コラム
2018年05月02日

スリーパー効果の脅威-これは誰が発した情報だったか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

現代の社会は、時間に厳しい。どんなことを手がける際にも、「時間が大切」という考えが人々の間に根強い。勉強でも仕事でも、「時は金なり」とか「光陰矢の如し」などと言われて、とにかくいますぐやりなさい、早く始めなさい、と急かされるのである。そういえば何年か前に、大手予備校の宣伝で「いつやるの?  今でしょ!」というフレーズが、テレビCMなどで拡がって流行語にもなった。
 
徳川家康の「鳴かぬなら、鳴くまで待とうホトトギス」といった時間をかけるやり方は、現代では、あまり受け入れられないのかもしれない。成功しようと思えば、急いで結果を出さなくてはならない。
 
ところで、せっかちに進められたものと、じっくり時間をかけたものでは、どちらが人間の心に強く残りやすいのだろうか。
 
ここで、第2次世界大戦中にアメリカで行われた、プロパガンダ(思想の宣伝)の話を紹介しよう。

アメリカでは、自国の兵士向けに「Why We Fight (我々はなぜ戦うのか)」と題した戦争の宣伝映画を見せて、兵士たちの愛国心や士気を高めようとした。映画の放映後には、ある検証が行われた。映画の製作や放映にかかった多額の費用が、戦争のプロバガンダとしての効果に見合っていたかどうかの検証である。その結果、この映画は戦争の宣伝映画であることがあからさまで、見せられた兵士たちは、映画のメッセージにかえって疑問を抱いてしまったとのことであった。
 
しかし、この検証から9週間ほど経った後、思いもかけないことが起こった。映画を見せられた兵士たちは、見せられなかった兵士たちよりも戦争に対する支持を高め、自らの任務遂行に励むようになったのだ。つまり、この映画は、結果的にプロパガンダとしての機能を発揮したのである。
 
なぜ、このような変化が起きたのだろうか。
 
最初に映画を見せられたときには、製作主体が軍の宣伝部で、映画の狙いがありありとしていた。兵士たちは、映画の中で語られるメッセージの内容に異論があるわけではなかったのだが、この映画で士気を鼓舞しようという軍の狙いに、素直に乗っていけなかったものと思われる。

しかし、9週間の時間が経つうちに、兵士たちの心の中で、映画の細かい部分は徐々に忘れ去られていった。例えば、製作主体がどこだったかといった細かい点は忘れられた。そして、映画のメッセージだけが、兵士たちの心の中に強く根付いたのだ。
 
つまり、メッセージの発信源は忘れても、メッセージの内容は忘れなかったことになる。これは、心理学者の間で、「スリーパー効果」と呼ばれる現象である。時間が経つと、メッセージを発したのは誰かという情報は眠ってしまい、メッセージの内容だけが心に残る。それによって、メッセージに対する信用度や印象が変化するのである。
 
このスリーパー効果は、戦後、アメリカの選挙活動において悪用された。ある政党が、選挙の前に、対抗する政党を誹謗中傷するような口汚いメッセージを発する。それを受け取った人々は、政党同士のののしり合いとして、大して気にとめない。しかし、数週間経つとメッセージを誰が発したかは忘れ去られ、人々の心の中に、そのネガティブキャンペーンの内容だけが残るのである。冷静にみれば、このようなやり方に、それほど効果があるのだろうかという気がするかもしれない。しかし、実際に、メッセージは人々の心情に強く訴えるものとなり、根強いスリーパー効果がみられたようである。
 
心理学者などは、こうしたメッセージへの対処方法を示している。それによると、まず、不必要な情報は受け取らないようにして、自分自身でこうした情報操作から身を守らなくてはならない。そして、感染症に対処するときと同様に、そうしたメッセージで汚染された情報源は避けることが必要となる。また併せて、誰がその情報を発したのかを記憶しておくように努めることが求められる。
 
ただし、実際には、これらの対処をするのは簡単ではないようだ。特に、近年は、インターネットやスマートフォンをベースに、SNSによる情報の伝播がすばやくなっている。誤った情報であっても、あっという間に拡散してしまう。そして一度拡がった情報は、スリーパー効果によって、誤ったまま人々に浸透してしまう恐れがある。近年の情報機器・インフラの急速な発展を見るにつけても、現代を生きる人は、スリーパー効果の脅威について、よく理解しておくことが必要と思われる。
 
長い時間とともに情報の枝葉末節が落ちて、意味のある内容だけが残る。そうして残った情報をもとに考えや意見を熟成させるという、本来の意味のスリーパー効果であれば大歓迎だ。やたらとせかせかした世の中に対するアンチテーゼとして、落ち着いた議論を深めるのに役立つものとなるだろう。
 
一方、スリーパー効果を悪用して人々を誤解させて、偏った考えに誘導する動きには注意が必要だ。情報を受け取る側は、メッセージにスリーパー効果が潜んでいないか、確認することが求められる。常に疑う意識を持ちながら、冷静に情報を吟味する姿勢が必要と思われるが、いかがだろうか。
Xでシェアする Facebookでシェアする

このレポートの関連カテゴリ

保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2018年05月02日「研究員の眼」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【スリーパー効果の脅威-これは誰が発した情報だったか?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

スリーパー効果の脅威-これは誰が発した情報だったか?のレポート Topへ