2018年07月03日

海外や日本におけるクラウドワーカーの現状や課題-新しいワーキングプアや貧困・格差の拡大を防ぐ対策の実施を

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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5――クラウドワーカーの増加における課題や対応

1|クラウドワーカーの増加における課題
(1)クラウドワーカーは労働者なのか、個人事業主なのか?
クラウドワーカーと関連して最も議論の多いのは、サービスを提供するクラウドワーカーの就業上の地位であるだろう。つまりクラウドワーカーを個人事業主として見なすべきなのか、あるいは労働者として見なすべきなのかがまだ統一されていない。アメリカではクラウドワーカーに対する顧客の信頼度を高める目的で、クラウドワーカーに労働者の地位を付与した事例もあったそうだが、一般的にクラウドワーカーは自営業者、特に個人事業主として分類されることが多い。多くのプラットフォームではクラウドワーカーを労働者として認めないために、パートナ(partner)やアソシエイト(associate)などの用語を使っている。

プラットフォームでは、クラウドワーカーの作業時間を推定したり、賃金率を決めており、その結果サービス提供者の自律性が制約されるときもある。また、顧客によりクラウドワーカーが評価される場合もあるが、このような顧客の評価は、他のプラットフォームには提供されていないので、プラットフォームとクラウドワーカーの間の従属性が高まることもある。しかしながら、クラウドワーカーが多数のプラットフォームに登録して、仕事ができる点や、個人が装備を購入して働くという点などは、クラウドワーカーを完全は労働者として見なすことを難しくしている。

(2)保護されていないクラウドワーカーの処遇水準
クラウドワーカーが増加しているにもかかわらず、彼らに対する法的措置がまだ十分に整備されておらず、多くのクラウドワーカーが多様なリスクに直面している。

仕事の発注者(使用者)は、今までの伝統的な雇用をクラウドワーカーに代替することにより、生産や雇用のみならず、賃金まで需要の変化に合わせて調整することが可能になり、安価に効率良く仕事を依頼することができるようになった。一方、クラウドワーカーは、自分の不得意な作業は除いて得意な仕事のみを選んで受注することが可能になり、好きな時間や好きな場所で働けるようになった。しかしながら現在の法律や制度の下ではクラウドワーカーが得られるメリットはそれほど多くない。まず、クラウドワーカーは労働者として認められていないので、最低賃金法による最低賃金が適用されない。また、クラウドワーカーには企業の福利厚生制度や公的社会保険制度が適用されないケースが多いので、現在や将来の医療保障や所得保障に対する不安が増加することになる。つまり、クラウドワークなど、使用者がいない仕事が導入・普及されることにより雇用や賃金の柔軟性が高まる一方、景気変動のリスクはそのまま労働者に転嫁されるケースが増加している。また、クラウドワーカーの多くが長時間労働に直面しており、健康におけるリスクも高まっている。
2|クラウドワーカーなどに対する各国の対応
(1)イギリスにおけるクラウドワーカーに対する対応12
クラウドワーカーが急速に増加しているイギリスでもクラウドワーカーの法的あるいは社会的地位がまだ確立しておらず、専門家の間でも意見が分かれている状況である。議論の焦点は(1)クラウドワーカーの法的地位を認め、雇用法と差別防止法の基準を適用するかどうかと、(2)クラウドワーカーに雇用法と差別防止法が適用された場合、その責任を負う使用者をどのように明らかにするかにある。

2016年にイギリスのロンドンではウーバー(Uber)社(以下、ウーバー)のドライバー2人が、労働者としての法的権利を求めてウーバーを訴訟する出来事があった。原告である彼らは、行動の自由がウーバーによって管理されており、会社に雇用されているのも同然だと訴えた。この件に対してロンドンの雇用審判所13は2016年10月28日に、労働者としての法的権利を求めてウーバーを提訴したドライバーの主張を認め、彼らは個人事業主ではなく、ウーバーの従業員であるという判決を下した。ウーバー側は、ウーバーのドライバーは柔軟な働き方を求め、自ら個人事業主である道を選んでいるので従業員ではないと反論し、控訴の申立てをした。その後、2017年11月10日にロンドンの雇用審判所は「ウーバーのドライバーは自営業者ではなく、法的に保護されるべき従業員である」とウーバーのドライバーを労働者として認める判決を下した。今後、この判決の内容が確定されれば、ウーバーのドライバーは、最低賃金が適用され、有給休暇の付与などの権利が得られることになる。

1984年の判例法では、労働契約か否かを明らかにする要素として「相互義務」を挙げており、ここでの相互義務とは使用者は雇用者に仕事を与え、雇用者はその使用者のために働くことを意味する。そこで、両者の間に相互義務がなければ労働契約は存在していないことになる。このような相互義務を考えると、定期的な収入や仕事に対する保障がないクラウドワーカーを雇用者として認めるのは難しいのが現状である14

しかしながら、ウーバーは、報酬や運賃の設定などを含めて、多様な範囲の伝統的な使用者機能を行っている。また、ドライバーが乗車の要求を許可した件数やスピードを基準に等級制を運営しており、これは事実上、相互義務が最低限で存在するという指標になりえる。このような点が、今回、ロンドンの雇用審判所がウーバーのドライバーを労働者として認めた理由かも知れない。実際、アメリカの控訴裁判所15では、ウーバーがドライバーにスマートフォンを提供したり、服装の規則から音楽の種類にいたるまで様々な指示を下した点を根拠にドライバーを労働者として分類することに賛成する行政の決定を数回にわたり、引用している。

クラウドソーシングやクラウドワーカーの増加とともにウーバーのみならず、宅配業者Hermes、欧州最大の出前サービスDeliverooのような大手企業における労働時間や報酬、労働条件などが社会問題として認識され始めている。そこで、イギリス議会の雇用年金委員会(Work and Pensions Committee)は、イギリスの社会保障制度が急増している自営業者やクラウドワーカーを十分に支援しているのか、また彼らが何を要求しているのかを調べるために、2016年12月に「自営業及びギグ・エコノミー特別委員会(Self-employment and the gig economy select committee)」を立ち上げた。特別委員会の主な調査内容は次の通りである。
 
  • 普遍的給付16の恩恵を受けている会社員と比べた自営業者の処遇水準
  • 最低賃金及び普遍的給付が労働者に与える影響
  • 既存の自営業者及び今後自営業者になりたいと思う人に対して雇用支援センター(Jobcentre Plus)が支援すべきことは何であり、これに向けた準備は十分であるのか
  • 新生企業補助金(New Enterprise Allowance)はどのような役割を果たしており、改善する点は何か
  • 自営業者および自営業者になりたい人たちに向けて雇用支援センターがやるべきことは何であり、これを向けた準備ができているのか
  • 自営業者が事業を成長させるのにおいて、雇用年金部が支援できることは何であり、普遍的給付のin-workサービスはどのような役割をしなければならないのか
  • 完全雇用を達成(特に障害者、高齢者、介護を担当する責任がある人々を含めて)するのにおいて、自営業は何が貢献できるのか
  • 自営業者が将来の老後資金が準備できるようにどのように支援すればいいのか
  • 自営業者の年金加入を義務化すべきか
 
12 Jeremias Prassl(2017)「イギリスにおけるクラウードワーカーの社会経済的状況と法的地位」『国際労働ブリーフ』2016年9月号を一部引用。
13 1964年に設立された労働分野の正式な裁判所。
14 アメリカでもウーバーのドライバーによる訴訟が起きており、例えば、カリフォルニア州とマサチューセッツ州でウーバーを相手どった集団訴訟では、ウーバーとドライバーの間で和解が成立し、ウーバー側が1億ドルの和解金を支払う形で決着した。
15 地方裁判所からの上訴事件を取り扱う連邦裁判所。
16 普遍的給付(Universal Credit)は、社会保障給付の受給者の働く意欲を高めるとともに財源の削減を目的に、既存の給付金の統合、給付金の限度額の設定、不正受給の取締りの強化等を定めたもので、2012 年 3 月 8 日に制定された 2012 年福祉改革法により2013年から施行されている。普遍的給付には、既存の勤労税額控除(低所得の就労者・世帯に対する給付付き税額控除)、児童税額控除(子を有する中低所得世帯を支援して支給する給付付き税額控除で世帯収入に応じた補助金として機能するもの)、住宅給付(賃貸住宅に入居する低所得者に対する家賃の公的扶助)、所得補助(労働が困難な失業者等に対する公的扶助)、所得調査制求職者給付(労働が可能な低収入の失業者等に対する公的扶助で資力調査を要件とする非拠出制の所得関連給付)及び所得調査制雇用・支援給付(一定年齢層の労働が困難な失業者等に対する給付)という六つの給付が統合される。用語の説明は、河島 太朗(2012)「【イギリス】 2012 年福祉改革法の制定」国立国会図書館調査及び立法考査局を一部引用。
(2)韓国における特殊形態勤労従事者などに対する対応
韓国では2007年7月から「非正規職保護法」が施行されることにより、非正規労働者の処遇水準が少しは改善されている。しかしながら、増加するクラウドワーカーに対する対策はまだ行われていない。但し、日本の一人親方に相当する特殊形態勤労従事者や自営業者に対する対策は以前から実施されている。最近は、特殊形態勤労従事者の場合にもインターネット上のプラットフォームを利用して仕事を探しているケースが増加しているので、特殊形態勤労従事者に対する対策を検討することは、今後クラウドワーカーに対する対策を準備するのにおいても参考になると考えられる。そこで、ここでは特殊形態勤労従事者に対する対策を紹介したい。

特殊形態勤労従事者は、勤労基準法17が適用されず、雇用保険や労災保険に加入することができなかったものの、2002 年から 5 年間、上記で説明した特殊形態勤労従事者の労災保険適用問題について労働部(現在の雇用労働部)や労使政委員会18を中心として活発な研究や討論が行われ、 特殊形態勤労従事者の労災保険加入のための法律改正案が国会で成立し、2008 年 7 月 1 日から彼らに労災保険制度が適用されることになった。

また、韓国政府は、OECD 諸国に比べて自営業者の割合が高い韓国の特徴を考慮し、2005 年5月に零細自営業者に対する対策として、「5.31 対策」 を発表し、その結果、零細自営業者が無料で職業能力開発訓練を受けられるようになった。 さらに、5 人未満の従業員を雇用する自営業者が雇用保険に自ら加入し、雇用保険の職業能力開発訓練に参加できるように関連法律を改正した。

その後、自営業者の生計安定及び生産性の向上、そして再就業を支援することを目的に、雇用保険制度の適用対象を拡大し、2012年1月22日からは自営業者でも、雇用保険制度に加入することができるようになった。雇用労働部は、保険料納付及び失業手当の基準になる7等級の基準報酬(図表7)を告示し、加入者は1等級から7等級の間で選択して、保険料を納付すれば、失業状態になった時に失業手当をもらうことができる。自営業者における雇用保険の保険料率は2017年現在2.25%で、雇用者の保険料率より高く設定されている(図表7)。失業手当は選択した基準報酬の半分が支給され、失業手当の支給期間は、被保険者期間により90日~180日に区分される。これは雇用者の被保険者期間が90日~240日に設定されていることと比べると短いと言える。

これにより韓国における労災保険など社会保険の適用対象が労働者ではなく、就業者に置きかわる可能性が開かれた19
図表7 自営業者の基準報酬及び保険料など
2015年9月末までに新規で雇用保険に加入した自営業者数は38,358人で、これは自営業者の0.3%に過ぎない水準である(図表8)。雇用保険に加入している自営業者の年齢階層構成比(2015年1~9月)を見ると、20代未満の雇用保険加入率は7.8%で、30代の27.1%、40代の32.5%を大きく下回っている(図表9)。
図表8 自営業者の雇用保険加入の現状
図表9  雇用保険に加入している自営業者の年齢階層構成比
 
17 日本の 「労働基準法」 に当たる。
18 日本の政労使委員会に当たる。
19 李昇烈(2008)「特殊形態勤労従事者と社会保険」『日本労働研究雑誌』No.577連載フィールド・アイ、ソウルから①から引用
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

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