2018年09月12日

気候変動と死亡率-地球温暖化はどのように死亡率に影響するか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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3――死亡率の低下要因

ペーパーでは、気候変動が死亡率の低下をもたらすケースも紹介している。こちらも、みていこう。

1冬季の温暖化により、死亡率が低下する
夏季の熱波の襲来とともに、冬季の平均気温も上昇している。これにより、寒冷に伴う死亡が減少することが期待される。

2温暖な気温に伴って特定地域で農業生産が伸び、死亡率の低下の要因となる
以前は、寒冷のために農業が困難とされていた地域で、気温が上昇した結果、農業生産が可能となっているケースがある。たとえば、主要農産物ではないが、ぶどうの生産が可能となった地域もある。

しかし、このことは降雨パターンの多様化など、極端な事象の増加にもつながっている。このため、農業生産の改善は、極端な事象、食料供給の不安定化、海水面上昇に伴う農業用地の縮小、旱魃の増加などのマイナス面で相殺されてしまうものとみられる。

3二酸化炭素肥沃効果が死亡率低下につながる可能性がある
「二酸化炭素肥沃効果」と呼ばれるものもある。これは、大気中の二酸化炭素濃度の上昇により、植物の炭水化物産出が改善される効果を指す。緑色葉は光合成を行い、太陽光のエネルギーと大気中の水と二酸化炭素から炭水化物と酸素を産出する。二酸化炭素濃度の上昇は、光合成を促進させる。

ただし、しばらくすると植物が二酸化炭素濃度の上昇に順応してしまい、効果は低減するとされる。

4地球温暖化への適応措置が奏功して死亡率低下につながることも考えられる
科学技術利用と人間の行動変化を組み合わせて気候変動の影響緩和が図られている。洪水や暴風に耐性のある建物やインフラ整備が挙げられる。高温に対するエアコンの利用も適応措置の1つである。

エアコンの利用、住居の隔離の向上、公衆衛生インフラの活用は、高温気象の影響を削減する。しかし、温室効果ガスの排出など、措置自体が気候に悪影響に与えてしまう恐れもある。また、エアコンの利用は、アレルギーの増加につながるとの見方もある。このように適応措置には、副作用もある。

さらに、危険な地域からの避難も適応措置となる。しかし、避難に伴って、人々が保有財産を失ったり、地域コミュニティーや地域機関が損なわれたりするマイナスの面もある。このため、プラスとマイナスを加味すると、最終的に、死亡率にプラスの効果があるかどうかは微妙といえる。

5さまざまな緩和効果が死亡率低下を呼ぶことが考えられる
一般に、気候変動に対する緩和措置とは、温室効果ガス排出の削減を指す。この緩和措置には、死亡率の低下とともに、限られた資源の効率活用とそれに伴う資源価格上昇の緩和という効果もある。

(1) 交通
公共交通機関から自動車へのシフトは、気候変動の原因となる。自動車の利用を減らして、公共交通、カーシェアリング、自転車、徒歩による移動を促進することは、有効な措置となる。これらにより、大気汚染が減るとともに、身体活動による健康の増進や、精神的な幸福感の醸成に役立つとされる。さらに、交通事故の減少や健康資源の利用といった効果も考えられる。

(2) エネルギー
化石燃料使用の削減と再生可能エネルギーへの移行は、温室効果ガスなど、汚染の削減につながる。石炭の採掘や燃焼は、大気を汚染し、呼吸器系疾患、循環器系疾患、喘息、悪性新生物など、人々の健康に悪影響をもたらす。森林や石炭から電気や太陽光へのエネルギーの置き換えは、大気汚染を削減すると考えられる。

(3) 農業と食品
農業は、気候変動の重要な要因である。人々の食肉傾向が増すと、農業生産の効率を低下させ、大量の温室効果ガス排出につながる。同時に、酪農品や食肉に過度に偏った栄養摂取は、悪性新生物、糖尿病、肥満関連疾患など、人々の健康にマイナスとなる側面も考えられる。このことは、医療制度に負担増の圧力をもたらしかねない。温室効果ガスの排出緩和とともに、ソーダ課税16、身体運動の促進といった措置をとることで、人々の健康が改善されるものとみられる。
 
16 フランスでは、2012年より砂糖の添加された炭酸飲料に課税する「ソーダ税」が導入された。その後、同様の動きが、メキシコやアメリカの一部都市などに広がった。2016年に、WHOはソーダ税の導入を加盟国・地域に呼びかけている。
 

4――生命保険加入者や年金受給者に与える影響

4――生命保険加入者や年金受給者に与える影響

気候変動は、幅広い領域で、死亡率に悪影響をもたらす。死亡率の上昇は、生命保険には給付支払いの増加、年金や退職給付制度には支払いの減少をもたらすと考えられる。

気候変動よりも、医療の診療、医療設備、ライフスタイルの変化のほうが、死亡率に大きな影響をもたらす、という見方もある。また、気候変動による死亡率の変化は、高齢者や体の弱い人々にとって、数日や数週間先に起こるはずの死亡を前倒ししただけのことかもしれない、との声もある。しかし、だからといって、ペーパーで語られるさまざまな影響が無視されてよいということではない。

1さまざまな要因が、被保険者や年金受給者の死亡率に影響する
(1) 直接的影響
一般に、生命保険の加入者のうち、体が弱い人は限られる。従って、気候変動の直接的な影響はあまり受けない。通常、若年者や高齢者は、中間年齢の人に比べて体が弱い。ただし、若年者や高齢者は保険の加入金額等が限定的であり、保険会社への影響は小さいとみられる。

(2) 間接的影響
医療制度の対処能力を超える医療需要が発生することが考えられる。直接的影響と同様に、医療資源が手薄な人々が最も影響を受けやすい。間接的影響は、主に発展途上国で生じる17。たとえば、南アジア、東南アジア、アフリカなどの地域が該当する。特に、高齢者に影響が出やすい点に注意を要する。生命保険と年金では、影響の生じる方向が逆になることにも、留意する必要がある。
 
17 ただし、2005年にアメリカで発生したハリケーン・カトリーナの襲来のように、先進国で生じるケースもある。
2死亡率の影響を超えた検討も必要
生命保険や年金以外にも、幅広い影響が生じる。例えば、医療保険、財産損害保険、事業中断保険、損害賠償責任保険、農業損害・生産物保険、経営者責任保険などへの影響である。

さらに金融投資の面でも、テイルリスクに与える影響など、さまざまな検討が必要となる。

3アクチュアリーには気候変動による死亡率への影響分析が求められている
気候変動の不確実性は、死亡率の予測リスクを伴うため、アクチュアリーが取り組むべき課題といえる。死亡率が不確実であることは、経済的なコストを増大させ、将来予測の不確実性を高める。このため、保険会社のステークホルダーに対して、想定される影響の情報提供が求められることとなる。

アメリカとカナダのアクチュアリー会は、共同で、アクチュアリー気候指数を開発して開示している。また、2018年には、アクチュアリー気候リスク指数の開発も予定されている。これらの開示等を通じて、気候変動に対する死亡率への影響について、継続して研究していくことが求められよう。
 

5――おわりに

5――おわりに

気候変動は、死亡率にどのような影響をもたらすだろうか? 気候変動には、複数の要因が、さまざまな経路で関係し合う。このため、この問題に対する答えは簡単には得られないであろう。今回のペーパーは、この問題に真正面から取り組むもので、参考になる部分が多いと考えられる。

地球温暖化をはじめ、グローバルな気候変動は待ったなしで進んでいく。死亡率にどのように影響が及ぶのか。保険や年金にどのようなインパクトをもたらすのか、引き続き、注目する必要があろう。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2018年09月12日「保険・年金フォーカス」)

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