2018年06月11日

米国経済の見通し-減税、拡張的な財政政策などから当面は堅調見通しも、影を落とす通商政策動向

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1.経済概況・見通し

(経済概況)1‐3月期の成長率は、個人消費の不振に伴い前期から伸びが鈍化
米国の1-3月期実質GDP成長率(以下、成長率)は、改定値が前期比年率+2.2%(前期:+2.9%)と前期から伸びが鈍化した(図表1、図表5)。需要項目別では、民間設備投資が前期比年率+9.2%(前期:+6.8%)と前期から伸びが加速し好調を維持したほか、外需の成長率寄与度が+0.08%ポイント(前期:▲1.16%ポイント)、在庫投資の成長率寄与度も+0.13%ポイント(前期:▲0.53%ポイント)と、いずれも前期からプラスに転じ小幅ながら成長率を押上げた。

一方、政府支出が前期比年率+0.2%(前期:+0.5%)と伸びが鈍化したほか、住宅投資が▲2.0%(前期:+12.8%)とマイナスに転じた。もっとも、当期に成長鈍化した主な要因は、個人消費が+1.0%(前期:+4.0%)と前期から大幅に伸びが鈍化したことが大きい。実際、個人消費の成長率寄与度は+0.71%ポイント(前期:+2.75%ポイント)と前期から▲2%ポイント近い落ち込みとなった。

ただし、個人消費の不振は一時的だろう。実質個人消費支出と実質可処分所得の伸び(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比)をみると、17年の秋口から年末にかけて所得が鈍化するのと対照的に消費には加速する動きがみられた(図表2)。この結果、貯蓄率は年末に2.4%と05年9月以来の水準に低下しており、所得対比で実力以上に消費していたことが伺える。これは、トランプ大統領による個人向け減税の実現を先食いする動きであっとみられる。

一方、18年入り後は減税に伴い可処分所得が大幅に増加する中、消費も漸く3月以降は伸びを加速させてきており、減税効果が顕在化してきたと判断できる。また、個人消費を取り巻く環境は、可処分所得の増加に加え、労働市場の回復持続、堅調な消費者センチメントと依然として消費に追い風となっている(図表3)。このため、4-6月期には個人消費の回復が見込まれ、成長率も3%超に加速することが予想される(後掲図表5)。
(図表2)個人消費支出、可処分所得および貯蓄率(実質)/(図表3)消費者センチメントおよび米株価指数
一方、5月以降はイタリアやスペインで政権交代が起こるなど、欧州政治の不透明感が強まっている。連立政権の発足を受けて足元では安定化する動きはみられるものの、イタリアの長期金利は3月の総選挙前に2%程度であったものが、5月下旬には一時3%台前半に急上昇した(図表4)。

米長期金利は、5月中旬に3%台前半で推移していたが、欧州政治不安を受けリスクオフの動きが強まったことから、5月下旬には3%台を割り込んだ。
(図表4)米国、イタリアの長期金利およびVIX指数 もっとも、今般の欧州政治不安を受けても、投資家心理を示すVIX指数は15年のギリシャ危機や、16年のBREXIT時に比べて低位に留まっているため、現状で資本市場の不安定化や実体経済への影響は限定的とみられる。

一方、トランプ大統領が保護主義的な通商政策への傾斜を強めていることが懸念される。安全保障を根拠にした通商拡大法232条に基づく鉄鋼、アルミ製品に対する関税賦課では、3月に一旦適用除外となっていたカナダ、メキシコ、EUに対して6月から関税賦課が決まった。また、不公正な貿易慣行を根拠にした通商法301条に基づき中国からの輸入品に対して関税を賦課する方針も、米中会談などで一旦棚上げになるなど紆余曲折はあったものの、こちらも6月中旬を期限に500億ドルの輸入対象品を特定する動きとなっている。さらに、トランプ大統領は輸入自動車に対する25%の関税賦課についても検討を指示しており、保護主義的な通商政策を次々に打ち出している。

このような動きに対して、カナダ、メキシコ、EU、中国などは対抗措置を打ち出してきており、貿易戦争に発展するリスクが高まっている。また、トランプ大統領は貿易赤字の大幅な削減を政策目標としているため、11月の中間選挙を控え今後も輸入制限措置の対象が拡大する可能性が高い。

現状では、輸入額全体の12%超を占める自動車・自動車部品を除き、輸入規制対象の輸入シェアは小さいため、実体経済への影響は限定的とみられる。しかしながら、トランプ大統領が今後打ち出してくる通商政策によっては、政策の予見可能性も相俟って実体経済に悪影響がでる可能性もあるため、今後の動向が注目される。
(経済見通し)成長率は18年+2.9%、19年+2.8%を予想
米国では、依然として消費を取り巻く環境が良好であるため、予測期間の19年末にかけても個人消費主導の景気回復の持続が見込まれる。

また、民間設備投資についても、法人税制改革に伴う法人税率の引き下げや、設備投資に対する税優遇に加え、世界的な製造業の回復もあって引き続き堅調な伸びを維持することが見込まれる。

住宅投資も住宅価格や住宅ローン金利の上昇スピードには注意が必要なものの、堅調な住宅需要を背景に、住宅投資の拡大持続が見込まれる。

さらに、政府支出は、18年から実施される減税に加え、巨額の災害対策費用の計上も含めて18~19年度予算は歳出拡大が見込まれていることから、19年にかけて景気を下支えすることが見込まれる。

最後に、外需は米国内需要の堅調から19年にかけて成長率寄与度のマイナスが見込まれるが、今後の通商政策に左右されるため、非常に不透明な状況である。

これらの見通しを踏まえ、当研究所は成長率(前年比)を18年が+2.9%、19年が+2.8%と予想する(図表5)。


物価は、原油価格が足元の60ドル台半ばから19年末に71ドルまで上昇し、物価を押上げることや、労働需給のタイト化に伴う賃金上昇などから、消費者物価(前年比)は18年が+2.6%、19年が+2.3%と、17年の+2.1%からの加速を予想する。
 
金融政策は、労働市場の回復持続、インフレ加速から19年にかけて政策金利の引き上げ継続を見込む。当研究所は、6月のFOMC会合で政策金利を引き上げた後、18年は年4回、19年は年2回の利上げを予想する。
 
最後に長期金利は、政策金利の引き上げ継続に加え、財政状況の悪化に伴う期間プレミアムの上昇などから18年末に3.3%、19年末に3.6%まで上昇すると予想する。
(図表5)米国経済の見通し
上記見通しに対するリスクは、短期的には欧州の政治リスクと米国の保護主義的な通商政策である。イタリア、スペインなどで政治不安が再燃し、資本市場で不安定な動きが長期化する場合には、消費者・企業センチメントの悪化を通じて米実体経済に影響しよう。

一方、米国の通商政策については、トランプ大統領が関税などの輸入制限措置の対象を拡大し、それに対する報復措置によって全面的な貿易戦争に発展する場合には、国内輸入物価の上昇や世界経済の減速を通じて米実体経済に影響しよう。

最後に、中期的なリスクとして米国内政治が挙げられる。米国では11月に中間選挙が予定されており、トランプ大統領が選挙対策として保護主義的な通商政策や外交安全保障政策などで、極端な政策方針を提示する可能性があり、政策の予見可能性の更なる低下が懸念される。

また、中間選挙では上院のおよそ3分の1、下院の全議席で改選が予定されており、現状では野党民主党が下院で過半数を取る可能性が指摘されている。仮に、民主党が下院で過半数を獲得すればトランプ大統領の弾劾も含めてトランプ大統領の政策遂行能力は著しく低下する可能性がある。いずれにせよ、今後も米国内政治動向は実体経済の波乱要因となろう。
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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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