2018年09月10日

ドイツの生命保険会社の状況(1)-BaFinの2017年Annual Reportより(ドイツの生命保険監督のトピック(その1))-

中村 亮一

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1―はじめに

ドイツの生命保険会社の健全性やソルベンシー等の財務状況については、昨今の低金利環境が継続する中で、引き続き注目の的となっている1。こうしたドイツの生命保険会社の状況については、これまでもいくつかのレポートで報告してきた。

2年前には、ドイツの保険監督官庁であるBaFin(Bundesanstalt fur Finanzdienstleistungsaufsicht:連邦金融監督庁)の2015年のAnnual Report(年次報告書)及び、IMF(国際通貨基金)がドイツの金融監督に対して行った FSAP(Financial Sector Assessment Program:金融セクター評価プログラム)の結果を公表した報告書に基づいて、ドイツの生命保険会社の財務状況等に対して、BaFinやIMFがどのような見解を示しているのか、について4回に分けて報告2した。

1年前には、BaFinの2016年のAnnual Report等に基づいて、ドイツの生命保険会社の状況や業界が抱える課題及びこれらの課題に対するBaFinの考え方等について、3回に分けて報告3した。

今回は、BaFinの2017年のAnnual Report等に基づいて、ドイツの生命保険業界の監督に関するトピックやソルベンシーIIがスタートしての2年間を踏まえての、ソルベンシーIIを巡るドイツの現状について、複数回に分けて報告する。

まずは、今回は、2017年のAnnual Reportの「スポットライト(Spotlights)」の章に記載されている項目の中から、生命保険監督に関するトピックについて報告する。
 
1 ドイツにおける低金利環境下でのBaFinの対応等については、基礎研レポート「金利低下に保険監督当局はどう対応してきたのか -ドイツ BaFin の例-」(2015.6.15)を参照していただきたい。
2 保険年金フォーカス「ドイツの生命保険会社の状況(1)-BaFinの2015年Annual Reportより(低金利環境下における状況、内部モデルの適用等)-」(2016.9.10)、「ドイツの生命保険会社の状況(2)-BaFinの公表資料より(ソルベンシーII比率の状況)-」(2016.9.26)、「ドイツの生命保険会社の状況(3)-IMFによるFSAPの報告書「保険部門の監督」-」(2016.10.3)、「ドイツの生命保険会社の状況(4)-IMFによるFSAPの報告書「ストレステスト」-」(2016.10.4)
3 保険年金フォーカス「ドイツの生命保険会社の状況(1)-BaFinの2016年Annual Reportより(ソルベンシーIIスタート後の1年間)-」(2017.10.10)、「ドイツの生命保険会社の状況(2)-BaFinの2016年Annual Report等より(ソルベンシーII制度下での報告(含むORSA))-」(2017.10.17)、「ドイツの生命保険会社の状況(3)-BaFinの2016年Annual Report等より(低金利環境下での生命保険会社の状況)-」(2017.10.24)
 

は2―2017年のスポットライト

2―2017年のスポットライト

BaFinが2017年の「スポットライト(Spotlights)」の章に掲げている項目のうち、「1.英国のEU離脱(Brexit)」、「2.デジタル化( Digitalisation)」、「6.ソルベンシーIIの2年間(Two years of Solvency II)」、「7.低金利(Low interest rates)」の4つの項目について報告する。1、2、7の項目については、保険会社だけでなく、銀行や証券会社等を含めた金融機関全体の問題である。
|英国のEU離脱(Brexit
英国に所在する会社は、Brexitにより、英国以外のEU加盟国で各個別の国のライセンスを取得しなくても、ブロック全体で業務を実施しサービスを販売することができる「パスポート権」を失うことになる。BaFinは、Brexitの後にこれらのパスポートの権利を引き続き使用するため、こうした会社の多くがドイツへの移転を検討している、としている。

BaFinは既にこのような会社と多くの議論を行っており、監督上の問題を議論するために、2017年には海外の銀行や金融機関、ファンドや彼らの管理会社、海外の証券発行者のためのワークショップを開催した、としている。さらに、BaFinには専用のチームがあり、幅広い関連する質問に対する回答を得ることができる、としている。

また、BaFinのFelix Hufeld長官は、影響を受ける機関は、信頼できる移行手配が必要となるが、しかしながら、これは永久的なモデルになるべきではなく、例えば、クリフ効果を避けるために、最初に許容されるような手配は、長期的には適切なバランスを有している必要がある、と説明している。

さらに、BaFinの目的は、ドイツの金融市場の安定性を確保すると同時に、Brexitの影響を受ける会社に、明快さとサポートと、新しい政治的条件下でも、欧州経済圏(EEA)で銀行業務を行い、金融サービスを提供するための信頼できる枠組みを提供することである、としている。

Brexitを巡る状況に関しては、英国サイドからの情報が多いが、今回のBaFinのAnnual Reportの記述は、英国以外のEU加盟国のうちの主要な監督当局のスタンスや状況を説明したものとして、1つの大変参考になる情報になっているものと思われる。

なお、Brexitに伴う移転先として、銀行等においては、ドイツのフランクフルトの位置付けが高くなっているが、保険会社においては、アイルランドやルクセンブルグ等の位置付けがより高くなっており、ドイツへの移転を検討している会社はそれほど多くない模様である。

1.英国のEU離脱(Brexit)
英国の欧州連合(EU)からの計画された離脱はすでに金融セクターに影を落としている。Brexitの結果、英国に所在する会社は、欧州の主要なノンバンクの子会社の多くに影響を及ぼす欧州のパスポートの権利を失うことが予想される。現在、欧州のパスポートでは、英国の監督下での会社が銀行業務を行い、他の加盟国でも欧州経済圏(EEA)の金融サービスを提供することができる。彼らはBrexitの後にこれらのパスポートの権利を引き続き使用したいので、これらの会社の多くはドイツへの移転を検討している。BaFinは既にこのような会社と多くの議論を行っている。 また、監督上の問題を議論するために、2017年には海外の銀行や金融機関、ファンドや彼らの管理会社、海外の証券発行者のためのワークショップを開催した。

ワークショップの議題には、認可手続き、コンプライアンス、リスク管理、アウトソーシング、内部モデル、大規模エクスポージャーに関するルール、再建計画、第三国からのファンドに対するマーケティング通知手続、目論見書に対するBrexitの影響などの問題が含まれていた。参加者からの一般的なフィードバックは、これらのイベントが有用であることを発見したことだった。さらに、BaFinには専用のチームがあり、幅広い関連する質問に対する回答を得ることができる。

透明性と信頼性の高いフレームワーク
「移行期に、監督当局と規制当局は、Brexit後の世界への柔軟な移行を確実にするための斬新な解決策を見つける必要がある。」と、BaFinのFelix Hufeld長官は述べている。影響を受ける機関は、信頼できる移行手配が必要となるが、しかしながら、これは永久的なモデルになるべきではない、とHufeld長官は説明した。例えば、クリフ効果を避けるために、最初に許容されるような手配は、長期的には適切なバランスを有している必要がある。Hufeld長官は、そのバランスが達成されるまで、BaFinの目標は、監督実務における数々の開発課題を進展させることである、と続けた。

BaFinの目的は、ドイツの金融市場の安定性を確保すると同時に、Brexitの影響を受ける会社に、明快さとサポートと、新しい政治的条件下でも、EEAで銀行業務を行い、金融サービスを提供するための信頼できる枠組みを提供することである。BaFinの長官は、EEAの会社が同じ基準に従って監督され、規制されていることを保証することの重要性を強調した。

|デジタル化(Digitalisation
監督当局や規制当局も、進行中のデジタル移行を理解しなければならず、法律と経済の観点からそれを分析し、金融の安定性を保証し、消費者を保護するために行動する必要があるかどうか、どのように行動しなければならないか、を決定しなければならない、としている。

IT分野における能力を強化するために、BaFinは業界全体のITセキュリティの問題に対処する専用ユニットを創設している。

BaFinは、2017年11月に「金融機関におけるIT監督のための監督要件」(BAIT) 4を発行しているが、この中で、BaFinがこの領域でドイツの信用金融サービスから期待していることを詳述している。

保険会社に対しては、2018年に「保険会社のITに関する監督上の要件」(VAIT)5と題された文書において、銀行と同様の方法で保険会社のIT要件を照合して整理し、保険会社もITリスクをカバーするために十分なソルベンシー資本を維持するだけでなく、これらのリスクを適切に管理する必要がある、とし、これらの責任を保険契約者に対して負っている、としている。

なお、金融市場の全てのプロバイダーは、ITセキュリティを最優先にしなければならないとして、金融市場の既存会社に適用されるものは、フィンテック企業にも適用されるとして、どんなに多くの技術が使われても、BaFinは常に同じビジネス、同じリスク、同じルールの原則を適用する、としている。

BaFinは、役員のIT知識のさらなる拡大を促進するために、2017年末に、直接監督の下、保険会社及び銀行における役員の専門的資格に関する管理実務を改正している。

BaFinの保険年金基金監督CED(Chief Executive Director)であるFrank Grund博士は、「全体的な責任を果たすために必要な全ての役員の基本的な専門的資格要件と、専門的なノウハウの必要性の増大とのバランスをとることにより、私たち監督者は、役員レベルにIT専門家を任命するという範囲を広げている。」とコメントしている。

最後に、今後の見通しの中で、金融技術の革新に対して、BaFinの観点からの以下の問題意識が挙げられている。

・ブロックチェーンなどの分散型ビジネスモデルをどのように監督することができるのか?

・BaFinはどのようにしてこのようなビジネスモデルのユーザーとクライアントを保護できるのか? 

・主な収益源が金融部門外である参加者が、収益に依存することなく、データを生成することを主な目的とする金融商品を提供する場合、金融市場の伝統的なプロバイダーはどうなるのか?

・誰がリスクを負うのか?

・監督下にある会社は適切な会社なのか? 

・監督当局と規制当局は、ビッグデータ分析の現象にどのように対処すべきなのか?

なお、「デジタル化(Digitalisation)」については、Annual Reportの「統合監督(Integrated supervision)」の章における「7.デジタル化(Digitalisation)」の項目の中で、さらに「役員のIT能力」、「銀行と保険会社におけるITリスク」、「クリプトトークン」、「ロボアドバイス」及び「重要なインフラ」について詳しく記述されている。ただし、今回のレポートでは、これらの詳細な内容については報告していない。
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中村 亮一

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