2018年08月02日

精神医療の現状 (後編)-「治療同盟」のもとで、時間をかけた治療が行われる

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任   篠原 拓也

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3|不安障害の第一選択薬はSSRIとされている
パニック障害、社交不安障害、全般性不安障害などの不安障害に対しては、まず抗不安薬が用いられると考えるかもしれない。たしかに、抗不安薬は、不安障害に対する薬剤として用いられる。しかし、不安障害の第一選択薬は、抗不安薬ではない。

不安障害には、抗うつ薬の一種であるSSRIが有効であることが確認されている。不安障害の第一選択薬は、このSSRIとされている。ただし、不安障害にはいくつかの種類があり、SSRIのすべての薬剤が、どの不安障害に対しても有効というわけではない。

日本では、SSRIの種類によって、保険適応が認められる不安障害が異なっている。
図表19. 日本で承認されているSSRI
抗不安薬は、ベンゾジアゼピン受容体に作用する薬剤(BZ系抗不安薬)が中心となる。ベンゾジアゼピン受容体は、隣接するGABA受容体と複合体を形成している26。BZ系抗不安薬がこの複合体に結合するとGABAの作用が強められ、塩素イオンの神経細胞内への流入が増える。これにより、抗不安作用を発揮するとされる。BZ系抗不安薬は、投薬から作用するまでの時間に応じて、短時間型、中時間型、長時間型、超長時間型に分けられる。一方、BZ系以外の抗不安薬としては、タンドスピロンがある。
図表20. 抗不安薬 (主なもの)
BZ系抗不安薬は、SSRIに比べて効果の発現が早いというメリットがある。このため、不安発作への対症療法として用いることができる。一方、記憶障害、ふらつき・転倒、依存性などの副作用がある。BZ系以外の抗不安薬であるタンドスピロンは、記憶障害や依存性が少ないというメリットがある。しかし、効果が弱く即効性が乏しいというマイナス面があるため、「穏やかで軽い薬」として用いられる。
図表21. 不安障害に用いられる薬剤の特徴 (主なもの)
催眠鎮静剤・抗不安剤の国内出荷額の推移を見てみよう。2012年まで増加していたが、それ以後はやや減少している。
 
図表22. 催眠鎮静剤・抗不安剤の国内出荷額の推移
 
25 心電図上のQT時間が延長し、心室頻拍を誘発する恐れがある病態。心室頻拍は、突然死を招く危険性が高いとされる。
26 この複合体は、GABA-BZ-Clイオンチャネル受容体複合体と呼ばれる。なお、GABAは、γ-アミノ酪酸(Gamma-AminoButyric Acid)の略で、神経伝達物質の1つ。


4|双極性障害には、気分安定薬と第二世代抗精神病薬が併用されることが一般的
気分障害のうち、双極性障害には躁状態とうつ状態が現れる。躁状態に対応するものとして、気分安定薬と抗精神病薬が併用されることが一般的となっている。なお、双極性障害は、統合失調症よりも、過鎮静や錐体外路症状などの副作用が生じやすいとされる。このため、第二世代抗精神病薬を使用する際には、使用量に注意が必要とされている。一方、うつ状態に対しては、気分安定薬を単独で、もしくは抗うつ薬と併用して、治療していくことが一般的となっている。

気分安定薬として、主に、炭酸リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン、ラモトリギンが用いられる。このうち、ラモトリギンは、抗躁効果は乏しいため、躁状態への治療にはあまり用いられない。なお、これらの薬剤が体内でどのように作用しているのか(「作用機序」といわれる)については、現在のところ不明点が多い。
図表23. 気分安定薬
気分安定薬を含む抗てんかん剤の国内出荷額を見ると、年々増加している。2015年には、2008年の2倍以上に増加した。背景には、双極性障害の患者の増加があるものとみられる。
図表24. 抗てんかん剤の国内出荷額の推移
5|認知症には、アルツハイマー型とレビー小体型に対する薬剤が保険適応となっている
前編(前稿)でみたように、日本では認知症は、アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭葉変性症の4つが中心的となっている。このうち、アルツハイマー型とレビー小体型について保険適応のある抗認知症薬が治療に用いられている。

抗認知症薬には、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)阻害薬と、N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体拮抗薬という、2つのタイプがある。

AChE阻害薬は、シナプス間隙にあるアセチルコリン分解酵素を阻害して、アセチルコリンの濃度を高めて神経細胞間の情報伝達の活性化を図る。

一方、NMDA受容体拮抗薬は、過剰なグルタミン酸による刺激から神経細胞を保護して、カルシウムイオンの細胞内への流入を抑制することで、アポトーシスと呼ばれる神経細胞の自然死を防ぐ。

抗認知症薬として、つぎの4つの薬剤が保険適応となっている。ドネペジルは、1999年発売で最も歴史が長く使用実績が多い。剤形も、豊富である。リバスチグミンは、貼付剤であり、嘔気の副作用が少ない。医師は、病態に応じて、それぞれの薬剤の特徴を踏まえながら処方していくこととなる。
図表25. 抗認知症薬
これまでの抗認知症薬は、症状の進行を抑制する効果にとどまっている。現在、アミロイドベータなどの蛋白質の除去を狙って、認知症の症状そのものを改善させる新薬の開発が世界的に進められている。一部の医薬品メーカーでは、少数の患者を対象とする臨床試験のフェーズIIで効果を示したとして、今後、多数の患者を対象とするフェーズIIIの段階に入るという動きも出てきている27。しかし、海外の医薬品メーカーの新薬開発では、フェーズIIIで十分な効果が示せずに、開発中止となるケースもあった28。画期的な抗認知症薬の開発・商品化の道のりは、なお険しいものと考えられる。

以上、薬物療法に用いられる薬剤を概観してきた。みてきたとおり、向精神薬は種類が多く、効果、副作用、作用時間、剤形等、薬剤によってさまざまな特徴がある。薬物療法で効果を得るためには、医学や薬学の専門知識が必要となる。繰り返しになるが、患者は、服用の際は、医師や薬剤師の指示に従って、用法・用量を厳守することが必要となる。
 
27 エーザイ社(日本)とバイオジェン社(アメリカ)は、2018年7月に、新薬候補として共同開発中の「BAN2401(開発名)」について、「早期アルツハイマー病856 人を対象とした臨床第Ⅱ相試験(201試験)において、事前設定した重要なエンドポイントを達成するトップライン結果を取得した」と発表した(同社プレスリリース(2018年7月6日)より)。
28 2018年2月にはメルク社(アメリカ)が臨床試験を行っていた「ベルベセスタット」が開発中止となった。また、6月にはイーライ・リリー社(アメリカ)とアストラゼネカ社(イギリス)が共同で開発・商品化を進めていた「ラナベセスタット」が、開発中止となった。
 

5――睡眠の役割

5――睡眠の役割

精神医療は、脳のはたらきの異常によるこころの病気を取り扱う。一方、睡眠には脳の働きを整える役割がある。このため、精神医療と睡眠の関係は深い。この章では、睡眠について簡単にみていく。

1|睡眠はノンレム睡眠中心からレム睡眠中心へと移っていく
睡眠には、レム睡眠とノンレム睡眠の2種類がある。レム睡眠は、大脳が起きていて、身体が眠っている状態。ノンレム睡眠は、大脳が眠っていて、身体が起きている状態をいう。

睡眠は90分を1サイクルとする。一晩の睡眠をみると、睡眠当初はノンレム睡眠の割合が大きい。その後、サイクルを重ねると、レム睡眠の占率が大きくなるというパターンをとる。これは、睡眠では、まず大脳の休息を優先させていることを意味する。大脳を休ませるために、ノンレム睡眠をしっかりとることで、目覚めたときに「ぐっすり眠った」という爽快感が得られることとなる。
図表26. サイクルごとの睡眠の変化 (11時就寝、翌朝 6時半起床のケース) [イメージ]
それでは、私たちは、毎日何時間くらい眠っているものなのだろうか。平均の睡眠時間について、2016年の国民生活基礎調査の結果を見てみよう。全体で7割の人が7時間未満の睡眠となっている。特に45-64歳では、8割近い人が7時間未満の睡眠となっている。
図表27. 平均睡眠時間
個人ごとに身体や生活習慣の面で違いがあり、日によって日中の活動にも違いがある。このため、睡眠時間を何時間とるべき、といった定量的な指針はない。ただし、爽快な熟睡感を得るためには、昼間に疲労や眠気が残らないだけの十分な睡眠時間をとることが必要とされている。

睡眠時間の国際比較をみると、日本は男女とも、睡眠時間が短いことが顕著となっている。
図表28. 各国の睡眠時間
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品、保険計理

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