2018年05月18日

英中銀の金融政策とBrexit-利上げバイアスを維持した背景-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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1~3月期の低成長を受け、BOEは利上げ判断を先送り

英国の中央銀行・イングランド銀行(BOE)が5月10日に結果を発表した金融政策委員会(MPC)で現在0.5%の政策金利の据え置きを決めた。9名のMPC委員のうちカーニー総裁を含む7名が据え置き、前回3月会合と同じ2名が0.25%の利上げに票を投じた。

5月利上げは、4月初旬までは有力視されていた。前回の2月の「インフレ報告」で、目標達成には、2020年までに2回の利上げが必要との認識を示していたからだ。英国では、国民投票でのEU離脱決定後の大幅なポンド安による輸入インフレで、インフレ率が、BOEが目標とする2%を上回る水準に押し上げられていた。ポンド相場は、ここ1年ほど、EU離脱を巡る材料に反応し難く、むしろ利上げ観測に押し上げられるようになっていた(表紙図表参照)。それでも、インフレ率は、過去のポンド安によるコスト上昇分の価格転嫁などで、BOEが目標とする2%を大きく上回る状態が続いてきた。
図表1 英国のインフレ率と賃金/図表2 英国の実質GDP
しかし、4月19日のBBCのインタビューでカーニー総裁が、「当局者らは5月以外にも決定会合があることを認識している」と述べたことをきっかけに、利上げ見送りが一気に優勢になった。

カーニー総裁の発言と前後して公表されたデータも先送り観測を後押しした。4月18日公表の3月インフレ率は前年同月比2.5%と、1月の前年同月比3%、2月の同2.7%から、2月「インフレ報告」での予想よりも早いペースで鈍化した(図表1)。4月27日発表の実質GDPは、記録的寒波の影響もあり、実質前期比0.1%まで大きく失速した(図表2)。
 

利上げバイアスは維持

利上げバイアスは維持

1~3月期の実質GDP、インフレ率がともに予想を下回ったことに対応し、5月の利上げこそ見送ったが、利上げバイアスは維持、次の「インフレ報告」の公表と重なる8月のMPCでは利上げに動く可能性を残した。

今回のMPCに合わせて公表された「インフレ報告」では、実質GDP、インフレ見通しともに前回2月から下方修正したが(図表3)、実質GDPの修正幅は、特殊要因が働いた1~3月期の低成長が直接影響する18年を除けば小幅。インフレ見通しも、予想よりも過去のポンド安による物価押上げ効果が早く緩和した部分を反映する微修正に留めた。1.5%と推計される潜在成長率を上回る成長が続くことで、潜在GDP比0.25%相当のスラック(余剰資源)が21年初には「同0.25%相当の過剰需要に転じる」という見通しに変更はない。
図表3 BOE「インフレ報告」の実質GDP、インフレ率見通し
見通しは、市場が織り込んでいる18年1回、19年1回、20年1回と利上げを前提とする(図表4)。ビジネス投資はEU離脱関連の不確実性から伸び悩んでおり、個人消費も実質所得の伸びが低いため(図表1棒グラフ)、緩慢な伸びを予想している。それでも潜在成長率という「スピードリミットを超えたら引き締めが必要」というのがMPCのスタンスだ。
図表4 BOE「インフレ報告」の政策金利の前提条件

4~6月期以降の復調確認できれば、8月にも利上げ

4~6月期以降の復調確認できれば、8月にも利上げ

議事要旨からは、大勢を占めた据え置き派は、1~3月期の弱さは一時的なもので、今後、解消し、不足に転じるとの見通し通りに推移するかを向こう数ヶ月のデータ見極める判断をしたことがわかる。議事要旨には、想定する利上げのペースが緩やかなことから、判断を先送りのコストは小さいという判断の理由も明記されている。

他方、2名の委員は、スラックの縮小が進み、賃金やコストが広く上向いていることから、インフレ目標の超過期間の長期化の回避には5月利上げが適当と主張した。

5月MPCの議論からは、データによって4~6月期以降の復調が確認できれば、8月にも利上げに動く意志が感じられる。
 

労働統計や企業サーベイはスラックの縮小と賃金上昇圧力の高まりを裏づけ

労働統計や企業サーベイはスラックの縮小と賃金上昇圧力の高まりを裏づけ

5月の会合後に交渉された15日の労働統計、16日のBOEの企業サーベイは、スラックの縮小と賃金上昇圧力の高まりという5月の「インフレ報告」のシナリオに概ね適合する内容だった。

「インフレ報告」の失業率の予測は、18年4.1%、19~20年は4.0%で、一層の改善の余地は乏しいと見ている。賃金の代表的な指標である週当たり賃金は、18年2.75%から19~20年は3.25%への加速を予測している(図表5)。
図表5 BOE「インフレ報告」の失業率、週当たり賃金上昇率見通し
これに対し、労働統計は、雇用者数の増加、失業者数の減少、1~3月期の失業率は4.2%と1975年以来の低水準を維持した。週当たり賃金上昇率も、ボーナスを含むベースでは18年1~3月は前年同期比2.6%と17年12月~18年2月の同2.8%から鈍化したが、基調を示す指標としてMPCが重視しているボーナスを除くベースは、同2.8%から同2.9%に加速した(前掲図表2)。

BOEの企業サーベイでも、賃金交渉は2.5%から3.5%のレンジで妥結しており、一人当たり総労働コストは、17年よりも高い伸びが見込まれている(図表7)。
図表6 英国の失業率/図表7 企業サーベイ:一人当たり総労働コスト

離脱を控えたEU市民の流出も労働市場タイト化の一因。今後は業務移管に伴うヒトの流出も

離脱を控えたEU市民の流出も労働市場タイト化の一因。今後は業務移管に伴うヒトの流出も

BOEのサーベイでは、賃金上昇圧力の背景として幅広いセクターで採用難が生じていることを挙げている。EU離脱を控え、EUからの移民労働力のアベイラビリティーが低下していることも一因と言う。実際、17年10~12月期以降、英国におけるEU国籍者(EU市民)の就業者数は減少に転じている(図表8)。英国の総就業者数に占めるEU市民の割合は、現行統計で遡ることができる98年初時点では1.8%でEU以外の非英国籍の就業者の2.1%を下回っていた。しかし、中東欧諸国が加盟した2004年以降、上昇の一途を辿り、ピークの17年半ばには総就業者に占める割合は7.4%に達した。しかし、18年1~3月期には7.1%に低下した。

就業者数の減少は、中東欧のEU新規加盟国の国籍者で目立つ。離脱に伴う流入減少や流出の影響は、総就業者に占める中東欧国籍者の割合が高い卸・小売、ホテル・レストランや製造業、建設業、農業・林業・漁業などで生じ易いと考えられる。

西欧、南欧、北欧などの2004年以降の新規加盟国以外のEU加盟国の国籍者(旧加盟国)の就業者の占める割合は、英国の主力産業でもある金融・ビジネスサービスで高い。メイ政権は、EUの単一市場から離脱する方針であるため、在英国金融機関は、自由に金融ビジネスサービスを提供できる単一パスポートの圏外となることに対応して、EU圏内に一部機能を移さざるを得ない。

英国とEUは、協定によって、EU離脱後もEU市民の権利を保護することで合意しているが、業務の移管に伴うヒトの流出の歯止めとはならない。
図表8 非英国籍者の英国における就業者数(国籍別)/図表9 英国の産業別非英国籍就業者が占める割合(2016年)
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伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

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