コラム
2018年09月07日

「健康経営」で企業価値はどうしたら向上するのか-コーポレートファイナンスの観点から-

安孫子 佳弘

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5.最後に

「健康経営」は、「従業員の健康増進」を図るという素晴らしい取り組みである。

経営者が従業員を貴重な経営資源として認識し、従業員が健康で、楽しく、明るく元気に働き、その結果として、企業の業績が上がり、企業価値が向上し、株価が上昇するというのがベストシナリオである。業績が好調で給与や役員賞与が上がれば、従業員も経営者もハッピーであろうし、株価が上がれば投資家もハッピーである。そして給与アップや株価上昇で消費が盛り上がり、増収増益の企業が増えれば、所得税や法人税等の税収が増え、国の財政状況も良くなる。また、健康な人が増えていけば健保財政も健全化し、国全体の医療費増大も抑制できるかもしれない。まさに好循環である。

こうしたベストシナリオが実現されていくためにも、各企業の「健康経営」推進のための具体策が重要である。各企業が、名目的、形式的な取り組みでなく、企業価値の向上につながる、効果的かつ継続的な「従業員の健康増進」具体策を本気で推進していくことを心からお願いしたい。

【参考】コーポレートファイナンスでのプロジェクト評価手法の概要

コーポレートファイナンスでは、投資等の個々の具体的計画(プロジェクト)について、キャッシュフローやリスクを想定して、金額ベースの価値を算出して評価し、実施可否の意思決定をしていく。

ここでは、価値算出の仕組みを簡単に説明するため、新商品Aの製造ライン増設を例としたい。
 
「新商品Aの売り上げを年間10,000個、売上単価1,000円、利益率30%とし、新商品Aのために、初期投資費用3,000万円で工場内にラインを新設する計画。年間の売り上げは10,000個×1,000円=1,000万円。毎年の利益は1,000万円の30%の300万円となる。さて、このライン増設プロジェクトを採用すべきかどうか。」
 
よくある考え方として、初期投資3,000万円の回収に何年かかるかで意思決定するという方法がある。毎年の利益300万円を10年間続けると300万円×10年=3,000万円となるので、10年で初期投資を回収できると判断する、もしくは10年は長いと考えて不採用と判断するかだ。こういう考え方は、判断基準として簡単で、感覚的に分かりやすい。但し、この方法ではリスクを明示的に組み込むことは難しい。

コーポレートファイナンスでは、キャッシュフローのリスク、つまり不確実性を割引率で表現する。リスクがない場合は不確実性がないのでリスクフリーレート(現状では0%前後)を割引率とし、リスクが高くなると割引率は高くなると想定する。尚、この割引率は、投資サイドからすると期待収益率にもなる。リスクが高いのであれば、このくらい高い収益率でないと困るという期待である。

この割引率を使って、プロジェクトのキャッシュフローの現在価値(Present Value、以下PV)を求め、投資金額を引いて正味現在価値(Net Present Value、以下NPV)を算出し、プラスであれば採用という意思決定をする。

今回のケースでは、年間300万円のキャッシュフローが永遠に続き、そのリスクが10%だとすると、永久年金の現在価値を算出する式(注:下記で説明) を使って、このキャッシュフローのPVは300万円/10%=3,000万円となる。初期投資額が3,000万円なのでNPVは0円となり、不採用となる。もし、リスクが8%だとするとキャッシュフローのPVは3,750万円となり、NPVは初期投資額3,000万円を差し引き+750万円となり、採用となる。ちなみにリスクが10%でもキャッシュフローの年成長率が2%見込まれる場合、PVは300万円/(10%-2%)=3750万円となり、NPVは同じく+750万円となり、採用となる。
 
(注)永遠に続くキャッシュフロー(CF)の現在価値(PV)は以下の式で求められる。

PV = CF/r   但し、rは割引率

式はシンプルで、意味するところも案外簡単である。例えば、100万円持っていて、永遠に毎年3万円もらえる金融商品を考えると、期待収益率は3%となる。つまり、毎年3万円もらえる割引率3%の金融商品の現在価値は100万円ということである。3万円を3%で割ると100万円になるということをこの式は意味している。この式は、毎年のインカムや配当等がある金融商品の価値を概算で把握する際に、とても便利である。実務においても、賃貸用不動産の時価算定等で幅広く使われている考え方を示す式である。
 
話を戻して、コーポレートファイナンスでは、ある具体策で見込まれるキャッシュフローとそのリスクである割引率を想定すれば、現在価値を算出でき、投資金額を差し引いて、プラスであれば採用する。では、割引率はどのように決めれば良いのであろうか。

割引率の決定には様々な方法があるが、簡単なのは証券アナリストではお馴染みの古典的な資本資産価格モデル(CAPM、キャップエム)から算出できる各企業株式の割引率をベースにする方法である。各企業の株価変動率から算出するベータ(β:市場全体の変動に対する当該株式の変動度合)から、CAPMを用いると以下の式で各企業株式の割引率(r)が算出できる。
 
r = リスクフリーレート+β×(市場全体の期待収益率-リスクフリーレート)
 
現状、リスクフリーレートは10年日本国債が0%前後なので0%、市場全体であるTOPIXの期待収益率(割引率)はだいたい8%なので、例えば、βが1の株式の割引率は8%となり、βが1.5の株式の割引率は12%となる。

上記の例で、新商品Aの会社のβ=1.5として株式の割引率を12%と想定してみる。

尚、借入がある場合は、株式の割引率と借入の利子率の金額加重平均するという手法がある。これは加重平均資本コスト(Weighted Average Cost of Capital、WACC、ワック)というもので、各プロジェクトの取捨選択の基準として、全社共通のハードルレートや資本コストとして実務で使われている。ただ、本来は各プロジェクト固有のリスクに応じて、割引率を設定すべきものである。今回のケースでは単純化のためWACCをベースに、税効果(損金算入分だけ価値が増える効果)もないものとする。例えば、借入金利が2%で、借入と株式の割合がそれぞれ40%、60%だとすると、借入金利2%と株式の割引率12%との金額加重平均で、WACCは8%と算出できる。これが割引率になる。

但し、実際は、プロジェクト毎にリスクが違うので、新商品Aのキャッシュフローのリスクは、新商品なので、過去の売り上げ等の経験則等により、例えば、割引率は会社一律のWACCより2%高い8%を割引率とするというのがより実践的であろう。
 
実務では、将来の各期キャッシュフロー見込みや費用、投資の段階的投入等、より詳細で現実的なシナリオを想定し、各種リスク等を踏まえた上で特定の割引率を設定し、税効果等を加味して各プロジェクトのNPVを算出していく。
 
 

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安孫子 佳弘

研究・専門分野

(2018年09月07日「研究員の眼」)

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