2018年05月14日

2018年度介護報酬改定を読み解く-医療との連携、「自立支援」を中心に

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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4――報酬改定のポイント(2)~自立支援介護~

1リハビリテーションの強化
もう1つの重要テーマである自立支援介護についても、いくつかの制度改正がなされた8。まず、リハビリテーションを強化する一環として医師の関与を増やした点である。具体的には、計画的なリハビリテーションを評価する「リハビリテーションマネジメント加算」について、▽「医師の詳細な指示」を要件として追加、▽サービス提供の方法と内容に応じて2つに分かれていた加算の種類を4つに細分化するとともに、加算額の大幅な引き上げ――といった見直しが訪問リハビリテーション、通所リハビリテーションの両面で図られた。

さらに、軽度な要支援者向けのリハビリテーションのテコ入れも図られており、▽リハビリテーション計画の策定と活用、多職種連携などを評価する加算の新設(介護予防訪問リハビリテーション:1カ月当たり230単位、介護予防通所リハビリテーション:1カ月当たり330単位)の新設、▽要支援状態の維持・改善に取り組む介護予防通所リハビリテーションの「事業所評価加算」(1カ月当たり120単位)を介護予防訪問リハビリテーションにも適用――といった見直しが盛り込まれている。

訪問介護などのサービスについても、外部のリハビリテーション専門職との連携を評価する「生活機能向上連携加算」が見直された。具体的には、これまでは介護事業所のリハビリテーション専門職が利用者の自宅を訪れるケースを評価していたが、加算の区分を細分化し、医療機関のリハビリテーション専門職や医師が自宅を訪ねたケースを加算の対象に加えるとともに加算額を上乗せした(1カ月200単位)。さらにリハビリテーション専門職や医師がデイサービス事業所や有料老人ホーム、グループホーム、特養などを訪問し、これらの事業所と共同で個別訓練計画の作成などに取り組んだ場合、1カ月当たり200単位を加算する措置も新設された。

これらの点について、当局者は「実際の各サービス現場で自立支援・重度化防止に取り組まないと絵に描いた餅になります」としており、その一例として生活機能向上連携加算を挙げている9。ここでも先に触れた医療・介護連携の推進と同様、医師の関与が意識されていることがうかがえる。つまり、自立支援介護に向けたリハビリテーションを強化する方法論として、医師の関与を増やしたことが図1の結果を生む一因となったと言える。
 
8 ここでは詳しく述べないが、介護予防を含む「保険者機能の強化」に取り組んだ自治体を財政支援する交付金が2018年度政府予算に計上された。予算額は200億円。今後、81項目の評価基準に沿って都道府県、市町村の取り組みを評価し、国が配分額を決める見通し。
9 『社会保険旬報』No.2710における鈴木課長インタビュー記事。
2通所介護での加算
自立支援介護の関係では、デイサービスにおける「ADL等維持加算」も見逃せない。これは表3で示した「バーセル・インデックス」(Barthel Index)と呼ばれる評価指標を用い、一定期間内でADLの改善に取り組んだデイサービス事業所を評価する仕組みである。
表3:通所介護に導入されたバーセル・インデックス
具体的には、デイサービス事業所における機能訓練などの結果、ADLの維持・改善度合いが一定程度を超えた場合、1人当たり月3単位を評価するほか、評価期間の終了後もADLの改善度を測定・報告した場合、1人当たり月6単位に加算する。

これは「医師」が関与していないため、図1や表2で示した「医師」の登場回数とは無関係だが、自立支援介護に関する新しい制度改正として注目される。

しかし、こうしたケアのアウトカム(成果)を評価する報酬については、軽度な人だけを受け入れる「クリームスキミング」のリスクが指摘されていた10。このため、加算を評価する要件として、「総数が20人以上」「要介護度3~5の利用者が15%以上含む」などを課すことで、「いいところどり」を防ぐ措置を講じた。
 
10 例えば、2017年8月23日の社会保障審議会第145回介護給付費分科会では、厚生労働省の説明資料に「事業者がアウトカムの改善が見込まれる高齢者を選別する等、いわゆるクリームスキミングが起こる可能性がある」と言及していた。
 

5――3年後を見据えた今後の展望

5――3年後を見据えた今後の展望

1審議報告末尾の検討課題
では、こうした特徴を持つ今回の改定では何が課題として残されたのだろうか。あるいは3年後の改定を見据えると、どんな論点や課題が想定されるのだろうか。新しい報酬体系がスタートした現段階で3年後の姿を予想するのは難しいかもしれないが、以下は私見を交えつつ展望を試みる。

まず、審議報告の末尾には今後の課題が列挙されており、▽訪問介護の改定がサービス利用に与える影響、▽ケアマネジメントの公正中立性確保に向けた対応、▽共生型サービスの実態、▽自立支援や重度化防止に関するリハビリテーションとの連携に関する効果検証、▽介護医療院への対応――などについて、今回の改定がサービスの利用・提供にどのような影響を与えるか把握する必要性を指摘している。

さらに、審議報告では今後の課題として、介護人材確保や処遇改善、後述する「科学的介護」の報酬上の評価も挙げている。このうち介護人材確保と処遇改善については、2017年12月に閣議決定された政府の「新しい経済政策パッケージ」で、勤続年数10年以上の介護福祉士について月額平均8万円相当の処遇改善を行うことを算定根拠にしつつ、2019年10月の消費増税のタイミングに合わせて公費1,000億円程度を投入する旨が示されており、こうした議論が今後、展開されると見られる。

一方、科学的介護とはエビデンスに基づく介護を目指しており、昨年10月に厚生労働省の「科学的裏付けに基づく介護に係る検討会」が設置され、今年3月の中間とりまとめでは「CHASE(Care, Health Status & Events)」と名付けられるデータベースの整備に向けて、データの収集に努める考えを示した。さらに、2018年度政府予算ではシステム開発に必要な経費として約3億円を計上しており、2020年からの本格運用を目指している。

この科学的介護は今後の制度改革や2021年度報酬改定での論点となる可能性がある。以下、科学的介護の影響を一つの補助線としつつ、(1)医療・介護連携、(2)自立支援介護――について今後を展望するとともに、論点と課題を指摘する。
2医療・介護連携
3年後の改定は診療報酬と同時ではないが、政策の方向性が「地域包括ケアのための在宅ケアの充実」に向かっている以上、医療・介護連携を促進する改定は一層、進むと思われる。さらに、リハビリテーションを医療保険から介護保険にシフトさせた狙いが財源問題にあるとすると、その動きも今後、何らかの形で続く可能性がある。

実際、今回の介護報酬改定について、日本医師会は医療・介護連携を念頭に入れつつ、「介護が医療に近づいた。これまで医療で培ってきた手法を取り入れ、介護を理論面で強化していく必要がある」と述べている11

その際、一つの論点となるのが「科学的介護」と思われる。先に触れた通り、科学的介護ではエビデンスとデータを重視しており、介護の質を評価する上で重要な取り組みと言える。

しかし、医療と介護の違いを念頭に置く必要もある。一般的に医療・介護の質を図る際には、プロセス(過程)、ストラクチャー(構造)、アウトカム(成果)の3つを用いることが多く、プロセスでは診療やケアの内容、ストラクチャーでは診療やケアを提供するための体制、アウトカムでは死亡率や要介護度などを評価する。

このうち、論点となるのはアウトカム評価である。医療については身体機能や死亡率など数字で評価しやすい指標が幾つかあるのに対し、複雑な生活をカバーする介護の質は数字に表れにくい難しさがある。人間の生活は複雑であり、指標として考えられる要介護度についても、ケアの手間暇を換算しているに過ぎず、QOL(生活の質)を一律に評価するのは難しいためだ。

こうして考えると、科学的介護を医療・介護連携に当てはめる際には「データでは説明し切れない複雑な生活の質をどう評価するのか」という難問に直面せざるを得ない12。言い換えると、介護を数字で評価しようとすると、介護が医療に近付き過ぎるリスクが高まる。

そして、これは医療社会学が言う「医療化」「専門家支配」に繋がりかねない。元々、患者―医師の社会的関係を分析する医療社会学では患者―医師の情報格差が患者の自己決定権を奪い、医療化や医師による専門家支配が進む結果、患者を無力化する危険性を論じてきた13。このリスクを踏まえると、医療・介護連携と、それを支える科学的介護や介護の理論化は重要かもしれないが、介護を医療に近付けることによる弊害も念頭に置く必要がある。
 
11 2018年2月1日「Joint」における日本医師会常任理事の鈴木邦彦氏による発言。
12 QOLを1つの指標だけで評価しにくい点は医療も同じだが、生活に密着した介護の方が難しさを増す。
13 例えば、Eliot Freidson(1970)"Professional Dominance"[進藤雄三・宝月誠訳(1992)『医療と専門家支配』恒星社厚生閣]p133では、「患者は医師の能力を信頼し、疑うことなく言われた通りにするか、自分が本当に信頼する別の医師を選択するか、そのいずれかであることが期待されているのである。(略)信頼を強要するということは、自立した成人としての役割を患者に放棄させ、こうした患者を無害化することによって、専門職の制度化された権威の秘儀的基盤を保護することを患者に強要することを意味する」と指摘している。
3自立支援介護
科学的介護の影響は自立支援介護でも想定される。今回の改定ではデータやアウトカム評価の報酬改定はデイサービスのADL等維持加算にとどまり、当局者は「ADL等維持加算は試験的導入の意味合いも強い。まずは自立支援に関するデータを充実させることが大事で、本命は次回以降の改定だと考えている」としている点からもうかがえる14

実際、科学的介護が論じられ始めたのは自立支援介護の文脈だった。2016年11月10日の未来投資会議(議長:安倍晋三首相)に提出された塩崎恭久厚生労働相(当時)の資料15では「良くなるための介護のケア内容のデータがなく科学的分析がなされていない」という文言が出ており、科学的介護で集められたデータを活用しつつ、今後も自立支援介護の強化を図る議論が進むと見られる。

こうしたデータの収集・活用は「要介護度を維持・改善できる介護」を明確にする点で意味があるかもしれない。しかし、自立支援介護については、「全ての高齢者で要介護度の維持・改善を期待できない」「ADLに特化した議論となるため、これからニーズが増える認知症ケアには役に立たない」といった課題がある16。さらに、介護保険が2000年度に創設された目的は「要介護度の維持・改善」ではなく、加齢に伴って要介護状態になっても本人が生活や環境を自ら選択しつつ、その人らしく生きられるように支援することであり、複雑な生活を支援する制度であることも忘れてはならない。やはり、ここでも「データでは説明し切れない複雑な生活の質をどう評価するのか」という難問に直面する点を認識する必要がある。
 
14 『日経ヘルスケア』2018年4月号における鈴木課長のインタビュー記事。
15 2016年11月10日第2回未来投資会議に提出された資料。
16 自立支援介護の経緯や論点については、拙稿レポート2017年12月20日『治る』介護、介護保険の『卒業』は可能か」を参照。
http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=57438
 

6――おわりに

6――おわりに

年金、医療、福祉等の給付構造はおよそ5:4:1の割合となっているが、(略)そのバランスを5:3:2程度とすることを目指して、年金、医療、福祉等のバランスのとれた社会保障へと転換していくことが必要――。これは1994年3月に定められた「21世紀福祉ビジョン」の一文であり、医療から福祉に財源をシフトするよう主張したことで、介護保険創設に向けた一つの契機となった。

中でも、当時は医学的処置が要らないのに家族の事情などで入院させる「社会的入院」などが話題となっており、介護保険は医療でカバーしていたニーズや財源を福祉に回そうとする点で、いわば「脱医療化」が想定されていた。

こうした経緯を踏まえると、医師の関与を増やした今回の改定を通じて、介護ニーズが再び医療化しつつあるのかもしれない。実際、高齢化に伴う給付費の増加で、介護保険財政がひっ迫している状況17を考えると、介護保険でカバーできる給付範囲の縮小は避けられず、中重度者対応やリハビリテーションなど医療に近い分野に限定される可能性もある。

しかし、少なくとも介護保険が高齢者の生活を支える制度として位置付けられている以上、介護を医療に近付け過ぎると、医療化するリスクが高まる点には留意する必要がある。そして3年後の制度改正で焦点となる科学的介護が、その傾向に拍車を掛ける可能性は否定できない。

3年後に向けた制度改正の論議では、科学的介護に基づいた効率性の議論だけでなく、介護保険の原点を踏まえつつ、医療・介護の役割分担、自立支援介護の効果や是非、科学的介護のメリットやデメリットといった論点を整理する必要があるのではないだろうか。
 
17 介護保険の総予算(自己負担を含む)は制度創設時の約3兆円から約10兆円までに増加した。その結果、国や自治体の財政を圧迫しているほか、第1号被保険者(65歳以上)の支払う保険料は月額平均5,000円を超えて一層の引き上げは難しくなっている。詳細については、2017年11月14日拙稿レポート「介護保険料引き上げの背景と問題点を考える」を参照。
http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=57141
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

(2018年05月14日「基礎研レポート」)

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