときはその限度において、行わない。
15 ここでは詳しく述べないが、介護保険制度の導入を含む「社会福祉基礎構造改革」の一環として、障害者施策の見直しが進んだ。具体的には、自治体が支援内容を決定する措置に代わる仕組みとして、2003年度から支援費制度が導入され、契約に基づくサービス利用に変わった。その後、障害者自立支援法が2005年11月に制定された際、▽障害種別ごとに異なっていたサービス体系を一元化、▽障害の状態を示す全国共通の尺度として「障害程度区分」(現名称は「障害支援区分」)の導入、▽国が費用の半額を義務的に負担する仕組みの導入、▽サービスの量に応じて負担する応益負担の導入――といった制度改正がなされたが、自己負担の増加などについて批判の声が高まった。さらに、障害者自立支援法の廃止を掲げた民主党への政権交代も重なり、2012年4月施行の法改正で応能負担に変更されたほか、障害者自立支援法に代わる障害者総合支援法が2013年4月に施行された。
2|介護保険法優先の原則を巡る国会答弁
一つのサービスが公費負担制度でも社会保険制度でも提供されるときは、国民が互いに支え合うために保険料を支払ういわゆる社会保険制度のもとでそのサービスをまず御利用いただく――。2017年4月12日の衆院厚生労働委員会で、塩崎恭久厚生労働相(当時)はこう述べている16。つまり、介護保険優先の原則は財源調達方法に関わると述べているのである。

具体的には、介護保険は主に社会保険料で賄われている社会保険方式を採用する一方、障害者総合支援法では税金で調達される社会扶助方式(税方式)である違いに着目することで、後者よりも前者の方が優先されると説明しているのである。

ここで社会保障を巡る財源方式の違いを改めて整理したい。社会保障費の財源を賄う方法としては、社会保険方式と社会扶助方式(税方式)の2種類があり、日本では年金、医療、介護、雇用、労働災害で前者を採用する一方、障害者福祉や生活保護などは後者の方法を用いている。そして、先の答弁では「65歳の壁」問題に限らず、社会保険方式と社会扶助方式(税方式)が重なり合う場面は保険を優先するのが原則と指摘しているのである。
 
16 第193国会2017年4月12日衆院厚生労働委員会。
3|介護保険法優先の原則の妥当性
確かに社会保険料の負担は個人同士の支え合いである「社会連帯」をベースにしている点が強調され、税金を財源とした「公助」と区分する形で、自分でできることを自分でやる「自助」を「共同化」した「共助」と呼ばれる時がある17

しかし、税金だろうが、社会保険料だろうが、国民の目から見れば、懐が痛んでいる点は同じであり、社会保険方式だけでなく社会保障全体が「社会連帯」と見なすことも可能である。実際、社会保障法の研究書では「一般的抽象的には、社会保障制度が社会連帯の理念に基づいていることは否定できないように思われる」という指摘が見られる18。この点を踏まえると、財源調達方法の違いだけで給付内容に関して機械的に差を付けることについては違和感を持つ19

もちろん、限られた財源を有効に使うのは当然であり、介護保険優先の原則が一定の合理性を有しているのは事実だが、介護保険優先の原則を撤廃しても、財源が社会保険料から税金に振り替わるだけであり、実質的には国民負担は大きく変わらない20。以上のように考えると、障害者総合支援法よりも介護保険法を必ず優先しなければならない蓋然性を余り感じられない。

実際、障害者が障害者自立支援法について起こした違憲訴訟に関して、民主党政権期の2010年1月に交わされた原告団・弁護団と国の基本合意では、介護保険優先の原則を定めた当時の障害者自立支援法の第7条を廃止するとともに、「障害の特性を配慮した選択制等」の導入を図るとしている点に留意する必要がある。
 
17 例えば、2013年8月の社会保障制度改革国民会議報告書では、以下のように記している。
国民の生活は、自らが働いて自らの生活を支え、自らの健康は自ら維持するという「自助」を基本としながら、高齢や疾病・介護を始めとする生活上のリスクに対しては、社会連帯の精神に基づき、共同してリスクに備える仕組みである「共助」が自助を支え、自助や共助では対応できない困窮などの状況については、受給要件を定めた上で必要な生活保障を行う公的扶助や社会福祉などの「公助」が補完する仕組みとするものである。
18 菊池馨実(2010)『社会保障法制の将来構想』有斐閣P36。さらに、1950年10月の社会保障制度審議会勧告では、社会保険制度の拡充を中心に据えつつ、「(筆者注:社会)扶助制度は補完的制度としての機能を持たしむべきである」と指摘している反面、「(筆者注:国民は)社会連帯の精神に立って、それぞれの能力に応じてこの制度の維持と運用に必要な社会的義務を果さなければならない」と指摘しており、社会保険方式だけでなく、社会保障全体について社会連帯の考え方が重要と指摘している。
19 ここでは詳しく述べないが、「社会保険方式と社会扶助方式(税方式)が同じ」という意味ではない。例えば、社会保険料は保険原理に基づき、何らかの形で反対給付を期待できるため、負担と給付の関係が繋がっているが、税金の場合、負担に対する反対給付は想定されていない。しかし、近年は社会保険料を支払う被保険者だけでなく、それ以外の人にも広く薄く受益が行き渡る分野について、社会保険料を充当させる制度改正が相次いでいる。例えば、軽度者を対象とした介護保険の新しい総合事業(介護予防・日常生活支援総合事業)では要支援認定を受けていない人も支援対象となる。さらに、市町村に在宅医療に関与させる「在宅医療介護支援事業」も地元医師会での相談窓口設置に関する経費などについて、介護保険料を充当している。
20 財源が社会保険料から税に振り替わることを通じて、見掛け上の一般歳出が膨らむため、一般会計の規模抑制に力点が置かれがちな財政再建論議に逆行する可能性を踏まえる必要がある。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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