2018年08月02日

中小企業の「生産性革命」~IT導入・利活用は進むのか~

中村 洋介

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1――はじめに

少子高齢化による人手不足や、技術革新を通じた急速なデジタル化が進む中、日本企業の「生産性革命」の必要性が叫ばれている。その流れは中小企業にとっても例外ではない。政府の成長戦略でも、「中小・小規模事業者の生産性革命の更なる強化」が謳われる中、中小企業の取組みが注目される。
 

2――中小企業の生産性、IT導入をめぐる現状

2――中小企業の生産性、IT導入をめぐる現状

(図表1)企業規模別従業員1人当たり付加価値額(労働生産性) ここ数年の中小企業白書を紐解くと、中小企業の景況感や業績は改善基調にあるものの、その生産性が伸び悩んでいることが指摘されている。従業員一人当たりの労働生産性1は、大企業については、リーマンショック後に落ち込んだものの、その後製造業・非製造業とも回復基調にある。一方で、中小企業については、長らくほぼ横ばいでの推移が続いている(図表1)。2009年以降で見る限り、大企業と中小企業の労働生産性の格差は拡大基調にある。
しかしながら、労働生産性で大企業を凌駕する中小企業も存在する。2016年度版中小企業白書では、小売業の例を紹介している(図表2)。大企業小売業の平均を超える労働生産性2を有する中小小売業の特徴として、設備投資額、情報処理・通信費、従業員一人当たり人件費の大きさ、資本装備率の高さを指摘、付加価値や生産性向上のためのIT投資の重要性について言及している。
(図表2)生産性の高い中小小売業の特徴(平均)
(図表3)従業者過不足DIの推移 また、深刻化する人手不足への対応という観点でも、IT導入の必要性が増している。足もとの人手不足感は、大企業以上に中小企業で強まっている(図表3)。労働需給が引き締まる中、従業員への待遇や信用面で大企業と差がつく中小企業にとっては、より人員の確保が難しくなっている。また、政府の旗振りもあって、社会全体で働き方改革が進められる機運の中、既存の従業員の残業・長時間労働で対応するにも限界がある。小規模事業者の中には、経営者自身が人手不足を補うべく、事務作業等に忙殺されているケースもあるだろう。人手不足を補う上でも、中小企業にも積極的なIT導入、活用が必要だろう。
(図表4)中小企業にとってのクラウドサービス活用の利点/(図表5)様々なクラウドサービスの例 以前に比べれば、中小企業でもIT導入のメリットを、より簡単に享受出来るようになっている。EC(インターネット通販)の普及で、実店舗が無くても販路を広げられるようになった。また、スマートフォンやSNSの普及は、大きな費用がかかるテレビ・雑誌等への広告出稿や、人海戦術による営業をせずとも、インターネットを通じて、よりコストをかけることなく、顧客に接触することを可能とした。また、クラウドサービス3を提供するITサービス事業者も増えている。クラウドサービスを上手に使えば、初期導入・開発・運用・保守のコストや手間を大きくかけることなく、ITを導入、利活用出来る(図表4)(図表5)。その効果として、バックヤード業務の効率化や、サービス品質、付加価値、顧客満足度の向上等が見込まれる(図表6)。更なる技術革新や、新しいITサービスの普及が進む中、中小企業にとっても、今まで以上にITで事業を革新するチャンスが広がっている。
(図表6)分野別 IT導入による効果が期待できる取組み
(図表7)中小企業のITの活用状況 一部の中小企業では、既に積極的なIT導入や利活用を通じた成果が見られているものの、中小企業全体で見ると、決して取組みが進んでいるわけではない。商工中金が2017年7月に実施した、取引先の中小企業に対するアンケート調査4によれば、ホームページの開設等は一定進んでいるようだが、既存システムのクラウド化、クラウドサービスの利用(クラウド化)を実施しているのは、まだ約2割に過ぎない(図表7)。中小企業にとって便利な技術・サービスが増えてきたとはいえ、クラウドサービスの活用等、一歩進んだIT活用にはまだハードルがあるようだ。また、IT化の障害・制約については、費用対効果や投資費用といった問題の他、人材の不足、効果や具体的な活用方法が分からない、セキュリティ、経営者のITへの理解不足といった事項が並んでいる(図表8)。費用面の課題だけでなく、ITに明るい人材・経営者がおらず、「具体的な活用イメージや導入効果が分からない」、「どこのサービスが良いのか分からない」、「進め方や留意点が分からない」といった課題を持つ中小企業も多そうだ。
(図表8)IT化の障害・制約 財務会計・経理、グループウェア(スケジュール管理や社内コミュニケーションに活用するソフトウェア)、顧客管理システム等、最近のクラウドサービスは使い勝手も工夫されており、ITに詳しくない人でもスマートフォン感覚で簡単に使えるものも増えている。しかしながら、いざ新規導入を検討とする段階では、一定のIT専門知識も必要となってくる。ITサービスを提供する事業者は、ベンチャーや中堅・中小企業も多く、全国の中小企業にまで出向いて情報提供や導入支援をする営業人員・体制を擁していない。費用対効果の観点から、インターネットや電話(コールセンター)による申し込みやサポートを中心にしている事業者も多い。中小企業側も、受身の姿勢ではなく、自らが積極的に情報を集めて導入や利活用に取組む姿勢が必要な状況だ。

政府も、中小企業の生産性向上、IT導入・利活用に強い課題意識を持っている。2017年3月に、中小企業庁が「スマートSME(中小企業)研究会」を設置し、有識者や中小企業の経営者等を交えて、中小企業のIT活用促進施策や環境整備について議論を進めてきた。また、2018年6月に閣議決定された成長戦略「未来投資戦略2018」においても、「中小企業・小規模事業者の生産性革命の更なる強化」が掲げられ、目標値(KPI)として「2020年までの3年間で全中小企業・小規模事業者の約3割に当たる約100万社のITツール導入促進を目指す」ことが新たに掲げられた。2017年度補正予算によるIT導入補助金 (予算規模:500億円)、ものづくり・商業・サービス補助金(予算規模:1,000億円)、2018年5月に成立した生産性向上特別措置法で創設された固定資産税の負担減免の措置等、IT等先端設備の投資促進策も講じられている。また、IoTやロボット導入支援を行う「スマートものづくり応援隊」事業や、成功事例等の情報共有やモデル事例の発掘・組成支援等を行う「中小サービス等生産性戦略プラットフォーム」の設立等、様々な策を打ち出している。こうした支援策や情報発信の内容を良く知らない中小企業の経営者・担当者もまだまだ多いと思われるが、今後も中小企業の生産性革命に向けた政府の取組みが推進され、成果が出てくることに期待したい。
 
 
1 付加価値額(=人件費+支払利息等+動産・不動産賃借料+租税公課+営業純益)÷従業員数(法人企業統計調査年報より)
2 ここでの労働生産性は、「平成26年度企業活動基本調査」のデータをもとに、付加価値額(営業利益+人件費+租税公課+動産・不動産賃借料)÷総従業員数で算出されている。
3 クラウドサービス(クラウドコンピューティング)とは、大規模データセンターにおいて仮想化等の技術を用いてコンピュータの機能を用意し、それをインターネット経由で自由に柔軟に利用する仕組みの総称。企業や個人が個別にコンピュータやアプリケーションを所有して利用するのに比べて、ITに関する開発や調達や運用・保守の負担が軽減され、コスト削減にもなる技術、サービスとして注目されている。(独立行政法人情報処理推進機構「中小企業のためのクラウドサービス安全利用の手引き」よりhttps://www.ipa.go.jp/files/000011595.pdf
4 商工中金 中小企業のIT活用に関する調査(2017 年7 月調査)https://www.shokochukin.co.jp/report/tokubetsu/pdf/cb17other10_01.pdf

3――中小企業の生産性革命が実現するには

3――中小企業の生産性革命が実現するには

中小企業の良さは、自らの技術や商品・サービスの強みをもとに、小さい組織ならではの意思決定の早さや、事業展開・顧客対応等における機動性の良さを活かして、大企業が手を出さない(もしくは出せない)分野・市場・地域を開拓出来るところにある。

しかしながら、深刻な人手不足は、その機動性や小回りの良さを奪いかねない。また、IT化やデジタル化の波に乗り遅れると、積極的にIT化を進めたライバルに生産性や機動性で大きな差をつけられてしまう。創業間もないベンチャー企業でも、当たり前のようにクラウドサービスを活用し、自らの本業・強みに資源を集中出来るような体勢を整えているところが多い。また、中小企業のベテラン職人・従業員ならではの「技術力」や「サービス品質」がITや機械に一部代替され、競争力を失う恐れもある。そして、業種によっては、ITサービスの進化で実店舗や営業人員を擁せずとも販路・顧客網を拡大できる。これは中小企業にとっても大きなメリットなのだが、裏を返せば、自らの商圏に今まで手を出してこなかった大企業や他の地域の中小企業も、強力なライバルになり得ることを意味している。極端な話、海外の大手ITプラットフォーマーに、大きくビジネスを侵食される企業も出てくるかもしれない。人手不足、デジタル化という環境変化が急ピッチで進む中、中小企業がその良さを活かして生き残っていくためにも、積極的なIT化への取組みは待ったなしの状況だと言える。

中小企業やその経営者にとっては、ITへの感度を高め、積極的に導入し活用していこうという姿勢が、これまで以上に必要だ。AIのような最先端技術を活用することが絶対に必要というわけではない。既に他の中小企業も導入し始めているような、「(良い意味で)身の丈にあった」IT技術やサービスを導入していくことが、まずは重要だ。積極的に情報収集を進め、ITに明るい人材の確保(育成・採用)や相談出来るパートナー探しを進めていく必要もあるだろう。

また、多くの中小企業にIT人材や情報が不足する中、自治体等の支援機関、税理士・会計士等の士業関係者、地域金融機関といった「中小企業のサポーター」にも、ITに明るい人材が増えていって欲しい。業務革新に繋がった成功事例の紹介や、評判の良いITサービスや事業者についての情報提供、具体的なIT利活用アドバイス等が出来る人材がいれば、中小企業にとって非常に心強い。一部の地方銀行や税理士事務所が、クラウド型会計ソフトを提供する事業者と組んで、そのサービスを活用した会計・経理業務の効率化や、経営状況の「見える化」について、中小企業にアドバイス、コンサルティングしている事例もある。地方銀行や税理士事務所にとっても、取引先の経営状況が詳しく把握出来るようになり、取引先の信頼を得て新たな取引に繋げていくチャンスにもなる。地方の中小企業にまで人海戦術で営業・サポート出来ないIT事業者にとっては営業面での強力なパートナーを得ることになり、互いにメリットのあるスキームである。このような、中小企業のIT化を支えるサポーターの輪が広がっていくことに期待したい。

企業数では日本企業の約99%を占め、従業員数では約70%を占めるという中小企業。その「生産性革命」を通じて、大企業に負けない魅力溢れる中小企業が次々と現れ、日本経済や地域経済が一層活性化することを切に願う。 
 
 

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(2018年08月02日「基礎研レター」)

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