2018年08月27日

韓国でも児童手当がスタート―制度の定着のためにはまず財源の確保を―

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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1――はじめに

現在、韓国が直面している最大の課題の一つが「少子化」である。韓国政府は少子化の問題を解決するために、2006年から「セロマジプラン」という少子高齢化対策を実施し、10年間にわたり、莫大な予算を投入したものの、2006年に1.12であった合計特殊出生率(一人の女性が一生に産む子供の平均数、以下、出生率)は2017年にはむしろ1.05で低下した。これは2017年における日本の出生率1.44を大きく下回る数値である。
図表1 韓国における最新の出生率の動向
韓国の国会立法調査処は、2014年8月22日に、今後、出生率が2013年の出生率1.19のままなら、2014年時点で5075万人(将来人口推計)である韓国の人口は、2056年に4000万人になり、2100年には2000万人へと半減すると予想した。また、2136年には1000万人まで人口が減り、2256年には100万人に人口が急減し、少子化が改善されない場合、韓国は2750年には消滅すると予測している。2017年の出生率が1.05であることを考慮すると、人口減少のスピードは上記の予測よりさらに速くなる可能性が高い。
 

2――2018年9月から児童手当がスタート

2――2018年9月から児童手当がスタート

文在寅政府(以下、韓国政府)は、低い出生率を改善するために、2017年8月に親の所得と関係なく2018年7月から0~5歳のすべての児童を対象に月10万ウォンの児童手当を支給するという計画1を発表し、同年 9月28日に「児童手当法案」が国会に提出された。児童手当の導入は文在寅大統領の選挙公約の一つであり、基本所得を普遍的福祉に基づいて保障し、育児に対する経済的負担を減らすことが主な目的である。但し、政府が国会に提出した「児童手当法案」は、国会審議の過程で、所得階層上位10%世帯の児童には児童手当を支給しないこと(所得制限あり)や、施行時期を当初計画の2018年7月から2018年9月に2ヶ月延期することが決まった。

現在、韓国には児童手当制度は導入されていないものの、2012年から育児に対する親の負担を緩和することと子育てに対する選択肢を多様化する目的で、すべての0~2歳児と5歳児を対象に、保育園や幼稚園の保育料や養育手当を補助する制度が実施されている。2013年3月からは3、4歳児も補助の対象に含まれた。保育園(オリニジップ)を利用する0~5歳までの児童は年齢に応じて異なる補助額が支給される。また、家で子育てをする親に対しては養育手当として毎月10万ウォン~20万ウォン(満1歳未満20万ウォン、満1歳以上~満2歳未満15万ウォン、満2歳以上~満5歳未満10万ウォン)を支援している。いわゆる無償保育が実現されている。

2018年9月から児童手当が導入されると、例えば、満1歳未満の子どもを家で育てる親に対しては児童手当10万ウォンと養育手当20万ウォン、合計で月30万ウォンの手当が支給されるので、子育て世帯の経済的負担は今より緩和されることになるだろう。しかしながら、問題は財源をどこから確保するかである。児童手当を実施するためには、2022年までの5年間で合計13.4兆ウォンの予算が必要であると推計されている。韓国政府は、今後児童手当の導入だけではなく、高齢者に対する基礎年金の金額も引き上げる(2018年4月から月25万ウォンに、2021年からは月30万ウォンに)など、社会保障関連政策を拡大することを計画しており、関連予算は大きく増加することが予想されている。
 
 
2017年の8月に発表された韓国政府の2018年予算案によると、2018年の予算は429兆ウォンで、2017年の400兆ウォンに比べて7.1%も増加している。特に「保健・福祉・労働」分野の予算は146.2兆ウォンで2017年の129.5兆ウォンに比べて12.9%(16.7兆ウォン)も増加し、最も高い増加率を見せている。韓国政府は、特別な財源の確保なしで、財政支出の構造を変え、児童手当や基礎年金などの予算を確保することを計画しているものの、今後更なる人口高齢化は「保健・福祉・労働」分野の関連予算を大きく増加させるに違いない。安定的な財源を確保するための早急な対策の実施が必要な時期である。
図表2 韓国政府の2018年予算案の概要
 
1 「文在寅政府国政運営 5か年計画」
 

3――日本の先例から学ぶことは

3――日本の先例から学ぶことは

日本では1972年から5歳未満の第3子以降を対象に児童手当制度を導入していたが、その後、支給対象を徐々に拡大し、2006年からは小学校を修了する前の子どもまでに、2010年6月以降は中学生までに支給対象を拡大した。導入初期には一律月3,000円が支給されていた支給額も、現在は、3歳未満や3歳から小学校修了前の第3子以降の子どもには15,000円が、3歳から小学校修了前の第1子と第2子、そして中学生の子どもには10,000円が支給されている。また、子ども手当の所得制限世帯に対しては特例として子ども一人当たり月5,000円を支給している。導入から45年を迎えている日本の児童手当の特徴としては、上記で説明した通りに、子どもの年齢や出生順に応じて受け取れる手当の金額が異なることと特例が適用されているものの所得制限があることが挙げられる。さらに、日本の児童手当等の財源は、国、地方(都道府県、市区町村)のみならず、事業主からの拠出金も含めて構成されている。事業主拠出金の額は、標準報酬月額及び標準賞与額を基準として、拠出金率(2.3/1000)を乗じて得た額になっている。例えば2017年度の児童手当の予算2兆1,985億円のうち、国の負担分は、1兆2,175億円(55.4%)であり、残りは地方(6,087億円)、事業主(1,832億円)、公務員の所属庁(1,891億円)が分担している。つまり、日本の児童手当制度には児童の育成にかかる費用を社会全体で広く負担するという考え方が含まれており、児童手当法第20条には事業主は拠出金を納付する義務を負う旨が規定されている。
 

4――結びに代えて

4――結びに代えて

韓国における少子化の原因は様々であるが、最近は未婚化や晩婚化が大きな影響を与えているのではないかと考えられる。しかしながら、韓国政府の少子化対策は、出産奨励金、保育費、育児費の支援、教育インフラの構築など主に結婚した世帯に対する所得支援政策に偏っているような気がする。韓国政府がこのような少子化対策を実施したことにより結婚した世帯の出生率は少し改善され、子育て世帯も少しは経済的に助けられた可能性がある。しかしながら、未婚化や晩婚化の進展は全体の出生率を引き下げている要因になっている。従って、今後は未婚率や晩婚率を改善する対策により力を入れるべきであり、何よりも雇用の安定性を高める必要がある。特に、男女間における賃金格差、出産や育児による経歴断絶、ガラスの天井など結婚を妨げる問題を改善し、女性がより安心して長く労働市場に参加できる環境を作ることが大事であると考えられる。つまり、今後の少子化対策は若者が結婚し長く働ける(1)結婚奨励・雇用安定化政策と、子育て世帯が安心して子どもが育てられる(2)子育て支援政策が一つの政策に偏らず同時に実施される必要がある。さらに、現在の大学至上主義政策をやめて、専門学校を広げるなど教育の多様化政策を実施し、雇用のミスマッチを改善することも大事である。また、長期的に多様な対策を実施するためには安定的な財源が欠かせないことを考慮し、安定的な財源を確保するための早急な対策を行う必要がある。

韓国政府は税収の自然増加分や財政支出の構造を変え、児童手当の導入を含む「100大国政課題」 を推進する予定であるものの、景気の変動により税収は大きく変わる可能性が高い。また、財政支出(国家予算)の見直しだけで必要な財源が十分に確保できる保障はない。日本でも2009年に民主党政権が特別な財源の確保政策なしで、無駄を減らすなど国家予算を見直す、いわゆる「事業仕分け」を実施することにより財源を確保しようとした試みがあったものの、必要財源が十分に確保されず失敗に終わったことがある。韓国政府は日本の例を参考に、児童手当の導入や基礎年金の給付額の引き上げなど社会保障関連政策を実施する前に、まずどのように安定的な財源を確保するかを優先的に考える必要がある。また、日本の児童手当のように児童の育成にかかる費用を社会全体で負担する仕組みの導入も検討すべきである。制度の持続可能性を高め、国民に安心感や信頼を与える制度を作るための工夫が必要である。
図表3 韓国における婚姻件数等の推移
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
労働経済学、社会保障論、日・韓における社会政策や経済の比較分析

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~  日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

(2018年08月27日「基礎研レター」)

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