2018年06月29日

テクノロジーの進化と超過収益獲得機会-関係先企業の株価収益率に基づく投資戦略に着目して

金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任 高岡 和佳子

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2分析結果(月次)
次に、5分位ポートフォリオの月次収益率を確認する。2003年4月~2008年3月は、G3の収益率が、G2の収益率を上回るが、総じて2013年4月~2018年3月同様、前月の関係企業の株価収益率が高い企業ほど株価収益率が高い傾向がある(図表4)。しかし、超過収益率の水準は、2003年4月~2008年3月は0.30%(年率3.6%)で、2013年4月~2018年3月の0.37%(年率4.5%)と大きな差はない。しかし、日次と同様に基準月別超過収益率を求め、その6か月累計を比較すると、2003年4月~2008年3月は1.34%(年率2.7%)で、2013年4月~2018年3月の0.63%(年率1.3%)の2倍以上であった。やはり、超過収益率の圧縮が進んだ様子が確認できる(図表5)。
図表4:5分位ポートフォリオの月次収益率の比較
また、日次と同様に関係企業の株価収益率がその後の超過収益獲得に役立つ期間を確認する。基準月別超過収益率に着目すると、2003年4月~2008年3月では、前月を基準とした場合の超過収益率の有意性はさほど高くないが、2ヶ月前を基準とした場合の超過収益率は0.52%(年率6.2%)と高く、かつ極めて有意であった。超過収益率が初めて負となるのは、6ヶ月前を基準とした場合であり、それより前は4ヶ月前を基準とした場合を除き、それなりに有意性もある5。2013年4月~2018年3月において、有意に正だと判断可能なのは前月を基準とした場合の超過収益率のみで、かつ超過収益率が初めて負となるのは、2ヶ月前を基準とした場合であり、極めて早い。10年前と比べて、関係企業の株価収益率がその後の超過収益獲得に役立つ期間が短くなっているようだ。再度超過収益率の累計に目を移しても結論は同じだ。2003年4月~2008年3月は概ね上昇傾向にあるのに対し、2013年4月~2018年3月は上昇傾向が確認できない。10年前は単月ではその後の超過収益獲得にさほど役立たないが、数ヶ月単位では超過収益獲得に役立っていたと解釈できる。
図表5:基準月別超過収益率(G1とG5の差分)の比較
以上より、「販売先企業や関係企業の株価収益率がその後の超過収益獲得に役立つ期間が大きく異なるのは、テクノロジーの進化(分析期間の相違)に起因する」という仮説を支持する結果を得た。なお、先行研究の結果と先の筆者の分析結果との間にある超過収益の水準の差には、分析手法やその精度の差が大きく影響していると考えられるが、期間の異なる2つの分析結果の比較から、テクノロジーの進化(分析期間の相違)も影響している可能性がうかがえる。
 
 
5 月次の分析は、日次の分析と比較しデータ数が少ない。これを理由に、有意やそれなりに有意の判定に異なる基準を用いている。
 

3――効率的市場のパラドックスとテクノロジーの進化(まとめ)

3――効率的市場のパラドックスとテクノロジーの進化(まとめ)

効率的市場とは、「証券の価格に影響を及ぼす全ての情報が速やかに、かつ、正しく織り込まれる市場」を指す。これまで確認してきたとおり、証券の価格に影響を及ぼす全ての情報を織り込むには、一定の時間を要しており、証券市場が効率的だとは言えない。ミスプライスが速やかに解消されず、一定期間放置されているからこそ、他の投資家よりも早くミスプライスを発見することで、超過収益獲得を目指すことができる。しかし、効率的市場ではないと信じる投資家による、超過収益獲得を目指す努力が、市場の効率性向上に寄与するといった不条理もある(効率的市場のパラドックス)。販売先企業や関係企業の株価収益率に基づく株式売買戦略により得られる超過収益の水準低下や、販売先企業や関係企業の株価収益率がその後の超過収益獲得に役立つ期間の短期化も、効率的市場のパラドックスで説明できるのではないだろうか。つまり、テクノロジーの進化と、テクノロジーの進化を活用し、他の投資家よりも早くミスプライスを発見するための取り組みが、市場の効率化に寄与した結果と解釈ができる。
 
では、テクノロジーの進化が市場の効率化に寄与するならば、超過収益獲得のために、人工知能などの最先端のテクノロジーを活用しても、市場の効率化が進むだけで超過収益獲得は期待できないのだろうか。販売先企業や関係企業の株価収益率がその後の超過収益獲得に役立つ根本的要因は、投資家の情報収集・集約能力の限界である。情報処理のスピードは、間違いなく人間よりもコンピュータの方が優れているし、コンピュータの更なる高性能化も期待できる。以前は、情報処理作業自体は単純だが作業量が膨大で、人間には処理できない、もしくは大多数の投資家が処理すること自体を諦めていたからこそ存在した超過収益獲得機会もあっただろう。このような超過収益獲得機会に限れば、早晩マンパワーだけでは太刀打ちできなくなるのではないだろうか。誰よりも高性能なコンピュータと迅速な売買体制を整えた一部の投資家が、情報処理能力の限界に起因する超過収益を獲得することになるからだ。超過収益獲得は、市場(他の投資家)に打ち勝つことと同義であるから、皆が恩恵を受けることはありえない。
 
しかし、超過収益獲得機会が完全に奪われるわけではないだろう。情報処理のスピードという点では、人間はコンピュータに劣るが、様々な分野に知見を活用することができるなど人間の方が優れている点もまだ多い。それに、劇的にテクノロジーが進化したとしても、市場が完全に効率的になるわけではない。というのも、市場の効率性を阻害する要因は、投資家の情報処理能力の限界だけではない。売買コストや税金の存在、流動性の問題もあるし、活用する情報の入手にも費用がかかる。これらに加え、投資家の非合理な行動も市場の効率性を阻害するからだ。とはいえ、超過収益獲得が市場(他の投資家)に打ち勝つことであり、基本的にはゼロサムゲームである以上、最先端のテクノロジーを駆使しても、勝利が確約されることはありえないし、参加者全員が恩恵を受けることもありえない。皆に恩恵をもたらす最先端のテクノロジーの活用方法は、特定の人間が利益を得ても、必ずしも他の人間の損失にはならない、つまり社会全体の利益の総量を増やすことを目的とした活用方法に限定されるのだから。
 
 

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金融研究部   主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任

高岡 和佳子 (たかおか わかこ)

研究・専門分野
リスク管理・ALM、価格評価、企業分析

経歴
  • 【職歴】
     1999年 日本生命保険相互会社入社
     2006年 ニッセイ基礎研究所へ
     2017年4月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2018年06月29日「基礎研レポート」)

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