2018年09月07日

見えない資産が変える経済-知的財産経済の課題

基礎研REPORT(冊子版)9月号

櫨(はじ) 浩一

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1―重要性増す無形資産

企業が行う投資と言えば、工場の建物や生産設備といったものを思い浮かべる。しかし、企業の設備投資は、こうした目に見える形のあるものから、研究開発による特許取得や新製品開発、マーケティング、商品配送や管理手法などといった、製品の形を取らず、目に見えない資産へと重心が移動しつつある。
 
かつては、統計では企業が行う新技術や新製品の研究開発のための支出や大規模なコンピュータソフトの開発は費用として扱われていた。大学や研究所で行われる研究も政府消費やその年に行っている生産のための経常的な費用として扱われ、将来の企業活動や生産活動のための投資として扱われてはいなかった。しかし、現在では国連が定めているSNA(国民経済計算体系)の世界標準では、こうした無形資産の形成を投資としてGDPに計上するように変更されている。日本でも2016年に基準年の改定が行われた際に、国際基準との整合化が行われた。
 
企業の設備投資や政府が行う公共投資など国全体が行っている投資である「固定資本形成」には、無形資産への投資を計上した「知的財産生産物」という項目が新設されており、ここには「研究・開発」、「コンピュータソフトウェア」、「鉱物探査・評価」が含まれている。知的財産生産物が、毎年の総固定資本形成(投資)に占める割合は、1994年の12.2%から2016年には23.0%に上昇し、この間に固定資産(ストック)に占める割合も6.2%から8.1%へと上昇している。
知的財産生産物の割合

2―困難な価値の評価

知的財産生産物のような無形資産が投資に計上されてこなかったのは、工場の機械設備などの実物資産に比べて、価値の評価がはるかに難しいことも一因だ。研究・開発投資は失敗に終わることも多いので、投じた資金に応じた価値があるとは限らない。知的財産は長期にわたって利用されるものもあれば、急速に陳腐化してしまうこともあるので、機械設備に耐用年数があって少しずつ性能が低下したり、故障や摩耗が起こったりするという劣化の仕方に比べて価値の変化を推計し難いという問題もある。
 
企業の研究・開発や大学などで行われる研究、音楽や文学などの著作権の発生といった無形資産の形成を投資として扱うことで、今までに比べて日本のGDP(国内総生産)は増加するが、その意味の理解には注意が必要である。
 
大ざっぱに言えば、GDPは企業収益で言えば減価償却控除前の利益だ。将来売上が期待通りに増加しない中で減価償却費の負担が増えれば企業にとって重荷となることがあるように、日本の経済全体にとっても固定資本減耗の負担が過重となって、GDPが増えても国民生活は豊かにならないこともある。GDPは日本国内でどれだけの生産を行ったかを表すが、投資のコストを回収する必要があるという点は考慮されておらず、必ずしも日本国内にいる人達がどれだけ豊かになったかを示す経済指標ではないということを強調しておきたい。

3―集中と分散

無形資産の重要性が高まることでは、スタートアップ企業が既存企業を脅かす分散と、超巨大企業の市場支配力が高まる集中の両方の影響がある。
 
かつては巨大企業が研究開発の先導役だったが、新興企業の影響力は高まり、スタートアップ企業が短期間のうちに巨大企業となるようになった。事業の成功に必要なものは、優れたビジネスのアイデアや技術などの知的財産で、資本は外部から調達してくれば良い。経済は資本主義ではなく知本主義になるという人達もいる。
 
一方、超巨大企業に成長したGAFA、Google、Amazon、Facebook、Appleは、多種類の取引が行われるプラットフォームという無形資産を武器に、競争上の優位を作り上げつつある。便利なプラットフォームに企業や消費者が引き付けられて利用する。大量の情報を蓄積・分析してビジネスに利用するので、新規参入者は容易には追いつけない。また、潤沢な資金を使って有望なスタートアップ企業を次々に高額で買収していることも、集中を加速している。
 
経済活力を維持するためには適度な競争が行われる状況を保つ必要がある。無形資産の重要性が高まることによって、所得分配や中小企業金融など様々な領域に影響が及ぶと考えられており、経済政策のあり方も大きく変わっていく必要があるだろう。
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櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)

研究・専門分野

(2018年09月07日「基礎研マンスリー」)

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