2018年09月12日

気候変動と死亡率-地球温暖化はどのように死亡率に影響するか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

地球温暖化をはじめとしたグローバルな気候変動に、注目が高まっている。国際アクチュアリー会(IAA)は、環境・資源問題に関する作業部会を設けて、気候変動の動向や、保険への影響などを研究している。同部会は2017年に、「気候変動と死亡率」と題するディスカッションペーパー(以下「ペーパー」)を公表した1。これを通じて、広く有識者の意見を募り、議論を深めようとしている。

本稿では、このペーパーをもとに、気候変動が人の死亡率に及ぼす影響をみていくこととしたい。
 
1 “Climate Change and Mortality”(International Actuarial Association, Resources and Environment Working Group, Nov. 2017)
 

2――死亡率の上昇要因

2――死亡率の上昇要因

国連国際防災戦略事務局(UNISDR2)は、2016年に気象関連災害の人的コストについて、レポートを公表しており、その中で、過去20年あまりの世界の自然災害の発生状況を示している。ペーパーでは、この死者数を前提に気候変動が死亡率の上昇につながるパターンを紹介している。以下、みていこう。
図表1. 世界の自然災害の発生状況 (1995~2015年)
 
2 United Nations International Strategy for Disaster Risk Reductionの略。スイスのジュネーヴに本部を置いている。
1旱魃や飢饉の発生に伴って死亡率が上昇する
世界の多くの地域が、極度の旱魃(かんばつ)にみまわれる。水資源の欠如が、農業や食糧生産に深刻な影響をもたらす。飢饉は、気候変動だけではなく、人口過剰、政府の悪政などの要因にも関係する。複数の要因があると、飢饉発生の可能性は高まる。旱魃や降雨がない深刻な状態は、重大な健康悪化を引き起こすこともある。具体的には、つぎの2つの例が考えられる。

(1)食料安全保障
利用可能な水資源の減少は、食料品や飲料品の不足につながる。栄養失調や栄養不足が直接影響して、子どもの発育を阻害する恐れがある。短期、長期両面で子どもの死亡率の上昇につながる。

(2)紛争と暴力
高温に伴う旱魃は、紛争や暴力を引き起こしやすい。世界銀行によると、気温が産業革命前より摂氏4度近く上昇すると、紛争発生のリスクが高まるとされる。特に、社会が民族ごとに分断されていると、その傾向が顕著となる。紛争が難民の移住を呼び、死亡率の上昇を招く場合もある。

世界保健機関(WHO)によると、2030年には、栄養失調等により発育が阻害された5歳未満の子どもの追加死者数は95,176人3にのぼると見積もられている。これらの死亡の多くは、アジアで発生する。
 
3 5つのシナリオのうち中位シナリオでの数値。最低位シナリオでは -119,807人、最高位シナリオでは310,156人。
2厳しい気象条件の増加が死亡率の上昇を招く
平均気温の上昇は、極度の高温状態の発生頻度や深刻度を高める。それとともに、寒冷状態の発生を緩和する可能性もある。極度の高温は、高齢者などの体の弱い人に、より大きな影響をもたらす。

エアコンを利用すれば、高温状態の影響を削減できる。しかし、エアコンの利用は、電力需要を増大させ、温室効果ガスの排出につながり、気候変動のサイクルを悪化させてしまう。このため、日よけや自然換気など他の対処法が必要となる。こうした対処法の一般大衆への周知も求められる。

UNISDRによると、2005年から2014年の間に年平均25個の大規模な熱波が発生し、年間7,232人の死亡につながった4。人口の高齢化が、気候変動の死亡率の上昇を増幅させている。WHOによると、2030年には、65歳以上の高齢者の高温関連の追加死者数は37,588人5にのぼると見積もられている。この数値は、高温状態への適応が50%の水準で達成できた場合のもの。全く適応できなければ、毎年92,000人の高齢者死亡につながる。熱波の影響は、南アジア、東アジア、東南アジアで、特に大きくなる6
 
4 2015年には、フランスで3,275人、インドで2,248人、パキスタンで1,229人が熱波によって死亡した。
5 5つのシナリオのうち中位シナリオでの数値。最低位シナリオでは26,912人、最高位シナリオでは48,390人となっている。
6 なお、高温状態の影響を研究する場合には、高温状態がなかったとしても、別の原因で死亡していたであろう人について検討しておくことが重要となる。
3自然災害の増加が死亡率上昇を引き起こす可能性もある
極端な事象は、直接的および間接的に死亡率に影響する。自然災害は、発生頻度、影響度の両面で増大するとみられる。自然災害の例として、竜巻、熱帯性低気圧、山火事、暴風などが挙げられる。

これらの自然災害の多発は、太平洋赤道域の海面水温の上昇や低下である、エルニーニョ現象やラニーニャ現象が原因とみられる7
 
7 エルニーニョ現象は、太平洋赤道域の日付変更線付近から南米沿岸にかけて海面水温が平年より高くなり、その状態が1年程度続く現象。逆に、同じ海域で海面水温が平年より低い状態が続く現象はラニーニャ現象と呼ばれる。いずれの現象も、数年おきに発生している。
4海洋沿岸地域では、洪水や海水面上昇が死亡率上昇に影響する懸念もある
海洋に関係する死亡は、突発的に発生する洪水と、徐々に高まる海水面の上昇の2つの要因に分けられる。洪水については、低地や島嶼(とうしょ)などの危険地域からの避難を適切に行うことで、生命を救うことができる。事前に十分な警報があれば、死者数を大幅に減らすことができる。しかし、避難した人々が不衛生な避難所に集中すると、感染症が拡大したり避難所内で暴力行為が発生したりして、生活条件が悪化し、死亡が発生する恐れがある。

洪水で、医療施設や医療資源が被害を受けると、医療サービスの提供が滞り、死亡率の増加につながる。避難する大勢の人々が移動すれば、疾病や紛争の発生にもつながりかねない。

一方、海水面の上昇により、農業用の土地が縮小することも、問題を悪化させる。特に、東南アジアでは、気候変動が農業に大きく影響するとみられている。

国際農業開発基金(IFAD8)によれば、灌漑設備は、降雨や地面に吸収されない雨水の変化の影響を受ける。結果的に、水質や水資源の供給の問題につながってくる。
 
8 International Fund for Agricultural Developmentの略。イタリアのローマに本部を置いている。
5特定疾患の患者が増えて、死亡率が上昇する
地球温暖化によって、特定疾患が発生して、死亡者が増加する。

(1) 下痢性疾患
WHOの見積もりによると、2030年に、下痢性疾患による追加死者数は、48,114人とされている。このうち、63%はサブサハラアフリカ(アフリカのうち、サハラ砂漠より南の地域)、31%は南アジアで発生する。公衆衛生が改善されれば死者数は減少するとみられる。一方、自然災害により都市インフラが損なわれ、水資源の利用が困難な場合には、その改善が滞ることが考えられる。

(2) マラリア
蚊が媒介する疾患は、気温上昇の影響を受けやすい。マラリアの発生は、アフリカを中心とするものの、そこだけに留まらない。全世界の人口の4割がマラリア感染のリスクにさらされている。WHOによると、産業革命前より気温が摂氏2~3度上昇すると、マラリア感染のリスクは約5% 高まる(1.5億人が新たに感染のリスクを負う)とされる。WHOは、マラリアによる追加死者数を、2030年に60,091人と見積もっている。そのうち57,445人(96%)は、サブサハラアフリカで発生する。

(3) 胃腸の疾患と感染
気候変動は、食料必需品の不足、栄養失調、化学汚染物質による海産食品の汚染、生体内毒素、病原性微生物、農薬による作物の悪影響などを引き起こす。

(4) 喘息(ぜんそく)、呼吸器や肺の疾患
花粉、かび、大気汚染、エアロゾル9化した海洋毒素、ほこりなどに人体がさらされることにより、肺機能の低下、咳、喘鳴(ぜんめい)10などの症状を呈する疾患が増加する。オゾンなどの汚染物質により、循環器系や呼吸器系の疾患が増加する。気候変動により、高温に伴うストレスや、大気が運ぶ微粒子、動物原性感染症の媒介生物が増加して、現症の循環器疾患が悪化するケースも生じる。

(5) 悪性新生物
紫外線にさらされる時間や、その強度が増えると、悪性新生物発症への影響が懸念される。
 
9 気体中に微細な固体または液体の粒子が浮遊している分散系。噴霧器から出る霧状物や煙霧の類。煙霧質。エアゾール。エーロゾル。(「広辞苑 第七版」(岩波書店)より)
10 呼吸に際し、気道がぜいぜいと雑音を発すること。また、その音。(「広辞苑 第七版」(岩波書店)より)
6貧困と格差が死亡率の上昇につながる恐れもある
気候変動は、世界中で、大気、海洋、食料、避難所、公衆衛生に影響を及ぼす。体の弱い人や、貧困状態にある人は、こうした影響に適応したり、影響を緩和したりするのは困難とされている。

財産や所得と長寿の間には、強い関連があることが知られている。WHOは、社会経済の発展により、経済成長、気候政策、公衆衛生計画を進めることが、最貧困や体の弱い人々に役立つとしている。
7大気汚染が死亡率上昇の要因となる
気候変動と大気汚染の間には、密接な関係がある。二酸化炭素ガスの排出は、気候変動と大気汚染の引き金となる。人体に有害な汚染物質は、大気中で、太陽光を散乱したり吸収したりする。これにより、地表面が冷やされたり温められたりして、気候変動がもたらされる。汚染物質として、メタン11、ブラックカーボン12、対流圏オゾン13、硫酸塩エアロゾル14など、さまざまなものがある。

大気汚染は、若年者の死亡の主な環境要因となっている。特に、中国やインドでの死亡が多い。大気汚染に加えて、住居内の温熱設備や竈(かまど)などによる室内の空気汚染も深刻となっている。

大気汚染が直接の死因となる疾患として、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、急性下気道感染症、脳血管疾患、虚血性心疾患、肺がんが挙げられる。死因となる大気汚染物質の排出元として、居住用・商業用ビル、農業、砂漠砂等の自然源、発電、工業、陸上交通、バイオマス15の燃焼が挙げられている。
図表2. 大気汚染物質の排出元
大気汚染に対して、各国で、石炭燃料使用や木材燃焼の削減、森林伐採の削減、農業の効率化、燃料効率の良い自動車やトラックの利用、公共交通の改善など、諸緩和策の取り組みが進められている。大気汚染は、先進国で減少する一方、中国、インド、イランなどの経済発展途上国では悪化している。
 
11 天然ガス、石炭ガス、自動車排出ガスに含まれる。ニ酸化炭素ガスに次いで、地球温暖化の原因物質とされ、温室効果ガスの1つとされる。
12 ディーゼルエンジンの排気、石炭の燃焼、森林火災などで発生するとされる。太陽光を吸収し、大気の加熱効果を持つ。
13 大気中のオゾンの90%を占める成層圏オゾンは、紫外線を吸収し地球環境に好影響をもたらす。一方、残り10%の対流圏オゾンは、オキシダントの大部分を占めており、光化学スモッグを引き起こして、人の呼吸機能や植物の光合成を阻害する。
14 PM2.5(1000分の2.5ミリメートル以下(髪の毛の太さの約30分の1)の小さい粒子で、人の肺の奥深くまで入りやすく、呼吸器系や循環器系への影響があると懸念される)の主要部分を成す物質。太陽光散乱による、大気冷却効果を持つ。
15 生物体をエネルギー源または工業原料として利用すること。また、その生物体。特に、持続的に利用可能なものをいう。(「広辞苑 第七版」(岩波書店)より)
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

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