2018年06月29日

DC制度の普及に向けた課題

金融研究部 企業年金調査室長 年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 梅内 俊樹

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1――企業年金等の加入状況

2014年4月に施行された厚生年金保険法等の一部改正(以下、厚生年金基金見直し法)により、2014年度以降、新規に厚生年金基金の設立が認められなくなるとともに、5年間の時限措置として解散・代行返上に伴う優遇が認められ、2019年度以降も存続する基金に対しては厳しい財政基準が適用されることになった。これを受け、1966年の制度創設以降、企業年金の中核を担ってきた厚生年金基金の縮小が顕著となっている。改正法が施行される直前の2014年3月時点に531基金あった厚生年金基金は、2018年3月時点には36基金まで減少している。この中には、解散や代行返上が既に内諾済みとなっている28基金が含まれており、2019年度以降も存続する基金数は8基金に留まる見通しである。基金数の減少に伴い、厚生年金基金の加入者数も大幅に減少しており、2014年3月時点で408万人であった加入者数は、2018年3月時点には32万人まで減少しており、来年度までに更なる減少が見込まれる。
図表1 企業年金等の加入者数の推移 厚生年金基金の実質的な役割が大きく見直されるなか、私的年金制度の柱として将来的な拡大が期待されるのが、確定給付企業年金(以下、DB制度)と確定拠出年金(以下、DC制度)である。しかしながら、DB制度の加入者数はここ数年緩やかな増加が見られるものの、導入件数は2011年度をピークに減少傾向を辿っており、勢いに欠ける。DC制度は2002年の制度導入以降、加入者数はほぼ直線的に増加しており、2018年3月時点の加入者数は企業型で648万人に達するが、DB制度と合わせた2014年3月以降の加入者数の増加は、厚生年金基金加入者数の減少をカバーするには至っていない。個人型DCの加入者数の増加を加味しても、私的年金制度の加入者数は4年前に比べ減少しており、私的年金制度の厳しい現状が窺える。
 

2――私的年金制度の普及・拡大策

2――私的年金制度の普及・拡大策

DB制度・DC制度の普及・拡大に向けた議論が2014年度から開始されているが、その背景には、少子高齢化に伴う公的年金の実質的な給付水準の調整が見込まれるなかで、私的年金制度の重要性が高まったこと、雇用環境の変化やライフスタイルの多様化に対応した制度への見直しが迫られたことがある。加えて、厚生年金基金の実質的な役割の縮小が決定されたことで、私的年金制度の加入者数の減少が見込まれたことも、議論を開始する切っ掛けとなっている。厚生年金基金の縮小により、「国民の高齢期における所得の確保に係る自主的な努力を支援し、もって公的年金の給付と相まって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする」ことが法定されているDB制度、DC制度の位置づけが一段と高まる中、その普及・拡大に向けた議論が開始されることになったのである。

広範にわたる議論を経て、これまでに施行された主な制度改正として、以下が挙げられる。
2014 年度以降の議論を経て施行された私的年金制度の改正点
これまでに施行された改正を振り返ると、DC制度に関連する改正が大半を占めることが改めて確認できる。DB制度については、これまでに様々な改正が実施されてきており、見直しには限界があることが要因の一つとして挙げられる。しかしながら、私的年金制度の普及状況や年金制度を取り巻く環境の変化を踏まえたとき、DC制度の見直しの余地や見直しを通じた普及・拡大の可能性が相対的に大きいとの判断も大きく影響している。

企業年金の導入割合が総じて低水準に留まるなか、特に企業年金を導入する割合が低い中小企業への対応が急務となっているが、こうした課題に対応する上では、追加的な掛金負担を迫られかねないDB制度よりも、拠出建て制度ゆえに掛金の追加負担を心配する必要のないDC制度の方が中小企業にとっては受け入れやすいとの判断がその一つである。また、離・転職を前提とした働き方が増え、ライフコースの多様化が進む中にあって、企業に依存せずに老後に備えることの重要性は着実に高まっているが、こうした環境変化に対応する上では、労働移動などにも対応できる制度として創設され、個人が任意で加入することができる仕組みも備えるDC制度の見直しが必要との認識もある。世界的にもDB制度からDC制度へシフトする動きが見られるなかで、日本においてもDC制度の相対的なポテンシャルの高さが意識されたことも勘案され、一連の私的年金制度の改正ではDC制度が中心となっている。

いずれにしても、一連の改正には、特にDC制度の利便性を高めることを通じて普及・拡大を図り、更には、DC制度加入者による運用を改善する仕組みの導入によって、高齢期に備えた効果的な資産形成を促す狙いが込められている。

施行のタイミングはそれぞれに異なっており、2018年5月に施行されたばかりという改正も含まれる。従って、上述の加入者数の推移には、これら一連の改正による効果が十分に反映されている訳ではなく、将来的には、普及・拡大が進む可能性もある。しかしながら、改正の目玉の一つである個人型DC制度の加入可能範囲の拡大が施行された昨年1月以降の個人型DC制度の加入者数の推移を見ると、それ以前に比べ増加ペースは速まっているとは言え、2018年4月時点の加入者数は89万人に留まっている。潜在的な加入可能者数の2%にも満たない水準であり、加入者数は必ずしも期待通りには増えていないというのが足元の状況だろう。

6月15日に閣議決定された「未来投資戦略2018」では、DC制度について、「中小事業主掛金納付制度や簡易型DC制度の周知を行うとともに、個人型DCも含め、運営管理機関の営業職員による加入者等への運用商品の情報提供を可能とするなど、私的年金制度の普及・充実を図る」ことが盛り込まれた。また、「規制改革実施計画」でも、「確定拠出年金に関する規制改革」のなかで、金融機関の営業職員が加入者等に対して確定拠出年金の運用商品についての情報を提供することを可能にする、いわゆる「兼務規制の緩和」が盛り込まれたほか、「個人型DC制度の加入者資格喪失年齢の引上げ」、「私的年金普及・拡大のための更なる方策の検討」などが盛り込まれている。普及・拡大を阻む障害を取り除き、更なる普及・拡大に向けた検討が進められることになる。
 

3――DC制度の兼務規制の緩和

3――DC制度の兼務規制の緩和

兼務規制の緩和は、既に社会保障審議会企業年金部会での議論を経て、規制緩和の方向性が結論付けられているが、その概要は以下の通りである。

そもそも兼務規制とは、運営管理機関である金融機関で預金や投資信託などの金融商品の営業を担う職員が、運用関連業務を行うことを禁止する規制である。運用関連業務には、DC制度の運用商品ラインナップの選定、選定された運用商品リストの加入者等への提示、個別の運用商品の具体的な情報の提供が含まれるが、金融機関が運営管理機関の場合には、運用関連業務に際して利益相反の恐れがあるため、営業職員が運用関連業務を行うことが禁止され、当該業務は運用関連業務の専任者(以下、DC業務専任者)を通じて行うことが求められている。運営管理機関は、加入者等の利益が最大となるように運営管理業務を行う忠実義務が課せられており、その確実な遵守を担保するためである。
図表2 兼務規制の緩和に伴い可能となる営業職員の業務 しかしながら、兼務規制によって弊害も指摘されている。運営管理機関である金融機関では、人的資源の限界などから、DC業務専任者が配置される店舗が少ないという実態がある。このため、加入者が店頭でDC制度の運用商品についての相談を求めても、コールセンターに照会するように勧められ、店頭で情報を入手することはできない。こうした状況を改善し、加入者等が金融機関の各店舗で情報提供を受けられるようにし、運用商品に対する知識や理解を深め、ひいては加入者等自ら運用商品を選択できる環境を整える必要があることから、兼務規制が緩和される方向となっている。

具体的には、運用商品の提示や運用商品の情報提供については、営業職員でも行えるように規制が緩和される方向である。一方、運用商品の選定については、自社商品を優先的に商品ラインナップに組み込む等により、利益相反の可能性が高いことから、緩和しない取扱いとされる方向である。ただし、運営管理機関は、各金融業法と異なる行為規制や禁止行為が課されており、加入者等の利益が最大となるよう法令を遵守して運用関連業務が行われる必要がある。このため、運用関連業務を行うこととなる役職員への研修の実施、運用関連業務の適正かつ確実な実施のための社内規則等の整備、社内における法令遵守状況の検証等が、運営管理機関には求められることになる。

なお、兼務規制は既にDC制度に加入している人への対応に関する規制である。従って、規制が緩和されるにしても、それによって直接的にDC制度の加入者増を期待することはできない。しかしながら、加入者が感じる不便さが緩和されれば、DC制度に対する世間の評価を高めることにも繋がり得る。その意味でも、兼務規制の緩和は大いに歓迎される。
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金融研究部   企業年金調査室長 年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

梅内 俊樹 (うめうち としき)

研究・専門分野
企業年金、年金運用、リスク管理

経歴
  • 【職歴】
     1988年 日本生命保険相互会社入社
     1995年 ニッセイアセットマネジメント(旧ニッセイ投信)出向
     2005年 一橋大学国際企業戦略研究科修了
     2009年 ニッセイ基礎研究所
     2011年 年金総合リサーチセンター 兼務
     2013年7月より現職
     2018年 ジェロントロジー推進室 兼務
     2021年 ESG推進室 兼務

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