2018年07月04日

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1――はじめに

筆者は、『ニッセイ基礎研REPORT』2011年8月号1にて、「グローバル競争が激化する下で、従業員の創造性を企業競争力の源泉と認識し、それを最大限に引き出し、イノベーション創出につなげていくためのオフィス戦略の重要性が高まっている」と指摘した。

従業員の創造性や創意工夫は、本業に関わるバリューチェーンの各段階の業務(研究開発(R & D)、調達・購買、製造、物流、販売・マーケティング等)や本社間接業務(経理・財務、人事、IT、不動産管理等)といった、あらゆる業務工程において、競争力の源泉となりうる。このため、従業員の能力や創造性を引き出すための創造的なオフィスづくり、すなわち「クリエイティブオフィス」の構築・運用の考え方は、研究拠点、本社、営業拠点、工場や物流拠点の事務棟などあらゆるタイプのワークプレイスにとって重要だが、とりわけ新製品・新事業や新技術の創出という、知識集約度の最も高い業務を担う研究拠点において重要性が高い。

一方、我が国では国を挙げて「働き方改革」に取り組まれているところだが、これまでのところ、その本質である「従業員の生産性向上」に向けたサポートや施策がないまま、従業員にオフィス内での単なる時短の徹底を強いている企業が多いのではないだろうか。経営トップは、クリエイティブオフィスを働き方改革推進のための有効なツールとして活用すべきであり、「働き方改革=従業員の生産性向上」の視点からも、オフィス戦略の重要性が高まっている、と筆者は考えている。

本稿では、「CRE(企業不動産:Corporate Real Estate)戦略」としてのオフィス戦略について概説した上で、企業がクリエイティブオフィスの構築・運用において実践すべき、考え方や在り方・原理原則について考えてみたい2
 
1 拙稿「イノベーション促進のためのオフィス戦略」『ニッセイ基礎研REPORT』2011年8月号を参照されたい。
2 創造的なオフィスづくりやクリエイティブオフィスの考え方・在り方については、脚注1の論考や拙稿「クリエイティブオフィスの時代へ」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2016年3月8日でも考察を行ったが、本稿では、拙稿「第7章・第1節 イノベーション促進のためのオフィス戦略」『研究開発体制の再編とイノベーションを生む研究所の作り方』(技術情報協会、2017年10月31日)にて改めて整理し直した考え方を紹介したい。
 

2――CRE戦略としてのオフィス戦略

2――CRE戦略としてのオフィス戦略

1CRE戦略の企業経営における位置付けと役割
企業が事業継続のために使う不動産を重要な経営資源の1つに位置付け、その活用、管理、取引(取得、売却、賃貸借)に際し、CSR(企業の社会的責任)を踏まえた上で、企業価値最大化の視点から最適な選択を行う経営戦略を「CRE戦略」と呼ぶ。

CRE戦略は、経理・財務、人事、IT などとともに、社内に専門的・共通的な役務を提供する「シェアードサービス型」戦略の一翼を担う。シェアードサービスは企業経営に不可欠だが、事業戦略と整合性がとられて初めて機能するため、CRE戦略には、経営層や事業部門など「社内顧客」に不動産サービスを提供する「社内ベンダー」、すなわち社内顧客の「ビジネスパートナー」であるとの発想が必要となる。

シェアードサービス型戦略としてのCRE戦略の主要な役割として、(1)日々の事業活動における不動産ニーズに対するソリューションの提示、(2)中期的な経営戦略の遂行をサポートする不動産マネジメントの立案・提案・実行(経営層の意思決定・戦略遂行に資するという意味で「マネジメント・レイヤーのCRE戦略」と呼ぶ)、(3)社内顧客のニーズと外部ベンダーのサービスをつなぐ「リエゾン(橋渡し)機能」(外部ベンダーを使いこなす「ベンダーマネジメント機能」と言い換えてもよい)の3つが挙げられる。このうち、(2)がCRE戦略のコア機能だ。(2)に専念するために、できるだけ①を外部ベンダーに委託することが不可欠であり、(3)も重要な業務となる。

オフィス戦略は、「知的生産性の向上による革新的なイノベーションの創出」という中期経営戦略をワークプレイスの視点から支える、マネジメント・レイヤーのCRE戦略ととらえるべきだ。
2CRE戦略実践のための「三種の神器」
IBM、アップル、インテル、オラクル、グーグル、シスコシステムズ、ヒューレット・パッカード(HP)、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)、マイクロソフトなどの米国大企業、英国のグラクソ・スミスクライン、フィンランドのノキアなど、先進的なグローバル企業のCRE戦略には、次の3つの共通点が見られ、筆者は、これらをCRE戦略を実践するための「三種の神器」と呼んでいる。
  1. CRE戦略を担う専門部署の設置による意思決定の一元化とIT活用による不動産情報の一元管理により、CREマネジメントの一元化を図っていること。
     
  2. CRE戦略の重点を単なるハードの不動産管理にとどまらず、先進的・創造的なワークプレイスやワークスタイルを活用したHRM(人的資源管理:Human Resource Management)に移行させていること。
     
  3. アウトソーシングの活用により、戦略的業務への社内の人的資源の集中を進めていること。施設運営など日々のサービス提供業務は、外部ベンダーに包括的に委託する一方、CRE部門では社内スタッフの少数精鋭化を進め、戦略の策定・意思決定やベンダーマネジメントに特化する傾向を強めている。社内スタッフと外部ベンダーが異なる組織にいながら実質的には一つのチームを形成し、社内スタッフはこのチームをフル活用することで、戦略的業務に注力することができるのである。
3オフィス環境の企業価値への作用経路
前述の通り、「創造的なワークプレイスとワークスタイルの重視」は三種の神器の1つだが、ここでは、オフィス戦略が、どのような作用経路(path)を通じて企業経営に影響を与えるのか、について考えてみたい。

オフィス環境は、従業員のモチベーションやワークスタイル、社内のインフォーマルなコミュニケーションや人的ネットワークの質を左右し、これらが向上すれば、従業員間のコラボレーションの促進などを通じて創造性が引き出され、業務の生産性や品質の向上につながり、HRMにプラスの効果をもたらす。また、働きやすい環境を提供することは、企業のブランド価値を高めて優秀な人材の確保・定着につながりやすく、将来の人事採用にもプラス効果が期待される(図表1)。

最終的には、商品企画や研究開発など知識集約型の非ルーチン業務では、製品・サービスの画期的な開発などにつながり得ると考えられる。またルーチン業務でも、職場のメンタルヘルス向上を通じて作業ミスの防止・作業効率の向上につながり得るだろう。いずれもイノベーションが創出され、企業価値向上につながり得ることを示している(図表1)。

なお、ここでのオフィス環境は、ビルの建物・設備性能や内装などハード面にとどまらず、立地するロケーション、入居する部門の組み合わせなどソフト面も含まれることに留意する必要がある。
図表1 オフィス環境の企業価値への作用経路とCRE戦略の役割

3――創造的なオフィスづくりの共通点~クリエイティブオフィスの基本モデル

3――創造的なオフィスづくりの共通点~クリエイティブオフィスの基本モデル

先進的・創造的なオフィスづくりには、いくつかの共通点が見られる。これを本稿では、クリエイティブオフィスの「基本的な設計コンセプト」、すなわち「基本モデル」と呼ぶこととする。この基本モデルは、創造的なオフィスづくりを志向するのであれば、研究所でも本社ビルでも変わらない。
1オフィスをコミュニティやエコシステムととらえる大原則
まずクリエイティブオフィスの基本モデルを貫く大原則は、オフィス全体を街や都市など一種の「コミュニティ」や「エコシステム」ととらえる設計コンセプトに基づいているということである(図表2)。
図表2 クリエイティブオフィスの基本モデル(大原則・具体原則)の概要
例えば、固定席が設けられたクリエイティブオフィスを想定すると、固定席は、従業員各々にとって集中できたりリラックスできたりする、アイデンティティを持てる居場所であり、自分を世帯主とする自宅のようなものだ。自席の周囲との自由なコミュニケーションは、親しく近所付き合いをするようなものと言える。一方、オフィス内に効果的に設置される、インフォーマルなコミュニケーションを喚起する休憩・共用スペースは、街の公共スペースのようなものだ。このようにクリエイティブオフィスには、街やコミュニティの主要な機能が凝縮されていることが必要だ。また、オフィスは従業員にとって、各々の能力や創造性を最大限に活かすことができる場所であり、そのコミュニティに属していることを誇りに感じることができる場所でなければならない。

クリエイティブオフィスは、「エコシステム」としてとらえることも重要だ。エコシステムとは、元々は生態系の仕組みを表し、生物間および生物と環境要因の相互作用の重要性を示す。オフィスでのエコシステムを生態系になぞらえて表現すると、従業員間および従業員とオフィス環境の相互作用が重要であると言える。図表1に示したように、オフィス環境は、従業員のモチベーションやワークスタイル、従業員間のコミュニケーションやコラボレーションに影響を与える。

オフィスをコミュニティやエコシステムととらえるという大原則の下で、いくつかの具体的な原則を掲げたい。具体的な原則として、(1)組織を円滑に機能させる従業員間の信頼感やつながり、すなわち「企業内ソーシャル・キャピタル」を育む視点、(2)多様な働き方など多様性を尊重する視点、(3)環境配慮など地域コミュニティと共生する視点、(4)従業員の安全やBCP(事業継続計画)など安全性に配慮する視点、(5)従業員の心身の健康への配慮、すなわち「健康経営」3を実践する視点、を挙げたい(図表2)。以下では、この5つの具体原則について考察する。
 
3 「健康経営」は、特定非営利活動法人健康経営研究会の登録商標。
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

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【クリエイティブオフィスのすすめ-創造的オフィスづくりの共通点】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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