2018年08月14日

分権と集権が同時に進む医療・介護改革の論点-「機能的集権」で考える複雑な状況の構造と背景

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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3機能的集権の問題点(2)~自主的な運営を阻害~
第2の点として、自主的な行財政運営を阻害するリスクである。一例として、介護保険の保険者機能強化推進交付金を取り上げる。元々、介護保険は自治事務に位置付けられており、法令に定められていないことは市町村の裁量で決定できる。例えば、ある自治体(仮に「A市」とする)が「A市では医師会や専門職の活動が盛んなので、在宅医療・介護連携ではなく、認知症対策に力を入れたい」と判断したケースを考えてみよう。

しかし、保険者機能強化推進交付金に関する国の採点基準で見ると、在宅医療・介護連携の評価項目は7項目、最大70点を取れるが、認知症対策は4項目、最大40点しか取れない。そのため、A市の判断は高い採点と補助金を得られなくなってしまう。そうなると、A市は交付金を獲得するため、地域の実情や優先課題とは全く無関係に、国の基準に沿った政策を作ろうというインセンティブが働く危険性がある。これは自治事務と定められた行政分野について、国の機能的集権が影響することによって生じる不整合である。
4機能的集権の問題点(3)~行政の非効率化~
第3に、行政が非効率化するリスクである。例えば、保険者努力支援制度や保険者機能強化推進交付金の資料を見ると、指標や評価基準、採点項目が実に細かく定められており、これを作成・更新する国の手間暇に加えて、国の資料を読み解いたり、それに沿って書類を作成したりしなければならない自治体職員の手間暇を考えると、行政の非効率化あるいは財政資金の無駄遣いを生んでいるのではないか。地域医療構想に関するアドバイザーの選定についても、都道府県が推薦する際の書類作成、推薦書を基にした厚生労働省の選定事務などを考えれば、同様のことが言える。

こうした事務負担が増えると、中央省庁で最も際立つとされる22厚生労働省職員の残業時間が一層、増加することに繋がりかねない。
 
22 『日本経済新聞』2018年5月25日夕刊。
 

6――議論の出発点としての「ガバナンス」の重要性

6――議論の出発点としての「ガバナンス」の重要性

1ガバナンスの定義
では、どのような制度が望ましいと言えるだろうか。あるいは国や自治体として、どのような対応が求められるだろうか。先に触れた通り、国の役割がゼロで良いわけではない。特に、日本の行政制度では国と地方の事務が明確に分離されておらず、国と地方の関係は複雑に入り組んでいる分、少しの制度改正で機能的集権が起きやすい構造を有しており、国が自治体の事務に関与することは一定程度、止むを得ない。

ここで求められるのは「ガバナンス」(governance)の発想に立つことではないだろうか。ガバナンスという言葉の定義は曖昧であり、定義付けが必要であろう。

一般的に政策形成プロセスで用いられているガバナンスは専ら「統治機構の強化」の意味で使われており、その一例として、医療行政に関する「都道府県の総合的なガバナンスの強化」を訴えた昨年の骨太方針の言葉遣いに見られる。ここでのガバナンスは統治機構(government)という意味で使われている印象を持つ。

しかし、ガバナンス論の先行研究に従うと、ガバナンスには国家や統治機構の存在を前提に論じる「国家中心アプローチ」と、国家を至高の存在として考えない「社会中心アプローチ」の2つがあり、後者では民間セクターも含めて、多様な関係者同士の水平的アプローチが重視されるという23
 
23 岩崎正洋(2011)「ガバナンス研究の現在」岩崎正洋編著『ガバナンス論の現在』勁草書房を参照。
2ガバナンス論から見た国の役割
本レポートでは社会中心アプローチ的なスタンスに立ち、ガバナンスを「統治のプロセス」と定義する考え方24を採用する。つまり、関係者の利害に配慮しつつ、透明・公正に政策を進めていく重要性であり、これを分権化されつつある医療・介護行政で当てはめると、医療機関関係者や介護事業者、学識者、住民団体など地域の関係者と合意形成を図りつつ、地域の医療・介護提供体制や負担の在り方を話し合うアプローチが求められる。しかも、これは先に触れた「住民自治」の発想に符合している。

もちろん、国の役割はゼロではなく、重要な関係者の一つである。例えば、「情報の集中、権力の分散」という格言25の通り、地域における合意形成を支援するため、地域の現状や課題の可視化する情報を提供したり、他地域の先進事例や専門的な人材を紹介したりする点で国の役割は大きい。医療・介護制度を運営するに際して、国が望ましいと考える指標や評価基準を示すことも重要である。

だが、保険者努力支援制度や保険者機能強化推進交付金で示されている指標や基準は「オールジャパンで見た医療・介護の課題」、正確に言うと「日本全体を俯瞰して国が考えている課題」が反映されているに過ぎず、それを参考にするかどうかの判断については、一義的には地域の関係者に委ねられるべきである。ここに財政的なインセンティブを付けるのは自治体の判断や決定をゆがめる結果になりかねない。

そう考えると、保険者努力支援制度など、国の指標や基準に自治体を従わせるインセンティブ制度については、自治体に喚起を促した時点で廃止・改組するなど時限的な措置にとどめるべきではないか。地域医療構想のアドバイザーについても、国の役割は専門人材のデータベース整備や事例公表に限るべきである。
 
24 Mark Bevir(2012)“Governance”[野田牧人訳(2013)『ガバナンスとは何か』NTT出版p5]。
25 John Stuart Mill(1861)“Considerations on Representative Government”[水田洋訳(1997)『代議制統治論』岩波文庫)pp369-370]では「権力は地方に分散されていいが、知識はもっとも有益であるため、集中されなければならない」と記されている。
 

7――おわりに~トクヴィルの警告~

7――おわりに~トクヴィルの警告~

本レポートの締めくくりに際して、19世紀フランスの思想家、トクヴィルの指摘を用いることで、機能的集権の弊害と議論を再考したい。

トクヴィルは建国間もないアメリカの様子を見て、『アメリカのデモクラシー』という大著を記した。そこでトクヴィルは貴族出身の身でありながら民主主義社会の到来を不可避であることを論じただけでなく、市民が平等と生活を保障する中央集権的な国家を望むようになり、集権化が必然的に進むと指摘した。

その意味では、給付や福祉サービスを平等に提供しなければならない福祉国家は中央集権になりやすく、国と自治体の事務が明確に分離されていない日本では機能的集権は必然的な事象と言える。

しかし、トクヴィルは中央集権の弊害にも気付いていた。つまり、平等と中央集権的な国家を望んだ反動として、いわば市民が思考停止となり、自由と気力を失う危険性を見抜いたのである。トクヴィルは中央集権の弊害として、「行政の集権は、これに服する市民を無力にするだけだと思う。なぜなら行政の集権には市民の公共精神を絶えず減退させる傾向があると考えられるからである」と論じている26

本レポートで取り上げた機能的集権についても、最大の問題点は個別最適を積み重ねた結果、知らず知らずのうちに国の役割や権限が強くなり、その反動として自治体が自ら政策を考える意欲を失うことかもしれない。実際、本レポートで論じた機能的集権の弊害については、1990年代以降の地方分権改革で盛んに語られていたことを「復習」したに過ぎないが、こうした意見は最近ほとんど見られないし、管見の限り、医療・介護で進む機能的集権について自治体サイドから疑問の声も出ていない。

しかも機能的集権の行き先は明るいとは思えない。トクヴィルは集権の結末について、少し皮肉交じりに以下のように論じている27
 
集権制の側が窮余の一策として、市民の協賛を得ようとすることがある。だがその際、権力は次のように語る。諸君は私の望むとおりに、私の欲する限りにおいて、またまさしく私の欲する方向に動いてほしい。諸君は全体を導こうなどと思わず、細部を担当してほしい。(略)このような条件の下では、人間の意思に基づく協力は決して得られない。そのためには自由に動き、行為に責任を取らせることが必要である。人間は独立性を失って、自分の知らぬ目的地に向かって歩くくらいなら、じっと動かないでいる方を選ぶようにできている。

さらに、トクヴィルは「中央権力が、国民生活の細部に至るほど複雑多岐な機構を独力でつくり運営しようとしても、きわめて不完全な結果に甘んじるか、無気力な努力のうちに疲れ果ててしまうかどちらかである」とも論じている28

ここで言う「市民」「人間」「国民生活」を「自治体」「地方自治」「医療・介護」といった言葉に置き換えると、今の医療・介護行政で起きている現象の不吉な予言になるかもしれない。つまり、いくら分権化を通じて自治体に細部を担当させても、国が機能的集権を通じて「望む通り」「欲する限り」自治体を誘導しようとする限り、その結果は不完全に終わるか、無気力な努力に終わるかもしれない。

トクヴィルの警告を現実化させないためには、国は可能な限り「自治」に影響を与えない制度改正を考慮するなど、集権と分権のバランスを常に考える必要性が求められる。自治体サイドについても、機能的集権に無気力に対応するのではなく、むしろ地域の現状や特性を直視し、与えられた権限や責任を活用しつつ、地域の関係者とともに適切な医療・介護体制を構築する「ガバナンス」の発想が必要となる。
 
26 Alexis de Tocqueville(1835)“De La Démocratie en Amérique”〔松本礼二訳(2005)『アメリカのデモクラシー』第1巻(上)岩波文庫p138〕。
27 Tocqueville 前掲書p145。
28 Tocqueville 前掲書p144。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2018年08月14日「基礎研レポート」)

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【分権と集権が同時に進む医療・介護改革の論点-「機能的集権」で考える複雑な状況の構造と背景】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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