2018年09月21日

【アジア・新興国】東南アジアの経済見通し~貿易摩擦の過熱で下振れリスクが強まるも、底堅い成長を維持

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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2.各国経済の見通し

2-1.マレーシア
マレーシア経済は海外経済の回復や国際原油価格の上昇を背景に、主力の電気電子機器や石油製品の輸出が拡大、このことが設備投資や雇用環境の改善に波及して昨年の成長率は+5.9%と3年ぶりの高水準を記録したが、今年は景気の減速傾向が続いている(図表6)。4-6月期の実質GDP成長率は前年同期比4.5%成長と、鉱業と農業のマイナス成長を受けて1-3月期から0.9%ポイント低下した。鉱業部門はパイプラインの破損に伴う供給の混乱や日本向けLNG輸出の契約更改による減少、また農業部門は悪天候や断食明けのハリラヤ休暇など背景にパーム油などの農産品の生産が落ち込んだことが影響した。

先行きのマレーシア経済は、物品・サービス税(GST)の廃止を背景に民間消費が拡大して一時的に上向くものの、その後は半導体サイクルのピークアウトと中国経済の減速を受けて輸出が伸び悩み、公共投資も低調に推移して19年末にかけて4%台後半まで緩やかに減速すると予想する。

今後の経済の牽引役となる民間消費は、新政権の経済政策を受けて堅調に拡大すると予想する。5月の政権交代によりマレーシア政府の政策スタンスは投資拡大から国民生活重視にシフトし、政府は6月にGST廃止、9月に売上・サービス税(SST)を再導入した。この3ヵ月間はタックス・ホリデーとなるため7-8月の消費需要が大きく押し上げられる一方、9月にはその反動減から一時的に落ち込むだろう。GST廃止とSST再導入はネット減税であるため、その後も消費は堅調に拡大するだろうが、徐々に減税効果は薄れていくだろう。また企業業績の回復による労働市場の改善や政府の燃料補助金復活も消費拡大に寄与すると見込まれる。

一方、投資は伸び悩みそうだ。新政権は財政再建に向けて大型インフラプロジェクトの延期や見直しなどを表明しており、今後は公共投資の削減が確実視される。また民間投資は内需関連・資源関連企業を中心に底堅く推移するだろうが、輸出の伸び悩みや産業政策の先行き不透明感が投資の抑制要因として働くだろう。

金融政策は、今年1月に好調な経済を背景に中央銀行が前倒しの利上げを実施し、これまでの緩和的な政策からの金利正常化を実施した(図表7)。今後も新興国からの資金流出が続いてマレーシアの通貨リンギットは緩やかに下落するだろうが、先行きの物価は景気の伸び悩みやGST廃止の影響で緩やかな伸びで推移することから、金融政策は当面は据え置かれるものと予想する。

実質GDP成長率は18年が5.0%と、高成長となった17年の5.9%から鈍化するが、堅調な伸びを維持、19年度は更に成長ペースがダウンして4.8%を予想する。
(図表6)マレーシアの実質GDP成長率(需要側)/(図表7)マレーシアのインフレ率・政策金利
2-2.タイ
タイ経済は輸出の拡大を通じて内需が持ち直し、景気は堅調に推移している。4-6月期の実質GDP成長率が前年比4.6%増と、1-3月期の同4.9%増から低下したものの、4%台後半の高成長を維持した(図表8)。成長ドライバーの財貨輸出は主力の電子部品や自動車、石油製品を中心に持続的に拡大している。輸出拡大が続く中で雇用環境が改善したほか、農業生産の回復や観光業の好調により家計所得が増加、低インフレ環境も継続したことから、民間消費は堅調に推移している。こうした輸出と民間消費の拡大を背景として製造業の設備稼働率が上昇、回復が遅れていた投資は持ち直してきている。

先行きのタイ経済は内需を中心に4%前後の高めの成長が続くものの、輸出の増勢鈍化により19年末にかけて3%台後半まで成長ペースが減速すると予想する。

まず財貨輸出は増加傾向を維持するものの、ITサイクルのピークアウトと中国経済の減速を受けて徐々に増勢が鈍化すると予想する。また7月のボート転覆事故により中国人観光客が減少するなど、これまで好調だった訪タイ外国人観光客数は伸び悩み、サービス輸出の景気の押上げ効果が弱まる可能性もあるだろう。

民間消費は、低めのインフレ環境が続くなか、自動車の買い替え需要や低所得者支援策が引き続き消費をサポートするだろう。もっとも財・サービス輸出の増勢鈍化により雇用・所得環境の一層の改善が見込みにくくなっており、また大雨による洪水被害を受けた農村部の購買力低下も予想され、民間消費は徐々に減速して緩やかな伸びにシフトしよう。

一方で投資は回復傾向が続きそうだ。公共投資は経済特区「東部経済回廊(EEC)」や主要空港を結ぶ高速鉄道、都市間高速道路等の建設が進展して更に拡大するだろう。また民間投資は輸出の増勢鈍化により設備投資が徐々に伸び悩むだろうが、低金利環境の継続と公共投資の呼び水効果が投資の押上げ要因となって底堅く推移すると見込まれる。また来年2~5月にかけては民政移管に向けた総選挙が実施される見通しだが、選挙後も現政府が主導する大型の開発計画は凍結されないよう法整備が行なわれているため、先行きの政策不透明感は幾分抑制されるであろう。

金融政策は15年4月に政策金利が引き下げられて以降、据え置かれている(図表9)。新興国からの資金流出は続くものの、大幅な経常黒字を抱える通貨バーツは比較的安全と判断されて増価しよう。先行きの物価上昇は限定的となって中銀目標の中央値(2.5%)を超えない範囲で推移するものと見込まれ、中央銀行は来年にかけて現行の緩和的な金融政策を据え置くと予想するが、選挙後は政策金利の正常化を目的に利上げを実施する展開も予想される。

実質GDP成長率は18年が+4.4%と、内需の回復によって17年の+3.9%から上昇するが、19年は輸出の鈍化により+3.7%まで減速すると予想する。
(図表8)タイの実質GDP成長率(需要側)/(図表9)タイのインフレ率と政策金利
2-3.インドネシア
インドネシア経済は緩やかに持ち直しているが、インドネシア政府は当初5.4%に設定していた今年の成長率見通しを現在5.2%に引き下げるなど、景気は順調とまでは言えない状況だ(図表10)。

4-6月期の実質GDP成長率は+5.2%と、停滞していた民間消費が拡大して4年半ぶりの水準まで回復した。民間消費は賃金上昇の鈍化や政府の税徴収の強化などが重石となる一方、低インフレ環境の継続や政府の社会扶助プログラム、そしてラマダン(イスラム教の断食月)や地方選挙に伴う支出増、公務員賞与の増額などが追い風となった。投資は昨年高めの成長を続けた建設投資の鈍化が響いたものの、機械・設備や自動車は好調に推移している。また輸出も世界経済と資源価格の上昇によって堅調に拡大しており、企業部門が経済を牽引する構図は続いている。

先行きのインドネシア経済は回復感の乏しい展開が続き、成長率は+5%台前半の横ばい圏で推移すると予想する。まず民間消費は政策面のサポートを受けて回復基調が続くだろう。政府は19年度予算案で教育・社会保障を充実させると共に燃料補助金の拡大や公務員給与・年金の5%増額なども盛り込んでおり、こうした選挙対策色が強い予算の執行が民間消費を押し上げるだろう。18年後半は8月にジャカルタ・アジア大会の開催によるインバウンド需要の増加、19年春には選挙関連支出の拡大により、消費が盛り上がると見込まれる。

一方、堅調に拡大している投資は徐々に伸び悩む展開を予想する。政府は18年度予算案で貧困層向けの住宅開発計画を盛り込んだものの、インフラ予算の増額を抑制しており、公共投資は鈍化しよう。また通貨防衛のために政府が輸入制限策を実施、中央銀行が利上げを実施して金利が上昇していること、また通貨の不安定化自体が外資系企業の投資意欲を削ぐ要因となるため、設備投資も今後伸び悩む恐れがある。

輸出は世界経済の持続的拡大によって資源関連輸出の増加が見込まれるが、中国の景気減速により増勢は鈍化しよう。しかし、輸入抑制策により輸入も鈍化、純輸出のマイナス寄与は縮小しよう。

金融政策は、中央銀行が昨夏に2ヵ月連続の利下げを実施するなど緩和的な政策スタンスを続けていたが、今年5月に新興国からの資本流出が強まるなかで利上げを実施、その後も通貨防衛のために利上げ幅を拡大(5-8月累計で+1.0%)させている(図表11)。中央銀行は市場介入を実施しているものの、「双子の赤字」を抱えるインドネシアの通貨ルピアに持ち直しの動きは見られず、先行きは不透明な状況にある。当面は通貨防衛ための利上げが実施されるだろうが、金融引き締めや政府の輸入抑制策により経常赤字が縮小するなかで、利上げが打ち止めになる展開を予想する。

実質GDP成長率は、内需主導の底堅い成長が続いて18年が+5.2%と、17年の+5.1%から僅かに上昇するが、19年は+5.2%の横ばいを予想する。
(図表10)インドネシア実質GDP成長率(需要側)/(図表11)インドネシアのインフレ率と政策金利
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

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