2018年11月29日

「65歳の壁」はなぜ生まれるのか-介護保険と障害者福祉の狭間で起きる問題を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~「65歳の壁」問題を考える~

障害者1が65歳以上になることで、従来の障害者福祉サービスを受けられなくなる「65歳の壁」問題が一部で注目されている。障害者に福祉サービスを提供する障害者総合支援法では、介護保険に同様のサービスがある場合、介護保険を優先するよう求める規定があるため、それまで受けていたサービスが受けられなくなったり、急に負担が増えたりする不都合が生じており、司法判断が下される事態も生まれている。

本レポートでは、介護保険法と障害者総合支援法の概要や相違点、国会での議論などを考察し、2つの制度の狭間で「65歳の壁」が生まれやすい構造を明らかにする。さらに、過去の通知や近年の制度改正、今年3月の岡山地方裁判所の判決などに触れつつ、問題解決に向けた選択肢を提示する。
 
1 「障害」は元々、「障碍」と表記されたが、戦後に「碍」が当用漢字、常用漢字にならなかったため、「害」の字を当てた経緯がある。近年、「害」の字が不快にさせる可能性があるとして、「障がい」「しょうがい」などと表記するケースも見られるが、本レポートは法令上の表記に沿って「障害」と記す。
 

2――「65歳の壁」問題の概略

2――「65歳の壁」問題の概略

1|2つの法律の主な相違点
具体的な議論に入る前に、「65歳の壁」問題と呼ばれる状況を踏まえておく必要があるだろう。2つの法律の比較は表1の通りである。

まず、2000年に施行された介護保険法は原則として65歳以上の高齢者2を対象に、加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態になるリスクを社会全体でシェアすることを想定している3。具体的には、要介護認定(軽度者の場合は要支援認定、以下は原則として要介護認定で統一)を受けた高齢者に対し、ヘルパーが訪問する訪問介護や高齢者を一時的に預かる短期入所生活介護(ショートステイ)などの在宅系サービス、特別養護老人ホームなどの施設系サービス、住み慣れた地域で生活できるようにきめ細かく支援する地域密着型サービス、ケアプラン(介護サービス計画)の作成業務である居宅介護支援を給付している。こうしたサービスを利用する際の自己負担としては、受ける利益に応じて負担する「応益負担」を採用しており、原則として1割負担が求められる4

さらに、自己負担部分を除くサービス給付の財源としては社会保険方式を採用している。具体的には、税金、保険料で50%ずつ賄っており、在宅系サービスについて見ると、税金の部分は国25%、都道府県12.5%、市町村12.5%の割合、保険料の割合は65歳以上高齢者(第1号被保険者)が23%、40歳以上65歳未満(第2号被保険者)が27%となっている5
表1:介護保険と障害者総合支援法の比較 一方、障害者総合支援法は成年の障害者を対象としており、サービスは全国一律で提供する「自立支援給付」と、地域の特性に応じて柔軟に実施する「地域生活支援事業」に大別される。

自己負担については、所得に応じて負担額を軽減させる応能負担を採用しており、自己負担を除く部分の財源は全て税金、つまり社会扶助方式(税方式)を採用している。

これらの点を中心に、2つの法律を比較すると、以下のように整理できる。

(1) 想定している給付対象が異なる:介護保険は原則として65歳以上高齢者、障害者福祉サービスは成年の障害者を主に対象としている。

(2) 自己負担の考え方が異なる:介護保険は原則として応益負担、障害者福祉は応能負担をそれぞれ採用している。

(3) 財源方式が異なる:介護保険は社会保険方式を採用しており、50%を保険料で賄っているが、障害者福祉は全額を税で賄う社会扶助方式(税方式)を採用している。

実は、ケアの必要度を判定する仕組みやケアの内容を決定・調整する仕組みは類似している一方、サービス提供の方法などが異なるのだが、これらの説明は後段に回すとして、ここでは「65歳の壁」問題の概略をつかむため、以上の3点を指摘するにとどめ、議論を先に進めることとしたい。
 
2 ここでは詳しく述べないが、第2号被保険者として位置付けられている40歳以上65歳未満の人のうち、16種類の特定疾病患者は介護保険サービスの給付対象となる。特定疾病としては、がん末期、関節リウマチ、初老期における認知症、脳血管疾患などが指定されており、こうした人達は障害者総合支援法よりも、介護保険サービスが優先されるため、「65歳の壁」問題に近い状況が起きる可能性がある。
3 介護保険法第1条の条文は以下の通り。
加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行う(以下略)。
4 ただ、近年は財源を確保するため、現役並み高所得者は2~3割負担となっている。居宅介護支援については、全額を保険財源でカバーしており、自己負担を取っていない。
5 施設系サービスの比率は異なる。国の財政負担は20%、都道府県の財政負担は17.5%。
2|障害者総合支援法の給付に関する概要
次に、障害者総合支援法のサービスを確認する。制度の中核を構成する自立支援給付は表2の通りであり、▽自宅での入浴や食事の介助、通院付き添いなどを行う「居宅介護」(ホームヘルプ)、▽重度な人を対象に見守りや外出支援などを長時間支援する「重度訪問介護」、▽視覚障害者の移動などを支援する「同行援護」、▽単独での行動が難しい知的障害者や精神障害者の外出などを支援する「行動援護」、▽身体リハビリテーションなどを実施する「自立訓練」、▽一般企業で働くことを希望する人を対象に訓練や相談支援を実施する「就労移行支援」、▽一般企業で働くことが困難な人を対象に就労に必要な知識・技術の習得を支援する「就労継続支援」――などのサービス類型に分かれている。

こうして見ると、就労支援に関する訓練等給付が含まれるなど介護保険と異なるサービス類型が整備されている一方、介護給付の居宅介護(ホームヘルプ)など一部サービスについては、介護保険と類似していることを理解できる。
表2:障害者総合支援法のうち自立支援給付サービスの内容
3|「65歳の壁」のイメージ
こうした重複を調整するため、障害者は65歳以上になると、原則として介護保険サービスを優先的に使うことが求められる。

具体的には、介護保険に相当するサービスがない同行援護や行動援護、重度訪問介護、就労継続支援などについては、障害者総合支援法の制度を引き続き利用できるが、それ以外のサービスについては、介護保険法で認定を受けたサービス事業者を選択する必要がある。さらに、介護保険のケアプランに盛り込まれたサービスの支給量が介護保険サービスだけで確保できない場合、介護保険サービスに上乗せして障害者総合支援法の支給を受けられる。

そのイメージが図1である。つまり、40歳以上65歳未満の特定疾病患者など一部の例外を除くと、原則として「65歳以上の支援を必要とする高齢者」が介護保険、「65歳未満の支援を必要とする障害者」が障害者総合支援法という整理になっており、障害者の年齢が65歳以上になると、障害者総合支援法の枠組みよりも、介護保険サービスを優先することが「65歳の壁」問題と称されている。
図1:年齢で区切られた介護保険法と障害者総合支援法の対象者のイメージ
4「65歳の壁」の実態
では、その「65歳の壁」による不具合として、どんなことが起きているのだろうか。この点については、障害者当事者による情報発信がいくつか見られる一方、研究者や専門職による論文や実践報告などは決して多くない。以下、筆者が見聞きした範囲も加味しつつ、「65歳の壁」の実情を考察してみよう6

例えば、サービス利用に関する自己負担が変わる可能性がある。先に触れた通り、障害者総合支援法では所得の水準次第で決まる応能負担を採用しているが、介護保険法は原則として1割負担が求められる。このため、障害者総合支援法から介護保険法に移行すると、自己負担が急に増える可能性がある。

サービス提供の内容も変わる。一例として、訪問介護系のサービスで見ると、介護保険の場合、家族が同居している場合の生活援助は時間単位で厳密に区切られるほか、「訪問介護のヘルパーは日常ゴミを出せるが、粗大ごみの処分は不可」といった形で、細かく制限されている。

これに対し、障害者総合支援法では制限が設けられておらず、「障害者とヘルパーが3時間一緒にいる」といったサービス利用も認められている。このため、障害者福祉サービスに慣れた障害者が介護保険に移行すると、生活が細切れになるリスクがある。

さらに、「65歳の壁」は通い系のサービスでも生まれる。例えば、障害者総合支援法に基づく事業所に通っていた障害者が65歳を迎えると、原則として介護保険サービスに移行するため、それまでの事業所に行けなくなり、利用者や専門職との付き合いが断たれることになる。
 
6 ここでは『保健師ジャーナル』Vol.73 No.10、『ノーマライゼーション』2016年7月号、同2014年2月号、『月刊ケアマネジメント』2015年7月号、『賃金と社会保障』2015年3月下旬号、『ゆたかなくらし』2013年12月号のほか、『西日本新聞』2017年3月23日、「NHK生活情報ブログ」2014年9月24日、『読売新聞』2014年2月3日、筆者も参加した市民組織「全国マイケアプラン・ネットワーク」が2018年4月28日に開催したイベントで得た情報を参考にしている。「NHK生活情報ブログ」『西日本新聞』のリンク先は下記の通り。
https://www.nhk.or.jp/seikatsu-blog/500/197885.html
https://www.nishinippon.co.jp/feature/life_topics/article/316527/
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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