2018年08月02日

精神医療の現状 (後編)-「治療同盟」のもとで、時間をかけた治療が行われる

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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2|睡眠障害は4つの問題に集約できる
睡眠は、精神医療にとって重要な要素の1つとされる。毎日一定時間睡眠をとることで、脳と身体は休息を得ることができる。不眠や過眠などの睡眠障害は、身体的な症状、ストレス、こころの病気などが原因となって起こる。逆に、睡眠障害が他の精神疾患を引き起こすこともある。

一般に、ほとんどの精神疾患には、何らかの睡眠の問題が伴うとされる。一般に、患者は、精神疾患よりも睡眠障害のほうが、受診時に訴えやすいとされる。このため、主に睡眠障害を訴えて医療機関を受診する患者の中には、背後にさまざまな精神的な問題が隠れていることが多い29

前編(前稿)でみたように、睡眠障害には、いくつかの種類がある。一口に睡眠障害といっても、その病態はさまざまである。アメリカ睡眠医学会(AASM)による睡眠障害国際分類の第3版(ICSD-3)では、睡眠障害をカテゴリーに分類している。これらは、4つの問題に集約できる。

図表29. 睡眠障害の分類
 
 
29 「好きになる睡眠医学 第2版」内田直著(講談社サイエンティフィク)より。


3|睡眠障害の治療は、睡眠指導と薬物療法が中心
睡眠障害は、医師による診断・治療が必要となる。「眠れない」もしくは「眠り過ぎる、昼間眠い」といった不眠症や中枢性過眠症群の問題では、睡眠指導と薬物療法が治療の中心となる。

また、「眠っている間の異常」として、睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome, SAS)では、マウスピースなどが用いられることがある。

一方、「眠る時間帯の異常」として、概日リズム睡眠・覚醒障害では、光療法や時間療法が用いられることがある。

(1) 睡眠指導
睡眠指導は、精神医療の支持的精神療法と同様、医師による診察・問診や、臨床心理士によるカウンセリングをベースにして行われる。まず患者に睡眠についての説明を行い、睡眠障害の内容に応じて、睡眠衛生指導を行う。

たとえば高齢者は、若いときのように深い眠りがとれないことを心配することがある。これは、加齢による睡眠の質の変化によるもので、1回の睡眠でのノンレム睡眠の時間が徐々に減少することが原因とみられている。こうした高齢者に対して、医師等は、加齢による睡眠の質の変化は病的なものではない、と説明する。そして、夜眠れないからといって、昼寝をすると、ますます夜眠りにくくなること。アルコールに頼ったり、必要以上に早く布団に入ったりしても、眠りの質は高まらないこと。などの、睡眠衛生指導を行う。
 
厚生労働省は、2014年に、「健康づくりのための睡眠指針2014」を公表している。そこでは、睡眠12箇条が示されており、よい睡眠をとって、健康的な生活をおくるための心がけが述べられている。

図表30. 睡眠12箇条

(2) 薬物療法
睡眠障害には、睡眠薬による薬物療法も広く行われている。簡単に、みていこう。

1) 睡眠薬の種類
用いられる睡眠薬には、多くの種類がある。睡眠薬は、作用する時間の長さに応じて、超短時間型、短時間型、中時間型、長時間型に分けられる。一般に、入眠障害には、超短時間型や短時間型が用いられる。一方、中途覚醒や早朝覚醒などの睡眠維持障害には、中時間型や長時間型が用いられる。

睡眠薬の多くは、ベンゾジアゼピン(BZ)系である。これは、興奮や不安をしずめ、快感ややすらぎをもたらす神経伝達物質GABAが不足している場合に用いられる。BZが受容体に結合することで、GABAの作用が増強される30。BZ系は、睡眠薬への依存が起こりにくいという特徴がある。ただし、アルコールと併用することは、睡眠薬の作用が強くなるため、禁忌とされている。

一方、睡眠薬には非BZ系のものもある。この薬剤は、睡眠や鎮静に関与すると考えられているω1(オメガ1)という受容体に作用する。非BZ系は、超短時間型のものが多く、睡眠導入剤として用いられている31。なお、睡眠障害には、うつ病などの気分障害や不安障害が関与している場合がある。その場合は、睡眠薬とともに、抗うつ薬や抗不安薬が用いられることもある。

図表31. 睡眠薬 (BZ系、非BZ系)

2) 睡眠薬の副作用
睡眠薬にも、副作用がある。超短時間型や短時間型の睡眠薬では、長期間投与した後に突然やめると、「反跳性不眠」が生じることがある。「反跳」は跳ね返りを意味しており、反跳性不眠は薬をやめた後に眠れなくなることを指す。薬をやめると眠れなくなるので、いつまでもやめられない状態となる。そこで、薬をやめる際には、いきなりやめるのではなく、少しずつ血中濃度を低下させるよう工夫することが必要となる。

一方、中時間型や長時間型の睡眠薬の副作用には、薬物の効果が日中まで残ってしまう「ハングオーバー」がある。次の図に示すように、睡眠薬は、夜の投与後、血液中の濃度が上昇して所定の血中濃度(最低作用血中濃度)を超えると効果が生じる。その後、時間が経つと、睡眠薬は分解排出されて、血液中の濃度が低下し、最低作用血中濃度を下回って効果がなくなる。

ところが、血中濃度が急速には低下しない中時間型や長時間型の睡眠薬では、最低作用血中濃度を上回ったまま朝を迎えてしまう。その結果、ハングオーバーの状態となり、起床後も眠気や倦怠感が残ることとなる。なお、ハングオーバーは、睡眠薬の投与量を増やした場合にも生じることがある。

これらの副作用を避けるために、睡眠薬を服用する患者は、医師の指導のもとで用法・用量を守って、適切に服用していくことが不可欠となる。

図表32. 睡眠薬のハングオーバー

なお、その他の副作用として、BZ系睡眠薬で、一定時間記憶がなくなる「健忘」がある。睡眠薬が脳内の記憶に関する機能に影響を及ぼしているものと考えられるが、作用機序については現在のところ未解明となっている。

また、弛緩作用に伴う「ふらつき」や「転倒」もある。高齢者などが夜間にトイレに起きた際に、転倒した場合、骨折などにつながる恐れがある。このため、注意が必要とされている。

このように、患者が睡眠薬を服用する際は、その効果や副作用について知識を持っておくことが重要となる。

(3) SASでのマウスピースやCPAPの利用と手術
SASは、肥満や喫煙が要因となりうる。このため、減量や禁煙といった生活習慣の見直しが必要とされる。また、睡眠薬やアルコールは、筋肉を弛緩させて無呼吸につながる恐れがあるため、控えることが望ましいとされる。SASの治療としては、マウスピースやCPAPの利用と手術が考えられる。

1) マウスピース
SASの治療法として、就寝時に、歯科装具の1つであるマウスピースが用いられることがある。マウスピースによって下顎を前上方に移動させて気道を開かせる。これにより、患者は楽に呼吸ができるようになるとされる。

2) CPAP
また、鼻にマスクをつけて装置から空気を送り込んで圧力で気道を押し広げる「鼻マスク式持続的気道陽圧法(Continuous Positive Airway Pressure, CPAP)」がとられる場合もある。CPAPは、効果の大きい方法で、患者は起床後に爽快感が得られるといわれる。そのため、重症の患者では、自ら習慣づけて使用しているケースがみられる。一方、就寝の際に鼻にマスクをしなくてはならない点を、うっとうしく感じる患者もいる。軽症の患者では、自分の判断でCPAPをやめてしまう人もいる。

3) 手術
さらに、手術によってSASを根治する方法もある。具体的には、軟口蓋の一部を切除するUPPP(口蓋垂軟口蓋咽頭形成術)や、LAUP(レーザーによる口蓋垂軟口蓋形成術)などの手術が行われる32。ただし、これらの手術には、数年後に手術部位が瘢痕(はんこん)化して、SASが再発するケースがあるともいわれる。このため、手術後も減量等の生活習慣を続けつつ、経過をみていく必要があると考えられる。

(4) 概日リズム睡眠・覚醒障害での光療法、時間療法
概日リズム睡眠・覚醒障害は、正常な状態に比べて睡眠時間がずれる。睡眠時間のずれには、睡眠相後退型、睡眠相前進型、シフトワーカー型、不規則睡眠・覚醒型、自由継続型(フリーラン型)といった、いくつかのタイプがある。

図表33.概日リズム睡眠・覚醒障害のタイプ
 
32 UPPPは、Uvulo-Palato-Pharyngo-Plastyの略。LAUPは、Laser Assisted Uvulopalato-Plastyの略。


概日リズム睡眠・覚醒障害は、治療が非常に難しいとされる。社会生活上、大きな支障がない場合は、ある程度、障害の状態を容認することもある。一方、時間に合わせた生活が必要な場合は、光療法や時間療法などの治療が行われる。

1) 光療法
患者は、非常に明るい蛍光灯やLEDランプが並ぶような明かり33の前で、毎日朝7時頃から1時間以上光を浴びる。これにより、睡眠・覚醒の位相を早い時間帯にずらして、概日リズムの調節を行う。

2) 時間療法
また、就寝時間を、たとえば毎日3時間ずつ後ろにずらしていく「時間療法」もある。6日かけて18時間分、就寝時間をずらして、通常の時刻に就寝するスケジュールに戻す。それ以降は、この状態を維持することを目指す。

しかし、実際に、この状態を維持することは簡単ではないとされる。そこで、この状態を維持するために、光療法が併用されることもある。
 
33 治療に用いられる光は、大体3,000~10,000ルクスの明るさとされる。なお、10,000ルクスは曇天時の屋外、3,000ルクスは晴天時の室内(東や南に窓がある部屋)の明るさに相当するとされている。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

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