2018年10月15日

ストレスチェック制度は、どこまで浸透したか、今後どこまで浸透するのか

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 村松 容子

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1――メンタルヘルス対策は企業の課題の1つ

企業における健康増進政策は、生活習慣病対策と、メンタルヘルス対策が中心となる。

糖尿病をはじめとする生活習慣病の発症や重症化は個人の生活習慣によるところが大きい。日本人の死亡原因の約6割が生活習慣病であることに加えて、医療費の3割が生活習慣病によるものとされており、企業でも、生活習慣病に関する知識の普及のほか、40~74歳の公的医療保険加入者を対象にはじまった特定健診の受診率向上や、再検査率の向上を働きかけている。特定健診は2009年度から始まり、今年で10年になる。

一方、メンタルヘルス不調の発症や重症化は、環境要因によるところが大きく、個人が注意をしていても予防しきれない可能性がある。職場が要因となることがあるため、企業で改善に向けた取り組みを行う必要があるが、対策は、長年各社・各職場に任されてきた。2015年に、ようやくストレスチェック制度が導入され、常時雇用する労働者が50人以上の職場で義務づけられた。

厚生労働科学研究費補助金研究「ストレスチェック制度による労働者のメンタルヘルス不調の予防と職場環境改善効果に関する研究」によると、ある企業を追跡調査した結果、「高ストレス者」が1年後に1か月以上の休業を開始する割合は、それ以外の者に対して、男性で6.6倍、女性で約2.8倍だったとされ1、高ストレス者のフォローは企業にとって重要であることが改めて認識されている。

しかし、ストレスチェック制度の結果の活用は、まだあまり進んでいないようだ。

本稿では、企業におけるメンタルヘルス不調者数の状況とストレスチェック制度の実施状況を確認し、今後のストレスチェック制度活用について検討する。
 
1 川上憲人、厚生労働省厚生労働科学研究費補助金「ストレスチェック制度による労働者のメンタルヘルス不調の予防と職場環境改善効果に関する研究 2015~2017年度総合研究報告書」
 

2――メンタルヘルス不調者の現状

2――メンタルヘルス不調者の現状

図表1 過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1か月以上休業又は退職した従業員割合 (1)メンタルヘルス不調で、休業または退職した従業員は1年間で0.7%程度
厚生労働省「労働安全衛生に関する調査(2017年)」によると、過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1か月以上休業した従業員は、常時従業員全体の0.4%、メンタル不調により退職した従業員は、0.3%である2(図表1)。

企業規模が大きいと、休業者の割合が高く、企業規模が小さいと、退職者の割合が高い傾向がある。業種別にみると、「情報・通信業」と「金融業、保険業」が、休業者の割合が高く、「運輸業,郵便業」が、退職者の割合が高い。
 
2 1か月以上休業の後、退職した従業員は、退職者でカウントしている。2015年調査で、休業者が0.4%、退職者が0.2%。
図表2 精神障害等の労災補償状況 (2)メンタルヘルス不調者は増加傾向
厚生労働省の「患者調査」で、企業のメンタルヘルスと関連する疾病の総患者数を見ると、「気分[感情]障害(躁うつ病を含む)3」は、以前は70歳代をピークとして高年齢ほど多かったのに対し、近年では40歳代を中心とする就労世代で多くなっている。また、「神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害4」は、男性は20~64歳、女性は40~64歳で増加傾向にある5(図表略)。

さらに、厚生労働省「過労死等の労災補償状況」によれば、精神障害等の労災の請求件数と支給決定件数は、企業でのメンタルヘルス不調に関する取組み強化にも関わらず、ともに増加している(図表2)。
 
3 国際疾病分類第10版の分類コードF3。
4 国際疾病分類第10版の分類コードF2。
5 詳細は、村松容子「企業における「メンタルヘルス対策」~健康経営における柱の1つ(2016年2月22日)」をご参照ください。
(3)休職・退職が「増えた」企業が多い
日本生命保険相互会社が、取引先企業に対して行った調査6によると、メンタルヘルス不調による休業・休職制度の利用者数、および同理由による離職者数がこの5年間で「増えている」と感じている企業が、それぞれ34.7%、19.6%と、「減っている」と感じている企業を上回る(図表3)。
 
6 日本生命保険相互会社「福利厚生アンケート調査(2018年1月)」。2017年5~10月実施。日本生命保険相互会社の顧客企業・団体(従業員・職員数300人以上)1,274社が対象。898社が回答(回収率70.5%)。
(4)「メンタル不調」への20~30歳代の不安は大きい
メンタルヘルスの不調は、他の疾患とは異なり、若年でも発症のリスクを感じている。ニッセイ基礎研究所が行ったアンケート調査7によると、病気やケガ等に関するリスクを21項目あげて、それぞれについて自分に起こりうるかを尋ねた結果、「メンタルヘルスの不調」を「きっと起きる(既に起きている)」「近いうちに起きるかもしれない」と感じている割合は、20~30歳代で2割弱と、他項目と比べて高かった(図表4)。特に、「きっと起きる(既に起きている)」は、20~30歳代で5%を超え、他年代より高かった。
図表3 メンタルヘルス不調による休業・離職者の増減/図表4 自分に起こりうると考える病気やケガ(男女計。上位3項目)
 
7 「健康に関する調査」。2014年9月実施。20~69歳の男女個人(学生を除く)を対象としたインターネット調査。
 

3――ストレスチェック制度の概要と結果の活用の状況

3――ストレスチェック制度の概要と結果の活用の状況

1|ストレスチェック制度とは
(1) 制度の概要
このような背景の中、メンタルヘルス不調を未然に防止するために、2015年12月に「ストレスチェック制度」が導入された8。ストレスチェック制度は、主に2つの使い方がある。1つは、従業員が、アンケートに答えることで、自分のストレスの状態を知り、ストレスをためすぎないように対処したり、ストレスが高い状態の場合は医師の面接を受けて助言をもらったり、会社側に仕事の軽減などの措置を実施してもらうことで予防するものである。もう1つは、職場が、部署等の集団ごとの集計結果9を分析し、集団ごとの職場環境の改善を行うことで予防するものである。

国では、1) ストレスの原因、2) ストレスによる心身の自覚症状、3) 従業員に対する周囲のサポートの3つの視点からストレスの状況を確認できる質問を推奨している。
 
8 「労働安全衛生法」により、常時雇用する労働者が50人以上の事業場で義務付けられた。契約期間が1年未満の従業員や、労働時間が通常の従業員の所定労働時間の4分の3未満の短時間従業員は義務の対象外である。
9 個人が特定されるおそれがあるため、受検者全員の同意がない限り、10人未満の集団の集計は行ってはいけない。
(2) 実施結果と個人情報の取扱い
ストレスチェックの結果は、センシティブな情報であるため、ストレスチェック実施者(定められた基準を満たす産業医、医師、保健師等。基準を満たす機関への外部委託も可。)から本人に通知され、本人の同意がない限り、会社には伝わらない。職場には、部署等一定規模の集団ごとの結果のみが通知され、それを使って職場の改善を行うことが努力義務とされている。

高ストレス状態にある従業員に対しては、ストレスチェック実施者が、直接、面接指導の申し出を勧奨する。その従業員は、希望すれば、医師や専門家等による面接を受けることができる。

しかし、面接指導の希望は、会社に申し出る必要がある。また、健康に関する情報のうち、診断名、検査値、具体的な愁訴の内容等は、医師等のみが扱い、会社には直接は伝わらないが、面接指導結果報告書兼意見書は人事労務部等で保管され、就業上の措置の内容など、職務遂行上必要な情報については、職場の管理者や上司にも伝わる10

職場環境が要因となっている可能性がある場合は、会社や職場に知らせないままにはできないと思われる。現在の制度で、従業員の情報は必要最小限にとどめる工夫がなされているが、高ストレスで面接を勧められた従業員の中には、面接指導の申し出を躊躇することがあると考えられる。
 
10 面接指導を実施した医師から提供された面接指導結果報告書兼意見書(面接指導結果の記録)の共有は、必要最小限の範囲に留めることになっている。結果は、人事労務部門内のみで保有し、そのうち就業上の措置の内容など、職務遂行上必要な情報に限定して、該当する社員の管理者及び上司に提供することになっている。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

村松 容子 (むらまつ ようこ)

研究・専門分野
健康・医療、生保市場調査

経歴
  • 【職歴】
     2003年 ニッセイ基礎研究所入社

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