2018年05月02日

金融市場を左右する原油相場~原油価格の見通しと市場への影響

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

文字サイズ

1.トピック:金融市場を左右する原油相場

3月下旬に1ドル105円を割り込んだドル円レートは足元で110円の節目をうかがう水準に回復している。日経平均株価も円安を好感して、この間に2000円弱上昇している。
ドル円レートと米長期金利 (原油価格上昇が円安株高の一因に)
この最近の円安ドル高を牽引したのは米長期金利の上昇だ。4月に入って以降、米長期金利は再び上昇し、下旬には一時3.0%台に乗せた。この結果、日米金利差が拡大し、円安ドル高に繋がった。

米金利上昇については、米国経済の良好なファンダメンタルズや財政赤字拡大が背景にあるが、原油価格の上昇も一役買っている点は見逃せない。
米長期金利を実質金利部分(経済成長や財政リスクを反映)と期待インフレ率(ブレークイーブン・インフレ率)部分に分解すると、4月末の米長期金利の3月末からの上昇分0.21%のうち、期待インフレ率の上昇分が0.12%を占めている。

期待インフレ率には、賃金の動向なども影響するが、原油価格との連動性も強い。原油価格(WTI先物)は4月はじめの段階では63ドル台であったが、OPEC等の減産による需給の引き締まりやシリア・イラン情勢の緊迫化という地政学リスクの上昇を受けて、4月下旬には一時約3年半ぶり高値である69ドル台に到達した(足元も67ドル台で推移)。つまり、4月以降の金融市場においては、原油価格の上昇が米金利の上昇を促し、円安・日本株高に繋がった面がある。
米10年国債利回りの内訳/米期待インフレ率と原油価格
なお、今年1月下旬から2月半ばにかけても米金利は上昇した(原油価格の上昇も一因になっていた)が、この間に起きたことは円高・日本株安であった。当時は直前まで低金利の継続が市場に織り込まれていたため米株価の割高感が強まっていたうえ、にわかに起こった米金利上昇が米企業収益や米経済に悪影響を与えるとの懸念が広がった。結果、米株価が大きく下落し、リスク回避的な円高を巻き込みつつ、日本株の下落をもたらした。

一方、今回の米金利上昇局面では米国の株価が持ちこたえている。ちょうど米国企業の1-3月決算発表時期にあたり、好決算が相次いだことで株価が下支えされた。また、年初からの金利上昇やトランプ政権による保護主義の動きにもかかわらず、米経済が底堅いことも株価の下支えになった。速報性の高い米企業・家計の景況感指標を見ても、年初以降、高い水準が維持されている。米株価が持ちこたえたことで市場がリスク回避に傾かず、日米金利差の拡大が素直に円安に繋がり、円安が株価の上昇に繋がったと解釈できる。
米長期金利と日米株価/米企業と家計の景況感
(原油相場の金融市場への影響:整理)
以上より、原油相場の金融市場への影響を整理すると(表紙図表参照)、原油価格の上昇は米金利上昇に繋がるが、この際に米株価が持ちこたえれば円安ドル高・日本株高要因に、崩れれば円高ドル安・日本株安要因になると考えられる。そして、米金利上昇時の米株価の動向のカギを握るのが、米経済と企業業績に対する市場参加者の見方(楽観or警戒)ということになる。

ただし、原油価格が急激に上昇する場合は話が別だ。原油価格が1バレル80ドル超などの水準に急騰すれば、世界経済に対する悪影響への懸念が勝ることで、リスク回避的な円高と日本株安が起こるだろう。

一方、原油価格の下落は、米金利低下(日米金利差縮小)や米エネルギー株の下落を通じて、円高ドル安・日本株安を促す可能性が高い。
 
もちろん、原油市場と米債券・為替・株式市場における注目テーマが異なる場合は上記の関係性が崩れることになるが、基本的な関係性として成り立っていると考えられる。
(原油相場と金融市場への影響:今後の見通し)
次に今後年末までの原油価格の動向と金融市場への影響を考えると、原油価格については基本的に現状程度で高止まりを続けると予想している。年末時点で1バレル68ドルと見込んでいる。

まず、これまで原油需給改善に大きく寄与してきたOPEC等による減産(日量180万バレル相当)は年末まで継続されることが確実視されるうえ、来年以降も生産調整の枠組みが継続される可能性が高まっている。OPECの盟主であるサウジは国営石油会社の上場を控えて高値の維持を望んでいるとされ、議論を主導していくだろう。

また、世界経済は今後も堅調に推移し、原油需要の順調な増加が見込まれることも需給改善に寄与するだろう。さらに、トランプ政権はイランに対する敵対心を隠さないため、今後も中東を巡る地政学リスクの高い状況が続きそうだ。中東の地政学リスクは原油供給減少を連想させることで価格の上昇圧力になる。これらの要因が原油価格の上昇圧力となる。
原油価格の主な強弱材料(年内) ただし、一方で原油価格の下落要因も存在するため、上昇圧力は相殺されるだろう。一つは米シェールオイルの増産だ。原油価格は既に多くのシェールオイルの採算に見合う水準まで上昇しており、原油生産量の先行指標となるリグ稼働数は増加を続けている。今後もシェールの増産が続くことが原油需給改善の妨げとなる。

また、トランプ政権が推し進める保護主義的な動きも下落圧力になる。貿易戦争のような事態に発展する可能性は低いものの、米政権は中間選挙を控えて保護主義の矛を降ろしそうにない。世界経済の下振れリスクとして警戒され、原油価格にはマイナスに働くことになる。
 
原油価格が現状程度で高止まりとなる場合、米長期金利は原油価格によって下支えされることになる。原油価格の高止まりが米金利の下地となることで、米経済の加速が米金利上昇に繋がりやすくなる。その際には米経済に対する安心感が米株安を抑制し、円安ドル高・日本株高に繋がる可能性が高い。
米国・イラン・ベネズエラの原油生産量 ただし、最近、原油価格の急騰リスクが高まっている点には注意が必要だ。トランプ政権はイラン核合意継続の是非を今月12日までに判断するとしている。もし、イランへの制裁が復活する事態となれば、同国は輸出が困難になり、原油生産量が50万~100万バレル減少する可能性がある。

また、米国は独裁色を強めるベネズエラに対して既に制裁を課しているが、今後石油産業へ制裁を拡大する可能性がある。同国は経済の混乱から原油生産量が減少し続けているが、米国の制裁が石油産業に及べば、大幅な減少が避けられなくなる。

イランやベネズエラの原油生産量が急減する場合、原油価格の急騰が起き、既述の通り世界経済への悪影響の懸念から円高・株安が発生しかねない。OPEC等が減産規模を大幅に縮小すれば相殺することが可能だが、サウジは「1バレル80-100ドルを目指している」との報道もあり、楽観はできない。
Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【金融市場を左右する原油相場~原油価格の見通しと市場への影響】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

金融市場を左右する原油相場~原油価格の見通しと市場への影響のレポート Topへ