2018年08月21日

米中デジタル戦争と日本のSociety5.0

総合政策研究部 常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任 矢嶋 康次

中村 洋介

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1――米中の「デジタル覇権争い」はガチンコ、長期化の様相

米中の「デジタル覇権争い」が本格化している。貿易収支の不均衡を焦点に報復関税等の応酬が派手に繰り広げられる「貿易戦争」が注目を集めているが、その背景には経済や安全保障をめぐる両大国の覇権争いがある。とりわけ、急速に進む技術革新を背景とした「デジタル」領域の覇権争いは、各国の経済、産業、社会の構造やパワーバランスにおいて大きな変化をもたらす可能性がある。景気循環の波を遥かに超えるこの大きなうねりに、我々は目を向けなければならない。

米国は、イノベーションの中心シリコンバレーを擁し、アップルやアマゾン等の巨大IT企業を生み育て、「デジタル覇権」を長らく謳歌してきた。しかし、国家資本主義を掲げる中国が、この領域で急速に力をつけ、その覇権に挑んでいる。世界トップ級の製造強国を目指す、産業高度化の長期戦略「中国製造2025」では、次世代ITや産業用ロボット等ハイテク産業を重点分野に指定し、国家を挙げて産業育成に取組んでいる。そして既に、ファーウェイ・ZTEといった通信機器メーカー、アリババ・バイドゥ・テンセントのようなIT企業が大きく成長し、イノベーションを牽引している。また、ユニコーンと呼ばれる革新的な巨大ベンチャーも次々と誕生しているのが現状だ。

そうした中国の台頭に、米国も危機感を募らせている。米国では、中国企業が製造する通信機器がスパイ活動に使われるのではないかという警戒感が非常に強い。通信、データ、半導体、ハイテク機器等を握られてしまうと安全保障に直結する。デジタル覇権を掌握することは、経済だけではなく、安全保障の面でも重要なのだ。米政府や議会が、中国のハイテク企業を締め出すような規制を次々に打ち出している。中国のハイテク企業叩きはトランプ大統領個人に限ったことではない。政府や議会はトランプ大統領以上に本気なのだ。経済、安全保障双方を視野に入れた本気の覇権争いである「米中デジタル戦争」は長期化の様相を呈している。
 

2――日本、Society5.0は埋没の危機

2――日本、Society5.0は埋没の危機

米中がデジタル覇権を争い激しく火花を散らしているが、日本が漁夫の利を得るチャンスが訪れたわけではない。むしろ、両国を中心に世界的な陣取り合戦が繰り広げられ、その巨大IT、ハイテク企業に世界を席巻されかねないという危機感を持たねばならない。その陣取り合戦は日本国内でも行われ、そこで負ければ日本の国内市場は彼らに奪われてしまう。データ収集・活用を得意とするITプラットフォーマーが、様々な産業に「越境」してくるようになった今、その脅威は一部の業界・産業に限った話では無くなりつつある。
(図表1)「未来投資戦略2018」で示された危機感 今年の6月に閣議決定された成長戦略「未来投資戦略2018」では、こうした現状に関して強い危機感が示されている(図表1)。デジタル革命が急速に進み、大手ITプラットフォーマーが市場やデータを寡占化しようとする中、日本は今まで強みとしてきた技術力等を活かしきれておらず、このままでは激化する国際競争の中で埋没しかねない、という危機感だ。
世界の企業の株式時価総額ランキングの推移を見てみると、日本が取り残されているのではないかという思いを強くする(図表2)。世界を見ると、この10年でランキングは様変わりした。アップル、アマゾンといった米国の巨大IT企業が上位を席巻し、アリババやテンセントといった中国勢のIT企業も名を連ねている。一方、日本の顔ぶれは大きくは変わっておらず、世界の潮流との差が見てとれる。新たなデジタル競争に対して、日本は十分な対応が出来ていないのではないかと感じている。
(図表2)上場企業の時価総額ランキングの推移
例えば、Eコマースのアマゾンは足もとで売上が拡大し、米国をはじめ各国のEコマース市場で大きな存在感を持つに至っており、高級スーパーを傘下に置く等その勢いは収まらない。日本でもビジネスを拡大しており、その豊富なデータと資金、そして高度な技術力で、楽天市場やヤフーショッピングといった競合サイト、実店舗を有する小売業を圧倒する可能性もある。
(図表3)データ利活用に係る国家基本戦略 一方、中国では国家資本主義のもと、国家や民間企業が、中国国内で大規模なデータ収集を進めていると見られる。監視カメラが普及し、その画像が先端技術で解析され犯人検挙に繋がったという驚くべき話も耳にする。デジタル覇権を握るという長期的な視点のもと、ありとあらゆるデータ、最新技術、リスクマネーや企業資本をかき集めている。中国ではスマホ決済によるキャッシュレス化が進んでおり、決済等に関する多くのデータが蓄積されている。また、多くの中国人が海を渡って、米国の大学やシリコンバレーのIT企業に向かっている。そして、深圳等の都市では、ハイテクベンチャーが勃興し、巨額のリスクマネーが流れ込んでいる。中国でビジネスを展開する日本企業も、中国国内で得られたデータを日本に持ち込みビジネスに活かしたいのだが、中国のサイバーセキュリティ法がそれを制限する。日米と異なる、中国の「データ・ローカライゼーション」の動き(図表3)が、海外企業の活動に影響を与えかねない。一方日本においては、中国大手IT企業が訪日観光客向けのスマホ決済で進出し始めており、日本国内のデータも今後着々と収集されていくと見られる。決済のデータは、消費の内容、趣味・趣向等、人々の生活や行動に深く関わる貴重な情報を含んでおり、非常に価値のあるデータだ。立ち上がりが遅れている日本のキャッシュレス化において中国勢が主導権を握ってしまうと、虎の子の決済データを握られてしまうことになる。
こうしたデジタル革命の潮流に対応すべく日本が進めているのが、成長戦略の柱となるSociety5.0だ。AIやIoT、ビッグデータ等の先端技術を活用して、経済発展と、少子高齢化等の社会課題解決を両立する社会のモデルである。

しかしながら、Society5.0の根幹をなす先端技術の開発・活用では、上述の通り米中が圧倒的な規模、スピード感でイノベーションを進めており、日本は遅れをとっている。AIに関しては、米中が積極的に研究開発を進めている。世界的な学会でも米中の存在感は大きく、日本は後塵を拝している(図表4)。また、知と人材の集積拠点である大学についても、米英が圧倒的に強く、中国も力をつけてきているのが現状だ(図表5)。生産性向上を通じた経済成長、社会課題の解決を目指すSociety5.0だが、現状では非常に困難な道程にあると言っても過言ではない。
(図表4)米国人工知能学会(2017)論文採択数の国別割合/(図表5)世界大学ランキング

3――取組みを加速させる仕組みや、更なる危機感の醸成が必要

3――取組みを加速させる仕組みや、更なる危機感の醸成が必要

日本はものづくりに強く、その現場から得られる貴重な「リアルデータ」を有しており、ものづくりとAIの融合、ハードウェアとソフトウェアのすり合わせに勝機があるとも言われているが、このデジタル化の潮流の中でどう巻き返しを図っていくのか。

悩ましいのは、勝者が全てを総取りするビジネス環境が生まれつつあることだ。デジタル化が進んだ環境では、ネットワーク効果もあって巨大ITプラットフォーマーによる市場の寡占・独占化が進みやすい。海外のプラットフォーマーが一番手となり、国内市場を寡占してしまう可能性もある。

技術革新を生み出し、その果実を社会に実装していくためには、規制緩和、イノベーション推進・支援、教育・大学改革等、国として進めるべき課題が山ほどある。政府や各省庁も、世界的なデジタル化の潮流や日本の置かれた状況等についての認識、及び現在取組んでいる政策の大きな方向性は間違っていないし、経済界も動き出している。技術革新やベンチャーに明るい兆しも見えている。しかし、米中をはじめとした世界のスピード感と比較すると、どうしてもその動きは遅いと言わざるを得ない。スマホ決済を進める上でのQRコード規格の統一化に向けた動きのように、まずは官民横断でタッグを組んで動きを加速させるような仕組みや、それを後押しする制度作りに期待したい。

そして何よりも、そうした取組みを加速させる環境を作る上では、「逆算的なアプローチによる危機意識」、つまり、「この状況を放置したままでは、数年後に日本やその産業は・・・のような苦しい状況に陥ってしまう」といった、「逆算」による危機意識を醸成していくことが重要だ。政府や省庁、一部の企業にはこうしたデジタル化への遅れに対する危機意識は強く認識されているものの、少子高齢化や社会保障といった社会的課題と比較すると、国民的な関心や危機意識はまだまだ薄い。ギアチェンジをする意味でも、広くこの危機意識が醸成され、共有化されていくことが必要だ。

この大きなうねりの中、日本の強みを活かして、日本ならではの成功モデルを創出することが出来るだろうか。今こそ、政官民の総力を結集すべき、大きな勝負どころ。まさに、日本の力が問われている。
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(2018年08月21日「基礎研レター」)

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