2018年06月11日

米国経済の見通し-減税、拡張的な財政政策などから当面は堅調見通しも、影を落とす通商政策動向

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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2.実体経済の動向

(労働市場)労働市場の回復が持続。労働需給の逼迫から賃金上昇率は今後加速する見込み
非農業部門雇用者数(対前月増減)は、10年10月から18年5月まで統計開始以来最長となる92ヵ月連続の増加となっているほか、18年の月間平均増加数が20万人超となるなど堅調な増加ペースを維持している。また、失業率も3.8%と00年4月以来18年ぶりの水準に低下するなど、労働市場の回復が持続している(図表6)。先行きについても、大企業、中小企業ともに採用意欲が依然として強いため、労働市場の回復は持続が見込まれる(図表7)。
(図表6)非農業部門雇用増および失業率/(図表7)大企業、中小企業の採用計画
(図表8)賃金上昇率および失業率 一方、賃金上昇率には緩やかな加速がみられるものの、労働需給の逼迫状況に比べて上昇は鈍い。実際、失業率が金融危機前の水準を下回る一方、時間当たり賃金や、賃金に給付金を加えた雇用コスト指数の伸びは金融危機前の水準を大幅に下回っている(図表8)。

もっとも、これまでの賃金上昇は鈍いものの、労働市場の回復が長期化する中で、製造業や建設業などの熟練労働者に限らず、足元では低技能労働者まで人手不足が広がっているため、今後、賃金上昇率は加速する可能性が高いとみられる。
(設備投資)17年以降、堅調な伸びが持続。法人税制改革などを追い風に好調を持続する見込み
民間設備投資は、17年初から5期連続で堅調な伸びが持続した(図表9)。また、設備投資の先行指標である国防、航空除くコア資本財受注(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比)は、18年1月に前期比年率▲4.2%と一時的に減少したものの、その後は増加に転じ4月は+5.8%まで回復していることから、4-6月期も民間設備投資の回復は持続していると判断できる。

さらに、全米製造業協会(NAM)による調査では、製造業企業の18年1-3月期景況感が97年の統計以来の最高値近辺を維持しているほか、今後1年間の設備投資計画(前年比)が+3.9%と統計開始以来最高となるなど、設備投資意欲が非常に強いことが示されている(図表10)。

同調査からは、昨年12月に成立した税制改革法に伴い法人税率が大幅に引き下げられたほか、設備投資に対する税制優遇措置が講じられたことや、規制緩和が好感されているようだ。このため、世界的な製造業の回復と併せ、18年も民間設備投資の好調は持続する可能性が高い。
(図表9)米国製造業の耐久財受注・出荷と設備投資/(図表10)製造業センチメント、設備投資計画(NAM調査)
(住宅投資)住宅需要は堅調。住宅価格・住宅ローン金利上昇スピードが需要に影響する可能性
住宅投資は、18年1-3月期にマイナス成長となったが、住宅需要は引き続き堅調である。連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)が公表する住宅購入センチメント指数は、18年5月が92.3と統計開始以来最高となった(図表11)。同指数の項目別内訳は、住宅ローン金利の上昇が住宅需要を冷ましているものの、労働市場の回復に伴う失業不安の後退や、住宅価格が上昇する懸念が需要を押し上げていることが分かる。非常に堅調な住宅需要を背景に、当面住宅市場は回復が見込まれる。

もっとも、住宅ローン返済額と所得を比べた住宅取得能力指数は、足元で150近辺と所得が住宅ローン返済額を50%程度上回っているものの、13年をピークに低下してきた(図表12)。これは住宅価格や、住宅ローン金利の上昇を受けて、所得対比で住宅ローン返済負担が増加したためである。このため、住宅価格や住宅ローンの今後の上昇スピードが所得の伸びを大幅に上回る場合には、住宅取得能力の低下を通じて、住宅需要に影響する可能性があり、注意が必要だ。
(図表11)住宅購入センチメント指数/(図表12)住宅取得能力指数
(政府支出、債務残高)財政政策は19年度まで景気刺激的。注目される20年度以降の政策
議会予算局(CBO)の経済・財政見通し(18年4月発表)によれば、18年度(17年10月~18年9月)の裁量的経費は1.28兆ドル(前年比+6.7%)と前年から大幅に増加する見通しだ。これは、2018年超党派予算法によって19年度までの歳出上限が引き上げられたことに加え、歳出上限の算出に含まれない災害対策費などが630億ドル盛り込まれたためである。また、CBOは19年度も1.36兆ドル(前年比+6.4%)と堅調な伸びを見込んでおり、歳出拡大による景気の下支えが期待できる。その後、20年度は歳出上限が引き下げられることもあって1.34兆ドル(前年比▲1.6%)と減少に転じる見込みだ。

一方、減税に伴う歳入の減少から、前述の歳出拡大と併せて、現行の予算関連法が継続すると仮定した場合(ベースライン)の財政収支見通し(GDP比)は、18年度が▲4.0%、19年度が▲4.6%、減税、歳出拡大を盛り込む以前(17年6月)の予想(18年度:▲2.8%、19年度:▲3.3%)から大幅な悪化が見込まれている(図表13)。

また、財政赤字は28年度にかけて▲5.1%まで増加することも示されているが、減税や歳出拡大には一部時限措置が含まれており、これらの措置は政治的には将来延長される可能性が高いため、この水準で済まないとみられる。CBOはこれらの時限措置が延長された場合の試算も行っており、代替シナリオとして公表している。同シナリオで財政赤字は、28年度▲7.1%とベースラインから大幅に上振れすることが見込まれており、今後財政収支の大幅な悪化は避けられない状況である。

これらの結果、債務残高(GDP比)は17年度実績の76.5%から、28年度にはベースラインで96.2%、代替シナリオでは104.8%と大幅な増加が見込まれている(図表14)。
(図表13)財政収支見通し(CBO)/(図表14)債務残高見通し(CBO)
一方、11月の中間選挙を控えており、大幅な予算措置を伴うインフラ投資などの政策が早期に実現する可能性は低い。また、選挙結果に影響されるものの、財政収支や債務残高の急激な悪化を受けて、来年からの新議会では財政状況の改善が重要なテーマになるとみられる。このため、これまでのような景気刺激的な財政政策が持続する可能性は低いだろう。

さらに、拡張的な財政政策が持続する場合には、国債需給悪化懸念の高まりから長期金利が急上昇し、逆に景気に悪影響を及ぼす可能性が注目されよう。
(貿易)通商政策が世界的な貿易数量の回復に水を差す可能性
18年1-3月期の純輸出は僅かながらプラスの成長寄与となった。輸出入内訳をみると、輸出入ともに前期から伸びが鈍化したものの、輸出が前期比年率+4.2%(前期:+7.0%)となったのに対し、輸入が+2.8%(前期:+14.1%)と輸出の伸び鈍化が相対的に小幅に留まったことが影響している。輸出では自動車関連が好調であった一方、輸出入ともに石油関連の落ち込みから工業原材料が減少したほか、自動車を除く資本財も軟調であった。

なお、直近(18年4月)の貿易収支(3ヵ月移動平均)は、季節調整済みで▲496億(前月:▲519億ドル)の赤字と、前月から▲22億ドル減少しており、4月に入っても貿易赤字の縮小が続いていることを示した(図表15)。輸出入の内訳では、輸入が前月から+7億ドル増加した一方、工業用原材料や穀物関連輸出の好調で輸出が+29億ドル増加したことが大きい。

一方、世界経済における成長率と財輸出数量の伸びをみると、14年以降は輸出数量が成長率を下回るスロートレードの状況となっていたが、17年は財輸出数量の伸びが大幅に加速し、成長率を上回るなど、顕著な回復がみられたことが分かる(図表16)。IMFは、20年にかけて財輸出数量の伸びが成長率を上回るとしており、財貿易の回復持続を見込んでいる。
(図表15)貿易収支(財・サービス)/(図表16)世界経済、財輸出見通し
しかしながら、18年入り後にトランプ大統領による保護主義的な通商政策への傾斜が顕著となっているため、世界的な貿易戦争に発展する可能性がでており、財貿易や世界経済への影響が懸念される。

現状、鉄鋼、アルミ製品の輸入額は17年が460億ドルとなっているほか、中国の輸入500億ドルを加えても財・サービス輸入の合計額2兆9,000億ドルに占める割合は3%程度と影響は限定的とみられる。一方、自動車・自動車部品の輸入額は3,600億ドルと輸入シェアが12%程度となるため、自動車まで拡大される場合には、想定される相手国の制裁措置と併せて影響が大きい。

トランプ大統領は、財貿易赤字の大幅な縮小を通商政策の目標としていることから、輸入制限措置の一層の拡大は不可避とみられる。このため、米国の外需だけでなく、世界の財貿易・経済に与える影響も含めて、今後の米通商政策動向が注目される。
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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