2018年08月23日

「保育所併設マンション」を建設しやすい街はどこか~インセンティブ型の大阪市、リスク代替型の江東区~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

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1――はじめに

待機児童対策として、国は2017年から、大規模マンションでの保育施設設置推進を掲げている。しかし、開発事業者が建設に乗り出すにはハードルが高い。この点については、拙稿(2018年8月10日公表の基礎研レポート「『保育所併設マンション』の建設は進むか~不動産からみた待機児童対策の現状と課題~」)で分析した。ハードルを取り除くために、行政側に求められるポイントとして、(1)保育所の床の権利関係、(2)将来的な用途変更、(3)自治体と開発事業者の間での早い段階からの情報共有、(4)保育所の管理運営に関する行政からのサポート、(5)開発事業者や住人へのインセンティブ、の5点を挙げた。本稿では、これらの点において先進的な取り組みを行っている大阪市と江東区(東京都)について、取材等を基に紹介し、両自治体による制度の特徴を分析する。そして改めて、円滑な建設に向けた道筋を探りたい。
 

2――行政による推進の仕組みが進んでいる街

2――行政による推進の仕組みが進んでいる街

1大阪市:マンション住人の優先入園
五つのポイントのうち、特に「(5)開発事業者や住人へのインセンティブ」において、注目すべき取り組みを始めたのが大阪市である(図表1)。

同市は2018年度から、同市からの要請で開発事業者が保育所併設マンションを建設した場合には、マンションの住人が優先的に、併設した保育施設に入園できる制度をスタートさせた。現行の保育制度では、自治体が親の就労状況等を審査して入園を認める児童を決めているため、たとえ自分の住むマンションに保育所が併設されても、選考に落ちたら入園できない、という点がネックになっていたからだ。同市こども青年局保育施策部保育企画課によると、優先入園は「全国初の取り組み」だという。

同市は、待機児童対策に頭を悩ませてきた自治体の一つである。2017年度までの10年間に、保育所の施設数を増やすなどして利用枠を約18,000人分以上拡大してきたが、利用希望者も増加し続けてきた1。待機児童は2018年4月1日時点で67人おり、325人だった前年度から大きく減った2ものの、まだ解消には至っていない。特に近年は、北区や中央区などの都市部でタワーマンションの建設が増加し、待機児童の局所的な増加を招いてきた。

そこで同市はまず、住戸70戸以上の大規模マンションを建設する開発事業者に対し、計画の事前届出を行うことを義務付ける条例を2018年度から施行した3。届出は、用地取得を済ませ、建設予定地や住戸総数、予定工期などの事業概要が固まった段階で行わなければならない。土地の登記簿も添付する必要がある。市長は、保育施設が必要だと認めた場合は、届出から60日以内に、開発事業者に整備に関する協力を要請する。市はこの条例によって、「(3)自治体と開発事業者の間での早い段階からの情報共有」を目指し、保育施設の併設実現に結び付けようとしている。ただし実際には、届出が建築確認申請直前にずれ込む場合もあるという。

市が整備を要請する保育施設の種類は、マンション規模や地域の保育需要によって様々だが、70戸から320戸程度のマンションであれば主に、0~2歳対象で、定員19人以下の認可小規模保育事業所を要請するという。必要な床面積は50~100㎡だという。それよりも戸数が多ければ、0~5歳対象の認可保育所の設置を要請し、定員に応じて必要な床面積は320~1,040m2になるという。

そして条例施行と同時に導入したのが、マンション住人の優先入園の制度である。同市によると、住人枠に上限はないため、例えば定員60人の認可保育所であれば、60人全員がマンションの住人、という可能性もあるという。もし、住人の入園希望者が定員を超えた場合は、住人の中で選考を行う。すべての住人を優先入園させてもなお、定員に空きがあれば、住人以外の申込者の中から選考するという。同市の担当者は「開発事業者に実際に保育所設置に協力してもらうためには、開発事業者にも住民にもインセンティブが必要だと考えた」と導入の理由を説明している。

ただし、マンション住人の優先入園は保育施設開設後3年間に限定されている。マンションに入居が始まってから少なくとも3年ほど経過すれば、そのエリアで一気に数十人単位で待機児童が急増する可能性は小さくなるからだという。

同市は他にも、保育施設を併設しやすくする仕組みを設けている。「(2)将来的な用途変更」に関しては、容積率緩和の特例措置を受けて保育施設を建設したとしても、将来的に、保育需要が大幅に減少するなどし、かつ所定の要件を満たした場合は認めるとしている。用途変更の例として、医療・福祉施設等への転換を挙げている。「(4)保育所の管理運営に関する行政からのサポート」に関しては、保育事業のノウハウが無い開発事業者を支援するため、自ら保育所の運営事業者を選定することができない場合には、市のホームページで、不動産を探している保育事業者向けに物件を紹介することとしている。

現在のところ、この仕組みを活用して保育所併設マンションの建設が決定した事例はまだないということだが4、待機児童が多い都市部で、開発事業者が、新居を探す共働き世帯に対して「このマンションを購入すれば、認可保育施設に入れる可能性が高い」とアピールできれば、購入への動機付けになるだろう。今後、制度が広く認知されれば、成功事例が現れる可能性がある。
図表1 大規模マンションに保育施設を整備する開発事業者に向けた大阪市と江東区の取り組み
 
1 「大阪市の保育所等利用待機児童数について(平成30年4月1日現在)」より。
2 2017年4月1日時点の待機児童数は、厚生労働省の旧基準に沿って、親が育児休業取得中の場合を除外している。
3「大阪市大規模マンションの建設による保育需要の増加に対応するための保育施設等の整備に係る事前協議に関する条例」
4 理由として、制度開始から間もなく、周知が進んでいないことなどが考えられる。
2江東区(東京都):保育所の建物を所有
江東区は、五つのポイントに挙げたうち「(1)保育所の床の権利関係」において、区自身が保育所の建物の所有者となってその後の責任を負う、という思い切った仕組みを導入している。

同区は都心に近いのに、比較的地価が低いことから、マンション建設の急増に伴って人口が増加し、小学校や保育所等の整備が大きな課題となってきた。そこで、マンション建設と公共施設の整備状況との調整を図るため、2008年に「江東区マンション建設計画の事前届出に関する条例」を施行し、3階以上で住戸戸数が20戸以上のマンションを建設する事業者に対して、土地取引等を行う前に、区長に届け出ることを義務付けた。区長は届出が提出された日から60日以内に、公共公益施設の整備への協力などについて、意見を通知することとしている。 

ここで「土地取引より前」と定めたことにより、大阪市よりも早く、「(3)自治体と開発事業者の間での早い段階からの情報共有」を実現している。同区と開発事業者間の協議が早期にスタートすることによって、開発事業者は、必要とされる保育施設の種類や規模に関する情報をいち早く得ることができる。これにより、保育施設を組み込んだ事業計画を立てたり、設計したりすることが容易になっている。早い段階で設計に組み込むことができれば、保育所として十分な面積を確保したり、避難路や出入り口、通路などを適切な位置に設けたりしやすくなる。

そして、同区の要請に応じて開発事業者が保育施設等の公共施設を整備した場合は、同区が建物を整備して区に所有権を移転している。そして、同区が保育施設の運営事業者の募集も行う。

開発事業者にとって、自治体が保育所部分の床の所有者となることは、大きな安心材料になる。保育所併設マンションを建築後、保育所の床を所有するのは地主や投資家、マンション管理組合など様々だが、そこで負担となるのが、維持管理責任や税負担である。土地を取得し、建物を建てることを業とする開発事業者にとっては、福祉事業のノウハウがないため、開園後にどのような管理責任が生じるかについて不安が大きい。自治体自ら所有者となって開園後もテナントの維持管理を行い、万が一、事故やトラブルが発生した際の対応も引き受けると分かれば、保育所の併設に踏み出しやすい。固定資産税等の税負担も不要になる。

江東区の場合はその他に、保育所併設を促す重要な仕掛けがある。保育所等の公共施設整備の費用に宛てるため、「江東区マンション等の建設に関する指導要綱」の中で、世帯用住戸が30戸以上のマンションを建てる場合は、戸数から29戸引いた数に、1戸あたり125万円の「公共施設整備協力金」を求めると定めている。もし開発事業者自ら保育所等を整備して、区に所有権を移転すれば、協力金の額が減免される5。この減免が実質的に、開発事業者に建設を促す一種のインセンティブになっていると考えられる。

同区によると、実際には保育施設設置を要望しているのは、マンションの住戸が151戸以上の場合であり、150戸以下の場合は協力金の支払いを求めているという。戸数が少ないと、保育施設に必要なスペースを確保できない等の問題があるからだ。

これら一連の仕組みの結果、同区で開発事業者が保育所等を整備した事例は、過去5年間に計9件あったという(図表2)。協力金を支払ったケースは年間約10件前後あるというが、ほぼ全てが、150戸以下だったために区長が保育施設等の整備を要望しなかったケースである。制度導入から年数が経過し、開発事業者に認識が広まっていることから、近年、区長から保育施設の整備や協力金の支払いを要望して、拒否されるケースは無いという。
図表2 江東区で過去5年間に建設された保育所併設マンション等の件数
以上の取り組みをまとめると、大阪市は、優先入園による開発事業者や住民へのインセンティブを制度の要とする「インセンティブ型」と言える。それに加えて、将来的な用途変更を認めたり、保育施設の開園に向けたサポートを行ったりして、設置運営にかかる開発事業者のリスクの低減を目指す仕組みとなっている。ただし将来的な用途変更に関して言えば、将来的な保育需要の減少は、開発事業者が懸念する事項の一つであり、具体的にどれぐらい保育需要が減少した場合に用途変更が認められるのか、より詳細な説明が求められるだろう。

また、建設計画の事前届出制度に関しては、実態として届出が遅れるケースも出ていることから、改善の余地があると言える。開発事業者が事業概要を決定してから市と協議しても、保育施設を併設すると収支に見合わなくなったり、必要な面積を確保できなかったりして、実現が困難になる場合があるからである。また、設置や管理運営に対するサポートの面では、現在は、開園前に保育運営事業者の選定を支援することが中心的だが、開園後についても市が関与する工夫があれば、開発事業者にとって、より併設に踏み出しやすくなるのではないだろうか。

一方、江東区は、保育所の建物を所有することで維持管理に関するリスクを自ら引き受け、民間に負わせることを回避する「リスク代替型」と言える。それに加えて、公共施設整備協力金の存在による負のインセンティブを活用している。同区都市整備部住宅課の担当者も「協力金の制度や評価額等と相殺する制度がなく、一方的に施設整備を要望していては、事業者の負担は大きい」と述べ、協力金の効果を認めている。また、開発事業者との早期の情報共有に関しては、土地取引前に開発事業者と協議をスタートする制度を設けたことが、細かい点まで話し合う時間的な余地を確保する上で、重要な役割を果たしていると言える。
 
 
5 江東区によると、具体的には、保育施設を整備した後に不動産鑑定を依頼し、市場価値による評価額を算出している。その評価額と鑑定依頼料の合計金額を、本来の協力金の総額から差し引いているという。
 

3――終わりに~結びに代えて~

3――終わりに~結びに代えて~

本稿では、インセンティブを要とする大阪市の仕組みと、リスクを代替した上で負のインセンティブを活用している江東区の仕組みを紹介した。もちろん、開発事業者の事業エリアによっても、保育所併設マンションを建設するのに適した街は異なるだろう。しかし現状では、開発事業者に建設を要望はするものの、インセンティブ付与の仕組みもリスク回避の取り組みも不十分、という自治体が多い。開発事業者からみれば、二つの街は相対的に、行政側の準備が進んでおり、建設にチャレンジしやすい自治体だと言える。

「保育所に入れない」は、子どもを持つ共働き家庭にとって、大きな問題である。どの街に住むか、どのマンションを買うかを決める上で、「職場に通いやすい」「日常生活に便利」などの他に、「保育所に入りやすい街」であるかどうかが、大きなポイントになるだろう。「せっかく立地の良いマンションを買ったのに、待機児童が多くて保育所が見つからない」というのでは、住み続けられるかどうかも分からない。局所的な待機児童の急増を抑制し、保育所に入りやすい環境を整備することは、大規模マンションを建設する開発事業者に寄せられる期待でもある。

今後、大阪市と江東区の事例を参考に、他の自治体でも環境整備が進み、行政と開発事業者が協力して保育所併設マンションの建設が進むことを期待したい。
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

(2018年08月23日「基礎研レポート」)

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